瞬き一回。指を鳴らす動作を除いて、人間の出せる最速の動きはそれだ。時間にして約0.1秒。
「……!」
ウェイラを目視で確認してから、わずかそれだけの隙。まさしく一瞬。
イリオスの眼前まで、彼女は迫っていた。
「っ、ふっ!」
「ほォ」
それでも、イリオスの体は動いた。剣を引き抜き、距離を詰める。
「なるほど。多少カンが戻ったようだな」
迫る刃をこともなさげに逸らして、ウェイラは大砲を持ち上げた。
「テメェがどれだけ成長したのか……」
全長十メートルにも及ぶ巨大なそれは、彼女にとって棍棒と差がない。
「試してやるよ。受けてみろ」
「ご主人ッ!!」
その持ち上げた大砲を足場に、イリオスは宙に跳んだ。その隙を狙い、サンは彼のマントを掴んで連れ去る。
「息!! 息しろ!!」
「……っは、フゥ……よし。ありがとう、サン。もう大丈夫だ」
呼吸さえも忘れていた。風を切る感触を味わいながら、彼は息を整える。
ダンジョンの空が砕けると同時に現れた彼女。相当な距離があったはずだというのに、瞬きだけの時間で詰められた。
「はやすぎだろ……!? 本当に勝ち目あんのか!?」
「違うぞ、サン」
否である。
「師匠は今弱ってる。大砲を持つ動作が遅いのがその証拠だ」
「あれでかよ……」
試してやる、などとほざいて見せかけていたが、あそこで躊躇う理由はない。
つまりウェイラは《輩殺しの刃》、そして穿たれた内臓の影響をまだ受けているのだ。
ダンジョンの破壊。空を砕いての出現。大砲による攻撃。
派手な演出は、全てそれらを覆い隠すためのものでしかない。恐らく、空に出現したウェイラは魔道具によるフェイクだろう。
「……ック、ハハ! 思ったよりやるじゃねぇか」
だがそれが露見して尚、彼女は焦らない。
「……なあ、待てよご主人。よく考えたら、大砲って鈍器じゃないよな」
「よく考えなくてもそうだよ……? 本来あれは、砲弾を撃つための……あ……」
地面に叩きつけた砲弾を操作して、一発。弾を撃ち放つ。
それはまっすぐ、一直線上にサンたちを目掛けて飛来し。
「やば」
「大丈夫だ、サン」
直後、爆ぜた。
「ご主人の魔法か!」
「うん。まさか、もう二つも魔法を使わせられるなんて」
イリオスはすでに、新しく習得した魔法を二つ使用している。
一つは水脈を感知した魔法、その応用。
《集中型感知魔法》と、イリオスはそう呼んでいる。彼は愚直なので、ネーミングセンスがあまりなかった。
ウェイラの動きを読み、対応してみせたのはこの魔法。土魔法と水魔法の応用により、鉄分を含んだ水分……つまりは血を、その動作や距離感を感知する。
集中する必要があるが、視覚でとらえるよりも早く、そして正確だ。
「砲弾の軌道を計算する羽目になるとは思わなかったけどね……」
そして、今し方大砲を誘爆した魔法。
土魔法の発展、金属魔法による無数の鋼の刃。それに水魔法を中心に据えることで、放出による加速と、より正確な操作を可能とした。
《スター・トレイル》。ソラによって名付けられたそれは、イリオスの周囲を幾何学的な軌道で動いている。
イリオスの意思で動かすことが可能だが、こちらも集中により精神の磨耗が激しい。
「さっすが、ネーミングセンス以外はバッチリだな!」
「サンだって人のことは言えないくせに」
「楽しそうじゃねェか」
次は幻覚ではない。《集中型感知魔法》によりそれを見抜いたイリオスは、口を開き。
「《もっと高く飛べ》!!」
「うげぇあっ!?」
サンに命令をすることで、理解よりも体を追い越させる。
直後、イリオスたちがいた場所を大砲が素通りした。
「サン、この程度の高さじゃダメだ! もっと高く飛べ!」
「地上何メートルだと思ってんだ、化け物……!」
直後、違和感。
「《横によけろ》!!」
「はぁ!?」
そして、この未来もすでに。頬を掠めた銃弾など気にする余地さえなく、イリオスは《集中型感知魔法》を再度展開。周囲の金属を探る。
「残念、次はこいつだ」
攻撃の主体は、そのどれでもない。ただの、丸太だった。
「っ……!」
「そういうわけな!」
ここで漸く、サンは主とその師が予測と予知による攻防を行なっていることを理解した。
技を避けるべくさらに高度を上げる。
「ご主人、予測して俺に伝えるんじゃワンテンポ遅い。だから、《スター・トレイル》を追うように俺に命令してくれ」
「わかった。《そうしてくれ》」
サンが《スター・トレイル》を追うことにより、イリオスの思考とサンの行動はそのラグを解消された。
《集中型感知魔法》によってわずかな動きから次の行動を予測。
その先を予知したウェイラが行動を変え、それを予測したイリオスがまた、と、変化の連鎖が始まる。
「っ……!」
傍目には静かな、そして停滞した戦いに見えるが、どちらも事前にその全てを潰しているだけ。脳の負担は計り知れない。
「……つまらん」
それを煩わしく思ったウェイラは、行動を
まさしくイリオスが予想していた通りに、そして自身が予定した通りに動いたのである。
「邪魔くせェ」
回転数を上げて迫る刃を叩きのめして粉砕、そのまま飛び上がって迫る。予想通り。だからこそ、イリオスは動けなかった。
「ぐ……!」
ウェイラは予知した行動を変えていない。この先どう動こうと、彼女の予知通りにことが進む。
一方、自分は違う。あくまで予測だ。この差は徐々に開いていき、ジリ貧に陥る。
「赤点だよ馬鹿野郎」
そうして、大砲が振り下ろされ。それはイリオスたちに衝突する。
「が……!」
重量は数十トンをゆうに超え、それを勢い付けてぶん回すのは脳筋のメスゴリラ。直撃すれば、無傷では済まない。当然死ぬ。
「っふぅ……ふぅうううううっ……!!」
サンが防いでいなければ。
イリオスを庇いながら地上に向かって飛行、さらにサンがクッションになることで衝撃を緩和。軽症ではないが、戦闘は継続可能。
「……」
そして、何より。
「……あ?」
ウェイラにわずかな動揺。イリオスはこれから、ウェイラの予知時間を
「ったく、小賢しいやつだ」
先程ウェイラが破壊した《スター・トレイル》の一つ。その中身は、水魔法。
だけではない。
「一服盛りやがったな」
「それを言うなら一杯食わされた、でしょう?」
「ハッ! クソ生意気なガキだ」
微細な針と、毒だ。それも、即効性。致死性も高いが、化け物相手にハナからそれは期待していない。
効果が発動するまでは約十秒。刃を破壊されてから七秒時点で、ウェイラの動揺。つまり、予知の時間は三秒以上。
なぜ以上なのかといえば、当然ブラフも加味するからだ。基本的には三秒先だけを見られているつもりで戦うし、ウェイラもそうであるかのように戦う。
決定打を加えるタイミングではずらして来るだろうが、それだけで十分だ。
「それだけでいい」
サンは飛行速度を上げた。理由は単純。ダンジョンの外へ抜け出すため。
「逃すと思うか?」
それを見逃すウェイラでもない。跳躍、そして大砲の反作用によって猛スピードで迫って来る。
「ご主人やご主人。俺は悪い夢でも見てるのかや?」
「正気に戻れサン!! 予想できたことだろ!!」
「脳みそが目の前の光景を否定してる……!!」
まさしく
「なんでアイツついて来れんだよ……ご主人、気づいた?」
「ああ。師匠はまだ魔法は使っていない」
流石にあの筋力、身体強化魔法は使っているはず。というか、そうでないとやってられない。
魔法は使えど、やはり《輩殺しの刃》による影響はウェイラにも深く残っているようだ。
「ダリィな」
そんな彼女では、流石に空中でサンに追いつけない。理解した彼女は、地面に着地した。
「お、また大砲撃ってくる、気……」
彼女が取った選択肢は、投擲。
「桃白白かテメェはァアアアっ!?」
ただし、大砲そのものを。人間砲台とは言うが、実際人間が砲台側に回るのは世界でもここくらいなものだ。
「サン、ごたくはいい!」
「わ、わかってるよぉ!!」
サンはさらに高度を上げる。ダンジョンの天井に頭をぶつけ、減速せずとも少し涙目になった。
それでも、イリオスは警戒を怠らない。
「師匠なら、多分」
砲台に長いワイヤーロープがくくりつけられているのを見たからだ。
「やると思ったよ!」
多数の細い鋼線を撚り合わせて作った、特注品のワイヤーロープ。それをぶん回して、大砲をモーニングスターのように扱っていた。
やると思っていた、そう言えてしまうあたりだいぶウェイラに毒されている。
「馬鹿弟子なりに、一丁前に見抜いてやがったか」
ウェイラは凶暴に笑った。弟子の成長を喜んだからだ。
とてもそんな様子に見えないが。
笑顔とは本来攻撃的な表情なのである。
「サン、一瞬も気を抜くなよ!! 死ぬぞ!!」
「俺もーなんにもわからん!! 知るかあんな剛腕大魔神!!」
「やけにならない!!」
とにかく、急いでダンジョンの外へ。宙を暴れ散らかす大砲を避けながら先へ進む。
「抜け目のないことで……!」
「チッ……」
途中砲弾を素手で投げてはいるが、それはイリオスが全て撃ち落とす。
すでに脳みそはオーバーヒートを起こし茹蛸状態。そんな頭を冷やししばいてさらに回転、なんとかダンジョンの外まで抜け出して見せる。
「よっしゃソラ!!」
「おう!! 無事出てきたのぉ!!」
「ソラさん!! 三秒以内!!」
「任せておけぃ!!」
そして、戦闘から外れていたソラ。彼女はずっと、とある攻撃を準備していた。
それは、魔法ではない。魔法でないから、魔力も必要なく。そして、使用に才能も腕力も要らない。
「ま、本来こんな行為は厳禁じゃがのぉ」
かつて救国の英雄がいなかった頃、魔窟からの侵食。その防衛戦に使われたとされる兵器。
「ま、小手調べじゃ。軽く爆ぜておきしゃんせ」
元々ソラが持っていたものを、さらに固有魔法《デヴィジョン》によって増産された、大量の爆発の魔道具である。
「油断するなよ!! さらに距離をとるぞ!!」
「はい!!」
「わかった!!」
発案者はイリオスだ。
師匠を殺したくない。だが、そんな情けをかける余裕もない。そう悩んでいた彼はどこへやら。
しかしイリオスは「師匠がこの程度で死ぬはずがない」と高を括っていた。
「うむ、悪くない威力じゃ」
ソラの魔力は回復分を含め、爆発の魔道具作成でその大部分を消費。残量は二、三割といったところ。
手痛い消耗だが、それに見合うだけの威力はあった。
「これで倒せてて欲しいけど」
「ま、無理だろうのぉ」
一瞥さえせずに、ソラは断言。同時に、ダンジョンの中から破壊音が聞こえる。
「ほらの?」
「まあ師匠ですもんね」
「爆破されたら倒れとけよ、最低限……」
サン、ソラ、イリオスの三人は空洞に出る。
ここに至るまで、大量の罠を仕掛けてあった。
爆弾、剣、炎、岩、エトセトラ。
「時間稼ぎにすらならぬか。笑えてくるのぉ」
その全てを一息に破壊し切ってウェイラは派手に登場した。
「ゲホッ……効いたぜ。やってくれたなぁ、糞弟子」
「言われてんぞ」
「なんで僕だけなのさ」
体に多少の火傷と凍傷を負ってはいるが、ほとんど無傷。
氷魔法で周囲の魔道具を停止し、その後に自身の体を守ったのだろう。
「……」
やはり、未来予知の攻略はこれか。と、ソラはほくそ笑んでいた。
彼女の立てた対策は、現場で二つ効果が確認できている。
一つ。予知しても回避不可能な物量攻撃による押し切り。
ダンジョン中を爆炎で覆えば、逃げ道もなく回避もできない。防げはするのが恐ろしくはあるが。
二つ。時間差によって発動する、不可避の攻撃。
先程の毒がわかりやすい。未来を予知したとしても、その時点で当たることが確定していればどうしようもないのだ。
「何をボーっとしてやがる」
「あ?」
そんな思考の隙をついて、ウェイラは拳を振りかぶり。
「っ、と」
直後、それは防御姿勢に転じた。
「よォ、バケモノ。少しは強くなったか?」
「お」
「そりゃなによりだ」
「まだ言い切ってねェよ!?」
おかげさまでな。予知でサンの言葉を先読みして、ウェイラは前でクロスした腕を解き反撃に転じる。
予知は間に合ったが、「防御しておこう」と自分に思わせるだけの拳。
露出した翠色の瞳には、ピリリと電気が揺らぐ様が写っている。
反対側。未来を予知する右目に映るのは。
「おォ?」
その光景をみて、ウェイラは即座にカウンターの用意をした。が、うまく体が動かない。
体内の電気信号が乱されているのだと即座に理解。しかし、時すでに遅く。
「オラァアアアアア!!」
さらにラッシュを喰らってしまう。
本来であれば回避可能どころが避ける必要すらない攻撃。しかし、今は違った。
「おもしれェ魔法だ」
喰らう度に、殴られる度に。体が意思に反して勝手に動き、あるいは停止し、痺れる。
サンが習得した魔法、その一端がこれだ。相手の体を、電撃魔法を纏わせた拳で乱す。電撃を付加する。その名を。
「《電撃ビリビリ拳》ッ!!」
───いや名前ダッサいのぉ!!
というのは、ソラの発言だが、その有用性は本物である。
未来予知のリソースとアドバンテージはその対処と、後ろで攻撃を開始するソラへの対処に割かれる。
「っ!」
さらにここにイリオスの魔法によるサポートも入るのだからたまらない。
直前で避けた影響で髪を切られながら、ウェイラはしっとりと息を吐いた。
「っ、ひ、う、わっ!」
───ふざけんじゃねェこの氷鬼!!
一方のサンは、内心キレ散らかしていた。
その全てを併せてなお、まだ殴り負けている。
「っ、へぶっ!?」
「長引かせすぎだ」
それどころか、未来予知の精度はみるみる上昇。
せっかく乱した体の動きを、ほとんど本来と変わらない程度の動作にまで戻されてしまった。
「でも……!」
これで、未来予知のアドバンテージは減らせている。
「それが俺の役割だからな」
直後、背後から忍び寄るのはイリオスとソラ。
イリオスは背後に水魔法を待機。ソラは大口を開けて息を吸っていた。それぞれの大技の準備。
「あめェよ」
「わ、とっ……!?」
それはサンの腕を引っ張り、二人に叩きつけることによって容易に封じられた。
だが、イリオスもソラも、そしてサンも承知の上。次の策へ。
「思ったよりも、早く手札を切らされたな」
その未来を予知したウェイラは、銃を取り出す。
「《アイス・クライシス》」
銃弾を媒介し、走るは氷海。周囲の気温は一気に低下し、人間の活動可能な温度を大幅に下回る。
───師匠の得意魔法は氷魔法だ。
訓練の途中。ウェイラの戦法について聞かれたイリオスは、そう切り出した。
「氷かぁ。強いし、厄介だな」
「ああ、そうだ」
人間は低温下で長く活動はできない。
身体強化魔法を使った探索者なら話は別だが、それでも普段よりも動きが鈍り、そしていずれは限界が来る。
何より、水魔法のように生成した氷をある程度操れるのが厄介極まりない。
金属魔法や岩魔法のような硬さはないが、十分な殺傷能力がある。
「いや、そうじゃなくて」
しかし、真の恐ろしさは。
「いいかご主人。氷属性っていうのは強いんだ。ゆきめといい、氷麗といい、雪菜といい、真冬先生といい……氷属性っていうのは、強いんだよ」
「なんじゃ、それ?」
「僕にもわかりません」
その自由度だ。
サンの発言は戯言なので気にする必要はない。
「凍れ」
冷気を操ることができるということは、遠隔で相手を凍らせることも可能であるということ。
「ぐ……!」
火魔法での対処を求められ、常に魔力消費は増加する。
サンとイリオスは鍛えた魔法で体を温め、なんとか溶かしていた。
───チャンスだ。
そう考えたのは、果たしてどちらだったか。
「待ちやがれ」
「ふぅっ……!」
初動は、同時だった。しかし、遅れたのはむしろウェイラの方。
イリオスとソラ、何よりサンは、同時にウェイラから大幅に距離を取る。
───ウェイラは今、魔法を一つしか使えない。それも、出力の低くなった魔法しか。
そう考察したのはソラだった。
自分たちの発見の遅れと、何より《輩殺しの刃》の強力さ。ソラの考察は、実際正しい。
ウェイラは常に普段と比べれば低出力の身体強化魔法を発動、それをサポートしているのが彼女の愛銃、ハンドガンだ。
ダンジョン産の魔道具であり、魔法を弾丸としてストック、撃ち出すことを可能とする。
つまり、一発でも氷魔法を撃った直後。その直後は、隙が生まれる。
それをカバーするのが未来予知だった。
だが、ウェイラはそれゆえに銃の使用をやめた。それは、サンたちが距離を取ったため。追撃として殴りかかるためだ。
「チッ……!」
その判断が誤りであると気づいたのは、一歩を踏み出してからだった。
先程から自分を覆っていた痺れ。《電撃ビリビリ拳》などというふざけたそれを食らったことによる痺れが、抜けていくのを感じた。
「クソッ」
そして、髪の毛が逆立ち。体が輝き。
サンの魔力出力が、大幅に上がる。
「これでも喰らうっちゃ!」
似てないモノマネをかましながら、サンは掌で雷魔法を作り出す。
《電撃ビリビリ拳》の効果は、行動の妨害だけではない。相手に自信の電気を帯電させるのが、その真価だ。
相手の内部で電気を集約。同時に、自分は相手に向けて雷魔法を放つ。
電気同士を引き合わせることにより、雷の方向を誘導する魔力を削減した。
魔力効率は二倍以上。その名を。
「《集雷拳》!!」
ウェイラの体を、轟音が貫いた。
申し訳ございません、また更新が遅れました。
毎日投稿が厳しくなってきたので、隔日更新にすることを検討します。