サンから撃ち放たれた雷は、空気を引き裂きながらウェイラへと向かう。
電気の速さは、光速のおよそ千五百分の一。
サンはこれを聞いて遅いと思ってしまうタイプだが、実際には音速の五十倍以上。
東京からであれば、一秒で関東圏内のどこへでも行ける。届きさえすれば、だが。
人間の体が追いつくことなどできない。絶対不回避の一撃。
「が……!」
雷は体に触れ、より抵抗の低い体内を急速に流れる。
臓器を焼き、肉体を焦がし、爆風と轟音と閃光が、網膜と鼓膜を引き裂く。
早急に適切な処置が必要とされ、たとえ生き残ったとしても後遺症が残る事例が多い。
「キヒッ」
「っ……!」
しかし鬼は、笑って見せた。
「クソッ」
その異常と異質と不理解への恐怖を押し殺して、サンは一歩前に出る。
わかっていたことだ、そう己を鼓舞しながら。
《電撃ビリビリ拳》によってウェイラに蓄積された電気は、その全てを消費し切っている。
《集雷拳》の発動に必要な電気を貯めるには再度殴らなければならず、そして《電撃ビリビリ拳》の影響を脱したウェイラなら、未来予知でまず当たらない。
「オオオオオッ!!」
だが、今なら話は別。大きなダメージを受けて、ウェイラは弱っている。
それだけではない。最大限に乱された体内の電気信号で体の動きはめちゃくちゃ、本来であれば笑うことすらままならないはず。
だからこそ、今ここで次に繋げなければ。決死の思いで、サンはウェイラを殴った。
「良くやったのォ、サン」
その頭上から、ソラが顔を出す。
彼女の頬は、すでに大きく膨らんでおり。
「《ドラゴン》……」
「ク、ハハッ……容赦なしだなァ?」
それを見るまでもなく、ウェイラはあらかじめ銃弾を撃ち放っていた。
氷塊がソラの体を包んでいく。
彼女の胸周り、喉、口元の氷だけは一瞬で溶けるが、その箇所以外は封じられた。
「ぐ……《しゅうら》」
「おせェよ間抜け」
《集雷拳》の発動、その出だしを潰せば喰らうこともない。
サンの頭を地面に叩きつけて、ウェイラはまあ、こんなものかと。少し残念がった。
「お前も来ないのか? 馬鹿弟子」
「ぐ、ぅううう……!」
「……」
サンの頭から、ミリミリと頭蓋骨が悲鳴を上げる声が響く。暴れる彼女の手足が、空を割く。
安い挑発で、乗る必要は一つもない。
「……ハッ。お前らしい選択だな」
だから。ウェイラが予知した通りにイリオスは斬りかかった。己の無力に言い訳をするように。
残されたのは、ただ一人。ソラだけだ。
「来いよ。テメェが一番食いごたえがありそうだ」
「ふむ。妾を食うつもりか。悪いが、貴様の舌には勿体無いのぉ」
時間稼ぎはいい。ウェイラは銃をこめかみに構え。
「待て」
驚愕。
「本気か?」
「見えたのならそうだろう?」
ウェイラの目に映った未来は、不可避のものであった。
「チッ」
天井の崩落。天井そのものが、形を保ったまま落下。同時に、いくつかの魔道具が落ちてくる。
そのどれもが、触れるだけでその効果を発揮するように調整されていた。
「クソが」
耳元の魔道具から、ウェイラはハンマーを取り出した。
恐らくはハンマーを。そう呼ぶには、それはあまりに巨大すぎたが。
「……うまいこと考えやがる」
天井を破壊することにより不都合な未来が見えたが、それでもやらないわけにはいかない。ダメージは免れない。
こうして自分の未来予知を封じていく算段だろうとウェイラは思案。実際、それは有効だった。
「オラッ!!」
破壊した天井から、大量の水と岩がこぼれ落ちる。
「オオッ!!」
単純な質量攻撃、ではない。
水の全てが、イリオスが修行の一環で放出した水。まだ彼が操れる水が、その中に残っている。
「っ、ぐ、ゥウウウウウウウッ!!」
「クハハッ!! 良ィ具合に成長してんじゃねェか馬鹿弟子!! 私は嬉しいぜ!?」
それによって致命的な未来を予知したウェイラは、瞬時に攻撃の対象をイリオスに変えた。
しかし、イリオスはそれを防いで見せる。
未来予知による先読みに、《集中型感知魔法》で追い縋って。
先程、サンにしろイリオスにしろ落としたはず。
それでも意識を失なっていない、想定を上回られたのはなんらかの魔道具の効果か、訓練の成果か。
「……一つだけ、お前に聞いておきたいことがある」
激流と崩落。ソラは現在まだ身動きが取れず、サンも行動が追いつかない。
この戦いで、おそらく最初で最後の対話のチャンス。
「ク、ハハッ……抜け目のないやつだ」
イリオスは口元を隠した。未来予知で答えを知られないために。
拳と剣が鍔迫り合いながら、ウェイラはついに口を開く。
「……なぜ何も言わずに、私の元を去った?」
それは、イリオスがウェイラに感じていた負い目だった。
自分がウェイラに会ったのなら、まず殺されるだろうと考えていた理由。
恩知らずにも全てを覆い隠して、別れすら告げず。夜逃げをするように、彼女から離れたこと。
しかし戦いにおいて
「……年増のゴリラを師匠にしていると、風体がちょっと」
「おォ上等だ。テメェやっぱここで死んでけ糞弟子が」
───ちょうど、今の師匠みたいにね。
心の中で深い謝罪をするとともに、イリオスは水魔法を行使した。
「っ……!」
直後、ウェイラの左目はギョロギョロと走りナニカを探す。
だが、それでも
その反対側。彼女の右目は魔道具だ。
右の窪みに埋め込んだ義眼、《千里霧中の瞳》は自分の視線を自在に「飛ばす」。
所謂、TPS形式が感覚としては最も近い。視点を自由に操れるのだ。
故に、自身のほぼ全方位を死角を殺して見通すことができる。
付けいる隙は微塵もない。だが、修行内の攻略で得た魔道具がそれを解決した。
「っ……!」
無銘、姿隠しの魔道具。効果時間は数分、予想使用回数はきっかり一度。
「フゥッ」
預けられたのは期待の新星。サン。
「おヌシにこれから、切り札を伝授する」
ソラの教えを思い出す。
「切り札?」
「そうじゃ。おっと、魔法ではないぞ? そちらは自分で考えることじゃな」
「けちんぼ」
「誰がじゃ。ひとまずは、見ておけ」
その威力を目の当たりにして、畏怖したものだ。
「すっ……げぇ」
「これが我ら竜人に生まれついて備わった力よ。魔法ではない。翼や尾と同じ、この身に与えられた武器じゃ」
魔力を込めれば、威力は上がるがの。と、ソラは続ける。
「良いか。まずは尾を地面に打ち込み、アンカーにしろ。でなければ体ごと吹き飛ばされてしまう」
そんなかつてのソラの言葉を、一つ一つ真似ていき。
「このため器官が我らには備わっておる。それを認知し、魔力を込めるのじゃ」
そして。
「そして一気に口から吐き出し、名を叫べ!!」
爆炎。
「《ドラゴン》ッ……《ブレス》ッ!!」
以前技の衝突によりダンジョンを二桁消し飛ばしてみせた御業。
かつてこの世界に存在した竜、その息吹を再びこの世界に顕現させたのだ。
「ッ……!!」
放出された熱は水を急速に蒸発させ、水蒸気爆発を発生させる。
それですらわずかな影響。そう思えてしまうほどに、サンの《ドラゴンブレス》の威力は高かった。
空洞の壁を崩落させ、再び大量の岩石が落下してくる。
「ゲボッ……ぁ、あ、あ……!! っ、く……ぅ……!!」
それだけの威力。無論、サンも無事ではなく。
「サン、大丈夫か!?」
「う……ごしゅ、ふっ……!」
「ったく随分無茶をしたのぉ!!」
サンが先程の《ドラゴンブレス》に込めた魔力は、《集雷拳》三発分。
今のサンでは、技術的にこれが限界。肉体的な限界は、もっと早い。
そんな中で無理を押して放ったブレス。当然喉を焼かれ、肺を焼かれ、口元が焼かれ、皮膚を剥がされたような激痛と血が常に走っている。
「ヒュッ……ヒュッ……!」
なぜそれほどの威力の前で、イリオスは無事だったのか。
アニスから買い取った魔道具。あらかじめ設置した魔道具の場所に、もう一方の魔道具で瞬時に飛ぶ、瞬間移動の魔道具。
効果は一度きり、その貴重な道具をこの一度きりに賭けた。
「……ゴホっ……ありがど、ご主人。ゾラも。ちょっとよぐなっだ」
「吸引式の回復の魔道具があって良かったよ……アニスには感謝だな……」
「感謝するのはいいが、まだ緩めるなよ」
だからこそ、サンは撃った。
たとえその威力により己が身を焦がされようとも、ただ一度与えられた機会をむざむざ無駄になどするまいと。
サンが撃てる《集雷拳》は、魔力総量の増加と技術の行動により残り三発。
通常の雷魔法なら四発撃てていた計算。魔力の残りは、全体の三分の一程度。
「できればこれで終わってくれ……」
「聞けねェなァ」
「っ……!!」
───バケモノめ!!
言葉を飲み込んで、サンは《電撃ビリビリ拳》で。イリオスは《スター・トレイル》で。ソラは身体強化を乗せたただの拳で。
それぞれ、攻勢に回る。
「は……?」
しかし、ウェイラの姿はそこになく。無属性魔法による罠だ。そう、瞬時に理解した。
「私の目的はテメェだよ。最初から、ずっとな」
「っ……!!」
直後、サンの腹を拳が穿つ。
「ぐ、うっ……ふんっ!!」
「ほォ」
以前とは違う。証明するように踏ん張り反撃。
ウェイラはコートが焼けこげ、左上半身を火傷を氷で覆い隠している。
決して無傷ではない、確かなダメージの跡がそこにあった。
「も、すこし……!!」
気丈に振る舞っても、痛いものは痛い。吐血しながらも拳に魔力を込め、《電撃ビリビリ拳》を放つ。
「もうそれは受けねェよ」
自身満々に宣言した、その直後だった。
「っと……なるほどな」
彼女の視界を、霧が覆った。
「《フォグ・ミスト》」
「いいタイミングだ」
イリオスの習得した、霧魔法と呼ばれる水魔法の亜種。
サンによって蒸発させられた水分が濃霧となり、二人の周囲を覆った。
ウェイラの未来予知の弱点。あくまで予知できるのは、視界だけであるという点。そこに付け入った形である。
「フッ!」
「っと」
本来であれば風の魔法で容易に吹き飛ばされてしまうが、今のウェイラは固有魔法を除いて使える魔法は一つ。
この状況で、身体強化を解除するのは危険極まりない。
かと言って、このまま交わし続けていてもジリ貧だ。
「っと、ぶねェな」
真横で岩石が粉砕される音を聞きながら、身を捩り。
「私のこと舐めてんだろ」
拳を構える。
「は?」
サンは視界のない中でも、優れた五感によって補いそれを感知した。
だからこそ、困惑。まるで《電撃ビリビリ拳》を受けること自体は容認しているような行動に困惑し。
「オラァアアアアアアッ!!」
そして、拳がウェイラに触れた直後。視界が晴れた。
「え」
彼女が持っていたのは、壁。
「ちょうど持ち帰っておいて助かったぜ」
───何やってんのこいつ!?
極めて常識的な反応だが、それで状況は覆せない。
ウェイラの拳を顔面に受け、鼻にツーンとした痛みを感じる。
「ぐ……!」
だが、もう少し。もう少しのはずだ。
祈るように考えて、起き上がり。
「《ブリザード・ストリーム》」
氷の渦巻く嵐で、動きを止められた。直後。
「《洞の瞳は譫言なり》」
「っ……!」
彼女の詠唱が始まる。
ソラの魔力は残り一割を切っており、サンはダメージにより起き上がれず、イリオスは念入りに魔法で動きを止めている。
《電撃ビリビリ拳》による雷の蓄積は三発分。未だ《雷撃拳》の行使には至らない。射程が足りないからだ。
三人の狙いは、このタイングだった。
「っ……!」
手足の感覚が徐々に消えていく極寒の中、イリオスは《スター・トレイル》を行使。
固有魔法の詠唱中は魔法を使用できない。氷魔法を銃で踏み倒しているが、ウェイラは身体強化魔法を使えていない。
「《往時に届かぬ
それでもなお、未熟者如きの攻撃が当たるか、と。ウェイラは《スター・トレイル》を凍り付かせた。
「《されど、我が光芒はここに在り》」
これで。繋がる。
「《この身を》」
「連結型!!」
人体に電気を付加することができるか?
答えは、否だ。
人間は導電体であり、電気を保つ構造になっていない。
だがサンは、魔力に着目した。人体に魔力は保たれ、それは土や木、水、火。その全てにおいて等しく同じ。
故に、「魔力と電気、両方の性質を持つエネルギーならば」と。
そのアイディアをソラに伝え、研究と工夫の末に生まれた超高難易度魔法、それが《電撃ビリビリ拳》である。
間抜けな名に似合わず、その理論は革新的なものだった。
「……!」
つまり、サンの《電撃ビリビリ拳》の攻撃対象。電気を付与する対象は、人体のみでない。
空振れど、その先で岩に拳があたれば電気が付与され。氷に付与され。そして何より、魔法にも付与される。
イリオスが整えたのは、そのライン。
「《餓竜》!!」
サンが放った雷は、竜が餌を喰らうように、今まで電気を溜めた物体に繋がっていく。
そしてそれは、瞬時にウェイラに着弾し。
「《集雷拳》!!」
全く違わぬ威力の《集雷拳》を見舞ってみせた。
「あ……」
直後、吹雪は止み。サンはようやく起き上がる。
この瞬間を待っていた。予知の効果が切れる直前。詠唱が必須になるこの瞬間を。
「ハァァアアアアアア……!」
身体強化魔法なしで雷に撃たれたのだ。無事ではあるまい。
ついに、勝った。やった。大きく息を吐き。
「油断するな大馬鹿者!!」
ソラに突き飛ばされる。
「な……!」
サンがいたはずのその場所で、ソラがウェイラに殴られ。その体が、徐々に凍らされていた。
「ぐ……!」
「《電撃ビリビリ拳》、だったか? 私流にやりゃ、んなところか」
「《氷結パキパキ拳》……!?」
「ん? あ、あァ? まァそれでも構わねェが」
生まれてすぐにドン引きするレベルでダサい名前をつけられたが、その威力は本物だ。
ソラが凍るよりも先に周囲の気体が凝縮、凝結し、彼女の体を覆う。
いくらソラでも、ほとんど魔力が切れた状況で瞬時に反撃できるはずもない。
「ずっとお前が煩わしかったからな」
なぜウェイラが、雷の直撃を受けて無事でいるか。
簡単だ。彼女は最初から身体強化魔法を解いてなどいない。
固有魔法を発動する気はなく、詠唱はブラフ。未来予知にはまだ余裕がある。
ウェイラはただ、痛々しいセリフを一人勝手に吐いていただけである。
「く、貴様」
「おせェよ」
そしてウェイラは、こめかみに銃を当て。引き金を引いた。
中に込められたのは、身体強化魔法の弾丸。それも、《輩殺しの刃》を使用する以前。全盛期の彼女が作成した。
「テメェはここでリタイアだ。ぶっ飛べ。魔窟の果てまでな」
考えうる限り、最悪の展開。
先程までサンとイリオスがウェイラとの戦闘を成立させていたのは、ソラによる妨害と援護の代物だ。
「グッ……! イリオス!! 攻め入ろうとするな!! 妾が戻るまで、何がなんでもサンを守れ!! 良いな!?」
その補助輪が今、外れた。
あの勢い。ソラの魔力残量では、戦闘が終わるまでに戻ってくることはできないだろう。
「テメェにゃできねェよ、半人前」
未来予知も消えず、身体強化魔法の出力も戻り、何よりいくつかの切り札を残している。
「ご主人……」
「大丈夫だ、サン。なんとかする」
手負いのオーガに、サンとイリオス。二人だけで挑まなければならない。
この更新から、毎日投稿から隔日投稿に移ります。申し訳ございません。
モチベが下がったとかではなく、シンプルに序盤に比べて文字数が二倍になっているので……
なんだかんだ読んでいただけているおかげで、やる気は俄然満ち溢れています!ご心配なく!
また、毎日更新できるタイミングではしたいと思います。最低保証として隔日、というだけです。
何卒、ご理解いただけますと幸いです。
これからも「TS従魔のダンジョン攻略記!」をよろしくお願いいたします。