私はかつて孤児になった。六、七歳の頃だったか。
この時代でも、以前よりマシになったとはいえ、まァ……珍しくもねェ話だ。
侵食現象で両親を失ったり。無茶な探索で死ぬ大馬鹿や。魔道具による大規模犯罪なんていうのもあった。
「なんだ、お前。死んだみたいな目してるな」
私を拾ったのは、たいそう口の悪い男だった。
「いいか、お前に分けてやるメシなんざない。だが、生き方は教えてやる」
スラムにはダンジョンがあった。
中に入って魔物を殺し、素材を集める。鉱石でも構わない。
それを売ると、以前よりマシな生活ができるようになった。
「おーおー急いで食うな。誰にも取らせねェよ……」
「っ……」
「……泣くほどのモンじゃないだろう」
そこそこの階級で、ほどほどにいい生活をしていた。
きっと普通の女の子として生きて、普通の相手を好きになって、最高の幸せを手に入れる。
身寄りのなくなった私にそんな未来が訪れないのは、わかっていた。
「いいか。俺だってろくな人生は歩んでねェ。だが、ほどほどに楽しく生きてるし、今は幸せだぜ?」
「……」
「しょげんなよ! ガキだろ!? 保証してやる! お前の未来はまだまだ輝かしいぜ!?」
そいつは私に探索者としての知識と。
それ以上に、折れた私の心を立ち上がらせてくれた。
「ま、お前が幸せだっつって、胸張れるようになるまでは一緒にいてやるさ」
そんなことを言っていくれた男は、一ヶ月弱で死んだ。
全てを教えてくれたあいつは、名前だけは教えてくれなかった。いつか、こうなる日が来ると思っていたんだと思う。
「うそつき……」
あいつはダンジョンボスから私を庇うために、自分の足を短剣で刺した。
私に自分を見捨てさせるために。私が逃げ出す踏ん切りをつけさせるために。
「……」
唯一、あいつの痕跡は。罪の証である短剣。
人と争うことを想定して作られた、ソードブレイカーだった。
それだけが、私の小さな手に残ったものだった。
死体すら、奪い返せなかった。
数年が経ち、私はまだ探索者を続けていた。
「ウェイラー、僕もう疲れたよぉ」
「じゃ、帰れ」
「酷い!?」
ただし、今度は仲間と共に。
「まーまーそう言わないの。お腹空きたくはないでしょ?」
「姉ちゃん……」
どうにも、私には探索者としての才能があったらしかった。
それを見込まれて、毎日自分たちの飯の半分を報酬に協力関係を結んだ。
「名前? んー……忘れちゃった」
「忘れたってなにさ。元々ないでしょうが」
私を雇ったのは双子の姉弟だった。
あいつらは頭が良かった。拠点を立てて効率的にダンジョンを攻略し、報酬も増えた。
どれもあの男の知識にはなかった。いや、教える時間がなかったのだろう。突然死んでしまったから。
どうにも、あいつは約束を破るつもりなんてなかったらしいことがわかって。それが私の心をざわつかせた。
「あ、じゃあさ。ウェイラがつけてよ。それがいい」
「バカとアホ」
「最悪だ!?」
「ありがとう、大切にするよ」
「受け入れんなバカ弟ォ!!」
双子はどちらも私と同年代程度。
私は、かなり恵まれた環境にいたらしいことがわかった。
「つか、名前くらい自分でつけりゃいいだろ」
「んー……なんていうか、それじゃ寂しいじゃない?」
「寂しい?」
「名前って、人が初めて人に貰えるものだと思うんだ。それなのに自分で考えるなんて、そんな諦めはしたくないね」
「あんたってやつは、前向きバカねー」
あいつのことを思い出して、泣く夜もあった。
失った家族のことを思い出して、どうしようもない気分になる時もあった。
けれど、あいつがあんまり強く輝いているから。私はそれだけで、照らされたような気分になった。
「……アクア。と、フェル」
「ん?」
「お前が、アクア。で。お前が、フェル」
「ひょっとして、あたしたちの名前?」
辛いことはまだまだたくさんあるけれど。こいつらとなら、頑張っていこう。
生きるために。諦めなんて、寂しいことはしてしまわないように。
「アクア……水。ああ、フェルの方はインフェルノから取ったのか。髪の色からかな?」
「……」
「嬉しいね。初めての贈り物だ。しかもツンデレのウェイラが僕たちのためにげぶっ」
「今のはあんたが悪い」
そう、思っていた。あいつらが死んでしまうまでは。
十四の秋。だった、と、思う。あまり、思い出したくはない
「やー、そろそろ攻略できちゃうんじゃないの? このダンジョンもさぁ!」
「馬鹿ね。あたし達じゃまだまだ実力不足よ」
「そんなことないって、いけるいける! ウェイラもそう思うでしょ?」
私は。
「顔がちけェ。臭いから近づけんな」
「えー。もっと近くで見せてよ。君の瞳は綺麗だもの」
「うるせェ」
私はきっと。あいつのことが、好きだった。
あいつもそうだった。と、思う。そうだったらいいな。
「ねぇ、この探索が終わったら話したいことがあるんだ。どこかで二人きりになれないかな?」
「死ね」
「我が弟ながら、なんでこんなたらしに育ってしまったのやら……いつか刺されないか心配だよ」
「ちょっウェイラ、ソードブレイカーは洒落にならないって!?」
……いや。あまり良くはないのかもしれない。
「じゃ、おやすみ」
前日の夜は、ひどい悪夢に魘された。
黒い何かに、あの二人が連れて行かれる夢だ。
あの男がいなくなってしまった時のことを思い出して。とても、怖かった。
「ウェイラ、大丈夫?」
「気にすんな」
「……わかった」
翌日、なにも話さずに。
でも、なんだか嫌な予感だけは、ずっとしていて。
「ウェイラ。姉さん。止まって」
「っ……!」
いつぞやのダンジョンボスに出会ったのは、その時のことだった。
アクアもフェルも、私も。全力で戦った。
私たちはいつのまにやら、このスラムで一番の探索者になっていた。戦えないはずがない。
「よし……いいぞ!! 弱点は見つけた!! 頑張ろう!!」
「あんた弟のくせに生意気! 言われずとも!!」
全てが崩れたのは、そう。地中から、別のモンスターが出てきた時。
「え」
フェルがそいつに、体を真っ二つに引き裂かれて。
さっきまで話してた。いつも通り生きてた。なのに、もうあいつの目には光がなくて。返事もしてくれない。
「フェル……?」
「……」
「っ……!」
視界が赤く染まる、という表現がある。昔母親が教えてくれた。
あまりの怒りに、血が上って。全てが赤く見えるということらしい。
「殺す」
それは違うと理解した。
視界は狭窄し、黒く染まる。所々モノクロに見える世界は、まるであいつの血の痕跡を隠すようだった。
「殺す、殺す殺す殺す殺す殺す……!」
私は暴れた。感情のままに暴れ続けた。
「ウェイラ!!」
アクアが私を庇うまで。
「アク」
「大丈夫!! 平気だ!! 姉さんの犠牲を無駄にしないで!!」
あいつの内腿を切り裂いた傷は、浅かった。地中から出てきたモンスターも殺した。
ダンジョンボスは、勝てない相手じゃない。
「二人で勝つ!! 勝って、生きるよ!!」
「……あァ」
そうして、私は冷静に戦った。実際、それが正解だった。
ダンジョンボスは、案外呆気なく死んだ。私が強くなったからだろうか。
あんなにもすぐに死ぬのなら、フェルが死ぬ前に死んでくれれば良かったのに。
「ふぅっ……ふぅっ……」
そうして、血を拭い。後ろを振り向いた時、アクアは倒れていた。
「っ、アクア!!」
「ウェイラ……」
あいつの背中には、大きな傷があった。
重症だが、すぐに手当すれば助からない傷じゃなかった。私が最初から冷静に戦っていれば、気づけたはずだった。
「よかった……君が、無事で……最後に見るのが、君の……綺麗な、目で……」
「……おい? 冗談だろ?」
ダンジョンボスを倒した時。私のソードブレイカーは魔道具になった。
それを戒めとして。《輩殺しの刃》と名付けたのは、後ほどの話だ。その時の私にはそんなものどうでも良かった。
「……」
連れて帰ったあいつらは、とっくに冷たくなっていた。
大量の報奨金を得て、それは全てあいつらの墓に使った。
アクアの懐には、古ぼけた手紙があった。薔薇の香りのついた便箋だった。
血に汚れていて、よく読めなかったが。「ウェイラへ」と、そう書かれているのを見て。私は解読をやめた。
「私だけ、生き残ちまった……」
あいつと結ばれて。フェルも一緒にいて。くだらないことを言いながら、幸せに生きる。
そんな未来は、もう見えない。
「ごめん、なさい……ごめん……ごめんなさい……」
私は、なんとなく。本当に、なんとなくだが。私の人生の失敗を確信した。
この先の人生に幸福は訪れることがないのだと思った。
◇
ウェイラは身体強化魔法を、重ねて発動する。
彼女の使う身体強化魔法の重ねがけ。《
無論、本来の出力からは程遠い。だが、あの二人を倒すのには充分だ。
ウェイラは己の勝利を確信していた。
「くっ……!!」
ここにソラがいれば、また話は違っていただろう。
彼女は《デヴィジョン》を使うための魔力を残していた。
それがあれば、身体強化魔法の時間切れ。一分間は耐えることができるはずだった。
しかし時を巻いて戻す術はなく、たらればの話にはなんの価値も取り得ない。
「けど……」
だが、固有魔法の発動時間も時期に切れるはず。
そして、銃弾によって発した身体強化魔法の使用時間は一分間。《
つまり、あと一分。あと一分耐え抜けば、イリオスとサンの勝利で決着は付く。
「って、思ってんだろ?」
「は、っ……!」
「テメェら相手に一分どころか十秒も要らねェよ。間抜け」
だがそれは、あまりに長い時間だった。
「ご主人!」
「人の心配をしている場合か?」
目で追うことすらできない。こちらの攻撃は届かず、向こうの攻撃は全てが致命傷。
戦いが成立しない。一方的な蹂躙だ。
「まァ、逝けよ」
一ヶ月前と同じように、ウェイラはサンの腹を殴った。
それを受けて、サンは。
「っ……!」
当然、大ダメージ。
思い切り吹き飛ばされ、ダンジョンをいくつかぶち抜いて吹き飛ぶ。ウェイラはそれを逃さず追撃。
「ぐぶっ……!」
サンは翼で空中を翔け、その追従から逃れようとした。
内臓は破裂したかのような痛みを常に保っており、一瞬でも気を抜けば今にでも意識を失ってしまう。
「逃がさねェよ」
だが、意識を失えば死ぬ。極めて原始的な恐怖が、サンの体を動かしてた。
魔道具から取り出すのは、鉄の塊。これをサンに向けてひたすら投げる。
訓練によってさらに頑丈になった彼女の体だが、それでもウェイラの攻撃に耐えるにはまだ鍛錬が必要だった。
「ふ……ぅ、っ……」
すでに満身創痍。しかし、ここで。
「お?」
イリオスの二つ目の毒が発動する。
こちらは遅効性。ダンジョンボスから採取したもの。
痙攣ののち呼吸困難によって死に至らしめるが、当然ウェイラには動きを妨害する程度の効果にしかならない。
「サン!! 逃げろ!!」
しかしイリオスは《スター・トレイル》でウェイラに攻撃を仕掛けた。
サンは焦りながらも、徐々に元の場所。イリオスの元を目指していたのだ。
「この程度」
銀の刃には、爆発の魔道具の余り。
「ク、ハハッ!!」
その未来を予知したウェイラは、躊躇なくそれを殴った。当然の如く、無傷。
───師匠ならそうするでしょうね!
だが、魔道具の目的はダメージを与えることではなく。
「発煙弾……」
視界を塞ぐこと───
「オラァ!!」
───だったんだけどなぁ!!
拳圧で煙の全てを吹き飛ばして、ウェイラは再びサンに攻撃を仕掛けるべく前に進む。
そんな彼女が目撃したのは。
「っ……!」
理外の未来だった。
しかし、サンは遥か彼方に飛び去っている。その未来を覆す術はない。
「かませ」
《電撃ビリビリ拳》の強みは、初見にて発動する。
まず、《電撃ビリビリ拳》そのものが防御不可能の一撃であるという点。だが、これは副次効果に過ぎない。
真の価値は、《集雷拳》による大ダメージ。気づいた頃には不可避の一撃が体を穿つのだ。
そして《電撃ビリビリ拳》を警戒し、回避し始めた頃で発動するのが《餓竜集雷拳》。
《電撃ビリビリ拳》で電気を付与した岩や魔法を通して、より威力の高い《集雷拳》を電気を付与していない相手にもぶつけることができる。
最後の一つは。
「……放出型」
相手の意識を、《電撃ビリビリ拳》に向けること。
ここまでの戦い使う魔法を、常に《集雷拳》に絞ってきた。だからこそ、敵は《電撃ビリビリ拳》を警戒し、それを食らっていない状況では弛緩する。
だが、サンは雷魔法を自力で撃てる出力も変わらず。消費魔力だけが増して。
「《暴竜集雷拳》!!」
もはや拳も関係ないが、雷はウェイラを穿つ。これでサンはもう、雷魔法を撃てない。
その隙を見てイリオスは、《スター・トレイル》でウェイラを切り裂いた。
そして、サンの役割は逃げることだ。このわずかな時間を使って、ウェイラから逃れることだ。
「おい、馬鹿弟子。誰に手を上げてやがる」
「っ……!」
しかし、ウェイラが狙ったのはイリオスの方だった。
「師に手を上げる出来の悪ィ腕は要らねェだろ?」
「ぐ、が……くっ……!」
ミチミチと音を立てて、徐々に腕の皮が裂けていく。
「ッ……! ご主人ッ!!」
それを見て、サンは。引き返した。
「ぐ……《サン、だ》」
「言わせねェよ」
「ぇ、かっ……!」
命令の弱点。言葉を発せなければできないこと。
「そろそろ、か」
ウェイラは、遠くから腰溜めに拳を構えた。そして、思いっきり振り抜いて。
「ぐがっ……!!」
サンを墜落させる。
イリオスの首根っこを掴んで放り投げ、サンの元へぶん投げるウェイラ。
「……ごしゅ、じん」
「サ……っ、う……」
意識はあるが、声が掠れていた。喉を一時的に潰されたのだろう。
右腕には力が入っておらず、だらんと垂れ下がっている。
「終わりだな」
そして、ウェイラは。目の前に現れた。
「う……ハァっ……ハァっ……!」
殺される。逃げなくては。
だが、イリオスをおいては逃げられない。
恐怖心に苛まれながらも、サンは動くことができず、思考は降り積もり頭痛のように熱を持つ。
「う、ぁあああああああっ!!」
「くだらねェ」
残ったわずかな魔力での《電撃ビリビリ拳》も、簡単にいなされ。頬に強い衝撃が走る。
口の中にはいっぱいの鉄の味が広がり、尖った八重歯が勢いを持って抜け、脳みそはクラクラとしている。
「う、ぅうううう……!」
ただ、いっぱいの孤独感と怖さだけが。彼女の心を支配していた。
「……あ?」
彼女の体を、パリパリと。わずかに、紫色の雷が包む。
「なんだ、そりゃ」
ウェイラが見た未来は。
───サンは固有魔法を持っているかも知れぬ。
イリオスは、ソラとの会話を思い出していた。
「固有魔法、ですか?」
寝耳に水どころか、大瀑布だ。
イリオスにとって、それはあまりにも予想外なことだった。
「そんな様子は見えませんけど……」
「まあ、ヌシからすればそうじゃろうな」
確かに、固有魔法を生まれつき持つ者も存在する。
だがそういった人種は得てして、何かしかその片鱗が見えるものだ。
しかしサンにはそれがない。三百六十度どこから見回しても、あのまま等身大のバカである。
「だが、一つくらい心あたりがあるのではないか?」
「……あ……雷魔法」
サンがシェイプシフターに放ったという雷魔法。
だがあの頃のサンは、魔法の使い方を知らない。ある程度簡単な魔法なら使えただろうが、雷魔法を扱えるはずがないのだ。
「……妾はの。相手の魔力量を、ある程度測ることができる。ちなみにサンはおヌシの四倍ほどだのぉ」
「すごい……」
「だが、キレたあやつなら五倍じゃ」
「っ……!?」
キレたなら。要するに、怒ると魔力が増える。とでも言いたいのだろうか。
そんなはずがない。感情で魔力が左右されるわけがないのだ。
「それがあやつの固有魔法だと踏んでおる」
「……感情で、魔力量が増える。ですか」
「うむ。そうすれば、辻褄が合う。……死への恐怖だとすれば、一体何倍になるんじゃろうな?」
「は……」
イリオスにとっては、盲点だった。
彼は魔力量を測ることができないから、気付きようがなかった。
「増え過ぎた魔力は体外へ放出され、魔力から電気に変換される。そして、魔法ではない、ただの自然現象として雷が発生する……辻褄が合うと思わんか?」
「たし……かに……」
「今回の戦い。正直な話をすると、かなり厳しいものになるだろうのぉ」
サンは無意識のうちに固有魔法を使っている。
どこか納得する気もするし、そんなことがあり得るのか、と言いたい気持ちにもなる。
「無論、それを利用する気などありゃせん。だが、いよいよの段階に至った時……勝敗を左右するのは、ソレだろうのぉ」
そして、今。
「うああぁあああああぁぁぁあああああああ!!」
それは証明された。
自らの死への恐怖。主人の死への恐怖。
激情の奔流は膨大な魔力へと翻り、雷撃を以てその元凶を穿たんと放出された。
「が……!」
今までの、さらに数倍の威力の雷魔法。
ここでサンの意識には限界が来、意識を失う。
「……」
「ぐ……う……!」
───やはり、こいつは危険すぎる。ここで殺しておかなければ。
ちょうど、身体強化魔法の制限時間はあと少し。
時間がない。確信から、一歩前に進んで。
「……退け。馬鹿弟子」
「退きません」
前に立ち塞がったのは、イリオスだった。
「サンは殺させない。俺が、絶対に」
サンを殺したければ、自分を殺してから行け。そうとでも言いたげだった。
「……」
実際、ウェイラならそうするのだろう。イリオスの目的は、ただの一秒でも時間を稼ぐこと。
「く……ははっ……」
それを見て、ウェイラは。
師匠編は次話か次々話で終わりです。