随分、時間は経って。二十歳。
私は、まだ探索者を続けていた。今度は、一人で。
あの街を出て。いつの間にか、「最強の探索者」だなんて崇められるようになっていた。
そうすると、私の力に近づこうとして、弟子入り志願者が出るようになった。
悪い気はしなかった。全部を失った私だからこそ、教えられることがあると思った。
今度は怨むためでも、生きるためでもない。救うために戦ってみよう。そう、考えて。
「あ、頭がおかしいんじゃないのか!? いきなり魔物と戦わせるなんて!!」
それはうまくいかなかった。
「馬鹿が。テメェが油断してたのが悪いんだろうが」
「死ぬところだった……! 死ぬところだったんだぞ!?」
「これが本当の探索だったら死んでたよ、間抜け」
私は、あいつらみたいに……仲間を失う人間を増やしたくなかった。命を落とす人間を増やしたくなかった。
その一心で、厳しい訓練を課した。そうすると、誰も私についてくることはなかった。
「異常だよ、あんた……! この、鬼め!」
「そうさ、私は悪鬼だ。で、それが何か訓練に関係あるか?」
「っ……! やめてやる! ここでは何も得られなかった!」
「あァ、待て」
ただ、私はそれでも良かった。
「テメェ才能も根気もねェなら、今ここで探索者もやめろ」
「なんでそんなことまで」
「じゃなきゃ探索者を続けれねェ体にしてやるよ」
「っ……! もういい! 願い下げだ!」
無益に命を失う人間を、増やすくらいなら。
ただ、少しだけ。そうだな。ちょっとばかし。寂しさは、感じていたかもしれない。
仲間じゃなくてもいい。
それでも、ほんのわずかにでも私の気持ちを理解して……ついてくれる人間が、たった一人。欲しかった。
私の孤独は、埋まらなかった。
「あ、あの! ウェイラ・リタさんってここにいますか!」
あいつと出会うまでは。
「おいおいなんだ嬢ちゃん。オトモダチにいじめられたかァ? 鬼に用事なんてよォ。ほら、くだらねー奴はおっちゃんたちがぶっ飛ばしてやるから、回れ右して帰んな」
「え、えと」
「怖がらせてんじゃねェ」
「ぐォオオオオオ……!!」
そう、あいつ。あいつだった。
見た目は小動物みてぇに小柄で、ネズミ一匹殺したことがないような、人畜無害の権化。
「で、私に何の用だ」
「弟子にしてください!」
「帰れ」
その日から、私はつけられるようになった。
「おい、ウェイラぁ。お前に可愛いお客さんだぞぉ?」
「チッ……勘定」
「あ、待ってください師匠!」
「テメェなんざ弟子にとった覚えはねェ」
歳の頃は、十三、四だったろうか。
あいつはやけに、私のことを追いかけまわしてきた。
「ふむ……」
「師匠、それ買うんですか? 僕がお金出しますよ」
「そうか、頼んだ」
「はい! お会計、え……ちょ、ちょっとお金が足りないかも……って、師匠!? どこに行くんですか!?」
気づいたらいつも近くにいる。
煩わしさも感じたが、私の孤独は埋まっていった。
「師匠! 珍しいですね、このダンジョン! 砂漠です!」
「……」
いよいよ、あいつがダンジョンにまでついてきた時。私は、腹を決めた。
「おい」
このダンジョンで魔物を一匹でも殺せれば、弟子にしてやる。
それができなければ、二度と付きまとうな。それが、私の出した条件。
「おぉ……! 試練ですね! やります!」
無理だということはわかっていた。
どうせ、一日も経てば根を上げる。こっそりと付け回しながら、私はあいつのギブアップを待っていた。
「ハァ……ハァ……」
「……」
三日後。あいつは、ボロボロになりながら魔物を殺した。
大きなサソリの魔物だった。今でも、はっきり覚えている。
「あ、ししょー……」
「……なぜやめなかった」
「え……師匠が、やれって言うから……」
私の心が、大きく揺さぶられるのを感じた。
「……なァ。なぜ探索者を目指す?」
「……わかんない。もう、なんにも残ってなくて……でも、僕……幸せになりたいんです……」
なんだか、いつかの自分を見ている気がしてしまって。
「お金がいっぱいあれば、幸せですし。お腹いっぱい食べれれば、幸せです。だから、僕は……私は、せめて……諦めたく、なくて……」
「……お前、名前は?」
「アイリス……というか、前言ったじゃないですかぁ……」
「そうだったか。すまなかったな」
今でも、あの判断を後悔している。
「今日から私の弟子になれ」
「っ……やったぁ……う……」
私は、アイリスを弟子にとった。
知り合いからは散々揶揄われたが、全員半殺しにしたので問題はなかった。
「問題大アリですよ!」
「るっせ。キンキン声で喋んな」
あいつはまあ、見た目によく合う甘っちょろいやつだった。
だがそんなやつが、私の求めて止まなかった唯一の存在だった。
「しーしょー? くどいですけど、肉を焼いただけは料理って言いませんから! あと野菜も食べる!」
「うるせェ。野菜なんざ食ったら弱くなんぞ」
「嘘つけェ!」
あいつは折れなかった。
私の過酷な訓練にもついてきて、それでなお悪態を吐くほどだった。
「師匠! この魔道具! お買い得ですよ! テレポートなんて珍しい!」
「パチモンだぞソレ」
「うぇ……うわ、マジじゃないですか……店主コラァ!! テメェどういう了見ですかァ!!」
「おい。……ったく。誰に似たんだか」
「え……いや、ぜってぇお前にぃでででででで」
生意気だが、あいつは真っ直ぐで。みるみるうちに成長して。
いつしか、私の弟子として周りにも認知されるようになっていた。
「おォい!! 人の飯横取りしてんじゃねェですよ!!」
「遅ェ奴が悪い」
「なんだとぉ……! いくらししょーでも許せません!! 食い物は私の全てです!! 抜けよ《輩殺しの刃》を!! 決闘だ!!」
「アイリスちゃん、昔はあーんなに可愛かったのによぉ……」
「聞こえてんぞロリコン!! 私は今でも可愛いでしょうがァ!!」
もう誰も、あいつを揶揄う奴なんていなかった。
皆に認められ、探索者の一員になった。仲間になった。
……私は、あいつらを仲間とは思っていなかった。
むしろ、あいつのおかげか。あいつらのことを、仲間と思えるようになったのは。私に仲間ができたのは。
「ししょー? こんなところに何しに来たんですか?」
「……るっせ。どこにでもついてくる癖は相変わらずだな。飼い犬か」
「はァ!? ……って、ここ……」
ある時、墓参りにアイリスがついて来た時があった。
「……」
「おい。帰んぞ」
あいつは、何も聞かなかった。黙って手を合わせていた。
ただ、帰りがけ。
「死なないですから」
私は。
「私は死なないですよ。師匠の弟子ですもん」
「……クハハッ」
「だから、あんまりそんな顔しないでくださいよ。ししょーらしくないですよ!」
……私は。
「なァ、アイリス」
「ん?」
「ありがとな」
「わ、デレだ珍しーっ! いいですねいいですね、普段からそのくらい素直ならあべごぎあぁっ!?」
信じた。信じちまった。希望を持ちまった、縋っちまった。
幸福を望んじまったんだ。
その約束が破られたのは、ほんの一ヶ月後のことだった。
「っ……!」
悪夢を見た。
アイリスが黒い泥になって、溶ける夢だった。
以前よりも、現実的な夢だった。
日付や場所、状況。その全てが、詳細にわかった。
「馬鹿弟子。今日の探索は中止だ」
「えー?」
「えーじゃねェ。たまにゃ師匠の言うことも聞きやがれ」
「むぅ……わかりましたよぉ」
翌日、向かう予定だったダンジョンで大規模な侵食現象が発生した。
探索者同士で協力し、それでやっと殺し切れるほどの物量。私は、己の判断を讃えた。
「うっわぁ……危なかったですねししょー。なんでわかったんですか?」
「……さァな」
数日が経って、魔物の波が落ち着き。探索者の出入りが解禁された。
「やっぱり私ってば、運が良かったんですね! ほらししょー、死なないって言ったでしょ?」
「うるせェ。やかましいんだよ、テメェは」
「やーいやーい照れてやんのー!」
後ろ髪を掻いて。目を閉じた。
私は徐々に。徐々にだが、前に進んでいた。失った時間を取り戻していった。
「……アイリス?」
次に目を開けた時、あいつは潰れていた。
結論から言うと、ダンジョンの侵食現象は終わっていなかった。
ダンジョンの構造が変化。その影響で地盤が隆起し、先へ駆けたあいつを叩き潰した。
「……」
その頃だったか。私が、固有魔法に目覚めたのは。
数秒先を見通す能力。右目の視界を映す能力。悪夢は、その一端だと気づいた。
多分、この力がもっと以前からあれば。あいつは死なずに済んだのだろう。
「糞食らえだ」
私は自分の右目を潰した。
欲しかった力は、全てを失った後で手に入った。これが皮肉でなくて、他になんだ?
光を失った世界で、目を開けている理由なんてなかった。
「……」
アイリス。名前の通り、あいつは私にとっての光明だった。
凍て付かせたはずのこの心を、温かく染め上げていった。
華は散り。もう、花弁の一つさえも残っていない。零だ。
───もう、いい。もう、充分だ。
いつだったか。ふと、そう思った。
次の弟子は取らなかった。
生きる意思も、意義もない。
機械的に体を動かして、慣れた手つきで拳を振るう。あいつらを奪ったダンジョンに、復讐するように。
……ああ、そうだ。多分、私が探索者を続けていた理由は、復讐だったと思う。
冷酷。冷血。血も涙もない鬼。人は私をそう称し、畏れた。
それでよかった。もうごめんだった。
「……っ、ごめんなさい」
そうして、数年経って。私は、あいつを見つけたんだ。
「おゥ、気ィつけろ」
人にぶつかられるのなんざ、久しぶりだ。
そう思って、顔を見て。
「っ……!」
ああ。認めるよ。
アクアと重ねたんだ。どこか、面影があった。生意気そうな目元は、アイリスに似ていた。
フェルとあの男……には、別に似てなかったな。あァ。
「なんでしょう?」
「……いや。なんでもねェよ」
死んだような目をしたそいつは、フラフラと歩いていた。
帰り道を見失った子供のように見えた。
目の下のクマは異様に濃く染まり、服装は……恐らく他の国のものであろう服はボロボロで、痩せこけていた。
「……関係ねェ」
よくある話。よくある話だ。
死場所を求めて、ダンジョンに潜る。そういう人間を、私は何人も見てきた。
「……」
もう。もう、ごめんだった。
「おい」
だってのに、あァ。なんでだろうなァ。なんでなんだろうな。
あの日、お前を引き止めちまったのは。
「まだ、なにか?」
あいつの顔で、あいつの目で、あんな表情をしているのが気に食わなかったんだろう。
世界の全部に絶望したんです、なんて、諦め切ったような面しやがって。
───だから、あんまりそんな顔しないでくださいよ。ししょーらしくないですよ!
あるいは、あいつらに背中を押されちまったのか。
「……」
もしくは……ちっぽけな、同族意識か。
「お前、名前は?」
これで、最後だ。
「……イリオス……です」
私は、もう一度だけ。こいつに、賭けてみることにした。
◇
最初はかなりギクシャクしていた。
だってあいつ喋んねェんだもんよ。拾ってきた猫かっつーの。
「……僕の記憶が正しければ、これは誘拐と言うのだと記憶していますが」
「ちげェ、保護だ。まだ寝とけ」
「……」
あいつはおとなしかった。言えばなんでも聞いてしまいそうな危うさがあった。
もう、あいつ自身に生きる気力がなかったのだろう。私と同じだった。
「ま、いつまでも後悔してらんねェか」
私は義眼をはめた。あいつを死なせたダンジョンで手に入れたものだった。
まるで、あいつが……いや。これは、都合の良い思い込みか。
そうすると、視界は戻って。私の目は、再び未来を映すようになった。
「食うか?」
「……」
困ったのは、あいつが私の料理を気に入らなかったことだ。
……アイリス曰く、肉の丸焦げ焼きを。
自ずと外食が増えて、金は以前より必要を増した。
「おい、死ぬぞ」
「……別にいい」
訓練には黙々と取り組んだ。だが、あいつは強くならなかった。
あいつに強くなる意志がなかったからだ。
「私が悲しむ。だから、死ぬな」
「……なぜですか?」
「……るせェ。知り合いが死ぬのはもう嫌なんだよ」
いつだったか。そんなことを言ったのをきっかけに、あいつは少し変わり始めたんだっけか
曰く。
「死ぬなと言われたのは久しぶりなので。もう少し、やってみようかと」
らしい。可愛げのない奴だ。
「おい。ボーッとしてんじゃねェ」
「……ああ。すみません。あなたの目があんまり綺麗で、見惚れていた」
「殺すぞ。考え事ならそう言え」
困ったのは、あいつの口調だ。
やれお姫様だのなんだの、誰に仕込まれたんだか。鳥肌が立つ。
いや、正直悪い気分はしなかったが。……やっぱしたかもしれねェ。
多少は口調を矯正してやると、マシになった。
「ほォ。お前、料理なんてできるのか」
「少し。お口に合うかわかりませんが」
「ハンッ、私の舌は肥えてるぜ? そんじょそこらの飯じゃ……うめェ」
「チョロいででででででで」
……まァ、よくわかんねェ言葉も吸収しちまうのはアレだが。
年齢の割に、結構子供っぽいやつだったと思う。
「リタさん」
あいつは私を呼ぶ時、常にそうしていた。
最低限ファーストネームで呼べ。そう指示すると、すんなり受け入れた。
「……あー。やっぱ私のことァ」
「はい」
「……なんでもねェ」
師匠。と、呼ばせるつもりにはならなかった。
私とあいつがしていたのは、ほとんど傷口の舐め合いだった。と、思う。あいつがどう思ってたのかは知らねェけどよ。
「おいテメェ!! 私があの酒を用意したことは言うなって言ったよなァ!!」
「そろそろお前もツンデレを卒業するんだな!! もう二十代後半だろ、キツいぞ!?」
「テメェは人生を卒業させてやんよゴラァ!!」
「ウェイラさん、やめて。やめてください、その辺で。死んじゃいますから」
けれど、ああ。楽しかった。
あいつは徐々に前を向いていった。人間として生きるようになっていった。
そうすると、私も誇らしくて。なんだか救われた気分になって。
「っ……クソ……また、か」
けれど、あいつが死ぬ未来は変えれなかった。
何度違う選択をしても。どれだけあいつが変わったと思っても。
この右目は、イリオスの死を映し出す。
「師匠?」
「っと、悪ィ。なんでもねェよ。休んどけ、ガキ」
「また、悪い夢ですか?」
以前よりもずっと明るくなった。よく話してくれるようになった。
……自然と、私のことを師匠と呼ぶようになった。それでも、この未来だけは変えれなかった。
「問題ねェよ」
「……白湯を作りましょう。きっとよく眠れます」
未来でお前は、私の元を去り。人知れず、死ぬ。
「そういえば、師匠のイヤリングって魔道具……なんですよね?」
「あ? まァな。お前が一人前になったら同じやつをくれてやるよ。銃もな」
「何年後ですか、それ……」
こうして未来の話をしている時も、ずっとお前は死ぬことを考えている。
私は、それが気に食わなかった。
「……」
お前の過去について、知りたくなった。そこにお前を救うヒントがあるんじゃないかって。
だがあいにくと私の右目は、未来を映すだけだ。一番知りたい、過去は見せちゃくれねェ。
「過去に何があった?」
そう聞くと、お前は吃る。そんな未来が見えた。
読唇術もこの頃身につけたんだったか。
停滞したまま時間が進んでいき。一日、また一日と。お前の死は近づいてくる。
私は、変えようとした。そんな糞食らえな未来を。
今度こそ。あいつらにしてやれなかった分まで、私が。
「俺は……」
その中で、お前の過去も知った。
それほどに信頼されているのだと、嬉しかった反面。それでもお前が死ぬ未来は、避けられないのだと。
「……」
そんな折。世界が滅ぶ未来を見た。
白銀の竜が紫電で世界を染め上げ、世界の法則は滅茶苦茶に歪み、たくさんの人々が死ぬ。
「……!」
だが、お前は。生きていた。
笑顔なんてなかった。全てに絶望し切った顔をしていた。
それでも、お前が生きている唯一の未来だった。
「あ……」
その過程で、お前の死因もわかった。
私は、惑った。躊躇った。お前は恐らく、明日にでも私の元を去るのだろうと。
選択肢は二つあった。
引き止めれば、世界は滅ばない。だが、私と生きればお前は死ぬ。
引き止めなければ、世界は滅ぶ。私の手から離れて、お前は生きていく。
「……」
銃とイヤリング。中身に、手紙を添えて。お前の寝室に置いた。
私は、お前に全てを委ねた。残りの人生を、私と生きていくつもりはないか。そう、問いかけた。
「そうか……」
翌日、お前の姿はそこになかった。
きっとそれが答えだった。
◇
それから、何度未来を見ても。どんな未来を見ても。
選択肢は二つにひとつ。世界を滅ぼしてお前を生かすか。世界を生かしてお前を殺すかだ。
「く……ははっ……」
今、私の右目に映るのは……お前を殺す未来だ。
私は……私がもっと、もっと何かすごいものなら。どちらも選べたんだろうな。
お前を救えるのは、私じゃない。世界を滅ぼす、あの小娘だ。
「わかってたのにな。最初から」
わかってたよ。
「私にお前が……殺せないことくらい」
私にお前が……救えないことくらい。
「……え?」
なァ。愛弟子よ。