魔窟の異常事態
探索者の国、シーカスケイヴ。
世界で最も探索者が多いと言っても過言ではないこの国では、その支援も手厚い。
例えば、医療施設や訓練施設。果ては、新人探索者への支援まで。
それから。
「おいしい! おかわり!!」
「うむ! こっちももう一つ頼んだぞ!!」
「……僕、ここで死ぬのかなぁ」
探索者向けの飯屋だったり。
「お、おい……あれ、英雄のソラ様じゃないか?」
「すごい食いっぷりだな……ちょっとちっちゃい子の方もすごいぞ……」
「俺ああいう魔物の噂聞いたことある」
山盛りの空になった皿を遠い目で見ながら、イリオスは周囲のどよめきの中に溶けていった。
◇
「ごちそーさま、ソラ! 久しぶりに腹一杯!」
「うむ、うむ! よく食べることは良いことじゃ! その調子で元気に大きくなっておくれ」
「二人とも、よくデザートまで食えますね……うぷっ……」
ウェイラを見送って、わずか数時間。
ソラが言うところのおすすめの飯屋で、三人は食事をとっていた。
「イリオスは相変わらず貧弱だのぉ……ほれ。ほーれほーれ」
「う……やめてくださいよソラさん……本当に吐いちゃいますって……」
「なにそれ楽しそう。ほらほら」
「やめてってば!」
イリオスの腹を傍から尾で突いて、二人はデザートを食べ進めていた。
ソラの奢りということなので、サンも遠慮なしだ。ひっそりとお会計をしておこうと考えていたイリオスだが、値段をみてすぐさま諦めた。
「きゃっ。やぁね奥さん、いきなり叫んできたわよこの人」
「凶暴ね。怖いわ奥さん。キレる若者ってやつだわ」
「仲良いね君たち!?」
竜人同士、何か通じ合うものがあるのかもしれない。
あるのかもしれないが、変なところで通じ合わないでほしいなぁ。と、彼は頭を押さえた。
師匠も自分の面倒を見ている時は、こんな気分だったのかな。少し、寂寥に駆られながら。
「騒がしいことだ。上品に飯も食えないのか?」
「っと、は?」
突然後ろから聞こえてきた声に、イリオスはパッと振り返る。
そこには、真っ白に染まった短めの髪を後ろでまとめた、一人の老人。男。が、立っており。
「ど、どちら様!?」
「む……『トール』。久しぶりじゃのぉ」
「『透』?」
いや、違うか。首を横に振って、サンはじっとトールと呼ばれたその男を見つめる。
彼は、ギロリと睨み返してきて。
「っ……!」
「連れを脅かすな。この二人に手を出すのなら容赦はせん」
「出さないさ。私をなんだと思っている?」
「不審者」
「フン、老婦が……ボケたようだな」
ズビシ、と指差しながら、ソラは笑顔で毒を吐いた。
トールもそれに呼応するように、けれども笑顔は一切なく言い返してみせる。
「また死ななかったようだな。残念なことこの上ない」
「おう。貴様が先にくたばれぃ、糞爺」
「減らず口め。……それより。お前に可愛い客が一人。来ているぞ」
「む?」
一触即発。そんな空気が途端に解け、トールは背を向ける。
「また会おう。ソラ……それに、雷の子よ」
「ん、俺?」
デザート。米粉でできたもちもちの生地にクリームとチョコソース、各種フルーツを乗せたそれを頬張りながら、サンはなんのこっちゃと首を捻った。
「……今のは?」
「トール。随分前からこの国に住んでおる。……信用ならん男よ」
「ふーん。ご主人シカトされてたし、俺もあんま好きじゃないかも」
「あはは……それもそうだね」
───なんというか。かなり危うい空気だったのに、この子は。
あの日の約束から、サンは随分と安定した。
以前のお気楽さを取り戻して、明るい笑顔を向けてくれるようになった。
今度は、そこに誤魔化しも偽りもない。
寂しさが消えたわけではないだろうが、ここをひとまずの居場所としてくれたのだろう。
そんなことを考えて、イリオスはにっこりと微笑んだ。
「……なにさ。このデザートはあげないぞ」
「要らないよ。お腹いっぱいだ……」
「私は欲しい」
「うむ、そうか! では注文を……と、ぬ?」
ソラの横に、薄紫色の髪をした幼女が一人。図々しく、ちょーんと座っている。
「やっと見つけた。ババ上、今までどこに行っていた?」
「スノウ。久しぶりじゃのぉ」
彼女はスノウ。探索者連盟、シーカスケイヴ支部長。その一人娘である。
「まったく、子供が一人でこんなところに来るでない。危険だぞ? なぜここまで?」
「……「なぜ」……?」
名に似合わず、スノウは顔を真っ赤にしてソラの胸ぐらを掴み。
「ババ上が一ヶ月も何にも言わず!! どこかに行くからに決まってる!!」
「あ、ああ! おう! すまなんだ!」
「それで済むと思ってる……!? その上やっと帰ってきたと思ったら、報告すらせずにここに……!! 飯を食ってる場合じゃない!!」
「わ、わかったスノウ! 妾が悪かった! 悪かったから、の!? 椅子に立つな! お行儀が悪いぞ!」
「うるさいロリババア! 大人ぶんな!!」
───十歳に叱られる五百歳弱ってなんだろうな。
サンの目線に、イリオスは目を伏せた。
わずかばかり似たような経験はあったので、彼はなにも言えなかったのだ。
「とにかく!! ……ババ上には今すぐ連盟支部まで来てもらう。それに、サンとイリオスも。できれば、来てほしい」
「んぇ? なんで?」
「サンとイリオスも行方不明者には変わりない。事情聴取と、健康に問題がないか軽い診察を受けてもらう」
並べ立てられる面倒そうな言葉に、サンは顔を思いっきり顰めた。
シワだらけの顔は、ソラよりもよほど老婆である。
「でも俺、まだご飯食ってて……」
「何か言った?」
「わかったよぉ……」
ウェイラ並の怖い顔を前に、サンは両手を上げた。降参のポーズである。
なんだかこうしてみると犬っぽいなと、そんなことを考えながらイリオスは席を立つ。積み上がった皿を崩さないように、慎重に。
「……イリオス。互いに、苦労するね」
「はは……そんなことないよ?」
「可哀想。心が壊れてしまってる。今度おすすめのストレス発散を教えてあげる」
「本当に大丈夫だからね!?」
そんな様子を見て、同じく竜人かつ自由人に振り回される身。
同族意識から、スノウは同情的な目線を向けた。
◇
それから、数刻。
「ふむ……うん! 一ヶ月ダンジョンに潜っていたのに、怪我以外は大丈夫そうですね!」
「怪我……なぁ、俺の歯って生えてくるかな?」
「竜人様の場合、歯は何度でも生え変わります。ご心配なく!」
「そっか。ありがと!」
身体中の怪我にまるっと処置を受けて、サンは体をぶんぶん動かしていた。
「あ、ご主人」
「やほ、サン。お疲れ様」
「わ。さっすが、気が利く!」
「お気に召していただけたようで何より」
外で待機していたイリオスから冷たい飲み物を受け取り、ゆっくりと歩く。
事情聴取も終わり、診察も受けた。連盟支部を歩いて見回りながら、手持ち無沙汰に持て余す。
「サン。ありがとう。師匠のこと」
「……ん? あ、いいよ。今は別に恨んでないし」
ウェイラのことは、口裏を合わせて三人で隠し通すことに決めた。
ソラは反対していたが、そもそもが被害者であるサンの提案であること。そして、彼女にサンを殺すつもりがなかったことを知り、渋々ながら納得していた。
「どうすんの? この後」
「……んー……ひとまず、レインさんの報告待ちかな。覚えてる?」
「……あ、うん! 覚えてる覚えてる! なんかこう、ほら! あれだよな!」
「そう、異世界の資料に解呪の魔道具。それから、僕の妹についてね」
「そだ! それ!」
───忘れてたな。
苦笑いしながら、今後について思い馳せる。
「正直、その情報を得たら、僕にこの国に留まる理由はない……と、思う。だから、次の国へ旅をする。寂しいけど、ソラさんたちとはお別れだ」
「……そっか」
「でもな、サン」
そう思うと、やはり。
「君が望むなら、君はここに残ってもいいんだよ」
「え……?」
サンは置いて行こうか。と、イリオスはそう考えていた。
ここにはソラがいる。同族であるサンを、彼女は決して裏切らないだろう。何より、連盟支部長とのコネクションを得られたのも大きい。
「正直な話をすると、サン。この国でダンジョンを攻略すれば、いずれ……君の願いは叶うかもしれない」
「……」
「寂しいなら、いつでもそうしたっていいんだ」
そんなイリオスの勝手な言葉に、サンは。
「なぁーに言ってんだよ。約束だろ? ご主人は俺が元通りになる手伝い。そんで、俺は妹を探す手伝いだって」
「……うん」
「旅は道連れ、世は情け、って言うしな。ご主人だって、妹を見つけたからー、なんつって俺とはいさよなら、とはならないじゃん」
───ああ。その通りだ。
己の浅慮を恥じながら、イリオスは静かに言葉を受け止めていた。
「だから、もう二度と言うなよ。そういうこと。俺たちは二人一緒に願いを叶えて幸せになんの。なっ?」
「……ああ。ごめんな。もう言わないよ」
「ん。わかりゃいい」
やはり、このやり方ではダメだ。
歯噛みしながら、イリオスはサンと小指を交わした。この国では、二人だけの文化。約束の証だった。
「……相引き中?」
「ちげぇよ!? ……って、スノウ?」
「……お邪魔した。大丈夫、私は空気を読める一端のれでぃ。ババ上とパパ上がドロドロし始めた時も、こっそり二人のことをパパとママって呼ぶようにしてる」
「やめてあげな?」
センシティブな問題だろうに、あまり変な首の突っ込み方をしてやるな。
サンにしては、珍しくまともな意見だった。
「ところで、スノウ。どうかしたのかな?」
「……パパ上が二人を呼んでる。着いてきて」
言われるがままに、スノウの小さな歩幅に合わせ歩き始める二人。
彼女が向かう先は、必然。最上階の一室で。
「パパ上。サンとイリオスを連れてきた。入っていい?」
「どうぞ」
扉を開けると、そこには以前と変わらない姿のレインがいた。
それから、なぜかソラがソファの上でしおしおになっている。何か叱られたのだろうかと、割とどうでも良さげにサンは思案した。
「失礼します」
「っ、あ。し、失礼されます!」
「ああ、いえ。そう畏まらずに」
思いっきり敬語を間違えた彼女の背中にイリオスが手を添えると、サンは逆ギレして脛を軽く蹴る。
なんだか、竜人は皆こんな感じなのだろうか。スノウの目線は名前の通り真っ白だった。
「お久しぶりですね、サン君。イリオス君。お元気そうで何よりです」
「ご無沙汰です。おかげさまで、なんとか」
「レインも変わりないな」
「ええ。まだまだ長生きしないといけませんからね」
席をゆっくりと立って、レインはソラの隣に腰掛けた。
サンとイリオスにも促し、二人もそれに従った。ちなみに、スノウはソラとレインの間にいる。
「さて……本日お越しいただいたのは、魔道具と異世界。それから、イリオス君の妹について。……と、言いたいところなのですが」
「え、違うの?」
「こら」
態度を諌められながら、そんなこと言ったってさぁ。と、サンは不満を漏らした。
イリオスとて、感情は理解できないでもない。正直な話をすれば、すでに一ヶ月が経過した現状。完全な情報でなくとも、手がかりくらいは掴んでいるものだと思っていたのだが。
「……ソラがいなくなって、一ヶ月。つい、一週間ほど前から。この国では、魔窟では、とある問題が発生しているのです」
「問題?」
「そう、問題。それも、結構深刻。できれば、真剣に聞いてほしい」
スノウの言葉に、サンは姿勢を正す。真面目なお話だと察知したからだ。
ちなみに、真面目なお話でなくても普通に姿勢は正して聞くべきである。
「ありがとう。それで、問題ということなのですが……まずは、侵食現象についてご存知ですか?」
「シンショク……えっと、なんかこう。場合によっては起こる、ダンジョンの変異だったり、拡大だったり、魔物がダンジョンの外に出てきたり。だっけ?」
「そうですね。大体、その認識で構いません」
条件は多様。また、満たしていても侵食現象が発生しないこともある。
ともあれ、決まっているのはたった一つ。「今までのダンジョンよりも厄介な性質に変化する」という点。
変異すれば今までの探索が無意味になる。広くなれば探索に時間がかかる。魔物に至っては論外だ。
また、侵食現象中の探索は極めて危険。稀な例だが、ダンジョンの変形に巻き込まれて死亡する事例もある。
「その侵食現象が、今。魔窟にて発生しています」
「なっ……!」
「ここまで活発な変動を見せるのは、稀なことですが」
こと、魔窟においては。侵食現象の持つ意味合いが、さらに変わってくる。
数千年前の再現。救国の英雄の出現まで、多数の探索者に犠牲を出した過去の顕現である。
「原因は不明。ゆえにその調査と解決をソラに依頼しようと、我々は考えていたのですが……」
「妾がこのザマでのぉ……」
萎びた状態から復活したソラが、レインの言葉を引き継ぐ。
「ソラから、本当の事情は聞きました。《輩殺しの刃》。随分、厄介な呪いをかけられたものです」
「……」
責任感を感じ、サンは押し黙る。
ソラの魔力は現在、ウェイラとの戦いでほぼ底を突きかけているからだ。
「無論、他の探索者にも依頼予定です。しかし、中堅未満の探索者では話にもならない。危険性ゆえ、そもそも依頼すらできず……やはり、ソラの戦力も欲しい現状です」
「他の実力者でも原因は究明できておらんのか?」
「はい」
無論、この国の探索者もソラ一人ではない。
ウェイラ並、とは言わずとも、十分な実力者は揃っている。彼らが原因の究明に臨んでなお、侵食現象は続いているのだ。
「そして私からサン君。君へのお願いがあります」
「俺?」
そう言ってレインは、一本の瓶を取り出し。
「約束していた、解呪の魔道具です。これを、ソラに譲っていただけませんか?」
「あ、うん。いいよ」
「ええ、勝手なお願いだとは……と、良いのですか?」
説得する手段は用意していたというのに、拍子抜けだった。
「これはかなり強力な解呪の魔道具です。ここまでのものは中々見つかりません。その呪いを解けるかはわかりませんが、可能性はあります」
「いいよ、それでも。元々俺のせいだし……それと」
サンは、イリオスの手の甲を見た。契約紋。従魔契約の証。
以前までは屈辱と不安の対象だった、その証が。
「……別に、いいんだ」
自分を救ってくれた、繋がりでもあるから。
無論このままでいいと思ってはいないが、以前よりも焦りは抜けている。
イリオスへの信頼がしっかりと固まった、というのも大きな理由だった。
「……そうですか。感謝いたします。ソラ」
「うむ。ありがとうのぉ、サン……すまぬな」
ソラは一口で、瓶の中身を飲み干した。
「……どうですか? 体の方は」
「かなり魔力は戻ったの。だが、呪いは相変わらずじゃ。時間経過を待つしかないな」
「ふむ……やはり、解呪には至りませんでしたか」
予想通りではあるが、できれば外れて欲しかった。
考えながら、ソラは顔を顰めた。
「お願いは、もう一つあります」
「……もう一つ、ですか」
「ええ。……約束の件は、また後ほど。恥知らずな行為だとはわかっていますが、何卒お聞きください」
無償とはいえ約束すら守らずに、一方的に頼み事ばかり。
確かにソラを弱らせた罪悪感はあるが、それを恩に着せて頼もうというのならば。
わずかな怒りを見せたイリオスに、レインは争う気はない、と謝罪した。
そも、この先はソラと、それからスノウの提案である。
「妾と共に、ダンジョンの異常解決に臨んではくれぬか?」
「……僕たちが、ですか?」
「うむ。妾としても、まだまだおヌシらを鍛え足りぬからのぉ」
「それに、ババ上は今少し弱い。とても心配。守ってほしい」
つまりは、先の修行。本来予定していた半月の続き、それから護衛ということだろう。
しかし、だ。
「俺たちでいいの?」
疑念はサンが口にした。
ソラは強い。魔力がほとんど使えなくなって尚、それでもイリオスたちよりもずっと強かった。
そんな自分たちが、ソラを守るなど。むしろ、足を引っ張るだけだ。
「うむ。ヌシらは信頼できるしの。それに、この国の探索者の中でも中堅以上の実力は確実じゃ」
───そうなの?
という、サンの目線に、イリオスはコクリと頷いた。
自惚れるつもりはないが、例えばグランド・ワームをあの短時間で殺せる人間がどれだけいるか。あるいは、あの化け物相手に追い縋れる人間がどれだけいるか、という話だ。
「人手はいくらでもいてほしい。どうせほれ、情報を得るまでは暇じゃろう。できれば妾としても、もう少しヌシらと共にいたいんじゃがのぉ」
ソラの言葉に、イリオスは迷った。
侵食現象の危険性は、ウェイラから口酸っぱく聞かされている。特に実際に侵食現象が起こったときなど、近くに行くことすら禁止された。
何より、サンを危険に巻き込みたくなかった。
しかし、ここまで面倒を見てくれたソラに、わずかばかりでも恩返しをしたいのも確かだ。
「俺はやるよ」
ふと、サンの声で思い出したのは。いつかの誓い。
───俺たちの手が届く人たちは、ちゃんと助けてあげような。
今は亡き妹と重なる、その言葉。
「ご主人もだろ?」
そんなことをわかってか、サンは笑顔で振り向いた。
何かあれば、また自分が守ればいい。今度は最後まで守り抜けば。
「はい。謹んでお受けいたします」
「おお、そうか! では休養の後、攻略を始めるぞ!」
その判断を後悔するのは、そう遠くない未来の話だ。