「……サン、でかしたぞ。まさかその魔道具、まだ取ってあったとはのぉ」
「一応自分の金で買ったもんだし……」
回収した血によって、侵食現象の犯人の捜索は大幅な進展を迎えることになる。
「……」
サンはあの謎の現象。血が二つに分かれ、その一方がレインを示した現象について。すでにソラに話していた。
彼女に話すときに気を遣ったのは、まず可能性の提案である。
遺伝子レベルで相手とすっかり同じ体に変化する魔道具の可能性や、そもそもの血が偽のものである可能性など。
ソラも、レインとの問答に嘘がなかったこと。そしてサンの列挙した可能性によって、ひとまずは受け入れることができた。
「どうなっておるんじゃ……本当に……」
そうではないことは、火を見るよりも明らかで。
誰が見ても、ソラの様子は普段と違っていた。時々頭痛でも感じたかのように頭を抑えて、それがやけに不気味だった。
這いずるような不快感と、掛け違いのような違和感。その全てが、サンの胸中を支配していて。
「サン……大丈夫。犯人が見つかれば、全てわかることだ」
「……うん。ご主人」
イリオスの言葉で、少し持ち直す。
彼の言う通りだ。どうせ今から犯人は見つかる。
正直な話ををするならば、ソラが一旦は魔窟に戻ることに決めた理由は、これも大きいだろう。
そうして、話はトントン拍子に進んで。
スノウを預けてすぐに、一同は魔窟に戻ることとなる。
「妾は再び別行動を行う。頼んだぞ、サン、イリオス」
「……押忍」
「はい」
ソラと離れて、血の動きだけを頼りに進んでいく。
イリオスが《広域型感知魔法》を行使する必要はなく、彼にとってそれは随分と負担の軽減になった。
「……犯人じゃないといいな。レイン」
「……ああ。そうだね」
だが、心にのしかかる負担は。
その全てを振り払って無視するように。彼はサンに抱えられ、《スター・トレイル》で行き先を示す。
「サン、こっちはダメだ」
「っと、そうだな」
立ち入り禁止区域を避けつつ、時には感知魔法も利用して、犯人への道を案内し続け。
「いた」
「っ……おう」
そして、見つけた。
即座にソラへ連絡、時点で求められるのは犯人の足止め。
ソラがこちらへ向かい始めてすぐ、犯人は動きを見せる。
「逃すか!!」
先日使用した、転移の魔道具。だが、発動までにはラグがある。
その前に、腕を切り落とす。その覚悟で、イリオスは《スター・トレイル》を使用した。
「っ……!」
が、躱される。一度見られていたことも大いに貢献していたであろう。
サンの技は大火力の物がほとんどで、足止めや無力化には向かない。殺してしまいかねないから。
……これが、不運の始まりだっただろう。
「甘い」
イリオスは、最初から《スター・トレイル》を避けられる前提で動いていた。
耳に手を当てて、師から貰い受けた銃を取り出す。
その銃に、特別な弾丸が込められていたこと。
ウェイラの切り札の一つ。《輩殺しの刃》の一部を加工して作られた、相手の魔力を乱す程度の逸品。
身体強化魔法を無視して相手を貫通し、一時的に魔力にグラつきが出、使用が難しくなる。
先の戦い。ウェイラとソラの頂上決戦で用いられたのが、それだ。
「……」
ウェイラやソラのような化け物と違い。イリオスは魔法よりも弾丸が速い。
故に、彼は足止めにそれを選び。その弾丸は正確に、犯人のふくらはぎを貫通して。
「なっ、く……!!」
相手の魔力は乱れ。
「……は?」
姿、形はめちゃくちゃになり、泥のようにぐにゃぐにゃと体は歪んでいく。
撃ったイリオス当人でさえ、何が起こっているのかがわからない。サンは余計に意味がわからず、戦慄していた。
「がぁっ、ああ!? あぁあぁあああああっ!?」
中年の男から、子供に。子供から老婆に。老婆から青年の男に。人間から別のバケモノに。
いくつもの見た目に連続的に入れ替わっていき。完全に溶け、消滅する。
その、直前。最後にとったのは。
「あ、あ……」
「……え」
「そ……ら……?」
最後にとったのが、英雄。ソラ・シーカー。それにそっくりな、何者かの姿で、あったこと。
これを不運と言わずして、なんと言うだろう。
「ああ。そうか」
「っ……!!」
そして、何より。
「……妾が犯人か」
ソラがそれを目撃してしまったことだ。
「何、言って」
「すまんのぉ。サン。イリオス」
背後に現れたソラは、壊れたように笑顔だった。狂おしい笑顔だった。
「全て、思い出した」
近づいてはいけない。こいつはおかしい。本能による警告が、サンの体をこわばらせる。
その少しの隙をついて。
「《……》」
ソラはボソボソと。何かを話した。
「なんだよ……なにが、なにがおこって!!」
「
そのまま、スッと手を前に突き出して。
「『《でゔぃじょんぜろ》』」
そこで、二人の意識は途切れた。
◇
「……ぃ! ……ぅ……に!」
うるさい。
周りが、ギャーギャーやかましい。何言ってるのかわからん。
「今はダメだ! 連盟からの指示を待つしかない!!」
「待ってられるか!! 俺はこの街に家族がいるんだ!!」
なんだよ。何をそんなに、争ってんだよ。
「……ああ。サン。目が覚めたんだね」
「ご主人……」
目を開けると、横にご主人がいた。夜中で冷えるらしくって、毛布にくるまってた。
「飲むかい? とても温まるよ」
「……」
カップに入った芋のポタージュを受け取って、一口。体が芯からあったまって、心が安らぐ。
……はず、なんだけどな。
「ご主人……見た?」
「……ああ。見たよ」
やっぱり。夢じゃ、ないんだな。
「ソラが……自分のこと、犯人だ、って……」
「うん……」
「なんだよ、あれ。どうなってんだよ。いきなり、意味わかんねぇ」
ご主人は、目を押さえた。
「ごめんな、サン。僕にも、わかんないんだ」
「……そっか」
見た感じ、ここは魔窟の外。だと、思う。
天を仰ぐと、すでに暗い。数時間は眠ってたのかな。
「なんでみんな、外にいんの?」
「僕らと一緒だよ。突然、意識を失って。気がついたら、外にいた」
多分、みんなここにいるのは万が一のためだろう。
万が一、再び侵食現象が起こった時。それを抑えるための戦力を、ここに集めている。
「それだけじゃない……! こっちは仲間もいなくなってるんだぞ!?」
「だからって死にに行ったらそれまでだ!! 現状連盟の指針は一時待機!! それに従え!!」
喧騒の正体は、言い争いだった。
「聞かなくていい」
「……うん」
耳を塞いで、考える。
あの男の言う通り、ここには何人か、見知った人がいない。串焼きのおっちゃんとかもそうだ。
でも、ほとんど全員がここにいる。いる人と、そうじゃない人の違いはなんだろう。
「死んじゃったのかな?」
「サン」
「……ごめん」
そうだよな。みんな薄々、察しはついてる。
でも、そんなの嫌だから。考えないようしてる、だけなんだ。
「おいしい……」
「連盟の炊き出しだ。飯は、心を落ち着けるから」
だからこう、具が少ない。今はかえってありがたいけど。
「ご主人……なんかわかってることってない?」
「……この場にいる人間については、さっき話した通り。ソラさんについては……」
ご主人は銃と、弾丸を取り出した。不恰好な形をしていた。
「僕があの犯人を撃ったのは、この銃弾だ。《輩殺しの刃》を削って作った、相手の魔法を……場合によっては、解除する効果がある」
「……」
「だから、僕が撃った影響で犯人が
ああ。心当たりがある。
「『でゔぃじょんぜろ』」
「……? なぁに、それ?」
「ソラが、最後に言ってたんだ。『でゔぃじょんぜろ』って」
『でゔぃじょんぜろ』……『デヴィジョン』、『ゼロ』。
意味は……分けるとか、分つとか。この世界で言うところの、デヴィジョンと一緒。あと、零か。
「俺の国の言葉で、デヴィジョンと大体同じ意味。……ソラの、固有魔法と」
「大体……ってことは、少し違うの?」
「うん。ゼロっていう意味の余計なのがついてる」
多分、だけど。
「だとしたら」
「そこから先は、私も聞きたい」
「……スノウ?」
なんでまた、こんなところに。
「……パパ上が消えた。それだけじゃない。街の人が、たくさん」
「っ……!?」
「……これ以上の争いを避けたいから、探索者には極秘情報。着いてきて欲しい」
ご主人と顔を合わせて、頷いて。スノウについていく。
狭いテントの中には、初老の男がいて。
「どなた?」
「ラルウ。私のお世話係。執事みたいなもの」
「お嬢様がお世話になっております」
スノウをここまで連れてきたのも、彼なのだろう。
慣れた手つきで茶を淹れて、着席するように促してくる。
「爺や、あれちょうだい」
「仰せの通りに」
ラルウと呼ばれたその男が差し出したのは、いくつかの写真だった。
数十枚はあろうそれらには、人の顔が写っていて。
「今から四時間前。この写真に写ってる人たちが、一斉に姿を消した」
「……」
その中には、レインの姿もあった。
「性別、年齢、容姿種族、どれをとっても共通点はない。……ただ一つ。突如として溶けて消えた、ということを除いて」
「っ……!」
ご主人が、突然ラルウの姿を見て。彼は首を横に振った。ご主人は、少しほっとしてた。
……ああ。そっか。
スノウがレインの「そんなところ」を見てしまったんじゃないかって、そう思ったのか。
「……本当のことを言うと、二人の話は少し前から聞いてた。《輩殺しの刃》?『でぃゔぃじょんぜろ』? の、あたりから」
「っ……」
「ここにはババ上の姿が見当たらない。何か知っているなら、話して欲しい」
「う……」
何も、話せない。
こんなこと、スノウに言えるわけないだろ。ソラが関わってるかも。犯人かもなんて、そんなこと。
「……」
ご主人と目を合わせて、頷いた。
スノウには嘘を教える。たかだか十歳の子供に、この事実は重すぎる。
「私に嘘は通じない」
そう、思ったんだけれど。
「私は、ババ上の娘だから。一緒。嘘は、私には通じない」
おんなじ目だった。ソラと。全部、見透かされてるみたいな。
「……お嬢様は、レイン様のことについても承知でした」
「っ……」
レインのこと。
犯人の姿がレインと全く一緒で、探知の魔道具が反応したこと。
一体、どうやって知ったのやら。
「全てを覚悟して、ここまで訪れた。その想いを、この幼子が己の出来得る全てを賭したこの行動を。どうか、踏み躙らないでいただきたい」
「……子供ですよ。相手は」
「たとえ子供でも、真実を知る権利は等しくあります。知りたいと望むのなら、なおさら」
ご主人は。たじろいでた。
俺も、同じことをされて嫌だったから。ちょっとだけ、スノウの味方をしてやりたくなった。
「我々大人がするべきことは、真実を覆い隠すことではありません。真実を知った子供を教え導くことでございませんか?」
「それ、は……」
ラルウは、深々と頭を下げて。
「会って間もない私。この頭にどれだけの価値があるかはわかりませんが、それで心変わりするのであればいくらでも捧げましょう」
「……私からも、お願い」
横にいたスノウも、それに倣う。
「ババ上とパパ上は……私の、家族なの」
ご主人と、もう一度目を合わせた。
今度の意味は、さっきと真逆だ。
「実は……」
俺たちは話した。ほとんど根負けみたいなものだ。
犯人がレインだと疑っていたこと。犯人を見つけた時、魔法を無効化できる特殊な弾丸で撃ったこと。その姿が、ソラへと変貌して消えたこと。
……ソラが「自分が犯人か」と言い残して。そこから先の、記憶がないこと。
俺が言葉に詰まるから。ほとんど、ご主人が話してくれた。
「……そう」
スノウは、最後まで話を聞いていた。
動じていないわけではないだろうに。彼女は、強かった。
「それで、サン。『でゔぃじょんぜろ』とは、何?」
「……ソラが、最後に言ってた言葉。ソラの固有魔法の、《デヴィジョン》とほとんど同じ意味」
なんでソラが、英語を使えるのか。なんて、そんなのは俺にはわかんないよ。
……でも。『ソラ』に、『レイン』。そして、『スノウ』。きっとこれはもう、偶然じゃないと思う。
「だからここから先は、俺の予想だけど」
……きっとソラは、その意味をわかって使ってた。
「《デヴィジョン》の効果。生物以外の全部を、魔力を分けて作れる」
あれがソラの固有魔法の、本当の効果なんじゃないか?
「きっと、嘘だ。《デヴィジョン》は、生物も作れる。そう考えると、辻褄が合う……気が、する」
ご主人曰く、ウェイラの固有魔法は弱ってた。
つまり、《輩殺しの刃》は固有魔法にも効果があって……それで、ソラの作り出した魔法は。犯人は、消えた。
「そうじゃなくても、この事態がソラさんによって引き起こされたものだって可能性は、かなり高い……」
「……うん」
「だとすれば、消えた人たちは……パパ上は……」
……ああ、くそ。だから教えたくなかったんだ。
「魔法で作られた存在。《デヴィジョン》で同じ人間が作られた。だから、犯人の顔が同じだった」
「……そっか」
そんな顔を、させたくなかった。
「なんで……ババ上……」
それでも、まだ疑問は残る。
どうしてソラは「自分が犯人だ」と言った?
思い出したって、何をだ?
なんで《デヴィジョン》を解除した?
俺たちはどうして生きてる?
「なんで……」
「教えてやろうか?」
「っ……!」
この、気配。
「っ、お嬢様!!」
ラルウの身のこなしは悪くない。スノウは大丈夫。
ご主人もすでに剣を抜いてる。俺も。
「まあ、落ち着きたまえよ」
「がっ……!?」
体が、重い……! 重力の、魔法……!?
「トール……!」
「先日ぶりだな、幼体にその主人。それに……ソラの娘よ」
「スノウ……!」
体、動かねぇ……! スノウも魔法を喰らってる……!
助けないと……動け……!
「お嬢様に手出しは、させませぬ……!」
「……ふむ」
「ガハッ!!」
動け、動け動け動け動け!!
「お、らぁっ!!」
「動けるのか」
やっと動いて、殴りかかって。
トールは、真横にいた。
「げぶっ……!!」
「サン!!」
痛い。あのやろう、思いっきり膝蹴りかましやがって。
「随分な挨拶だ。せっかく人が親切に、疑問に答えてやろうと来たのに」
「だったらまずこれを解除しやがれ……! 先に攻撃しといて被害者ぶってんじゃねぇ……!!」
「……ふむ。それもそうか」
パッと、体が軽くなった。
「このっ!!」
「何せ、お前たち如きに魔法は要らない」
「ぐ……!」
体を組み伏せられて、動けない。
「……暴れられても面倒だ。四肢を折っておくか」
べき。って、聞こえた。
「ぐ、がぁああっ!?」
折ら、れた。
「次は足を」
「やめろ!!」
ご主人の声で。足にかかってる圧力が、緩んだ。
「……非礼を詫びる。僕たちはあなたに手出しをしない。だから、それ以上はやめてくれ。あなたも、僕たちに危害は加えないでくれ」
「ご主人……」
「サンにも、言い聞かせます。《大人しく、こっちにおいで》。《その人に攻撃しないで》」
「……いいだろう」
左腕をいかれた。
ゆっくりご主人の方に近づくと、骨を元の位置に戻して添木をしてくれた。
綺麗に折られた。回復魔法も使えば、明日にはくっついてると思う。
「何が目的ですか?」
「目的なんてない。親切心さ。お前たちが欲してやまない答えと真実を、私は知っている」
「……」
信用できない。
何より、ああ見えて多分。俺の腕が折られて、内心憤ってる。この人は、そういうタイプだ。
「聞かないのなら、それもいい。好きにすればいいさ」
「聞かせて欲しい」
緊迫した状況の中。最初に言葉を発したのは、意外にもスノウで。
「……それが嘘でも真実でも、ババ上の手がかりになる。私は、聞くべきだと思う」
「……そうか」
それを見て、トールは。無表情。
一切の変化もなく、冷淡に話し始める。
「私がお前たちに教えてやれるのは、ヤツの正体についてだ」
その目は何よりも、何よりも黒く、冷たく。
「……ヤツの名は、ソラ」
そして、その言葉は。
「《救国の英雄》。ソラ・シーカー」
「……は?」
なんでか、どうしようもなく。正しいものに思えて。
「数千年前からこの国に潜む、バケモノさ」
まるで、答え合わせでもされているような気分だった。