救国の英雄? 数千年前?
……何言ってんだ、こいつ。
「何、言ってんだ。お前」
気づけば、そのまま口から言葉が出ていた。
「わからないか? ソラ・シーカーは《救国の英雄》の孫娘などではない。その本人だと言っているんだよ」
「はぁ……?」
頭、おかしいんじゃねーのか。こいつ。
「ヤツは竜人の中でも特別でね。ほとんど不老に近い不死性を獲得している。厄介な話だ」
救国の英雄。って、だって、絵で見たぞ。
髪の色から、何から何まで違った。今のソラと、昔のソラは別人だった。
そうだよ。あれはまるで、ソラにそっくりなべつじ、ん……あ。
「黒い、髪の……」
「見たのか。ヤツの本来の姿を」
「っ……!」
言い当てられて。心臓が、キュッてなった。
「名を変え。姿を変え。全くの別人に成り代わりながら、ヤツはこの国で生き続けているのさ」
「そんな」
「そんなわけがありません……!」
俺の反応よりも、ラルウの反応の方が早かった。
「ほんの百年、二百年前に、ソラ様の母上殿の葬儀が執り行われています……! 遺体も確かに、そこに……!」
「お前自身が見ていないことについて、よくも語れる。だが……分け身を殺す覚悟があれば、その程度の偽装容易いだろう」
分け身。デヴィジョン。
「ヤツは一人じゃない。察しの通り、あいつの固有魔法は生物を作り出すこともできるのさ」
「……に、言ってんだよ」
「いや、正確にはそれだけではないのか? 恐らく姿形を変えることも可能であるから……二つ一セットの能力というわけだ。よくできている」
「だから!!」
ふざけんな、そんな、そんなの。
「さっきから何言ってんだよお前……!! 意味わかんねぇぞ……!?」
認め、られるか。
「……悪いが、子供の癇癪に付き合ってやるつもりはない」
「っ、このっ、う……!」
痛い。無理やり命令に背いたから、体が。
「今ヤツがなぜこんな行動に出たのか。なぜ突然、能力を解除したのか。それはわからないが……」
「く、っ……!!」
「一連の騒動がソラの仕業だというのは。まあ、間違いではないだろうな」
だとしても。
「バケモノの考えることなんて私にはわからないさ。どうせ、碌でもないことを企んでいるに決まっている」
「っ……!!」
「魔窟をここまで成長させたのはあいつだろう。国を作り、ダンジョンに餌をやり。あらゆる魔道具を集めて、神の真似事でもしようとしたんじゃないのか?」
だと、しても。
「ペラッペラ!! ごちゃごちゃ!! うるせぇっ!!」
「っ、サン! ダメだ!」
「離せよ!!」
あの頭、一発ぶん殴ってやらないと気が済まねぇ。
なんだ、あいつ。何にも知らないくせにズカズカと、ズカズカと入り込んできやがって。
「あいつが……! ソラが何か企んでるって、な訳あるか!! あいつは言ってたぞ!!」
「……」
「この国に生きるみんなが誇りだって!! それが自分の生きる理由だって!! みんな笑って過ごせるようにって、願ってた!! 見知らぬ俺のことだって助けてくれた!!」
それも知らずに。ソラが何か悪いことしようとしてるみたいに言いやがって。
あいつが、あいつがそんなことするか。侮辱だ、そんなのは。
「そのソラが、国を餌にって!! ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ!?」
……何より。
「サン……」
スノウにあんな顔させやがったことが、許せねぇ!!
「……分体だからじゃないのか? ソラの孫娘で、民と国とを想い、善良で誠実で心優しい英雄。「そういう人間」を作り出したんだよ」
「テメッ」
「違う」
俺を羽交い締めにしてたご主人が、冷淡な声でピシャリと静止した。
「ソラさんは、師匠の《輩殺しの刃》に刺されても消えなかった。だから、僕たちと過ごしたソラさんは、本物のソラさんだ」
「……ほう」
「……貴方は、真実を伝えようとしてくれているのかもしれない。もしかしたら正しいのは貴方で。ソラさんは、何か過ちを犯そうとしているのかもしれない」
「けれど」と、ご主人は続けて。
「その先は、侮辱に他ならない。撤回しろとは言わない。八つ当たりも謝罪する。……それでも、それはあくまで貴方の邪推でしかない」
「少しは、会話ができるようだな」
トールは、少し感心したような顔をして。すぐに、見下すような目線に戻った。
ずっとそうだ。こいつからは、ずっと人を見下してる気配と雰囲気と態度を感じる。
「サンも、落ち着いて。あの人に怒っても仕方ない。……今ここで君が暴れれば、スノウも危険に晒すぞ」
「……ごめんなさい」
「大丈夫。ゆっくり、力を抜いて……そう。それでいい」
アンガーマネジメントっつー言葉がある。六秒だか七秒だか忘れたけど、数えれば落ち着くってやつ。
「ソラは今、魔窟の中にいる」
全く意味がねぇ……! 今でもこいつをぶん殴ってやりたいって気持ちは変わらねぇ……!
「少しでも事態の収束に動きたいのなら、そこへ向かえ」
「っ……! ぐ、ぎっ……!」
「せいぜい、足掻けよ」
自分の無力ってやつを、つくづく思い知らされる。
「……大丈夫、ご主人。あのきもっちわりぃ気配が消えた。もうここに、トールはいねぇよ」
「そうか。……サン。後で話すよ」
「うん……」
お説教だろうと思う。実際、俺のやったことは正しくなかった。
多分、この場の誰にとっても。
少しでも情報を得ようと動くご主人にも。ソラの真実について知ろうとするスノウにも。それを尊重するラルウにも。
……誰にも傷ついて欲しくない、俺にとっても。
でも、あれ以上。辛そうなスノウの顔を、見たくなかったんだ。
「……でも、僕たちの分まで怒ってくれたのは。ありがとう。少し、スッとしたよ」
ため息をついて、ご主人は頭を撫でてきた。跳ね除ける気分には、ならなかった。
「話は、だいたいまとまった」
「スノウ」
彼女はすでに、能面のような無表情を貼り付けていた。
悔しそうな顔も、目に浮かんでいた涙も、とっくに消え果てていた。
「……一連の騒動の犯人は、ババ上だった」
ただ、それが仮面でしかない。そうわかるのに、あまり時間はかからなくって。
それが、胸を苦しくさせた。
「まだ、決まったわけじゃないだろ」
「状況証拠としては、そうなる。少なくとも、私はそういうものとして動く。連盟にこの情報を持ち帰る。ババ上を……場合によっては。倒さなきゃ、ダメ」
「……違うだろ、そんなの」
まだ何も決まってないとか、そんなんじゃない。
スノウがそれを、するべきではない。
「私は連盟からもある程度信用がある。……弱っているとはいえ、ババ上を倒せる探索者なんていない。世界中から、屈指の実力者を集める必要がある」
「お嬢様……」
「《英雄》の乱心。話は戦いの後に聞く。もしババ上が油売ってるだけで、犯人でなければ、それならそれでいい」
なのに、感情を抑えて。
なぜってきっと、スノウを除いて他の誰にもできないから。
「幸いなことに、侵食現象は一時的に収まってる。まずは、内部がどうなってるか先見部隊を派遣しないといけない」
「……」
そんなの、糞食らえだ。
「連盟を通して探索者に依頼を」
「俺が行く」
俺よりちっちゃいこの子が、そんなことをしなきゃいけない道理なんてない。
あるんなら、そんなの理の方が間違ってるだろ。捻じ曲げて、ぶち壊してやる。
「俺が先に行って、様子を見る。本当にあいつが犯人なら、ソラに話を聞く。それでいいだろ」
「……許可できない。今、魔窟の内部情報は得体が知れない。だからこそ、連盟は待機命令を出している」
「じゃあ破る」
「……処罰されるよ」
「だったら、こんなモンいらねぇ」
机に、連盟の会員証を投げ捨てた。
スノウは驚いたようにそれを見て、不思議そうな顔をした。
「もしあいつが何かしでかそうとしてても。俺が絶対、ソラのこと止めてきてやる」
ソラは言ってたんだ。思い出したって、あんな笑い方をして。
絶対何か事情がある。俺を助けてくれたソラのことを、俺を信じてくれたソラのことを、俺は信じる。
「……だったら、僕も一緒に行かないとね」
横から、ご主人が机の上に会員証を重ねた。
「旅は道連れ、世は情け。だろ?」
「ご主人!」
「ただし! 僕の第一優先はサンだ。最低限、脱出用の転移の魔道具を用意する! 危なくなったらすぐ帰る! それが条件だよ」
「わかってるよ!」
ご主人がいれば千人力だ。ソラには一万人いても勝てる気なんてしないけど。
俺たちはソラに勝つ必要はない。説得さえできればいい。
「……連盟支部長の不在につき、非公式のものとなりますが。連盟から、依頼です」
「っ、爺や!」
「申し訳ございません、お嬢様。一人前足ろうとする貴女様の覚悟は美しく、この老骨には眩し過ぎるほど。……それでも私は、貴女様に笑顔でいていただきたいのです」
「……!」
ラルウの言葉で、スノウは止まった。親に叱られた後の子供のようだった。
……いや、実際そうだと思う。そうじゃなきゃ、駄目だろ。
「イリオス様。サン様。現在魔窟の内部状況は不明、時は一刻を争います。どうか、魔窟の内部を探索し情報を収集。ソラ様を連れ帰り。可能ならば、解決に動いて下さりませんか」
「もっちろん!」
「報酬は、私に差し出せるものであれば全てを。必要な魔道具があれば、私の責任でお渡しいたしましょう」
「謹んで、お受けします」
スノウは椅子の上に登って、机の上に置かれた会員証を取った。
これはまだ必要。そう言って、俺たちにカードを渡してきて。
「イリオス。……それに、サン。ギルド長の娘、平民の手では伸ばすことさえ烏滸がましい神々の頂の花たる私からの、お願い」
いつも通り、不遜な態度で。
「……お願い……ババ上を……私の、お母さんを……連れ帰って」
「任せとけ! 一発ぶん殴って、引きずって帰ってきてやる!」
「必ず」
それでも、普通の子供みたいに。目を潤ませながら、そうお願いしてきた。
大丈夫。俺が。俺たちが、必ず。
「ソラのこと、連れ返してやるからな!」
「まあ、勝算はないけどね……」
「っ、なんでこのタイミングでそういうこと言うんだよぉ……」
でも実際、その通りなんだよな。
もしソラと戦闘になった場合、俺たちじゃ勝ち目なんてないし。
「あ、そだ。ご主人、ウェイラは? 連絡先もらってたよな?」
「もらったけど……あの人、多分まだ国についてないよ。師匠は温泉巡りが趣味なんだ。この辺りでゆっくり浸かってるはず……」
「……なんか、ババ臭いな」
「こら、頭かち割られるよ?」
さっと頭を抑えて、ぶん回す。
ラルウ曰く、サポートは全力でしてくれる。だから魔道具も手に入る、はず。
人手はそのうち増えると思うけど、俺たちはあくまで先見部隊だし……それに、ソラの名誉のためにも。
ソラが犯人じゃなければ人が増えて嬉しいけど、そうじゃないと……下手すると、ソラを殺せ。みたいな論調に成りかねないしなぁ。
「……《救国の英雄》がなぜ魔窟を攻略しきらなかったか。知っている?」
「へ?」
俺たちが頭を捻っていると、スノウがふと俺たちに向けて言った。
「なんでって、そりゃ……できなかったんじゃねぇの? ダンジョンが多すぎて」
「一部正解。できなかった理由がある。ダンジョンの数は、容易に攻略し切れるほどだった」
……つくづく、とんでもないな。救国の英雄って。
まあ、それとワンチャン戦うことになってる俺らも大概だけどさ。
「単純な話。《救国の英雄》にさえ攻略できないダンジョンがあった」
「お嬢様、それは……」
止めようとしたラルウを手で制して、スノウは話を続ける。
「今この国に存在する魔窟は、その化け物を抑えておくための枷に過ぎない。……文字通り、「魔が潜む巣窟」。だから、魔窟と呼ばれている」
「枷?」
「化け物のダンジョンの周囲に、別のダンジョンを侵食させた。侵食現象が発生しても周囲のダンジョンと喰い合うから、外には漏れない、檻」
なんか今、しれっととんでもない話してないか。スノウ。
「この国でも知るのは歴代の英雄や連盟支部長。ほんの一握り」
「お嬢様に知られた時は、背筋が凍ったものです……」
「はは……」
スノウ、変なところで情報通だよな。
なんかそういう固有魔法だって言われても驚かない自信はある。
「……魔王。魔窟を支配する物に、畏敬を込めてそう名付けられた。今では、そのダンジョンの全てが立ち入り禁止区域になっている」
魔王って。
……まあでも、勇者や英雄がいたくらいだし、そりゃ魔王だっているよな。
「で、なんで今その話を?」
「最悪、こいつをババ上にぶつける。こいつのいるダンジョンまで誘導して」
「はぁ!?」
「落ち着いて聞いて」
ええ、いや、だって。死ぬだろ。
「ババ上は歴代の英雄の中でも最強レベル。その上、《救国の英雄》は魔王に僅かに敵わない程度。ババ上なら、多分死なない」
「多分て」
おかしいな。さっきまで最悪ソラを殺すことになるから泣いてたと思うんだけど、この子。
俺の気のせいだったかもしれない。
「もちろん、これは最悪の場合。どの程度ババ上に話が通じるか次第」
「……」
「イリオスとサンは、ウェイラと戦った。多分、転移の魔道具さえあれば命懸けで逃げ出すくらいならできる」
「さっきから「多分」多くねぇか!? こっち命懸けなんだけど!?」
聞いてる感じ一ミリも安心できねぇけど!?
「だからこれは、あくまで最悪中の最悪。他にも強力な魔物はいる。そいつらをババ上にぶつけて、弱らせる。それがイリオスたちのするべき戦闘」
「……ソラさんは弱ってる。魔力が回復しない呪いも解けきってない。消耗させるべきだね」
「大量の転移の魔道具が必要ですね」
レアな上に高い転移の魔道具……そんなポン、て出していいモンなのかな。
駄目な気がする。色々と。
「しかしお嬢様、魔王については口外厳禁です」
「わかってる。私はイリオスたちに、自衛の手段を教えたかった」
一時的にでもそのダンジョンに向かえばババ上でも躊躇うから、その隙に転移の魔道具を使って。
スノウはそう言いながら、一つの球体を渡してきた。
「本来の秘匿ダンジョンの位置。めちゃくちゃになってる可能性はあるけど、その全てに転移の魔道具を設置。場所を移動しながら戦って」
「……わかった」
開き直ったんだろう。連盟支部長の娘じゃない。
ソラとレインの娘として、ただ二人の安穏を願うだけの少女として。自分勝手に、わがままに動いてる。
「改めて……ババ上のこと、お願いね」
「まかせろ!」
細かい作戦は、探索までにご主人が詰める。
ソラのことは俺が、俺たちが。絶対に。
◇
二日後。俺たちは、魔窟の前に立っていた。
「何回目だろうね。この緊張感」
「だいじょうぶ、おれたちはつよくなった……だいじょ、じょじょじょじょじょじょじょ、ジョルノ・ジョバァナッ!!」
「わあ。すっごく駄目そうだ」
ほざきながらもご主人と手を突き合わせて、魔窟の中へ。
転移の魔道具はいつでも発動可能なように、歯に仕込んだ。噛み砕けば、一瞬で外に出られる。
「ご主人!! この先に一個目のダンジョン!!」
「わかってる!!」
そうしてたどり着いた、その先は。
「っ……んだよ。これ」
少し昔の、西洋のような街並み。人々が溢れ返って。
「シーカ、スケイヴ……?」
まるで、ダンジョンの中に。もう一つ街が生まれたような。
強烈な違和感を覚えさせる景色だった。