魔窟の、ダンジョンの内部に出現した、あまりにも場にそぐわない普通の街並み。
一言で、意味がわからなかった。
「ご主人、俺悪い夢でも見てんのかな……」
「だとすれば、僕も同じ夢を見てるってことになるよ」
連盟の支部や民間、そして……遠くに見える魔窟さえも。完璧に、再現されていて。
「……人もいる。けれど、ここはダンジョンの中で間違いない」
幻覚の類じゃない。感知魔法を使ったご主人が、確信を得てそう言った。
じゃあ何か。魔窟の中にまた魔窟があって、それも幻覚ではなくって……うぅん?
「多分、ソラさんの魔法だ」
「あ、なるほど」
デヴィジョンで作られてんだ、この街。だとして、そんなことする理由はわからんけど。
とりあえず、納得と理解は得られた。
「一旦、棚に上げよう。それより、この状態でソラさんに接触する方がまずい」
「だな……」
今出くわせば保険と戦う手段がない状況で相対することになる。
いくら強くなったとはいえ、ソラは依然圧倒的。俺たちじゃ足元程度にしか及ばない。
「地上の変化も、空を行けば関係ない。このまま、最初の目標地点を目指そう」
「あい」
ご主人を抱えて、空を飛ぶ。
……なんか毎度のことになってきたな、これ。手が疲れるし、サポートが欲しい。
「今度抱っこ紐買ってよ、ご主人」
「僕の世間体……」
悲しそうにボソッと言ったご主人を無視して、そのまま進む。
このまま上を目指せば、地形的には次のダンジョン、に?
「あれ……?」
別のダンジョンに通じる穴を通って、そうするとそこは。
「同じ景色……」
「だね……大丈夫。しっかり移動はできてるよ」
これ、ご主人の感知魔法がなかったら詰んでたな。
思いつつ、指示を受けながら進んで、最初の目的地に辿り着いた。
「これでよし、っと……サン、設置が終わったよ。鬼の居ぬ間に去るとしよう」
「あいわかった」
ご主人を抱える。移動する。魔道具を設置する。その、繰り返し。
未だ立ち入り禁止区域、魔王のいるその場所には近付いていない。
道筋として、今選んだこれが最も効率的、という側面もある。
けれどそれより。
「……」
俺の中で竜としての本能が、全力で警鐘を鳴らしてる。「絶対に勝てないから近づくな」と。
以前まではこんなことがなかった。そこに居るんだなって理解したら、こう感じるようになった。
この距離でも感じる圧力。封じられてなお、これほどの存在感。
化け物じみてる、なんてレベルじゃないな。
「よし、っと……サン、次だ」
「あいよ……な、ご主人。ここに設置して意味あんのかな?」
狙ってたダンジョンの一部は、シーカスケイヴの街並みに書き換えられている。
ここはすでに、ダンジョンとは呼べない。そんな気がする。そも、ダンジョンボスが居るのかどうかさえ。
「わからないから、やるしかない。ソラさんを止めるためにも」
「妾がどうかしたのか?」
「っ……!」
聞こえた声は。鼓膜を突き破るほど、鮮烈で衝撃的な。
「ソラ!?」
「おおぉう!? そ、そうじゃ! 妾が《英雄》、ソラ・シーカーじゃ……と、竜人!?」
「……え?」
その姿は、まるでいつも通りで。けれど、なんだか少しおかしくって、
「珍しいのぉ、珍しいのぉ!! 同族に出会ったのは何年振りか!! おヌシ、名は……っ、おい貴様!!」
「……」
「この呪いはどうい、う……? なんじゃ、おヌシら。なぜそんな顔をしておる」
俺たちのことを、覚えてない?
「ご主人……」
「……うん」
違う。きっと、これは。この人は。俺たちが共に旅をした、ソラじゃない。
デヴィジョンによって生成された、数多の人間の一人。ソラ・シーカーを模して作られた、誰かさんだ。
「……よし! おヌシら、少し着いてこい!」
「へ……?」
「その格好、ヌシらも探索者じゃろう? そーんなしょぼくれた顔をさせていられるか! 明日にもダンジョンで死んでしまいそうだわ!」
なのに、その優しさは。あいつと、全く変わらなくって。
「ほれ、ついて参れ。おヌシらの関係は後で聞くわ。竜人。ヌシも飯は好きじゃろう?」
「あ、えぇーと……その、僕たちはですね」
「……いや、着いて行く」
「ちょ、サン!?」
こんな時も飯のことかって目でご主人が見てくるけど、そんなわけねぇだろ。
俺だって四六時中飯のことばっかじゃないんだからな! ちゃんと考えてんだから。
(よく考えろ、ご主人。ソラ、さっき俺の呪いに反応してたろ)
(と、手信号。よく練習できているね)
(いいから!)
ソラは地獄耳だし、普通に話してたら聞かれかねない。
まさかこんなところで勉強したことが役立つなんて思わなかった。
(ソラと最初あった時のこと、ちゃーんと思い出してみろ)
「……うげ」
(ほどほどに説明して、納得させたら逃げるぞ)
じゃないと、ここでご主人がタコ殴りにされかねない。冗談抜きに。
「……何を遊んでおるんじゃ? おヌシら」
「うぇ、いや」
いきなりこっち見んなよ。びっくりするだろ。
「すまんが、少し寄り道をしても構わんかの?」
「……? うん」
ソラの後ろをついていく。
……こうしてると、この前までの出来事が夢みたいだ。そうだったらいいのに。
「よし。少し待っていておくれ」
たどり着いたのは、一軒家だった。
決して立派とはいえないけれど、普通に生活はできるくらいの。どこにでもある家。
「レイン! 戻ったぞ!」
「……レインも」
呼ばれた名は、これでもかと聞き覚えのあるもので。
「ソラ様」
「うむ。今日は何をしておった?」
「……子、供?」
けれど、扉の奥から現れたのは。
今のレインを、そのまま幼くしたような姿の誰かだった。
「勉強です。図書館に行く道すがら、お婆さんを助けたら果物をいただきました。後で共に食べましょう」
「ほう、人助けとな! それは素晴らしいことじゃ」
「ソラ様に重ねてしまって。……年齢的に」
「叩きのめすぞ童ァ!!」
くすくすと揶揄う姿は、どこかスノウに似ていて。
血のつながりなんてなくとも、そこに確かな繋がりがあって。
「『なあ、ご主人……どうなってんだ、これ』」
ご主人に教えていた簡単な日本語で、話しかける。
するとご主人は何か言いたげで……うぅん。手信号でしか話せないの、不便だな。
(おかしいとは、思ってたんだ。少しずつ街並みが違っていたり。ソラさんが手信号を知らなかったり。知ってる人がいなくて……僕たちに話しかける人が、誰もいなかったり)
言われてみれば、そうだ。ほとんどいつも通りの街並みで、いつも通りの人がいる。
けれど、ここは全くの別物だ。まるで、時間が変わってしまったように。
(ここは、過去のシーカスケイヴを再現している。そういう場所、なんだと思う)
(じゃあ、レインは……)
(子供の頃の姿だろうね。恐らく、四十年近く前の……)
レインはソラによって作り出された人間の一人。そう思っていたけれど。
なんか、違う気がする。これがそのまんま過去の景色だとするなら、多分。
「おぉい! 飯なんだがのぉ! この子も連れて行っていいか?」
「あ、はい。もちろん」
レインは、実在した?
◇
「食わんのか?」
「おいしいですよ」
「……」
出された食事を前に、俺たちは固まっていた。
「なあ、ご主人や……これって多分、例のアレで作られたやつだよな……?」
「恐らく……」
「これは……食ってもいいもんなのか?」
「わからない……」
ここが《デヴィジョン》で作られた街なのだとすれば、俺たちはソラの魔力を食うってことに。
最低限体には良くなさそうだし……でも、腹減ったな。
「……何を悩んでいるのか知らんが、食うものを食わねば元気も出んぞ」
「僕、あまりお腹が空いていなくて……もう、先ほど食べてしまったんです」
ご主人はほっとくと一日一食しか食わない。
そんなご主人からすれば朝食は確かについさっきだし、嘘は言ってないな。
「ふむ……では、これは妾が食ってしまうぞ」
「あ……」
ああ……ああ……ご飯が……俺のご飯が……!
(耐えろ、サン。下手なことをしたらダメだ)
(わかってる……わかってるよぉ……!)
お腹が空いた。たくさん食べたい。
この前食べたあの、何かしらの哺乳類の丸焼き。また食べたいなぁ。
「……涎がすごいが」
「水魔法……の、練習……じゅるっ……」
「ばっちぃのぉ」
手の甲を指で突き刺して、無理やり理性を働かせる。
お腹すいた。
「それにしても、サン。それに、イリオスじゃったか。大変だったのぉ、異界からの来訪者に……その主人とな」
「あ、は、はい……」
おなか。すいた。
「そ、その! 僕ら、少し急いでいて!」
「む? そうなのか? 妾なら、おヌシらの力になれると思うが」
「い、いえ申し訳ないですし」
ごはん。たべたい。くわせろ。
「ふっ……案ずるな。妾は《英雄》じゃぞ? 奉公精神じゃないが、人助けくらいはのぉ」
「……え、えっと……」
ごしゅじん。が。ごはん。
「そ、その! 一旦用事を済ませてくるので! 後でご自宅に伺わせていただきます!」
「ふむ……そうか。すまなかったのぉ、忙しい中引き止めて」
「い、いえ! 嬉しかったです! とても助かります、それでは!」
たべたい。
「グルルルルル!!」
「こら、サン!! 僕を齧るな!! ほら、これ食べて涎拭いて!」
「むぐぁっ」
うまい。
……って、あれ?
「ご主人? ソラたちは?」
「覚えてないの?」
「わかんない……」
「あんなヤバい目つきをしたサンは初めて見たよ……」
シーカスケイヴ……みたいな、このダンジョンを出るのか。
干し肉がうまい。なんかもっとうまいもん食ってた気がするんだけど、忘れちゃったな。
「サン、一応聞くけど前世でも似たようなことは……?」
「あったような、なかったような」
「そうか……」
諦めた目つきをするご主人を抱えて、ダンジョンの外へ。
まだまだ、転移の魔道具を設置したい場所は多い。次々やって行かないと。
◇
そう、思ったんだけれど。
「ここも、シーカスケイヴ……なのかな?」
「またこんな感じかよぉ……」
つっても、ここって。
「……魔窟が、まだちっちゃいな」
「うん……多分、僕らがいたあそこよりもずっと昔。の、再現。なんだと、思う」
そもそもここ、国ですらない。テントが張ってあって、簡易的な家、って感じだ。
奥に見える魔窟も、もっと小さなもの。察するに、ここは。
「数千年前……」
でも、トールの話が真実だとするなら、ここにもソラがいるはず。
「とりあえず、転移の魔道具を設置しておこう」
「あ、うん」
「あうっ……」
「ん?」
ご主人と喋りながら歩いていると、何かにぶつかった。
でも、前を向いても誰もいない。気のせいかな。
「サン、下」
「む……? あ、ごめん」
黒い髪の女の子が、パタリと倒れていた。
ぶつかっちゃったのか。申し訳ないことをしたな。
「……大丈夫。です」
ジャラリと、鎖の音が響いた。
「……サン。手っ取り早く済ませよう」
「ん」
そういえば、開拓には奴隷も使われていたんだっけ。じゃあ、この子はその中の一人なのか。
通りで、ボロボロで。なんか、味方してやりたくなっちゃうな。
「でも、ちょっと待って」
「……ああ。いいよ」
「わ、わ……かいふく、まほう?」
この子、足に怪我をしてる。なのに、どこかに急いで。せめて、少しでも。
……ご主人が急いでるのは、俺にこういう景色を見せたくないからなのかな。
「あ、あ、ありがと。ございます。お礼、その……おれい……」
女の子はワタワタと慌てて、自分の服を弄った。
なんだか、微笑ましいな。そう思った矢先、外套が外れて。
「わ……」
その額には、一本。小さな、立派な、見覚えのあるツノが立っていた。
「そっ……!」
「……? その、これ、これ……」
差し出されたのは、小さな木の実。
「……じゃ、交換だ」
干し肉を手のひらに握らせて、木の実を受け取った。
ふりをして、そっとポケットに返した。
「その、勇者様、来る、から。急ぐ。急いで、て。お礼、その、ごめんなさい」
「いいよ。ありがとな」
忙しなく、女の子は……ソラは、ペコリと頭を下げて急いだ。
途中何度か転びながら、彼女はどこかへ消えていった。
「なあ、ご主人」
「……ソラさんが以前、この辺りを見せてきたことがある」
トントンっと、ご主人は鎖骨のあたりを叩いた。
……何かね、自慢かね。
「そこには、紋様があった。ちょうど、サンの首にあるそれみたいな、ね」
「……!」
「あの子にも同じものがあった」
つまりはまあ、そういうことか。ソラは昔、奴隷だったんだ。
数千年前は今よりずっと弱くて、卑屈で、ボロボロで。ソラのイメージには、合わないなぁ。
「やっぱり、ソラさんは……少なくとも、数千年前から生きているのは事実みたいだ」
「……そっか」
歩きながら干し肉をつまんで、よく周りを見渡す。
活力がない。みんな死んだみたいな顔をしてるし、空気は常に腐臭がする。重たくて、肺にこびりついてくるみたいだ。
「っ、るせぇっ……!! 何これ……!?」
「警告音……」
直後、聞こえてくるのは雄叫び。悲鳴。あるいは、笑い声も聞こえてきた。
「う……」
「……離れよう」
「あい、ご主人」
聞こえすぎる俺には、少し辛い。
人が肌を掻きむしったり。肉の潰れる音とか。頭蓋骨が、割れる音とか。
「人に押し潰される前に、あそこまで避難するよ」
ドタバタと、地鳴りのような人の足音。
それを避けるべく、崖の上まで空を飛んだ。人目につかないように、慎重に。
「ギャアアアアアアアア!!」
と、同時に。化け物の、唸り声。
「……」
銀色。肌色。赤色。そんな多種多様な、人間の集団。
対抗するように、魔窟からは大量の魔物たちが湧き出ていた。
「これが」
散乱する赤い飛沫。戦場を彩るのは、常に死と血の色だけ。
「これが、数千年前の……」
シーカスケイヴの、過去。
「きゃっ……!」
途中、一人の女の子が倒れた。大人の男に突き飛ばされて。魔物たちの群れの中心に。
餌。囮なのだと、すぐに理解した。
「胸糞、悪い」
別にこれが、意味のあることだなんて思わないけど。
「《暴竜、集雷》……!」
拳を構えたところで。魔物たちは、一斉に爆ぜる。
「大丈夫かい。お嬢ちゃん」
「……あ、ありがと。ございます」
ソラに手を差し伸べたのは、筋骨隆々な大男。長い髪を靡かせながら、大剣を片手で振るっていて。
「勇者様」
きっとこれが、ソラが今のソラになるきっかけだったんじゃないか。
握られた手を見て、そんなことを思った。
「勇者、って……星屑の勇者様の?」
「いや、違うよ。あれはもっと昔のお話……あやかって、名付けられたんだと思う。今で言う、《英雄》みたいに」
ご主人は俺ほど耳が良くないから聞こえないと思うけど、状況で察したんだと思う。
魔王に、勇者。なるほど。よく聞く話だ。
「……次に行こうか、サン」
「うん」
仮にこの現象を引き起こしてるのが、ソラだとして。なんで、過去の景色を再現してるんだろう。
最初は、そう思ってた。けど、それが今はかえってありがたい。
「俺、ソラのこと。何にも知らないや」
きっと、知らないといけない。そう思った誰かさんの。神様とかの、身勝手だ。