「ハァ……ハァ……!」
撒いた、か……? あの腐れクマさんめ、なんなんだよあいつ。めっちゃ執念深かったんだけど。
「グゥウウァアアアアアア、アアアッ!!」
クソッタレめ……! 散々追っかけられたせいでせっかく見つけた人間も見失っちまった……!
「フゥー……」
おまけにあちこち走り回ったから、自分が今どこにいるのかもわからない。森の遭難者に逆戻りだ。
唯一の収穫と言えば、死に物狂いで守り抜いたクマのモモ肉くらい。動き回ったから、余計に空腹を感じる。
「……」
血の匂い。獣臭さ。ツンと鼻を刺激するような臭さ。全てが、俺にこの肉を食うことを躊躇わせる。
いくらドラゴンになったからって、生肉を食っていいもんなんだろうか。寄生虫とか、昔生魚であたってすごく辛かった記憶があるから気をつけたいんだけど。
「グゥ」
とりあえず、火おこしと……あと、川で洗えば血も取れるかな。
幸いなことに、近くに川は流れてる。音がするからわかる。見失ったものは仕方ない。まずは、そっちに行ってみよう。
◇
あったあった。随分開けてるな。
って、ん?
「……グォッ!」
「ピィッ!!」
先客がいた。びっくりした。向こうもびっくりしてたけど。
なんだあの、鹿? でも俺の知ってる鹿はもっと細いツノをしてた。体毛も黒かったし。
「グゥー……?」
なんにせよ、ラッキーだ。鹿がここの水飲んでたんだし、俺も飲んで平気だろ。多分。
「プハッ!」
この世で一番うまい飲み物はコーラじゃなくて、喉が渇いてる時に飲む水だ。無限に飲める。
しかし、唇がないから飲みにくいことこの上ない。
「フゥー……!」
生き返ったぁ……! 本当に死ぬかと思った……!
なんだかんだ気がついたら、半日くらい経ってるんだろうか? やけに腹が減るあたり、生まれてくることそのものにもエネルギーが必要なのかも。
あれ、でも魚とかは飲まず食わずだし……うーん?
「アアー」
どうでもいい。今俺は腹が減った。腹が減ったから食べるのだ。それ以上も、それ以下もいらない。
とりあえず血はある程度洗ったし、よくあるサバイバル的な火おこしを……あ。俺、この体だと枝掴みづらい。どーしよ。
「ンンー?」
うんうんと、頭を悩ませる。
元々思考に向いていない俺の脳みそは、疲れも相まって眠気を誘う。ストレスもあったのだろう。ウトウトと、微睡の中へ。
「ッ、ガァ!?」
それがいけなかったのだろう。
「ハァっ……! ハァッ……!」
こうして見える距離まで、人間の接近に気づかなかったのは。
森の奥から現れたのは、顔を覆い隠した男だった。黒い外套に身を包み、外見からは男であることしかわからない。
ああ、人間だ。また襲われるな。逃げよう。
考えた、直後だった。
「ルゥオオオオオオオオッ!!!」
背後から木々を薙ぎ倒して、巨大な化け物が現れたのは。
「ギャッ……!?」
逃げなきゃ。でも、人が。人が、殺される。
そんな思考の隙を突くようにして、男は。
「っ、見つけた!」
手に持った杖で、俺を思いっきり叩いた。
「……ア?」
痛みは、ない。困惑が勝る。
押し付けられたまま、男の杖は光を増して。
「《あいつを、足止めしろ》!!」
「が、ギゥッ……!」
全身に、バチィっと電流が走る。実際に走ったかはさておき、少なくとも俺はそう感じた。
耐えている間に、男は川下の方へ逃げていってしまった。
俺も、逃げなきゃ。そう思っているのに、足が動いてくれない。
いや、それどころか、むしろあの化け物の方へと急ぐように向かっていく。まるで、あの男の言った通り……足止めを、しようとしてるみたいに。
「グガァガギィギギグギギギ……!」
ガチガチと奇妙な音を立てて、その体についた虫の牙のような部分を動かしている。けれど、牙があるそこは顔じゃない。
いや、顔が一つじゃない。狼のような顔、虫のような顔、なんだかよくわからない獣の顔。不気味なことに、それらの目は全て俺を見据えていた。
「ガァっ、アア……!」
嫌だ。行きたくない。やめろ。
どれだけそう念じても、体は勝手に化け物の元を目指す。抵抗の最中、俺が見たのは。
「ア……」
先ほど川で水を飲んでいた、鹿のような生物の死骸。踏み潰されて、刻まれたのだろう。
ああ。俺も今から、ああなるのか。
「ッ……!」
そんなことを考えながら、その巨体に思い切り押しつぶされた。
「グガガガガガガッ!!」
「お前のせいで、獲物を逃した」とでも言いたげに、たいそう恨めしげに何度も、何度も叩きつけられる。
その度に地面が陥没し、岩が砕け、木々はへし折れる。人間がこれをされたら、ミンチになって原型も残らないだろう。
なのに俺は。なぜか、まだ生きている。
「ギィギ……!」
ああ、俺。このまま死ぬのかな。なんか、頭がぼーっとするや。眠い。夢かな。夢だといいな、これ。
ここでこんなふうに死ぬ俺が、現実だなんて思いたくない。だってまだ飯も食えてないし、人とも話せてない。なんでこんなことになってるかもわからない。半日前から、ずっと夢だったならいいのに。
「……」
まだいっぱい、やりたいことあるのに。こんなところで、死。
「
ふざけんな! 絶対死なねぇ! なにもわかんないまま死んでたまるか!!
生きる!! 生きて元の世界に戻って、全部元通りにしてやる!! 前世の死だって、俺はまだ認めてねぇぞ!!
「グッ……!」
気迫か、叫び声か。何かに驚いたように、化け物は一歩後ろに後退する。
「グゥウウウウウウウ……!」
足止めしろ。男は、そう言った。それで俺は、逃げれない。つまり大体あいつのせいってことだ、それはどうでもいい。
とにかく、逃げれないなら戦って勝つしかない。
どうすりゃいいのか、よくわかんないけど。あいつがビビってるってことは、こういう感じでいいはずだ。
「グルルルルルルルッ……!」
見えない斬撃で切る、擦り傷を瞬時に治す、相手を強制的に従わせる。
だったら俺だって使えてもおかしくない、否、使える!
なんかよくわかんないけど、体に熱いもんが満ち満ちてる!! さっき杖を押し付けられた時も感じた!! これを撃つ!!
なんか出ろ、なんか出ろ、なんか出ろなんか出ろなんか出ろなんか出ろなんか出ろ……!! 俺にとって、いちっばん強いもの……!!
「ガァアアアアッ!!」
「グギィヤァアアアアア!?」
雷鳴。轟音。そして、熱。痺れ。
「グァッ!?」
なんか出たァ!? 雷!?
ああ、確かに!! 死ぬ直前というか死因そのものだから、さっき思い浮かべたけど!!
「フゥ……フゥ……!」
化け物は焦げて、動かない。動けない。あれが本当に雷だったなら、撃たれて生きていられる生き物なんていないはず。
勝、った……?
「ルゥウアアアアッ!!」
「アッ?」
いや、まだ生きてるんかい。ふざけんなよ。
遥か遠方に吹き飛ばされながら、そんなことを考えた。
◇
同刻。ダンジョンにて。
「……雷?」
若い男が、森の中を歩いていた。森の中でも特に、獣道。比較的、歩きやすい道を。
「どうかされましたか?」
「いや……今、雷の音が聞こえた気がして」
この快晴。おまけにここは、ダンジョンの中。
ダンジョン内では天候は変わらない。晴れのダンジョンならずっと晴れだし、雨のダンジョンならずっと雨なのだ。
「んん? それはおかしいですね」
「わかってるよ」
それをわかっているから、もう一人の方。男とも女とも、若者とも老人ともつかない、仮面を被った何者かは指摘する。
男もまた、それを否定することはなかった。
「誰かの魔法なのでは?」
「こんな小さなダンジョンに、あんな音がするほどの魔法を使える実力者がいるか? それに、魔物ならそれこそ危険だ」
「ふむ……」
男の発言に、仮面の誰かは頷いて。
「つまり、異常事態だ。少し見に行ってくる。お前は」
「わたくしもついて行きますとも! 怪我人がいれば商人は儲かるのでございます」
「お前な……」
不謹慎だぞ。その言葉をわざわざ伝えるまでせず、男は音の方へと走っていった。
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