目を閉じれば、いつでも思い出せる。
数千年の永い生。その、全てを。
出会い、別れ、人並みに恋もした。幸福な人生だっただろう。
「かかかっ! なんじゃ、不安か?」
「……」
「案ずるな。妾がついておる。ヌシの人生は今、ようやく始まったのじゃ」
同時に、いくつもの後悔を重ねてきた。
「……そうじゃ。名をやろう。名は全てではない。だが、我らの足跡を後世に残してくれる。……受け売りじゃがの!」
「名前、ですか?」
「うむ!」
最も記憶に新しいものは。
「そうだな……よし、決めたぞ!」
もっと早く、おヌシの想いに応えてやれなかったことかのぉ。
「『レイン』! それがおヌシの名じゃ!」
レイン。
◇
目的のダンジョンをほぼ全て回って。最後に、ソラがいるダンジョンに入った。
時系列としては、俺たちの知ってるソラ……ではなくて、《救国の英雄》、ソラの時代だ。
「そ、その……ヌシらさえよければ、今日は泊まって行かぬか?」
このダンジョンでソラと出会うこと自体に、あまり驚きはない。
けれどソラの言葉には、すこしびっくりして。
「ああその、すまぬな! 忘れてくりゃれ……?」
「どうして?」
「……その、な。近頃、あまりよく眠れなくての」
ソラは、再び暗い表情になった。
いくつもの時代のソラを見てきた。
いつもそばに仲間がいて、強くって、愛されていて。そしていつも、死が別つ。
ある時から、ぱったりと。ソラの周りには、誰もいなくなっていた。
「水音や、風の音が気になってしまう。……一人で飯を食い、風呂に入り、床に就き。そうしたときに、なんだかのぉ……いつから喋っていなかったかと。どうしようもない気分になっての」
「いや、そうじゃなくて」
「……?」
「どうして謝んだよ。ありがたいけど、ソラはいいの?」
「っ、ああ! もちろんじゃ!」
ソラの凶行の理由は、まだわからない。
けれども、何が彼女をそこまで踏み込ませたのか。その理由は、わかった気がした。
「な、ご主人」
「うん。今日のところは、ありがたく宿をいただこう」
最後のダンジョン。魔王のダンジョンへの魔道具の設置は、明日。
それを準備運動とし、本格的にソラの捜索に入る。体調は万全を期したい。
下手なダンジョン内で眠るより、ここで一晩を明かした方が安全。それが、ご主人と出した結論だ。
「そうか……そうか! 少し待っておれ! 風呂を沸かしてこよう! 夕飯は……もうこの時間では、済んでいるか」
「あ、うん」
「ふふ、久しぶりじゃのぉ。誰かが共にいる夜など」
るんるんと尻尾を振って、ソラは離れの風呂小屋へ向かった。
尻尾で感情が分かりやすくて微笑まし……待った、俺も側から見たらあんな感じなのかな。あんなこう、犬みたいな。
「サン、少し」
ご主人が取り出したのは、紙とペン。
この時代のソラが筆談の内容まで音で理解できないのは確認済み。カリカリ音も、誤魔化しようはある。
「明日の朝、ここを発つ。魔王のダンジョンに行って、本格的にソラさんを探す。いいね?」
「いいけどぉ」
魔王のダンジョン。多分、かなり近づいてきてる。
「そっちの方」を意識するだけで、冷や汗が止まらない。心臓を握られてるみたいな気分だ。
「萎縮してはいけないよ。逃げる用意はできてる。それに、僕たちは戦うわけじゃない」
「うん……そういやさ、ソラを探しに行くつっても……どうやって?」
「そこなんだ」
まさしく今困ってた。筆談で感情が乗せられないからか、表情で伝えてきた。
……なんか、ご主人が表情豊かだと面白いな。基本微笑んでるし。基本微笑んでるって聞くとなんか魔王みたいだ。
「一つ、手段としては僕の《広域型感知魔法》。僕もかなり慣れたから、使いながらある程度いつも通り行動できると思う」
「つっても、それだけじゃなぁ」
「そう、ダンジョンに人がいるせいでね……」
ご主人の《広域型感知魔法》は、あくまで生物の探知が限界。人間とそうじゃないもの、くらいなら区別はできるけど。
とにかく、特定の人物を探すことは難しい。ヒントが少ないなぁ。
「それから、もう一つある」
「お、なになに?」
「僕の弾丸で、この街を撃ちまくる」
「え?」
ふざけてるのかと思ってご主人の顔を見たら、彼は至極真剣だった。
「《デヴィジョン》で作られたこの街は、《輩殺しの刃》でできた銃弾で消せる。人間もね。もしかしたらソラさんがそれを探知して、こちらに来るかもしれない。けど」
「倫理観……」
「だよね……」
……そんなところだよな? 本気で言ってないよな?
「というか、結局なんなんだろうな。このダンジョンって」
アイディアが行き詰まった時は、別の話をするに限る。
そんな思いを込めて、ご主人に漠然とした疑問を投げつける。
「わからない。ソラさんが《デヴィジョン》で作った、というのは確かだけど」
さっき試してみたらしい、いつのまにやら、ご主人はこのダンジョンの、この景色の正体を特定していた。
「でも、サンが聞きたいのはそこじゃないだろう?」
「うん。なんで、ソラはこんなのを作ったんだろう」
「僕は、これを防衛的な行為だと考えていた」
あくまで僕の予想だけどね。続けながら、ご主人は書き連ねる。
「未知の現象はそれだけで、ダンジョン内への侵入者を抑えれる。加えて、魔窟の侵食。見てたか?」
「何を?」
「数千年前の景色。ソラさんが勇者と出会った時の大戦」
ああ、ソラが怪我をしてた時……と?
……お。なんか思いついたかも。
「あれで現れた魔物は皆、本来の魔窟の住人だ。特殊弾で撃ったから間違いない」
「え」
「つまり、このダンジョンの人たちが思ってる侵食は、単なる魔物の襲撃なんだよ」
ふむ、む。追い出された魔物たちを、侵食で魔窟から出てきた魔物だと勘違いさせてる、ってことか。
なんたってまた、そんな。
「僕はこれについて、外に被害を出さないための対策だと考えた」
「ふむふむ」
「結論を言うと、ソラさんは何か目的があって侵食現象を発生させてる。けれど、現代のシーカスケイヴに被害を出すのは本望じゃない。って、ところかな」
へぇー、と、口に出して感心。やっぱこういうのはご主人に限る。俺じゃ思いつきもしなかった。
「俺、全然違うこと考えてた」
「どんなこと?」
「最初はさ。忘れてたこと、思い出すためかなって思ってた」
思い出したって言うんだから、それはなんか忘れてた。当たり前だろう。
でも、今はそれも違う気がする。
「けど、なんか」
何かを思い出すため? 違う。幸福な思い出に浸るため? 違う。侵食現象を起こすため? 違う。
きっと、ソラは。
「誰かに、知って欲しかったんじゃないかなって思って。今までのこと。辛かったこと。自分のこと」
「……」
「ご主人?」
ご主人は、何も書かなかった。ただ、少しの間止まっていて。
「そうかもな」
それだけを書いて、彼は少し悲しい笑顔をした。
……何か、あったのかな。
「それよかご主人、いいこと思いついたぞ」
「お、一体何を」
「風呂が炊けたぞ!!」
言ってるうちにソラが戻ってきちまった。この話は、また明日かな。
「サン。共に風呂に入らぬか?」
「……いいよ。水着つけてご主人も一緒にな」
「いや、僕は……流石に、ごめんね?」
「えー……二人っきりかよぉ」
修行してた頃みたいに、三人だったら良かったんだけど。
こっちだって健全な男の子。ちょっとドギマギしちゃうんだけど。
「い、いや……か……?」
「そんなことない、そんなことないよ」
しかしこの時代のソラ、不安定だなぁ。ちょっと笑顔が卑屈に見える。
なんというか、似合わねー。
「ご主人、水着ちょーだい」
「はいはい」
「ミズギ?」
……このソラは、もしかしたら。今にでも、消えちゃうのかもしれない。偽物でしかないのかもしれない。
それでも、たくさんの大切な人を失ってきた彼女の生に。少しでも、温もりを与えれるなら。
◇
翌朝。
「名残惜しーなー……」
「仕方ないよ。いつまでもあそこにいるわけにはいかない」
ソラに別れを告げて、俺たちはダンジョンを後にした。
一度街の外に出る。また戻ってくる。そう、約束して。
……その約束は、果たされないかもしれないけれど。傷つけたくないから、嘘をついた。
気分悪い。
「それにしても、サン。よく思いついたね」
「へへっ、だろ? 俺ってば地頭は良いんだから」
「ああ、うん。ははっ。そうだなっ」
「《ドラゴンブレ」
ご主人が急いで口を塞いできたので、そのまま噛みついてやった。馬鹿にしやがってよ。
さておき、ソラ探しの手がかりだ。
「ソラの奴隷時代まで行って、血を採集してくるなんて」
「ちょっと申し訳ないけどな」
いつもお役立ちの、血を媒介した探知の魔道具。
昔のソラは怪我をしていた。その怪我を治す時、ついでに血をちょっと拝借してきたのだ。
「まあ、全部が全部うまくは行ってないけどな……」
魔道具に入れた瞬間、血は霧散した。消えたわけじゃない。文字通り、霧状に散らばった。
それだけ無数のソラが、この魔窟にいるということだろう。
「でも、それだけで随分違う。僕の《広域型感知魔法》と組み合わせれば、確実に見つかる」
「見つからなかったら?」
「倫理観ガン無視コースかな」
倫理観ガン無視コースて。見たくなかったな、そんなこと言うご主人。サイコパスみたいだ。
「ともあれ、魔王のダンジョンだ。サン、大丈夫かい?」
「……震えが止まんない。だいぶ怖い、けど、ソラとスノウのためだし。大丈夫」
撫でようとしてきた手に《電撃ビリビリ拳》で威嚇して引っ込ませる。
正直、魔王は怖い。文献はほとんど残っていないらしくて、わかるのはただ一つ。《英雄》を凌ぐ強さだということ。
鬼が出るか、邪が出るか。とにかく、俺たちに勝ち目がないのは確かだ。
「それと、もう一個さ」
「それについては、作戦を考えただろう? 大丈夫、うまく行くさ」
「つってもなぁ……」
ソラ相手に、果たしてどれだけ通用するやら。
「ほら、サン。もうすぐ封印のダンジョンを過ぎるぞ」
封印のダンジョン。魔王の周囲に侵食した、そのダンジョンを通り過ぎた……瞬間。
「っ……!」
体が、前に動かない。
「サン、どうし」
「ご主人」
違う。これは、これは違う。俺は、ずっと勘違いをしていた。
「やばい、かも」
一つ。存在に気づいてたのは、俺だけじゃないってこと。
俺が魔王を警戒してたのと同じように。あいつも、こっちを見てた。
二つ。
「ソラが、この先にいる。多分、本物のソラが」
俺が感じていた気配は、魔王のものだけじゃない。って、ことだ。
「それは……まずいね」
ご主人は、驚いてはいなかった。理由を察したのかもしれない。
それはわからないけれど、とにかくまずいのは確か。ソラに魔王をぶつける。これができないのは、かなりの痛手になる。
「……引き返そう。引き返して、一度作戦を練る」
「いや、ご主人。手遅れみてぇだ」
見つかった。
ここはまだ、魔王の住むダンジョンの外側。だから、今向かってくるこの轟音の正体は。
「……腹括るぞ、ご主人」
「ああ……まずは、作戦通りに、だ」
いつぞやのウェイラのように。ダンジョンの壁をぶち破って、現れたのは。
「……」
ソラ。
「ソラ。久しぶり」
とりあえず、普通に話しかけた。あいつは黙っていて、目は見えなかった。
「帰る、ぞっ!?」
「サン!」
「っ、はは……元気いっぱいかっつーの」
やっぱり、普通通りに。とは、行かないか。
「喋ってくれねぇなら、一方的に喋るぜ」
ソラは、構えた。戦う意志を示していた。
……大丈夫。このくらいなら、予想の範疇だ。
「そんでもって……!」
ソラの体が、目の前から消えた。
今の俺の目じゃ、ソラを追うことはできない。だから。
「《
周囲に電気を放電して、止める。これで、近づくことはできない。
「わきゃ、ないよなぁ!!」
普通の人間ならそうだろう。でも、ソラなら当たり前にぶち破ってくる。
それでいい。
「ぐ、ぶっ……!」
鳩尾に、拳。めり込んで、吐きそうになるくらい痛いけど。死んではいない。
ソラに俺たちを殺すつもりはない。一つ目の賭けには勝った。
「よくやった、サン!!」
拳を捕まえると同時に、ソラの体にマークをつける。
「ちょっと付き合ってもらうぜ。ソラ」
ラルウの用意した転移の魔道具。その効果を、ソラにも共有するためのマーキングだ。
「っ……!」
頬を殴られ、吹き飛ばされる。ウェイラの拳より、ずっとマシだ。
手加減され切った拳如きで終わってやるつもりはない。
「ソラ」
次に目を開けると、周りの景色が変化していた。転移の魔道具が発動した証拠。
「サン、どうだった?」
「大丈夫。本物だったよ」
鼻血を拭いて、質問に答える。
マーキングをするときに、《輩殺しの刃》を使った特殊な弾丸を肌に刺した。
他の姿に変わる様子もない。数千年前の、黒い姿のソラのまま。あのソラは、本物だ。
「なぁ、ソラ」
「……」
「スノウが家で待ってるぞ」
硬直状態。何かのきっかけにならないかと、話しかける。
「スノウだけじゃない。ラルウもだ。生誕祭でモルスのとこの子供の店、見に行くんだろ? 街のみんなだって待ってる」
返事は、ない。最初から、あまり期待はしてなかった。
「正直俺は、今何が起こってんのかわかんねぇ。だって頭悪いし。ソラが犯人なのかもそうじゃないのかも、もしそうなら何のためにこんなことしてんのかも」
徐々に、場の緊張が高まる。
「だから、戦いに来たわけじゃない。俺はお前を、連れ戻しに来た」
今すぐにでも、ここを離れろ。本能が、そう告げている。
全部、無視した。
「言ってただろ。街のみんなの、笑顔が誇りだって。でも、今スノウは笑ってなかったぞ」
思いつかないなりに精一杯。ソラに、言葉を投げつけて。
「……何やってんだよ、お前」
その言葉に、ぴくりと。少しだけ、反応が見えた気がした。
「今お前に、俺を殺す気がないことはわかる。ご主人のことも。だから、お前なりになんか理由があってこういうことをしてるのかもしれない」
でも、側から見たらそんなもんわかんねぇし。
「でも、なんつーかその……あの、あれだ、あー……そんなもん知るか!! なんかあるならそう言え!! 言えない理由があるならそれも伝えろ!! 今ここで!! コミュニケーション取れコミュニケーション!!」
「……」
「喋れ!! なんか話せ!! じゃないとこっちはどうしようもねぇし!! スノウは悲しい顔したまんまだぞ!!」
「……か」
竜人の聴覚で、なお。なんとか、拾えるかな。
そのくらいの、小さな声で。ソラは、ボソリとつぶやいた。
「え?」
すうっと、息を吸って。
「遺言はそれだけか?」
圧が、増した。
「っ……! あー、そういう感じね……!」
とりあえず、単純な話し合いは通用しない、と。
「じゃあ勝手に喋ってやるよ!!」
対抗するように、こちらも息を吸った。
口、舌、喉、肺。その全てに魔力を込めて、熱を溜める。
「そんでもって、ぶん殴って無理やり喋らせてやる!! 覚悟しとけよ!!」
目一杯の虚勢と一緒に、じんわりと暖かくなった肺の中身をゴォっと吐き出して。
「《ドラ》……!」
「《ゴン》……!!」
直後、爆発。
「「《ブレス》ッ!!」」
大きな熱同士の衝突。
火蓋を落として尚覆いきれないほどの火炎で、開戦の狼煙が上がった。