思うに。精神の方が、限界だったのだろうと思う。
妾の自身の脳が己の自我の崩壊を悟り、それよりも先に妾という存在を二つに
「……」
《デヴィジョンゼロ》は、同じ人格と魂を共有する。故に、本体である妾の意思で消滅させることができる。
同じ魂を共有している以上、今回の場合もそれは変わらない。
「大丈夫。忘れよう。全てを」
じゃがそれよりも、別人格の妾の動きが早かった。
奴は妾の記憶を改変し。己自身が主人格と成り代わった。
「あ……え……?」
妾は全てを奪われた。この、新たなソラ・シーカーとしての生以前の記憶を。全て。
……いや。そんな魔法は存在しない。きっと、己自身の意思で忘れたのじゃろう。記憶を、偽ったのだろう。
「ソラ? どうかされましたか?」
「れい、ん……?」
「そ、ソラ?」
そうして英雄、ソラ・シーカーは生まれた。
「い、いや……なんでも、と……?」
ともすると、もう一人の妾も。全て、忘れていたのだろうか。
なにせ、あやつは……レインをはじめとし、全ての人物に完璧に成り代わっていた。妾から死を遠ざけていた。
自分自身を、別の人間だとでも思い込まなければ。そんなこと、できるとは思えない。いや、思いたくない。
「よかった。念の為、医者に診てもらいましょうか」
「う、うむ……?」
妾は、変わった。過去に至る全ての痕跡は、妾の中から消え果てていた。
固有魔法も、おかしくなった。
「《デヴィジョン》」
デヴィジョンゼロは、ディヴィジョンになった。
肉体を分裂させ、変化させるだけだった今までとはまるで逆。モノを生み出す能力に。
その仕組みは、単純。思考力を持たない自我を生み出し、それに《デヴィジョンゼロ》で肉体を与える。その体を、刀や魔道具に変化させることじゃ。
狂気の沙汰にも程がある。妾は一体、何度己自身を生み出し、壊し、殺してきた?
いや、それが己のうちで止まっているならばまだいい。じゃが、今回は。
「妾が犯人か」
今回だけは、ダメだ。魔窟の崩壊。
もう一人の妾の狙いが一体なんだったのかは、いまだにわからん。すでにあやつの人格は妾の中じゃ。
だが、どのような狙いがあろうと、決して許される行為ではない。これ以上、この世界にいるわけにはいかない。
これ以上、周りに被害を出す前に。妾は、消えよう。
その前に、魔王の封印が心残りだ。だから、あやつだけは殺していく。そうすれば、魔窟による被害も少しはマシになる。
理想は、妾があの化け物と相打つこと。《輩殺しの刃》のおかげで、その可能性が出てきた。
妾は弱っている。魔力量も、消耗が大きい。もしかしたら、死ねるかもしれない。魔王がダメでも、自ら自分の命を断つことができるかもしれない。
───ババ上。今までどこに行っていた? とても心配した。
……心残りがあるとすれば。おヌシのことかのぉ。スノウ。
◇
自らの過去を思い出しながら。ソラは、サンを戦闘不能にするべく攻撃を続けていた。
「……妾は、ずっと独りだった!! ずっと! ずっと! ずっと! ずっと!!」
ほんの少し、過去を見た。それがなんだ。それだけのことが、一体何の役に立つというのか。
「貴様に妾の痛みがわかるか!? 孤独がわかるか!? 虚がわかるか!? 恐怖がわかるか!? 苦悩がわかるか!? 憎悪がわかるか!?」
それは、加減のない純粋な怒り。心の底から溢れ出てきた、感情で。
「わかるはずもないだろう!!」
一撃、一撃が。サンの体を。心を。覚悟を、大きく削って。
「たかだか十四年の生で!! なにがわかる!? 悠久の時を!! その孤独の、どれだけ深く暗く苦しいことかを!!」
それは。彼女なりの、救難信号だった。
「生きたいお前に!! 死にたい妾の気持ちがわかるのか!?」
しかし、その頃にはもう。サンは。彼女は。立ち上がることさえも。
「言えぇえッ!!」
自らの傲慢。その罰を受け入れるように、彼女は拳を受け入れて。
◇
「貴様に妾の痛みがわかるか!?」
……わかんないよ。
「孤独がわかるか!?」
知らないよ。
「虚がわかるか!?」
考えたこともない。
「恐怖がわかるか!?」
考えないようにしてた。
「苦悩がわかるか!?」
だって……だって、俺は。
「憎悪がわかるか!?」
大切な人。失ったことなんて、ほとんどないし。
「わかるはずもないだろう!!」
お前の気持ちなんて。お前が死にたいなんて、そう思ってたことなんて。知らなかったよ。
「たかだか十四年の生で!! 何がわかる!? 悠久の時を!! その孤独の、どれだけ深く暗く苦しいことかを!!」
だってのに、なんでかな。なんでだろうなぁ。
お前の気持ちの。ほんの少しくらいなら、わかってやれるつもりでいたんだ。
「生きたいお前に!! 死にたい妾の気持ちがわかるのか!?」
お前のこと。助けてやれると思ってた。
「言えぇえッ!!」
お前が俺を助けてくれたみたいに。俺もお前を、助けてやれたらなぁって。
お前が俺にとってヒーローだったみたいに。俺も、お前にとってなんかすごいもんになってやれたらなぁって。
……それだけ、だったんだ。
「はぁっ……! はぁっ……!」
痛い。全部。体も。心も。
ああ、確かにお前のいう通り。俺のやろうとしたことなんて、その程度のもんだよ。
ほんのちょっぴりの同情と、腐り切った正義感と、何も考えてねぇいつも通りの馬鹿で間抜けな勘違い。我ながら、ほとほと呆れ果てそうだよ。
「……何も、答えぬか」
そうだな。お前に言ってることは、大体が正しいんだろうと思う。たぶん。大体が、正しかった。
……でもさ。俺は、お前を助けたいんだもん。
「……」
なのに。お前にかける言葉ひとつ、見つかりゃしない。
きっと俺の言葉じゃ。お前には、届かない。
「そ、ら……」
助けて、やれないのかな。
やだよ。おまえは、死にたいなんて言うけどさ。おれはおまえに、いなくなってほしくないよ。
だって、だってさ。友達、だったじゃん。
そりゃ、いいことばっかじゃなかったけどさ。喧嘩だって、何回かしたけど。
一緒にうまい魔物狩りに行ったり。稽古だってつけてくれたし。おれはお返しにならないかもだけど、元の世界のお伽話をしたりしてさ。
……短い間だったけど。おれたち、うまくやれてただろ?
「なんだ」
「っ……!」
なのに、おれは。おまえのこと、これっぽっちも知らなかった。
おまえは、ずっとそんなこと考えてたのに。おれは、何も考えずにのうのうとおまえと生きようとした。
こんなに、冷たい目を向けられて。やっと、そのことに気づくなんて。
「ご……め……」
ごめん。って、謝りたかった。けど。
おまえの顔を、見ちまって。それで、そしたら。なんか。言葉、出てこないや。
「ソラ……!」
涙が、止まらない。
「しにたいなんて、言わないでくれよ……! なぁ……!」
こんなにも、無力で。弱くて。ちっぽけで。情けない。
おまえを助けれる、なんかすごい奴になってやりたくって。そんなの、無理なんだ。
「……そうか」
ああ、だから。きっとここで、殺されたって。文句は、言えないなぁ。
「ごめんな……そら……」
ごめんな、スノウ。約束、守れなくって。
けどさ。おれも、頑張ったんだよ。頭悪いなりに、頑張ってみたよ。
「……」
けど、やっぱりおれじゃ。ダメだった、みたいだ。
「っ……!」
金属の、音。
「わかるよ」
……ご主、人? ご主人が、ソラの攻撃を。防いでる。
「わかるよ。お前の、痛みってやつも。孤独ってやつも。虚ってやつも、恐怖ってやつも、苦悩ってやつも、憎悪ってやつも。全部、知ってる」
「……あ?」
なんの、話だよ。
「知ったような口を」
「ひとりぼっちで、まっくらで。なにもわからないし、知らないし。誰も、一緒になんて生きてくれない」
なんの話、してんだよ。
「守りたい人生の枝葉みてぇなもんとか、何ひとつなくってさ。なんせ、根っこから腐っちまってる」
知らない人の話。すんなよ。
「……誰も、俺を見てくれないし。理解もしてくれない。どうしようもない毎日が、毎日、毎日、毎日毎日続いてさ。糞食らえで、死んじまえって」
なんで、なんであんたまで。
「……やってらんねぇよなぁ」
なんで、あんたまで。そんな
「この世界の、たった一人でもいい。俺のそばにいてくれれば、それでよかった。それだけで、世界が彩られた。温もりを得られた。埋まらない胸の空っぽを満たす願いは、それだけだった」
「きさ、まは……!」
やめろよ。そんな顔、すんなよ。
「……なのに、そんな奴は世界に一握り。みーんなすぐにいなくなっちまう。世界はかくも残酷なんですよなんて、あやすみたいに教えられてさ」
それじゃあ、あんたまで。
「だから、これでも……お前の気持ちの、ほんの少しくらいならわかってやれるつもりなんだよ。ソラ」
あんたまで、死にたいなんて。そんなこと。
「……それでも、死にたくなかった」
「っ……!」
「……え」
なん、て。今、なんて言った?
「死にたくなかったよ」
「黙れ」
「お前だって、そうだろ」
「……黙れ」
「俺たちは、本当は」
ドォン、って。音が、した。
「っ……!」
魔王のダンジョンの方からだ。
「……目覚めたか。魔王」
ソラは、どこか諦めたように。焦るように、宙に浮いた。
「着いてくるなよ。貴様ら程度の言葉、この妾には届かん」
「っ……!」
また。あの、目だ。
あの目で見られると、息が苦しい。体が、動かなくなる。
「最も、着いてこられたらの話じゃがのぉ」
「う、あ……!」
魔法を、避けることすら。
来る衝撃に備えて、ぎゅっと目を閉じた。でも、思ってた痛みは来なくって。
「っ、ご主人……!?」
それは。ご主人が、庇ってくれたからだった。
「大丈夫か。サン」
「それはご主人の方だろ!? なんで……! なんで、俺なんか庇ってんだよ!!」
「俺なんか、じゃない。君だから庇ったんだ」
ご主人の体は、ズタズタだった。ひどい大怪我だ。
当たり前だ。俺とご主人を気絶させるための攻撃。特に、俺は硬いからその分威力も高い。
なのに、それを一人で引き受けるなんて。
「待って、待ってろ、ご主人……! 俺が、回復魔法……!」
「いいよ。君の方が大怪我だ。……守ってやれなくって。ごめんな」
「違う……いい、そんなの……!」
自業自得だ。勘違いして自分で怪我しただけの馬鹿野郎だ。
でも、それでご主人まで巻き込みたくなかった。
「君という希望を残した。だから、僕の怪我のことは気にすんな」
「え……」
「それより、ソラさんだな。やっとわかったよ。あの人が何をしようとしてるのか」
何言ってんだよ。希望なんかじゃない。俺は。
「魔王のダンジョン。死ぬつもりだな。周りのダンジョンで起こした侵食現象は、魔窟の封印を強化するためか」
「どういう……」
「魔王を殺して、魔王に殺されようとしてる。失敗した時に、魔王を魔窟の外に出さないためだった」
「そんな」
そんな理由が、あったなんて。
「だから、サン。ソラを助けに行こう。君になら、できるハズ」
「んな……でき、ないよ……」
「できる。いつもの強気はどうした?」
「俺だってそう思いてぇよ!!」
俺だって、自分がヒーローだって思いたいさ。子供の頃は、相応に憧れた。
苦しんでる人も、悩んでる人も、辛いことがある人も、みんな吹っ飛ばして助けてやれる。そんな、神様みたいなヒーローに。
「でも、無理だよ……! ソラは俺じゃ助けられない……! 俺は、あいつのこと……何にも知らないから……!!」
「……」
「俺は、もう立ち向かえない……!!あいつに死んでほしくないって、願うことしか……!!」
「サン……」
でも、俺じゃ無理だ。
「ご主人なら、できるだろ……?」
ご主人は、違う。
「だってご主人、俺のこと助けてくれたじゃん! あいつの気持ちわかるって!! あいつが何しようとしてんのかとか、そもそも今回の作戦だって、ご主人がいなけりゃ俺一人で勝手に負けてただろ!?」
「……サン」
「俺はもういい……無理だよ……! 指示があるなら、それに従う……ううん……命令してよ……!! 俺が考えてもしかたない……だって、あいつのこと傷つけた……!」
ご主人は。ニィナにとって、ヒーローだったと思う。多分、ウェイラにとっても。
……俺にとっても、そうだから。わかるんだ。
「俺なんかじゃ、どうせ」
「サン」
ほっぺを。グニっとされた。
「何も知らなきゃ、助けたいって思っちゃいけないのか?」
「……え」
ソラと。真逆のこと、言ってた。
「いいや、そんなことはないはずだ。だって人間は神様なんかじゃない。みんな人の気持ちを勝手に解釈して、勝手にわかったつもりになって生きている」
「……!」
ご主人は。俺から、目を離さないでいてくれた。
「それでも、その気持ちが誰かを助けることがあるんだ」
「……そんなの」
たまたまだろ。わかんなくたって、少なくともその人にとって合ってる、間違ってるくらいはあるだろ。
「じゃあ、このままソラさんを見捨てるのか?」
「っ……!」
「約束しただろ。スノウと」
「んなこと、言ったって……!!」
無理だよ、その約束は。果たせない。
ごめんで済むならそうしたい。何も考えずに安請け合いして。最低じゃん、そんなの。
「今、僕たちにできることはなんだ?」
「……わかんない」
「全力で抗う。それだけだ。たとえ思いつきだって、無理だとわかったって。それが、僕たちの責任だ。最後まで走り続け、止まることなど決して許されない」
「……」
でも、それじゃ。それじゃあ、結局。ソラのこと、なんて。
「大丈夫。サンになら、ソラのことを助けれるよ」
「何でそんなこと言えんだよ!! わかんないだろ、そんな」
「俺がそうだったから」
「……え?」
ご主人は。さっきみたいな顔になった。
「俺は、俺はさ……あの時。あのまま、死ぬつもりだったんだ」
「は……」
「くだらない人間さ。何も残せない、守れない、成せない。三拍子であの世行きの、取って良いとこなんて一つもない人間だった」
「そんな、こと」
「そんなことないって? でも、サンは昔の僕を知らないだろ?」
また。
「それでも、さ。僕を助けてくれたのは、お前なんだ」
「……どういう、こと?」
「お前がいたからなんだよ。お前がいるから、僕はまだ。必死こいて、生きようと思えるんだ」
ご主人は、優しそうな顔をした。
「ニィナさんだってそうだ。君は何も知らない第三者だった。けれど、その君がいたからグランドワームを倒せた」
「っ……!」
「師匠もそうだよ。君が師匠の気持ちを考えて、追いかけようって言わなきゃ。僕は師匠と、また会おうなんて言えなかったと思う」
そっか。そっか、俺は。
「何も知らないことは、立ち向かわない言い訳にはならねぇぞ。君は、どうしたい?」
「……ソラのこと……助けたい……」
「それで?」
「スノウが、笑顔でいれるようにしてやりたい」
俺は、逃げてきたんだ。それだけだった。
「ああ。他には?」
「みんなに笑顔でいて欲しい!! 理由なんてないけど!! 少なくとも、自分の目の届く範囲は!! みんな!!」
「そしたら、どうする?」
俺は自分が傷つくのが怖くって。嫌われるのが怖くって。あいつと向き合うことから、逃げたんだ。
「手伝って!! ご主人!! 俺じゃ馬鹿だから!! 一人じゃ無理だから!! 一緒にソラを助けて!!」
「仰せの通りに。じゃあ、行こう」
「うん!!」
そんなの、カッコ悪いだろ。
◇
ソラは、独り魔王のダンジョンを訪れていた。
進む足取りは、緩やかなもので。躊躇うように、ゆっくりだった。
「……ふん。間抜けが一人、ここへ来たか」
しかし、風切り音を聞き。ソラは、後ろを見て。
「オラァアアアアアアッ!!」
その出力に、目を見開いた。
「ぐ……!」
「ごめん……!!」
サンの固有魔法のような、ナニカ。感情の昂りにより、魔力量が大幅に上昇する。
「ごめん、ソラ!!」
「なにを」
そう、考察していたが。それだけではない。これは、出力も同じように。
「おまえのこと、知ったようなこと言って……!! 勝手にお前に共感して、勝手にお前のこと諦めかけた!!」
へし折ったはずの心が、再び息を吹き返していることに気づいた。
バチバチと、紫電が常に彼女の体を覆っている。これは、増えすぎた魔力の影響か。
「だから、俺にできるのは!! 最初から、絶対お前のこと諦めねぇって!! それだけなのに!! 俺はお前のこと!!見殺しにしようとした!!」
これほどまでに昂る魔力。今、彼女の心を支配しているのは。怒り。
「これからお前のこと!! 全力で
無力な、無能な、無知な己への強烈なまでの憤怒。
彼女は今。本気でソラを止めるべく、ここに立っている。
「怪我したって文句言うなよ……!? 本気で行くから、覚悟しとけ!!」
「……クソガキが」
今度は、先程のようには行かない。
ソラは、自分の背筋に汗が滴るのを、振り払って無かったことにした。