それから、少しして。男たちは、とある場所へ辿り着いた。
「焦げ臭い……」
「やはり、雷系統の魔法が使われたようでございますね。それも、相当に強力な」
木々の間にぽっかりと開いた穴を指し示しながら、商人を自称する白い仮面はそう言った。
「……待った、嫌な予感がする」
「どうかされましたか?」
「いや、なんでも」
この規模の魔法を使える。かつ、このダンジョンに来る可能性がある。
思い当たる節から男は冷や汗を浮かべたが、すぐにそんなはずはない、と首を横に振った。
「綺麗に空まで見える。とんでもない魔力量だな」
「空というよりは、天井でございますがね」
細かいところはいいんだ、と呟いて、男は周囲を観察した。
動物、恐らく鹿の死骸。魔物のものと思しき巨大な足跡、そしてもう一つの小さな足跡。
「……?」
「イリオス殿?」
そこに続く、血の痕跡。男はふと、それを追い始めた。
一歩、また一歩。重ねるごとに血の量は徐々に増え、周囲の木にも傷がつき始める。
察するに、宙に吹き飛ばされて徐々に落下。といったところだろう。
「……いた」
「どうされ、と」
そうして見つけたのは、小さな金色の魔物。鱗に身を包んだそれは、体から血を流していて。
「意識はなさそうだ」
「ふむ、瀕死……とまでは言いませんが、軽症ではございませんね」
様子を見ようと、商人は魔物の方へ近づいて。
「っ……!!」
「どうした?」
驚愕。商人の思考は、それだけで埋め尽くされた。
「……イリオス殿。こちらへ」
「……?」
手招きに従って、イリオスと呼ばれたその男は魔物を覗き込む。
そこでは、商人が無遠慮に魔物の足を触っていた。
「ご覧ください。足と翼がそれぞれ一対。これだけなら問題ございません。しかし、こうなると話は別でございます」
「……ッ! これ、は……!」
ピラ、と商人が翼を捲ると、そこには手が二本。
翼、手、足。実質的な四肢が三対六肢。もはや四肢と呼ぶべきかは怪しいところである。
これらの特徴と外見に合致する生き物は、たった一種。
「ドラゴンでございます」
「……本物か?」
「はい。わたくしも、実物は初めて見ました」
竜は、その頭数が少ない。その上寿命も長いので、繁殖にも意欲的でない。故に、人間の目に触れる機会はほとんどない。
その頭数の少なさから、そもそもドラゴンの姿を見たことがある人間は現代に皆無である。絶滅したのでは、と見る声もあった。
「さて、そうなると話は変わってきますね。わたくしはこの子の治療に専念させていただきます」
「治してやるのか?」
「はい、ただし無償ではございません。一生をかけて支払っていただきます故」
「……」
一生をかけて。つまり、従魔にしてどこかへ売り払うつもりなのだろう。死ぬよりもマシかもしれないし、死ぬよりも酷いかもしれない。
「……待て」
と、そんなことを匂わせれば、男はこうして止めに来るだろう。彼の動きは、商人の狙い通りであった。
「どうされました?」
「……治して、戻してやるだけじゃダメか? お金は、僕が払う」
「……他でもない、イリオス殿の頼みです。これがなければ、お聞きしたいのですが……」
そう言って、商人はドラゴンの首元を指差した。
そこには、鎖をモチーフにした紋様が浮かび上がっていて。
「これは……」
「呪いの類ですね。魔道具による、一方的な従魔契約でございます」
魔道具には、人や魔物を操れるものがある。その中でも相手に対し、一方的に命令を押し付けるもの。一生の間従わせること。
特に魔物に用いられるそれは、従魔契約と呼ばれ。その時から、魔物は従魔と呼ばれるようになる。
「すでに何かの命令が為されている様子。このままでは、この子は死んでしまうでしょう。この呪いは、強力であります故」
「……なんとか、ならないのか?」
商人は首を横に振る。
「わたくしの手持ちでは解除することができません。わたくしにできるのは、従魔契約の魔道具で主人を別の誰かに書き換えることだけでございます」
「……」
「しかし、しかしです。あなた様が引き取るとなれば、話は別でございます」
ああ、最初からそれ狙いか。男は、商人の目的をたった今理解した。
数日前からやけに自分に押し付けようとしていた、従魔契約の魔道具。それを今ここで買えと、自分に言っているのだ。
けれど、そんなことを抜きにしても。
「悪いが僕は、明日の命もわからない浮浪者だ。この命にも、この同情にも、責任が取れない。僕に拾われるより、どこぞのお人よしに買われるのを待った方がいい」
「……強情でございますね」
「僕だって、引き取ってやれるなら引き取ってやりたいさ」
探索者が従魔を持つことは、珍しいというほどでもない。しかしこと彼においては、難しい決断だった。
この小さなドラゴンは、恐らく幼体。戦闘に連れ出すことはできない。もし彼がいなくなれば、苦しむのはこの子の方だ。
「……」
ごめんな。なんの慰めにもならない言葉をかけながら、竜の頭を撫で付けて。
「ぁ……ルァ……」
それは、ほんの一瞬戻った意識による行動。
「……おや。早速懐かれておりますね」
その尾が、男の腕に巻き付けられていた。紫色の珠のような瞳は、男を見据えていた。
「たすけて」と。言葉もないのに、そう言われたように感じた。
「う……」
それでもまだ曖昧な反応を示す男に、仮面の商人はため息をついて。
「はぁ……わかりました。あなた様に何かあれば、わたくしがこのドラゴンの面倒を見ましょう。と言っても、できるだけ丁重に扱うであろう人物に売りつけるだけですが」
「……いいのか?」
「はい。本当に特別ですよ? そも、ドラゴンなど市場に出せば大儲けでございます故。お譲りする時点で相当な譲歩でございます」
背中に背負った大きなバックパック、ところどころから魔道具がはみ出ているそれを下ろし、商人は従魔契約の魔道具を探し始める。
ふと思い至ったように、男の方を見据え。
「優しさに根拠はいりません。何が幸福かなど、わたくしたちにはわかりません。助けたいと思ったのなら、ただ全力で助ければいいのです」
「……そうかもな。ありがとう」
「いえ、お礼には及びません。わたくしは、ただの旅する行商人でございます故!」
助言のような、あるいは励ましのような。そんな言葉を言い放った。
◇
痛い。お腹すいた。水。
「グゥっ……!?」
……と。寝てた、か。我ながら、なんて健康的な寝言。最初を除いて。
寝る前に起こったこと、全部夢だったらなぁ……なんて、思っても。自分の声が、そうでないことを伝えてくる。
「グルゥ……」
夢じゃ、ないんだな。本当にドラゴンになっちゃったんだ。なんか、改めて実感しちまった。
やっぱり元の世界では、死んじゃったのかな。友達にも親にも親戚にも、もう会えないのかな。
「ルッ!」
やめだ、やめ。考えんな。考えたってしょうがないんだから。
今は生き残ることだけを、と、へ?
「アアー……?」
どこだ、ここ。目が覚めたら知らないところ。一日で二回も体験するとは思わなかった。
「……」
体をよく見てみると、包帯が巻かれている。それに、周りも変だ。部屋の中みたいだし、ベッドも近くにある。
俺が寝てるのは、毛布……と、籠の中か。ちくしょう、犬猫みたいな扱いしやがって。
記憶を掘り返せ。
えぇと、なんかこう……そうだ、幼馴染で遊園地の熊肉と遊びに行って、黒ずくめの男の怪しげな杖を目撃した俺は背後から近づいてくる化け物に襲われて───
「あ、目が覚めたみたいだね。よかった」
「ガゥッ!?」
───っと、誰か来た!? 現実逃避する時間くらいもうちょっと欲しいんだけど!?
というか完全に思い出した、なんか出ろっつったら雷が出て、それで殴り飛ばされて気を失ったんだ……!
つまり俺は、人間にとっ捕まった……という割には、なんか随分扱いが丁重なような。
「気分はどうかな? 一応、手当はしたんだけれど」
「グゥウウ……!」
でもなんか、それがかえって胡散臭い……! 信用していいのかこいつ……!?