TS従魔のダンジョン攻略記!   作:おにっく

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シーカスケイヴに、潜む者

 自然な行動だった。ごく、ごく普通の。

 

 例えばの話。後ろから声が聞こえてきたような気がして、振り向いてみるだとか。そんな動作が、とても近い。

 

「……ん?」

 

 その動きが。彼女の命運を分けた。

 

「なんじゃ?」

 

 拭いきれない、違和感。今度は無意識の行動ではなく、理性によって注視して。気づく。

 魔王の死体が、消えていないことに。

 

「……」

 

 再生の核は、潰した。それがヤツの弱点だ。だからもう、あいつは死んだ。確実に絶命まで追い込んだ。

 このまま肉体が消滅し、魔道具を残す。それが、ダンジョンボスの宿命。

 

 そのはず、だった。

 

「ソラ?」

「動くな」

 

 指先を向けた。それは彼女にとって、首元にナイフを突きつける行為に等しい。

 次の瞬間。

 

「ルゥウウオオオオオオオオッ!!」

 

 絶命したはずの魔王は。残った顎だけで、ソラに喰らい付いた。

 

「死に損ないめ」

 

 最後の悪あがきか。そう判断し、ソラは魔王の顎を千切り裂く。

 するとその頭部は、次こそ徐々に、徐々に消失を始める。安心して、ソラはため息をついた。

 

 念の為、警戒を解かないでおいて正解だった。嫌な予感がしたから。嘘の匂いがしたから。

 

「まおっ、まだ生きて……!?」

「おーおー、案ずるな。もう殺した」

 

 掌についた血を払って、再び魔窟の外を目指す。

 スノウが、大切な一人娘が、家できっとぺしょぺしょになりながら待っているのだ。早く、帰ってやらなければならない。

 もっとも、先に続く報告にはまた文句を言われるだろうが。

 

「なあ、サンよ……スノウの説得とか、手伝ってくれるか……?」

「頑張るけど自信ねー……スノウも連れてっちゃダメなの? 言っても俺と四歳しか変わんないんだろ?」

 

 ソラはおずおずとサンの方を見て、胸元を剣が貫いた。

 サンとしては腑に落ちない話だ。スノウを子供扱いしていたのは自分も同じだが、だからと言って旅についてくるくらい許してやってもいい気がしたのだ。

 

「本当はサンにもやらせたくないんだよ、探索者なんてものは……」

「そんなもんかねぇ」

 

 しかしイリオスとしては、サンもまた同じ扱い。本来であれば、まだ何者かの庇護下にあるべき年齢だ。

 もちろんサンの強さも、覚悟も認めている。

 

 だが、探索者をやらせているのは本当に仕方なく。

 彼女が元の世界に帰るには、そのくらいしか手段がないだろうという考えからだ。

 加えて、彼はそれ以外の生き方を知らなかった。

 

「……あ?」

 

 くどいようだが。

 

「は……?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

「ずっと昔から、待っていたよ。この瞬間を」

 

 ぬるり。

 

「っ……!」

 

 嫌な気配だった。腐り切った粘液のような、まとわりつくような気色の悪い気配。

 

「きざ、まっ……!!」

 

 その気配も。匂いも。音も。光も。その、全てが。つい先程まで、一切なかった。

 突然の出来事だった。胸を貫かれた痛みすら、感じる余裕がなかった。

 

「テメェ何してんだァアアアアアアアッ!!」

 

 最初に動いたのは、サンだった。ボロボロの体に鞭打って、体中の魔力を拳に合わせた。

 

───《雷撃バリバリ拳》!!

 

 先程急造したその必殺技を、全身で振るった。だが。

 

「多少はできるようになったか」

 

 その男は、フッと。風を吹くように、消え去る。

 

「……!!」

 

 イリオスはそれを見てすぐ、《集中型感知魔法》で周囲を探る。

 それでも、見えない。まるで、本当に消えてしまったかのように。

 

「ソラっ!!」

「案ずるな、だいじょゔぶじゃ……! 心臓を破壊された程度では、妾は死なん……!」

「程度では、って……」

 

 強がりでもなく、事実だった。

 失血を抑え、ポンプの役割さえ魔法で補助すれば、心臓の一つが消えようとどうということはない。

 

「ぐ……!」

 

 ただし、修復できなければ緩やかに死を待つのみ。重症もいいところだ。

 

「かかかっ……! 妾を相手に頭を狙い損ねるとは、随分な不用意をやらかしたなぁ……!?」

 

 ゆらり、と。空間が揺らぎ、男が姿を現す。

 

「のぉ……!」

 

 十年前、この国に現れ。

 そして、あの日。レインが死んだあの晩に上がった容疑者。ソラが無意識下で疑い続けた、あの男。

 

「トールッ……!!」

 

 男は。トールは。名を呼ばれて尚、貼り付けた無表情のままだった。

 

「それとも、流石の貴様も化け物退治は初めてか……!? 予想外が多くて大変なことだのぉ……!」

「……そんなことはないさ。むしろ、思ったよりも効いているようで驚いたよ。貴様にも赤い血が流れているとは」

「そうか……では貴様も、存分に流して行けぃ!!」

 

 跳び上がるような殺意を迸らせて、ソラは掌に真球を作り出す。

 

「《空気球・極圧縮体》!!」

 

 先程魔王との戦いで見せた《空気球》、その応用。巨大な真空球を掌サイズに圧縮し、相手をその奔流に巻き込む。

 触れれば直径二十センチメートルの肉塊が完成する代物。

 

「ふむ……」

 

 向かい来るそれを。トールは、剣先で突いた。

 

「爆ぜろ」

 

 ふわりと、春風の如く穏やかに気流は解け。トールの頬を撫でる程度の結果に終わる。

 

「強がりめ。やはり弱っているじゃないか」

「っ……サン、イリオス。下がっておれ」

 

 再び空間と肉体の境界が揺らぎ始めたのを見て、ソラは再び固有魔法を行使。

 戦いの前に、ソラは口を開いた。

 

「……もう一人の妾を、唆したのは貴様か?」

「さぁな。……どうだと思う?」

 

 理由はわからないが、確信があった。もしかすれば、人格の統合が始まっているのかもしれない。

 そして、もう一つ。

 

「……十年前。レインを殺したのは、貴様か?」

「……はは」

 

 トールの答えが。

 

「そうだとすれば、なんだ?」

 

 開戦の合図だった。

 

「最高の日じゃのぉ今日は!! まさかこの世界に生きる理由を見つけられた!! 一体何年振りにか、仲間を得た!! だというのに!!」

「フン」

「さらにレインの敵も討てようとは!!」

 

 攻撃に向かった自分ごと、三人分の《ドラゴンブレス》で焼き尽くす。

 それは所詮、足止めでしかなく。

 

「《一天執誅(フォース・フォーカス)》!!」

「《天変致死(ディザデスター)》!!」

「《空気球・極圧縮体》!!」

「《解力矛葬(ストレングス・スライス)》!!」

 

 無数に増やした己自身による、致命の一撃。その連射こそが、本来の目的だった。

 

「やはり、強いな。貴様は」

 

 《輩殺しの刃》による弱体化。その上で、魔王との連戦。加えて、心臓と肺を破壊されて尚この強さ。

 血流を無属性の魔法、呼吸を風魔法で維持しつつ、それでもこれだけの魔法を展開している。

 

「だが」

 

 それらの攻撃の、全てが。

 

「私が勝算もなく、姿を現すと思ったか?」

 

 トールには、当たらない。否、それどころか。

 

「どこへ」

()()ぞ」

「ぐっ……!?」

「がはっ……!?」

 

 一部の自分を殺される始末だ。

 

「……動くなよ、二人とも。手出しは無用じゃ」

「な……! 俺だって、まだ戦え」

「黙れガキッ!!」

「っ……!!」

 

 ソラの言葉に、サンはビクッと肩を跳ねさせる。

 強い語気に秘められた意図は、先程のような怒りではなく。

 

「……殺されるぞ」

 

 ただ、守るためであった。

 

───先程の攻撃は、妾のものをそのまま再現した物だのぉ。

 

 失血を完全に止め、失った血を分離させた己自身から奪って補いながら、ソラは考察していた。

 攻撃は避けられた、ではなく、当たらなかった。一時停止されて、再生された。そんな表現が適切なように思える。つまりは、固有魔法による作用だ。

 

───であれば!

 

 ソラは、翼をはためかせた。

 

「小癪な」

「やはり貴様にはこれが有効か!」

 

 瞬時にトールへと殴りかかり、身体強化魔法をフルで使用する。

 魔法を止められるのなら、肉弾戦を仕掛けてやればいい。それだけの話なのだ。

 

「……やはり貴様には、加減できないな」

 

 それだけの話。の、はずだ。

 

「歪め」

「っ……!?」

 

 そう、思っていた。潰れて壊される、自分自身を見るまでは。

 

「今のお前が相手なら、このくらいはできるか」

「なにを」

「固有魔法、《遥かなる宙の孤独(『でぃゔぃじょんぜろ』)》」

「っ……!?」

 

 彼が語ったのは、ソラの本当の固有魔法。未だかつて、レイン以外に明かしたことがない魔法で。

 

「己自身の分身を生成する魔法。詠唱は四節からなり、その不死性を謳っている。本体であるソラ・シーカーがその魔法に目覚めたのは、おおよそ千五百年前。分体も同じ魔法を使用可能。分体の魔力は元になった使用者と同量。魔力量の回復が追いつくほどに増えれば、名の通り無限の分身が可能。こんなところだろう?」

「なに、を……」

「なればこそ。今のお前は、「心臓と肺を破壊され魔法と魔力を制限された自分」しか増やせない」

「ッ……!!」

 

 動揺の隙を狙われ、先程の不明な一撃を受けてしまう。

 不思議な拳だった。防御しても、体を硬化しても、そのまますり抜けてくるような。防御、そのものを無視してくるような。

 

「ぐ……意外じゃな! まさかストーカーが趣味だったとは!!」

「人聞きが悪いな。お前、自分のことをか弱い少女だとでも思っているのか?」

「かっ……!!」

「化け物だよ、お前は……お前らは。一匹残らず、全て滅ぼさなければいけない」

「っ、この!!」

 

 《遥かなる宙の孤独(『Division:ZERO』)》によって増やした己自身を突撃させ、掴まれた腕を無理やり引き剥がす。

 その際腕の骨をへし折られたが、その程度なら時間をおけば治る。

 

「……」

「っ、させん!!」

 

 その視線が、イリオスとサンの方へ向いたのを見て。咄嗟に、サンとイリオスにそっくりな分身を作った。

 面倒だ。あいつらを殺して、動揺の隙を突こう。そんな視線だった。

 

「……お前は、いつもそうだな。大切な人間ができると、是が非でもそいつらを守ろうとする」

「当たり前じゃ……!! お前のようなエゴイストと一緒にされる謂れはない!!」

「そこがお前の弱点だと、思っていたんだがな」

 

 ソラには長らく、大切な人間というものができなかった。否、正確にはできていたのかもしれないが。その時はまだ、ソラ・シーカーという人間を判断しかねていた。

 

 レインの一件が初めて、トールがソラの弱点を突いた瞬間だった。

 人質は、ソラの能力から考えれば一度しか使えない手。現にその時のしくじりで、スノウもラルウもソラの分体を身につけていた。手出しできなくなっていたのだ。

 

「全く、つくづくあいつは余計なことをしてくれたよ」

「あぁ!?」

「レインさ」

 

 その言葉に、ソラは。わずかばかり、攻撃の手を強めた。

 

「《久に破れて旋渦有り(トランシャンス)》!!」

「……これは、まずいな」

 

 触れた物全てを蝕み、風化させる竜巻。現在のソラ五人分の魔力を使用するそれは、固有魔法の使用を前提とした大技だ。

 たとえ今のトールとソラの力関係でも、致命傷につながりかねないほどの威力。

 

「……()()()()

 

 致命傷を確信したソラの耳に入り込んできたのは。聞いたことがない属性の魔法で。

 

「《イニシャライズ》」

 

 魔法が、消えた。

 

「……固有魔法か?」

 

 ソラは、焦らない。魔力量はほぼ無限に等しくある。

 喜ぶべきは、魔法の解析。先程の一時停止と今の魔法の消失。魔力の動きを見るに、その本質は同じだ。

 あらゆる魔法を打ち消し、利用し返せるが、それ以上はない。

 そこに魔力消費が加わるのだから、過度に恐れる必要もない。

 

 何より、ソラの固有魔法は性質上本体がバレさえしなければ敗北することはない。なればこそ、ソラは冷静に解析していた。

 

「根比べというところだのぉ!! 妾は得意じゃよ!! 数千年もの間耐えて来たのだから!!」

「奇遇だな。私もだ」

 

 そんな攻防の傍で、サンとイリオスは、ただ見るだけしかできない。

 

「ぐ……」

 

 サンの激情は、一時的に収まりを見せている。

 加えて、全身に走る鋭い痛み。それが、怪我によるものだけでないことは火を見るより明らかだった。

 先程の無茶によって、サン自身の体は決して無視できない代償を支払わされている。

 

「……サン、下手に動くなよ。僕たちの力が役に立つ瞬間が、きっと来る」

 

 それは、イリオスもまた同じ。

 ウェイラから受け継いだ身体強化魔法。便宜上、《身体超化(オーバーワーク)》と彼は呼んでいる。

 その影響により、彼の肉体は全身余すところなく筋肉が断絶している。

 極まった筋肉痛と聞けばくだらないが、命にかかわりかねない程の大怪我だ。

 

「……うん」

 

 しかし、それを抜きにしても。戦いの規模が、あまりにも違いすぎる。

 ウェイラとソラが戦っていた時と同じ、戦いのステージが二つも三つも上にある感覚。

 たとえ万全の状態であの場に首を突っ込もうとも、ソラの足を引っ張るだけの結果に終わるだろう。

 

「多少、動きが鈍って来たようだな」

「かかかっ!! 貴様ものぉ!!」

 

 そんなサンたちの思いを置き去りにして、戦いは激化する。

 

「……話の、続きをしようか」

「あぁ!?」

「あの厄介者についてさ」

 

 皮肉のように、トールは水魔法を行使した。

 

「レインのことかッ!!」

 

───どこまでも、神経を逆撫でする。

 

 トールがなぜ、自分のことを殺そうとしているのかはわからないが。この会話は、あくまで自分の動揺を誘うためのものでしかない。

 だから、ここで感情を乱してはいけない。

 

「どこまでも、愚かなやつだよ。できもしない幻想を騙り、人の身でこの遥か高い宇宙(そら)にまで手を届かせようとした」

 

 わかっている。これ以上、トールの話を聞くべきでないことくらい。

 

「その結果、己が身を滅ぼしている。呆れ果てたやつだ。蜜蝋の翼で太陽を求めたあの頃から、人間という生き物は何一つ進歩などしていない」

 

 わかっている。この男は、がらんどう。心根の一筋に至るまで、その全てが嘘で塗り固められていることくらい。

 

「色恋に熱を浮かされ、数十年という時間を無為に過ごした。身の程もわきまえずに、その足跡の一片までも全てが戒めとして語り継ぐべきさ」

 

 わかっている。それでも。

 

「それ以上口を開くな、愚物……!!」

 

 関係、なかった。

 

「楽に死ねると思うなよ……!? お前の臓物は家畜の餌にばら撒いてやる……!!」

「なんだ。らしくなってきたじゃないか」

 

 その瞬間から、ソラの戦い方は一変した。

 魔法を行使し、強大な力で一手ずつ詰めていくような今までとは違う。

 ただ、その全てを。破壊に尽くした。酩酊感に近い心地良さが、彼女の心を満たしていた。

 

「撤回、しろォッ!!」

「断る。なにせ、そうだろう?」

 

 それほどまでに、トールの言葉は。ソラの平静を、失わせるもので。

 

「……自ら命を断つことを選ぶなど。これを愚かと言わずして、なんと言う?」

「……は?」

 

 ほんの一瞬の、激震だった。

 まるで、ひやりと。氷に濡れた手で、心臓を穿たれたような気分だった。

 

「ああ、気づいていなかったのか?」

 

 そして、トールの説明よりも先に。理解してしまう。

 

「あいつは、選んだんだよ。自分が人質に使われ、お前が死ぬことよりも。自分の命を捨て、お前を生かす道を」

「うそ……じゃ……なに、を……」

 

 老化の研究は、レインだけのものだった。その使用方法に至るまで熟知していたレインが、果たして誤発や悪用にセーフティをかけないだろうか?

 あるいは、そうでなかったとして。これほどの強さを誇るトールが、なぜわざわざレインの魔道具を使う?

 

「皮肉な話だ。お前と共に生きると決めた人間は」

「だま、れ……」

 

 わかってしまう。先程までの、嘘に塗れたトールの言葉とは違う。

 この言葉に、偽りはないと。ソラには、わかってしまった。

 

「お前を生かすために、自らの死を選んだというのだから」

「だま、れッ!!」

 

 そして、感情を爆発させかけた時。

 

「お前が本体だろう?」

「っ……!?」

 

 トールは、後ろに回っていた。

 

「後出しで悪いが……()()()()()()のは、本体であるお前だけなんだよ」

 

 何を言っているのかわからない。

 何を言っているのかはわからないが、ただ一つ。トールは何か確信を持って、自分の本体を見抜いている。

 直感的に理解したソラは、防御。そして反撃に転じるべく、固有魔法と魔法を行使。

 

「《イクリプス》」

 

 だが、動揺の隙を突かれ。トールの魔法が、一歩早かった。

 

「ッ……!?」

 

 目の前の空間がそのまま食われていくような。強烈な、悪寒。

 

───防御、否。反撃も不可能。回避。

 

 即座に、そう判断した。

 固有魔法によって己を複製、それがこの世で最も強固な盾となる。

 

「……!!」

 

 手当たり次第に魔法を発動し、避けようとして。

 

「ソラっ!!」

 

 サンの視界を、鮮血が覆った。




すみません、予定が重なり更新が大幅に遅れました……!大変、お待たせしました。
以後、ここまでお待たせすることがないように善処します……
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