TS従魔のダンジョン攻略記!   作:おにっく

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旅立つ者たち

 降り頻る雨の日だった。

 

「……」

 

 ガチャリ、と扉が開く音で、彼女は落ちていくように階段を走った。

 扉の前で何やら話している老人を押し除けて、飛び込むように顔を出した。

 

 びしゃびしゃになっている二人を見て、少女はいくつか心配の言葉をかけたが、それきりだった。

 首を右へ、左へ、ぐるっと一周走らせて、もう一度二人に目線を合わせた。

 

「……!」

 

 崩れながら謝罪する、もう一人少女の前で。彼女はだんだんと、笑顔を消していった。

 崩れ切った口角はギュッと閉じられて、ある時弾けた。

 

 雨粒がただ、彼女たちの声を、哀韻を包んで。何もかも、溶かしてくれていた。

 

 

 

 

 ソラさんの葬儀は、速やかに執り行われた。

 国を上げて、彼女をあの世に送り出す。国葬というものだった。

 

「サン。行ってくるよ」

「……うん」

 

 サンは、外に出れなかった。

 

 棺桶の中の彼女は、随分と身綺麗に整えられていた。

 一体、どれだけの魔道具が使われたんだか。ぽっかりと空いた風穴まで、塞がれていて。

 

「何が、独りだった、ですか……」

 

 こんなにも愛されていたのだ。それをきっと、彼女もわかっていた。

 わかっていたからこそ。それが彼女にとっては呪いとなって、その心を蝕んでいったのだろう。

 

「……ありがとう。ソラさん。あなたのことは、絶対に忘れません」

 

 いつぶりにか、仲間を喪った。あの時みたいに、涙は流れなかった。

 まるで、自分の心がなくなってしまったみたいだと思ったけれど。悲しさを、受け入れられていないだけだった。

 

「ありがとう。サンのことを。俺を、助けてくれて。あなたは、化け物なんかじゃない。格好いい、英雄です」

 

 花を添える、その直前だった。

 

「げほっ……えほっ……」

 

 サンが息を切らして、後ろに立っていた。

 

「ごめ、ごしゅじん……やっぱり……さいご、だから……」

「……ああ。おいで」

 

 よほど、急いでいたのだろう。花も受け取らず、真っ直ぐに僕のところまで向かってきたのだろう。

 一本の花。ソラさんの髪飾りに使われていたものと同じそれを、共に備えた。

 

 わずかに触れた彼女の体は冷たくて、真っ白で、固くって。彼女はもう、本当に死んだのだ。

 英雄は。ひとりぼっちで泣いていた少女は、もういない。この世界の、どこにも。

 

「……」

 

 ざぁざぁと降る雨は、天が彼女のために涙を流しているようだった。

 

「帰ろうか。サン」

「……うん」

「ちゃんと、お別れは言えたかい?」

「言えなかった……」

「そっか」

 

 喪服に身を包んで、いつもよりもおとなしい彼女が印象的だった。

 傘も刺さずに、びしょびしょに濡れていて。涙も誤魔化せるだろうに。必死に堪えていた。

 

「お待ちください。サン様。イリオス様」

 

 ふと、ラルウさんに呼び止められた。

 サンは置いて行こうとしたけれど、彼女が弱々しくも必死に抵抗するもので。仕方なく、ついてくることを許可した。

 

「……イリオス。サン」

「あ……」

 

 呼ばれた先は、大きな家だった。スノウが出てきて、そうか。ここが、レインさんの家か。

 

「ごめんっ……!!」

 

 サンが、すぐ目の前に出て。スノウに、深く頭を下げた。

 

「ごめんな、スノウ……ソラ、助けれなくって……約束、守れなくって……俺が、俺がバカでドジでマヌケで弱かったから……ごめん……ごめんなっ……!!」

「……サン。それはもう、前も聞いた」

 

 スノウは、縮こまったサンにしゃがんで身長を合わせた。

 彼女の頭を、ゆっくりと撫でてくれた。

 

「ババ上は……お母さんは、きっと難しかった。サンとイリオスが生きて帰ってきてくれただけでも、十分嬉しい。だから、私のことは気にしないで」

「でも……約束、した……したのに……」

「うん。けど、二人ともきっと必死に頑張ってくれた。だからお母さんは、私に言葉を遺してくれた」

 

 強がりだ。

 

「ありがとう、サン。イリオス。まだ、心の整理はつかないけれど。私は、愛されていたみたいだから。それで、いいの」

「……!」

 

 そんな顔をして。なにが、「いいの」だよ。

 そう言ってやりたかったけど。その仮面をひっぺがす権利は、俺にはない気がした。

 

「ソラ様の遺言に従って、レイン様のお部屋を案内いたします。こちらへどうぞ」

 

 部屋に一歩立ち入ると、ずらっと本が並んでいた。

 星屑の勇者様も上下巻揃っていて、きっとこの人が生きていたのなら、話が合ったのだろう。

 

「遺品を整理しているときに、こちらが見つかりました。参考までに」

 

 預けられたのは、一枚の紙。

 一番上の項目は、分かり切っていたことだからどうでもいい。真ん中、魔道具については、やはりソラさんが使っていたのもので最後のようだった。

 ……そして、最後は。

 

「レイン様が集めた異世界への情報と、魔道具の情報。それらは、この本にまとまっているはずです」

「……ありがとうございます」

 

 ブックバンドを解いて、本を入れた。そのとき、ソラさんから預かったレシピが落ちた。

 

「……これ、スノウに」

「いえ。そちらの本は、同じものをソラ様から預かっています。お気遣いなく」

 

 ……きっと、ソラさんはわかっていたのかもしれない。自分がそのうち、死んでしまうことを。

 だから僕らに情報を残して、ラルウさんにレシピを残した。なんていうのは、きっと都合のいい妄想だった。

 

「よければ、少しこちらで休んでいかれてはいかがでしょうか。きっとその方が、お嬢様も喜ばれます」

「……いえ。僕たちは、旅を続けなければいけない」

 

 ソラさんに助けてもらった命の分まで。前に、進まなければいけない。

 ここにいたい気持ちはある。けれど、サンは。

 

「……ご主人?」

「……ううん。なんでもないよ」

 

 きっとサンは、ここにいる限り自分を責め続けるだろう。

 彼女のためを思うなら、早くこの国を離れたかった。なにせ、国葬の時期を待つためにかなりの時間滞在している。

 

「左様ですか……お嬢様は、あなた方に懐かれていたのですが。特に、イリオス様は……最近、よく訪れてくれていましたし」

「けれど、いつまでもここには居られない。それに、スノウは……ひとりぼっちでは、ないでしょう?」

「……ええ。私も、他のものたちもついております」

「イリオス、生意気。私は別に一人だってへこたれない」

 

 いつから、そしてどこから聞いていたのか。スノウは、ひょっこりと顔を出した。

 サンは、俺の後ろに隠れてしまった。

 

「……ねぇ、サン」

「あ……うん……」

「お母さんの最期は、どんなのだった?」

 

 代わりに、答えてやろうと思った。けれど、サンはそれを遮って。

 

「俺たちを、守ってくれた……最後まで、この国のために戦ってた……格好、よかった」

「……うん。そっか」

 

 何か、決意を固めたような表情をして。スノウは、滲んだ涙を拭った。

 

「二人とも、せめて今晩は泊まっていってほしい。お別れの時間が欲しいの」

「……うん。わかった」

 

 きっと彼女は、ソラさんが思っているよりも、ずっとずっと強かった。

 

 

 

 

 一晩明けて。サンとイリオスは、玄関に立っていた。

 

「本当に、お世話になりました」

「全くその通り。たくさんお世話をした。だから、また国に来るべき。恩返しをしてもらう」

「はは……うん、わかったよ」

 

 スノウの言葉が、要するに「またこの国に来て欲しい」ということだとわかって。ツンデレに慣れていたイリオスは、にっこりと微笑んだ。

 

「それでは、また」

「うん。じゃあね、イリオス。サン」

「……うん」

 

 サンは一晩を共に過ごしてまだ、スノウと目を合わせれずにいた。

 

「……サン」

 

 もう、二度と出会えるかもわからない。せめて、挨拶だけでも。そんな意図を込めて、イリオスは背中を叩く。

 ニィナのように、通信の魔道具でやり取りをすることはできるだろう。けれど、面と向かって会えるのはこれが最後なのかもしれないのだから。

 

「……スノウ。その……え、と……おれ……そら、は……」

 

 言葉に詰まるサンに。スノウはただ、サンを抱きしめて。

 

「私と、友達になってくれる?」

「……え?」

「また、会いに来てくれる?」

「……う、ん」

「じゃあ、また約束」

 

 額と額を合わせて、お互いに見つめ合った。

 

「私は、信じるから。それができたら、サンはもう自分を責めないでほしい。これも、約束」

「……うん」

 

 スノウは、サンのポケットに連絡先を忍ばせた。

 

「私は……お母さんが死んでしまったことは、悲しいけれど。それでも、生きていくしかない。だから私は、お母さんの命を抱えて生きていく」

 

 一番辛いのは、彼女だろうに。

 

「……サン。だからサンも、死んじゃ嫌だよ?」

 

 やっぱり、スノウは強いな。イリオスは、そんなことを考えた。

 

「……うん。元気でな、スノウ。今度こそ、祭り……行こうな」

「うん」

 

 少しだけ、前を向いて。イリオスとサンは、どこかへ向かっていった。

 その旅路の行き着く先は、果たしてどこになることか。

 

「お母さん……二人を、守ってあげて」

 

 ぐちゃぐちゃになった心の中で、スノウはそっと祈った。

 二人の姿が見えなくなるまで、目を閉じて。

 

「お嬢様……ご立派でございました」

「うっさい、こっち見るなヒゲ……!!」

 

 二人の姿が見えなくなった瞬間。その隙間から、いっぱいの涙を流して。

 

「うぁあぁあああああ……!! パパ上……ババ上ぇっ……!!」

「……ええ、ええ。爺やがついております。私の胸ならば、いくらでもお貸しいたしましょう」

 

 スノウは、最初の報告の時以外涙を見せなかった。

 その理由は、ただ一つ。自分が、サンたちの旅路で重荷になってしまわないように。

 あの世で見守るソラが、心配してしまわないように。

 

「……雨は、まだ降っておりますよ。きっとまだ、誰も見ておりません」

「うんっ……うんっ……!!」

「すぐに前は向けないかもしれません。ですが、それまでは私がそばにおります」

「……爺や、若い頃こうやって女食ってた?」

「なんてことを言うのですか」

 

 まったく、親子揃って。ラルウは、ふっとため息をついた。

 まだ、実感が湧いていないのもあるのだろう。ふとした瞬間に、悲しみが溢れることもあるのだろう。

 だが、きっとこの子なら大丈夫だ。それまでは、自分が支えればいいのだから。

 

「爺や。私、私ね」

「はい」

「探索者になる」

「は?」

 

 突然の宣言に、ラルウは耳を疑った。

 

「次の英雄になるのは、私」

「ほ……本気ですか?」

「もちろん本気。私は冗談は言わない」

 

 スノウの目は、真剣そのものだった。

 

「お母さんの遺志を継ぐ。あの人が見てきたものを、私も見てみたい。それが、死を受け入れることだと思うから」

「……厳しい道のりになりますぞ」

「わかってる。楽をするために言ってるわけじゃない」

 

 その手には、一枚の紙が握られていた。

 イリオスからこっそり盗み出して写した、とある人物の連絡先。

 

「それで、私は……お母さんみたいに、誰かを助けれる探索者になる。だから、爺や。着いてきてくれるよね?」

 

 その、姿に。言葉に。

 

───ラルウ! おヌシ、妾に着いてこい!

 

 彼女の、面影を見た。

 

「……ええ、はい。たとえ地獄の果てまでも、お供いたしましょう」

 

 もとより、そうするつもりだというのに。わざわざグレていた過去で脅しをかけてくるなど、あの人は。

 遺言の可笑しさに笑いをこぼしながらも、腕を鳴らす。久々に、力を振るう時が来たようだ、と。

 

「まず、基礎体力を作る。そしたら、この人に連絡してみよう。どのくらいかかるか、わからないけど」

「ええ。大切なことです。……しかし、これは一体どちらの?」

「わかんない。イリオスの師匠だって、サンは言ってた」

「はて……?」

 

 こうして、スノウは歩き出した。前を向いて。彼女の足跡を追って。

 スノウはいずれ、この国の新たな英雄として名を馳せることになるのだが。それはまた、別の話だ。

 

 

 

 

 国を出た。だんだんと、魔窟が遠ざかっていく。

 あの地にもう、英雄はいない。魔王もいない。それでも、そこで暮らす人々は生きていく。

 

 きっと今日も探索者たちは魔窟に潜り、荒んだ心を震わせて、自分を鼓舞して前へと進む。

 この国に住む人々の笑顔を、守るために。英雄の証を、この地に残すために。

 

「……さよなら。シーカスケイヴ」

 

 生誕祭は、時間を空けて開催するらしい。

 きっとソラさんは、それを望んだと思う。そういう人だったから。

 ……まだ雨は、止まないけれど。いつか、晴れ渡ってくれますように。

 

「……」

 

 馬車の中で、会話はなかった。サンは、随分と疲れ果てているようだ。

 ……体ではなく。心の方が。

 

「……なぁ、ご主人。昨日の紙、どんなのだった?」

 

 昼飯の時、サンはようやく口を開いた。

 ちょっとだけ、調子が戻ってきたみたいだ。それでいい。少しずつ。少しずつでいいんだ。

 

「そうだな……サンにも、見せておくべきか」

 

 ソラさんから受け取った紙を、サンに差し出した。

 

「これ……」

 

 一つ目の部分は、千切って消した。サンにはまだ、知られたくないから。

 いや、できればずっと。知ってほしくない。

 

「ソラ……」

 

 彼女は、ふと。涙を溢した。

 

「あ……ごめっ……ちが、くて……スノウの、前は……そこで、泣くのは、違うって……だから、我慢、してて……」

「……ああ。そっか」

「ごめん……ごめんな、ソラ……! 俺はいっぱい、お前に助けてもらったのに……! 俺は……!!」

 

 近頃の彼女は、ひどく不安定だ。師匠に命を狙われていた時よりも、さらにひどい。

 

「ご主人……俺、悔しいよ……!! 強く……強くなりたい……!! あのクソ野郎をぶっ飛ばせるくらい、強く!」

「……ああ。そうだな。強くなろう。二人で、一緒に」

 

 それでも、俺たちは旅を続けなきゃいけない。

 ソラさんが生きていたことと、死んだことを抱えて。生きていかなきゃいけない。

 

 ……それに、第一候補だったソラさんが死んでしまった。

 誰か、別の人を探さないと。

 

「そのためにも、旅を続けないとね」

「うん……次は、どこにいくの……?」

 

 ソラさんが残してくれた紙に書かれていたのは、奇しくも俺がよく知る場所で。

 

「悪竜の伝説が残る場所。御伽話の国。ファンタジアだ」

 

 ああ、つくづく。数奇な人生だ。

 

「……ねぇ、ご主人」

 

 もしかしたら、お天道様が罰を与えているのかもしれない。

 

「ご主人は、死なないでね」

 

 だって、そうだろう?

 

「ご主人が死んだら、俺の旅はひとりぼっちだよ……?」

「……ああ。約束する」

 

 こんな嘘を積み重ねるでしか、こいつを支えてやれないんだから。




2,3章と続いたシーカスケイヴ編はこれで終わりです。
次話から四章、従魔と悪竜編に入ります。
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