御伽話の国
シーカスケイヴを発ってから、数日が経過した。
「サン、起きれるかい?」
「……ん」
サンは。まだ、心の整理がついていないみたいだった。
「おはよ。お腹すいた。朝ごはん」
「パンとサラミだ。チーズもある。あとスープ」
「……おいしいな」
それでも、飯の時だけは全てを忘れたような顔で、だらしなく笑ってくれるので。できるだけ、その時間を保つように努めた。
「サン、食べるかい?」
「……餌付けか!!」
そう、努めていたのだけど。
「え?」
「いや、最近ずっと気になってたんだけど……なんかめっちゃ飯食わせようとしてくるじゃん……」
「あぁ、いや……その、それはね……?」
思いっきり、サンにらバレていたらしい。
「……いや、ありがと、ご主人。でも、俺は大丈夫だから」
「……」
大丈夫なはず、ないだろ。そんな顔しておいて。
「ずっと頭の中に、チラついてるんだろ。ソラさんのこと」
「っ……」
人の死は。その記憶は。そう簡単に、消えてくれない。
目の前で血が弾けた感触。命が失われていく感触。最後の顔。その、どれか一つ取ったって。
───生きて。
どんなに辛くたって、消えちゃくれない。
「……うん。なんでソラが、殺されなきゃいけなかったんだ、って。ずっと思ってる」
トールの目的は、未だにわからなかった。
ただ、ずっと前からあの国にいたこと。そして、ソラさんを殺そうとしていたこと。それだけが、確かだった。
人間は、意味なく生まれてくる。なのに死ぬ時ばかり理由があるなんて、そんなの矛盾してる。
だけど、サンは。そこに意味を求める。それはきっと、おかしなことではないと思う。
「ソラさんは、僕たちと国を守るために戦った。戦って、死んだ。それだけは、確かだよ」
そうじゃないと。なんの意味もなく死ぬなんて、そんなの。辛いだろ。
「……」
この頃サンから感じるのは、深い絶望や悲しみ、だけではなくって。怒りだ。
強い、強い、怒り。殺意と言い換えたっていい。
きっとこれは、あの男に対する。
「わ……なんだよぉ、ご主人……」
「いや……次の国では、おすすめの飯屋を紹介するからね」
「ほ、ほんとか? やった、信じるからな」
どうか彼女が、ソラさんの死と向き合えますように。
俺にできることはきっと、そんなちんけな願いだけだった。
「もうじき国に着く。荷物を整理しておこうか」
「あいよ、ご主人」
ガサガサと荷物を漁り始めたサンを見守りつつ、僕も改めて荷物をチェックする。
最近は魔道具の中に物を持ち運べるようになったから、かなり便利だ。
「……ん?」
そんなことを考えていると、ふとサンがおかしな声を上げた。
一体なにがあったのかと、サンの肩越しに覗き込む。
「なぁ、ご主人……これって……」
サンが持っていたのは。丸い、手のひらよりも小さな球体。
「ソラさんの、髪留め?」
「だよな……」
魔道具に変化したソラさんの髪留め。
あの一回きり、それ以上の効果を示すことはなくって。それでも遺品だからと、スノウに渡したはずのもの。
「……スノウが入れてくれたのかな」
「かもね。どうする?」
「送り返す。これは、俺が持ってちゃいけないと思う」
「……あとで、行商人さんに相談してみような」
サンは。自分を、責めている。
俺がこの国に来なければ。《輩殺しの刃》を受けることもなかった。
そうすれば、ソラはトールなんかに負けないはずだった。そもそも、トールは勝ち目がなければ戦いに来なかった。
俺がメチャクチャにした。
……そんなことを、サンは言っていた。
「……」
人の死を、誰かのせいにしたい気持ちはわかる。痛いほど。
そしてそれは、自分であるほど楽だ。けれど、楽なだけで健全ではない。
今は態度に出ていないけれど。取り乱したあの一瞬でしか、その姿は見せなかったけど。
きっとまだ同じ気持ちが、サンの中を渦巻いている。
「ご主人?」
「……あ、うん? どうしたんだい?」
なにができる。俺には、なにをしてやれる。どうすれば、こいつを……。
「だから……これから行く国、えっと、ファンタジアだっけ? は、どんな国なのかって……」
……兎にも角にも。今は、前に進むしかない。
「……そうだな。この前僕が話した、星屑の勇者様ってあるだろ?」
「うん」
「あれをはじめとして、いろいろなお伽話が語り継がれている国なんだよ」
「ふーん」
サンはあまり興味がなさそうだった。
まあ、空想で腹は満たされないもんな。
「そこに異世界の伝説がある、ってこと?」
「うーん……追って説明すると、少し複雑になるんだけど」
一応、サンにも関係あることだし話しておくか。
「なんでこの国は、お伽話が有名だと思う?」
「なんで、って……なんか、そういうものだから……」
「そりゃまあ、そうなんだけど……きちんと理由があるんだよ。母数の多さだ」
そう、この国は他国に比べて語り継がれるお話が多い。
正直言って、その数は異常なほど。
「じゃあ、なんで数が多いのか。それは、この国の過去に関係している」
到着して、サンに荷物を持たせる。
「髪留め、送り届けてくれるってさ」
「そっか。よかった」
通りがかった商人さんにお金を払って髪留めを預け、久方ぶりに地面に降り立った。
ここから少し歩けば、国に入れるはずだ。
「元々ね。この国では、ダンジョンの攻略が規制されてたんだ」
「規制……え、マジで……?」
「マジだ。一攫千金を求めて中へ向かう人が後を絶たなかったんだよ」
「ああ、そういう」
規制というよりも、規則の方が近いかもしれない。
元々ダンジョンの発生しにくいこの地域では、あまりダンジョンの攻略が必要とされなかった、というのもある。
「だから、こっそりとダンジョンを攻略する人たちが増えた。でもな、サン。そうすると、ダンジョンの攻略情報は共有しにくいんだ」
「まあ……そりゃ、そうだろうけど」
「じゃあ、どうする?」
サンは顎に手を当てて、んー、と考える仕草を見せた。
たっぷり十秒ほど考えた後、手のひらに拳を合わせて。
「あ、それがお伽話ってこと」
「その通り。人々は物語にしてダンジョンの情報を残したんだよ。逸話や、寓話の方が認識としては近い」
もちろんそれが全てじゃなく、フェイクとして入れられた普通のお話もあれば、言い伝えなんかもある。
「当時から、まだ攻略されきっていないダンジョンもあってね。寓話を知っていると、攻略の役に立つこともあるんだよ」
人の欲望が入り乱れて生まれた、お伽話と繋がった世界。
それがこの国、ファンタジアだ。
「さ、着いたぞ。サン」
「わ……」
そうして、国へと足を踏み入れ、真っ先に目に入るのは。
「銅像……?」
勇者ステラと、悪竜の像。
「あれについても、あとで話すよ。今はとにかく飯だ」
「飯!」
……あいつも、連れてきてやりたかったな。
◇
通りがかった飯屋で、適当な夕飯を頼む。
サンが食べてるのは肉の硬い部分をタレで煮込んだ、ナニカ。俺はサンドウィッチだ。
「やぁらかい……」
サンは柔らかい肉、脂身やサシの多い肉よりも、歯応えのある赤身を好む。
うちのお嬢様には少々不満なお味だったらしい、サンはしょぼしょぼとした顔になった。
「それで、ご主人……なんでその、お伽話の国? ってやつに、俺たちは来たの?」
「……それはね」
ラルウさんが預けてくれた本をパラパラと開くと、そこにはレインさんのものにそっくりな筆跡があった。
異世界についての文献がまとめられ、そのいくつかのうちの一つにここ、ファンタジアの名が記されている。
「さっきも言った通り、この国には事実を伝える逸話がたくさんある。それはわかったかい?」
「一応」
「それは、勇者についての話もそうなんだ」
「勇者……って、ご主人が話してたやつ……?」
「ああ」
ステラに関する記述は、そのほとんどが事実に基づいたものだ。他の寓話とは、生まれたきっかけからして違う。
勇者として国から認められたステラの冒険譚。所謂、ドキュメンタリーが近いだろう。
「……『星』。って、聞いたことあるかい? 」
「え……」
そう。勇者は、実在した。
「し、知ってる。俺の世界の言葉」
「ああ、よかった。やっぱり、そうなんだね」
ソラさんの言葉で裏は取れてたけど、改めてサンに聞くことで確信が得られた。
「勇者ステラは、まれに奇妙な言葉を扱ったらしい。他の誰も知らない。この世界のものではない、言葉を」
「……俺と同じ転生者だった、ってこと?」
「言い切れないけど、繋がりは見えてくるね」
ソラさんのように、なぜだかその言葉を使う。それだけの可能性もある。
けれど、ひょっとするとこの国で……何か、異世界へ繋がる手がかりが見つかるかもしれない。
「……そっか」
サンは、それが嬉しいような。けれども、少し申し訳なさそうな。複雑な表情をした。
「サン、食べないのか? もらっちゃうぞ」
「誰がやるか」
手の甲を叩かれた感触をビリビリと味わいながら、残りのサンドウィッチを口に放り込んで平らげた。
あとはサンが食い終えるのを待つだけだ。
「私お腹すいたニャ……ねーぇー、ここで休憩して行こうよぉ」
「まあまあ、そう言わずに……休憩なら、宿屋に着いてからの方が良くありませんか?」
「俺は賛成だぜ。おっちゃんは体力ねぇからな、付き合ってくれや」
「……まあ、仕方ないか。昼飯にしよう」
このお店は探索者が他に比べて多い。近くにダンジョンがあったはず。立地的にちょうど良いのかな。
ダンジョンを攻略して、宿屋に帰る途中、ここで金を使う。うぅん、いかにもその日暮らしの探索者らしい。
「やったニャ! たまには良い判断するじゃないのモジャ毛ナイフ! おねーさん、四人入れますかニャ?」
「はーい! お好きな席どうぞ!」
「よっし。リーダー、酒飲もうぜ酒」
「断る」
それにしてもサン、本当に美味しそうに食べるな。こっちまで腹が減ってくる。
なんだかこうして見てるだけでも、と?
「サン?」
なんだろう、目を開いて。尻尾がピンと立ってるあたり、驚いている?
「ミーニャ。こっちの席の方がいい」
「じゃあ私を動かしてみなよ。できるもんならニャ」
「ゲホッ、ゴホッ!! ぐふっ、えほっ……!!」
「サン!?」
サンはいきなりむせた。顔にビチャビチャと肉の残骸が飛ばされてくる。
どうしたんだ、突然。サンは肉を無駄にするなんて、そんなことしないだろうに。
「あ、ありがとご主人、ヘーキ……」
「いや、でも」
「違う、本当になんでもなくって……なんというかその、知ってる顔がいたから驚いた……」
「え……?」
この異世界で、サンに知り合い?
人間の姿を得たのは俺と出会ってからだし、それ以前の出会いなんてあの男くらい……いや、待った。
「なぁサン、まさか」
「うん……俺を斬ろうとしたやつ……あの真ん中の黒い男……」
……なんというか、奇妙な縁もあったもんだなぁ。サンからしたら勘弁願いたいことこの上ないだろうけど。
「……帰るか」
「ありがとご主人……」
いくら魔物で仕方なかったとはいえ、自分を斬ろうとした相手と同じ空間に居たくはないだろう。
いそいそと会計を済ませて、こっそりと外に出る。日はもう落ちかけていて、夕焼け色にじんわりと染まっていた。
「ダンジョンにはいつ行く?」
「うーん……そうだな。この国にどのくらい滞在することになるかわからないし、路銀は稼ぎたい。明日にでも行ってみようか」
とはいえ、ここでの主な活動は情報収集だ。それを忘れちゃいけない。
時間にも、あまり余裕があるとはいえないし……できることなら、早めに情報を手に入れたいけれど。
「いかんせん、漠然としているからね」
「だよなぁ」
異世界の言葉。この国に来た理由なんて、ほとんどそれだけだし……やっぱり、魔道具探しの方が現実的なんだろうか。
まずは図書館に行ってみて、そこで勇者ステラに関する文献でも漁ってみるか。
「おーい、君たちー!」
……となるとやはり、あまりダンジョンを攻略する必要はない。
サンの精神的な休暇のためにも、しばらくはのんびりと探索者稼業を続けるとしよう。
「ねぇ、ちょっと! そこの二人!」
サンをあまり一人にはさせたくないけど、図書館は退屈がりそうだから……そうだ、サンにも何か本を寄越してやるか。子供向けの簡単な本ならこの子でも読めるはずだし。
「そこの女殴ってそうなやつと金髪竜人族の二人組!! こっち見ろニャ!!」
「む。呼ばれてるぞご主人」
「え」
僕ってサンにそんなふうに思われてたの?
少しショックを受けながらも、後ろを振り向いて見て。
「げっ」
「あ」
明るめの栗色をした髪に、猫の耳。ボブカットの髪は、いかにも探索者向きで。
「はぁ……やっと追いついたニャ……」
「さっきの……」
サンの方をチラリと見ると、彼女は小さく頷いた。
先程の探索者グループの一人。確かミーニャとか呼ばれてた女だ。彼女が、息を切らしながらこちらへ走っていた。
「何かご用ですか?」
サンの前に立って、要件を聞いた。
見たところ、ミーニャは僕と同年代。あるいは、少し年上くらいだろうか。
「なー、そんな警戒しないでくれニャぁ……二人とも探索者でしょ? 仲良くしようニャ……」
「い、いえ、警戒したわけでは」
「ご主人の顔、初対面で無表情だと結構怖いからな」
「えっ」
突然後ろから刺され、結構なショック。
そんな、女殴ってそうといい無表情といい、俺ってそんな怖い顔をしてるだろうか。
「この人、無表情なだけだから大丈夫。えっと、さっきのお店にいた人、だよな」
「うん、そうだよ。君も探索者? ちっちゃいのにえらいニャ」
グニグニと顔をいじっていると、一歩前に踏み出たサンが勝手に話していた。
少し辿々しくはあるけれど、あの分なら問題なさそうだ。
「えぇと、怖がらせたならごめんなさい。ただ聞きたかっただけで」
「いいニャいいニャ、探索者なんてそのくらいじゃないと舐められるし。それで用事なんだけど、君たち落とし物してたよ」
「へ?」
落とし物。その言葉に荷物を見てみるけど、紛失したものはない。
となると、サンの落とし物だろうか?
「えっとね、これだよ」
そう言いながら、ミーニャが差し出してきたのは。
「え……」
「は?」
ここにあるはずがないもの。
「あれ? 違った?」
スノウに送り返したはずの、ソラさんの髪留めだった。
またしても更新が遅れました。申し訳ないです。
しばらくは隔日で更新できると思います。