どういうことだ。なんでこれが、ここにある。
あの時確かに、商人さんに預けたはず。
「それ、少しお借りしてもいいですか?」
「うん、いいよ。でも、取り扱いは慎重にニャ。結構古いやつだから、それだけ希少価値はあるニャ」
「……」
傷の具合や、その形から見ても、間違いない。
これはあの時、俺たちが手放したソラさんの髪留めだ。
「……ありがとうございます。間違いなく、俺たちのものです」
「でしょでしょ? そっちの子がポケットから落としてたよー」
「俺が……?」
はっきり言って、不気味なことこの上ない。
最初の方は、まだスノウが荷物に入れていたから、で説明がつく。でも、今回は。
「どうしたニャ? 顔が真っ青だよ?」
「いえ、なんでも……なんでも、ないんです」
「ふぅん……? 盗品ってワケじゃないよね?」
「誓って」
ひとまず、スノウに確認しないとかな。
「ならいいニャ。探索者に成り済ました強盗なんていくらでもいるけど……見た感じ、君はウソがつけなさそうな性格だしねー」
節穴もいいところだ。けど、今は変な疑いをかけられずに済んで、助かった。
「それじゃあ、私はもう行くニャ。またどこかで会ったらよろしくねぇ」
「その、お礼を」
「今度でいいよ。どうせ探索者をやってたら嫌でも会うだろうし。私、ミーニャ。じゃあね、青年少女」
「すみません、お手数をおかけして。ありがとうございました」
人当たりのいい性格をしている。コミュニケーションが上手だ。
……できれば、次はゆっくり話したいな。
「サン、大丈夫か? 随分静かだったけど」
「……え? あ、うん。大丈夫」
「……?」
とにかく、今日はもう休もう。
◇
見つけた宿屋は、いかにも女将といった感じのする、少しふっくらとした穏やかな女性が経営していた。
二、三店舗見て回ったけれど、どこも満室だった。唯一空いてるのはここのみ、なんだけど。
「ごめんねぇ、今日はもうあと一室しか空いてなくって。一応、二人部屋ではあるんだけど……大丈夫かしら?」
「あー……」
少々困ったことになった。
基本的に、宿屋では別々の部屋を取っている。僕は問題ないけれど、サンには一人の時間も必要だろうと。
正直、これ以上歩き回りたくないけれど……まあ、仕方ないか。
夕飯より先に宿を探しておくべきだったろうか。判断を誤ったかもしれない。
「それで大丈夫。な、ご主人」
「え?」
「あら、そう。仲が良いのねぇ……兄妹……では、ないのよね? どういうご関係?」
「……どういう……どういう?」
サンがうんうんと頭を捻り始めてしまったけれど、悩みたいのはこっちの方だ。
今までのサンなら、結構嫌がっていたと思ったんだけど。まあ、本人がいいって言うならいいのかな?
「……相棒ってところです。それと、通信の魔道具をお借りできませんか? 友人に連絡をしたくて」
「もちろん、いいわよ。相棒……不思議な関係なのね?」
「サン、先に部屋に行っててもらえるかい?」
「え……あ、うん……早く来てな」
サンに部屋の鍵を渡して、魔道具の配置をスノウの連絡先に合わせる。
少し待ったあと、ガチャリと魔道具を取る音が聞こえた。
「はい、こちらシーカー。今保護者の人が対応できない状況。難しい話なら折り返してもらうことになるけど、大丈夫?」
「あ、スノウ。ごめんね、いきなり。イリオスなんだけど」
「……イリオス!? もう連絡して来るなんて、思ってなかった!」
スノウは驚きながらも、心から嬉しそうな反応をしてくれた。
……ああ。サンにも聞かせてやればよかっただろうか。そうすれば、あいつも少しくらい。
「スノウが出たのは意外だったけど」
「爺やは今忙しい。体の感覚を取り戻すとか言って」
「一万八千二十一……一万八千二十二……!!」
「……? なんの数字?」
後ろから荒い息遣いと謎のカウントが聞こえてくるけど、何か関係あるんだろうか。熱気がこっちまで伝わってきそうだ。
「気にしないで。まさか爺やがこういうタイプだとはわかってなかった、私の落ち度。それより、無事にファンタジアにはついた?」
「うん、おかげさまで。サンも、なんとかやってるよ。肉が柔らかいって文句つけてた」
「ふふ……目に浮かぶ。よかった。少しは元気になったみたいで」
「……スノウこそ」
本当に。もう、立ち直ってるように見えるくらい。虚勢を張れるくらい、元気になっているなんて。
「……お父さんとお母さんがいないのは仕方ない。私は、私にできることをするだけ」
「お嬢様ァー!! ご立派になられてッ!!」
「爺やうるさい。途中の旅はどうだった? たくさん、冒険譚を聞かせて欲しい」
「……ああ、もちろん」
強い子だ。この子は。
ずっと後ろから聞こえてくる、水たまりに水滴が滴るような音が気になるけど。
……とにかく、たくさん話してやろう。ここに来るまでにあったこと。この国でしたいこと。
「……そんなこんなで、サンが熊用の罠に引っかかったんだ」
「はぁ……サンの頭は、野生動物よりも単純。お母さんもきっとあの世で呆れてる」
「だろうね……」
手のひらでソラさんの髪留めを転がしながら、スノウとこれまでの話に華を咲かせた。
あまり、向こうのことは話してはくれなかった。やけに師匠のことについて聞かれたけど、何かあったんだろうか?
「……ごめん、イリオス。そろそろお風呂の時間。もう行かないと」
「あ、最後に一つだけいいかな?」
「許してあげる。……というか、そのために電話をかけてきた」
「……そ、そのためだけってわけじゃないよ? 君の綺麗な声が聞きたかったんだ」
「サンは誤魔化せても、私には通じない」
しまった、そうだ。この子に嘘は通じないんだった。
「ごめんね。本当は、明日かけるつもりだった」
「……嘘じゃないみたいだから、許してあげる。それで、聞きたいことっていうのは?」
「ふふ、ハハハ……血湧く血湧く……まだまだこの老兵も捨てたものではありませんなァ……!?」
「爺や汗臭い」
「ええと……」
とりあえず聞かなかったことにしておこう。もうこのくだりは何回もやった。ラルウさん、何してるんだろう。
「イリオス」
「あ、それがね……その、ソラさんの髪留めってそっちにあるかな?」
「……ううん。ない。ひょっとして、そっちの荷物に混ざってた?」
「やっぱり……実はね」
スノウに、これまでの経緯を大体話した。すると、彼女は。
「……そっか」
なぜだか、少し安心したような声になって。
「何が起こってるのかは……ごめんなさい、まだよくわからない。でも、できればその髪留めはそのまま持っていて欲しい」
「……どうして?」
「お母さんは、この国を出たことがほとんどなかった」
……英雄として生き続けた彼女は、ほとんど守り神のような存在だろう。
するとなるほど、シーカスケイヴを出たことがない、というのも頷ける。
「けれど、二人と旅をしたがっていた。その髪留めが今そこにあるなら、それはきっとそういうことだと思う」
「……」
「だから、せめて。色んな場所に、その子を連れて行ってあげて」
「わかった」
「それと、サンとおめでたするときは戸棚にしまって」
通信の魔道具を急いで耳から離した。
なんで親子揃ってこうなんだ。人をロリコンか何かだと思っているんだろうか。
「……しばらく、その宿に泊まる予定?」
「うん、そのつもり」
「それじゃあ、また連絡する。今日は、おやすみなさい」
「ごめんね、夜遅くに。おやすみ……ふぅ」
結局、分かったことは何もなし、と。
あとでアニスにでも聞いてみるか。
「今日はもう寝よう……」
ああでもせめて、風呂にだけは入りたいな。ひとまず、部屋に戻るとしよう。
「サン、お待たせ」
扉を開いて、中に入る。
「……遅い」
すると、サンは。何もせずに、ただどこかを見つめて。否、どこも見つめずに。ベッドに腰掛けていた。
いつものサンなら、軽く宿を探索して。外を見て。朝飯は何時かなんて、囃し立てていただろう。
「ごめんね。さっき、スノウと電話してきたよ」
「……そう」
「ああ。また電話してくるって。サンとも話したいって言ってたぞ」
「善処する」
夜になってから、明らかに昼間より物静かな様子だ。
疲労と、副交感神経への切り替えが原因だろう。
「よかったのか? 同じ部屋で」
「今更ご主人を警戒しないし……そういうことしようと思えば、いつでもこれで出来るだろ」
チョーカーを外して剥き出しになった契約紋を叩いて、そう言った。
否定はしないけど、改めて自分の世間体が最悪なことを認識させられる。
「一人の時間も」
「要らない」
「だけど」
「要らないって言ってるだろ」
サンは少し声を低くして、目線を下に落として。沈み込むように、そう言った。
「……ははーん、わかった。ご主人も本当はすることしたいんだろ」
「え?」
「本当はしっぽりやりたいけど、俺がいるとできないからって引き離そうとしてたんだ! やーい、ムッツリ! スケベ! 『エロオス』!!」
「……?」
「……いや、なんでもない」
「マジかこいつ」みたいな顔をしながら、サンはなにやら揶揄おうとするのをやめた。
理不尽な気がするけれど、もしかすると相部屋で緊張しているのだろうか。
「明日は八時に朝食だって。昼頃からダンジョンに行ってみて、危険度を測ろう」
「うんばっば」
「真面目に聞くの。それが終わったら、連盟で依頼でも探してみるかな」
この辺りはダンジョンが少ない。結果として、現存するダンジョンは難易度が高いものが多く、攻略は容易ではないハズ。
ソラさんに鍛えられて強くなったし、通用しない、とまでは言わないけれど、そのリスクはとりたくない。だから、日銭は依頼で稼ぐ。
特にお金に困っているわけではないけど……そういう稼ぎ方があるということを知らないと、いつかサンも困る日が来るだろうし。
「まあ、明日の予定はそんなところかな」
「わかった。……な、ご主人。明日やること終わったら、街探索しよーよ」
「よし来た」
サンとの街の探索は、割とお決まりだ。部屋に止まっているよりも、外を見て回った方が楽しいから。
ニィナさんもいた頃は、よく案内してもらっていたっけ。
「そういえば、あとでニィナさんにも電話してやらないとな」
「あ、そうだな。……そういや、スノウには髪留めのこと聞けた?」
「それが、スノウにもわからないらしいんだよ、この……」
と、ポケットを弄ってみて。
「……サン」
ない。さっき確かに、ここに入れたハズなのに。
「……」
サンはゆっくり、恐る恐る、自分のポケットに手を伸ばした。
「なあ、ご主人……これ……」
取り出した拳には、球状の髪留めが握られていて。
「アニス」
「呼ばれて飛び出てササササーン! 殿! 気分がすぐれないご様子! ささ、こちらをどうぞ! 心を安らげる飲み物でございます!」
「あ、ありがと」
「いえいえ、料金はきっちりいただきます故! イリオス殿から!」
「このやろう」
登場してから二秒も立たず押し売りとはいい度胸じゃないか。ちょうどいい、新しい魔法をこいつで試してやろう。
「おっとイリオス殿。わたくしは魔法一発で死にますよ? わたくしはクソ雑魚ナメクジでございます故! ……お呼びいただけたということは、何かわたくしに聞きたいことがあるのでは?」
「このっ、自分を人質に……!」
「良いから早く聞けよ」
サン、違うんだ。これは僕とこいつの戦いなんだ。高度な精神戦なんだよ。
なんてとぼけてもしかたないので、皮肉たっぷりに咳払いをしてから、アニスに髪留めを渡す。
「これを鑑定してほしい。お前なら出来るだろ?」
「ふぅむ……不可能とは言いませんが、詳細については数日いただきますよ? とりあえず、何かの魔道具ではあるようですが」
「……それは、わかってるんだけど」
アニスに伝えるのは、なぜか少し躊躇したくなる。
そんなことを思いながらも、スノウに対してしたのと同じように説明をした。
「……なるほど。複数の効果を持つ魔道具ですか。前例がないわけではございません」
「そうなのか?」
「ええ。過去に幾らかの例はありますね。そのどれも、多少特殊な状況で採れた魔道具でございます」
毎度ながら色んなことを知っているこいつは、一体何者なんだろうか。突然絡むようになってきたけれど。
「とにかく、数日間こちらはお借りします。料金はキチッといただきますよ?」
「わかってる」
ソラさんの遺品を預けることに不安がないわけじゃないけど、アニスなら大丈夫だ。金さえ払えば仕事はしてくれるし、信用できる。
「それにしても、アニス久しぶりだな」
「左様でございますね。お元気でしたか?」
「……うん、一応」
「それは何よりです! しかし、おや? これは……」
アニスはわざとらしくキョロキョロと周りを見回したあと、その仮面をにんまりと歪め。
「なるほど、少し見ない間にお二人はただならぬ仲になられたご様子!」
「帰れ」
前言撤回。こいつは二度と信用なんてしない。
……念の為、相部屋なことはスノウには伏せておくとしよう。
「むぅ、つれないですねぇ。まあいいでしょう。こちらの鑑定もありますし、今日のところは勘弁しておいてやります」
「なんで小悪党の捨て台詞みたいになってんだよ」
「あはは、サン殿はボケ甲斐がございますね!」
どこか満足げに頷きながら、アニスはドアの方へ向かった。
「サン殿の心は、以前にも増して不安定です。ゆめ、目を離さぬよう」
「……え?」
通り際そう呟かれて、後ろを振り向いて。そこには、すでにアニスはいなかった。
……あいつ、どこまで知ってるんだか。言われなくたって、そうするさ。
「なんだか一気に疲れたな……」
「ご主人、アニス苦手なの?」
「そうじゃないけど、この時間のあいつは……なんというか、二枚目のステーキって感じだ」
「……?」
胃もたれすると伝えたかったんだけど、胃が無尽蔵なサンには伝わらなかったらしい。
「とにかく、今日はもう寝よう……サン、先に風呂をもらうよ」
サンは先よりも後から風呂に入りたがる。熱いお湯が苦手なんだそうだ。
だから、いつも通り先に風呂に行こうとして。
「……?」
袖を、摘まれた。
「どうしたの?」
さっきぶりに見たサンの顔は、打って変わって真っ暗で。
「……その、早く帰ってな。お願い、だから」
きっと、スノウと長通信をかましたことを引き摺っているのだろう。
でも、それを加味しても……やっぱり今日のサンは、いつもより変だ。
「……一人は、やだから」
「……わかった。今度は、約束するよ」
指切りをして、外に出て。あいつの表情が、声色が、やけに焼き付いている。
師匠に命を狙われていた時とも違う。どこか、泣きそうな顔に見えて。
───ゆめ、目を離さぬよう。
アニスの言葉を、なんとなく思い出した。