あったかい。安心する。あの夜みたいに。
「……」
喉、乾いたな。今、夜かな。
でも、起きちゃったらもう寝れない気がする。
「んん……」
いや、でもやっぱり喉乾いた。あとさっきからあったかいというより暑い。
起きる……しかないかぁ。
「ふぁ……」
時計を見ると、時間はまだ日付が変わってから二時間くらい。
微妙な時間に起きちゃったな。ご主人が真横で寝てるし、起こさないようにそっと移動しないと。
「ん?」
ご主人が真横で寝てるし?
「……っ!?」
なん、は、え、ちょっと待ってくれ。何? 何が?
なんでご主人が真横で、同じ布団で寝てるんだよ。寝る前のこと思い出そうとしても全然思い出せねぇし。
「……体、は、ひとまず、無事か」
ひとまず体のあちこちを調べてみたけど、貞操は無事そうだ。よかった。いよいよもってロリコンが本性を表してきたわけじゃないらしい。
でもだとしたら、なんでこの人が俺のベッドで寝てるんだって話で。右のベッドを選んだはずなんだけど。
「んぐっ……」
ひとまず水を飲んで落ち着きながら、ご主人を叩き起こそうとして。
「イリオス殿は何も手出ししておりませんよ。ご安心ください」
「……アニス?」
「はい。わたくし、夜中に参上でございます」
アニスが、机に腰掛けていた。
「え、なんでここにいんの」
「こちらの解析が終わりました故。目を覚ましたサン殿に、お返ししておこうかと」
「それ……」
アニスが差し出してきたのは、ソラの髪留め。
「どうぞ」
手のひらに乗せられたそれを。ギュッと、握りしめた。
「これ、どうだった」
「何かの魔道具であることは間違いありません。ですが、その効果までは不明でございます。サン殿の元へ戻る、という点のみは間違いないのですが……」
「俺のところに……」
じっと、髪留めを見つめた。
なんで、俺なんか選んでんだよ。スノウのところにいてやれよ。
そんなふうに念じても、ただの髪留めは何一つ答えちゃくれない。
「その魔道具が持つ魔力は凄まじいものです。流石は、英雄の遺品といったところでございますね」
「……」
「よければ、こちらで買取らせていただきますが」
「あげない」
魔道具は加工して、人工魔道具の原材料にもできる。
きっとすごい値段になるだろうけど、そんなものはこれを手放す理由にならない。
「そもそも、これは俺のじゃねーし」
「左様でございますか。魔道具に選ばれたのであれば、それは貴方様のものだと思うのですが」
「……選ばれた、か」
まるで、魔道具に意思があるみたいに話すんだな。
「なぁ、アニス」
「はい」
「魂って、あるのかな?」
アニスは、目を丸くした。いや、元から丸いけど。なんとなく、俺にはそう見えた。
「……この、魔道具さ。ソラが、いるみたいなんだ」
「……」
「近くに置いておくだけで、ソラがまだいるみたいな感じがするんだ。ソラの、意思みたいなものを感じるんだ」
俺は。死んでから、別の体に生まれ変わった。
生まれ変わりが、実在する。だったら。
「この魔道具に、ソラの魂があるんじゃないかなって。思って」
「……素敵な考え方でございますね」
アニスは、肯定も否定もしてくれなかった。ううん。しないでいてくれた、のかもしれない。
「なぁ、アニス」
「はいはい、なんでございましょう」
「魂があれば、人間は生き返る?」
怖いけど。聞きたかった。聞かずにはいられなかった。
だって、こんな不思議な世界なんだ。魔法があって、転生があって、ダンジョンなんて意味がわからないものがある。
悪竜も、生き返ったかもしれないんだ。
だったら、ソラだって。
「魂から、人間が生き返った例は……」
ソラだって、きっと。
「あります」
「……え?」
否定されても。仕方ないって、思ってた。
「限りなく、可能性はないにも等しい。ですが、わたしくはその例を知っております」
「……本当か?」
「ええ。嘘はつきません。くどいようでございますが、可能性はほとんどゼロでございます」
「でも、でもっ……でも、あるんだな!? あるんだよな!? なぁ!!」
「はい」
あるんだ。そっか。会えるんだ。よかった。また、会えるんだ。
「教えてくれよ!! それ、その例ってやつ!! 俺が絶対、それやって……!! ソラのこと、生き返らせれば!!」
そうすれば、スノウだってきっとまた笑ってくれる。そうすれば、生誕祭だって一緒に行ける。そうすれば、今度こそ一緒に旅ができる。
また、お前と一緒にいれるよな。ソラ。
「それは……」
大丈夫。どんなに少ない可能性だって、俺は諦めたりしないから。
大丈夫。どんなに難しいことだって、今度こそ貫き通してみせるから。
大丈夫。どんなに辛くたって、俺はもう立ち止まったりしないから。
「……サン殿。あくまでわたくしは、例を知っているというだけ。伝承でございます。ゆえに、具体的な方法は存じ上げません」
「……そ、っか」
……大丈夫。きっとこの空の中から、お前を見つけ出してみせるから。
「ですが、あなたがそれを求めるのなら。その魔道具は、決して手放してはなりません。良いですね?」
「うん」
もう一度だけ、お前に会いに行こう。
海に行こう。ソラは、あまり見たことがないはずだから。
ダンジョンを攻略しよう。あいつとなら、どんな敵にだって勝てる。
世界中を、旅しよう。きっとそこに、俺たちの求める答えがあるはずだから。
ああ、楽しみだ。楽しみだ。楽しみだ。楽しみだ。
「ふふ……」
まだ、お前とやりたいことがたくさんあるんだよ。ソラ。
◇
興奮、鳴り止まず。きっとサンの現状を説明するのなら、そのような表現がちょうどいいだろう。
「ねむれん……」
仕方なく、イリオスの使ってたベッドで眠ろうとして。一時間ほど絶って、サンは起き上がる。
「もういい」
扉を開いて、外に出た。月の届ける冷気に包まれて、彼女はイリオスのマントをひったくって身を包んだ。
未だ傷心のサンには、それが少しばかり、心を落ち着けるものだった。
「……この時間じゃ、どこもやってないよな」
深夜三時。町中の電気はすっかり消えて、どこにも人の影はない。
「つまんない」
コンビニでもあればよかったのに。
サンは、退屈げに息を吐いた。白い煙が、渦を巻く。
「わ」
少しばかり、楽しくなって。何度か、それを繰り返していた。
「あ……」
雨が降る。
「ふ……ふふっ……」
なんだか、妙な笑いが込み上げてくる。
「ふ、ふふっ! あはははははっ!!」
くるくると、踊り狂う。
「あははははははははっ!!」
狂喜だった。
「何してるの?」
ミーニャに話しかけられるまで、ずっとそうしていた。
「……ミーニャ?」
開放感と高揚が、打ち付けられた波のように、ざあっと引いていくのを感じた。
躁状態から解放されて、その反動に一気に蝕まれる感覚があった。
「なんでこんな時間に?」
「それはこっちのセリフだニャ……ほら、おいで。そんな格好じゃ、風邪ひいちゃうニャ」
大人しく従うと、どこからか取ってきたバスタオルで体と髪を拭われた。
包まれる感触はとても暖かで、嫌な気分はしなかった。
「それ、イリオスのマント? なんで羽織ってたの?」
「……なんか、ご主人の匂いがして……嗅いでると、落ち着く」
「あー……それはあんまり人前で言わない方がいいニャ……」
竜人はわからないが、少なくとも猫獣人にとってそれは「そういった」意味合いを持つこともある。
「……? わかった」
とは言え、サンにそのような気配は感じない。幼さゆえの、純粋な親愛なのだろう。
「……それで、なにしてたの?」
「寝れなくって。雨降って、なんか楽しくなっちゃった。ミーニャは?」
「私は笑い声でびっくりしたからだよ……」
───犬か。
口から飛び出かけた言葉を、ミーニャは無理やり飲み込んだ。
サンは、十四歳にしては色々と幼い部分が多い。やはり竜人族としては、まだまだ子供なのだろう。
元が人間である事を知らないミーニャの推測は、割りかし失礼なものだった。
「あーもう、下着までびっしょびしょじゃニャいの……どうしてこんなことしたの……」
「わかんない」
「……」
少しの間。サンを見ていた。
雨風に打たれながら、何が嬉しいのか狂ったように笑顔を浮かべ。
けれども、その目には。涙が浮かんでいるようにも見えたのだ。
「……?」
雨ごと拭ってしまったから。真実はもう、わからない。
「着替え、ある?」
「部屋の中」
「……あーもう! そこでじっとしてるんだよ!?」
流石にこの格好で宿の中に入れるわけには行かないだろう。
サンの部屋を目指そうと、歩き始めて。
「わっ」
サンに腕を掴まれて、ぐいっと引き戻された。
「……何?」
「……わかんない……なんか、急に」
突然、怖くなった。一人にされるのが。
「……」
少し苛ついたが。その姿が、まるで迷子の子供のように見えて。
「しょうがにゃいにゃぁ、もう」
床を濡らさないように、サンを背負った。
「ごめん……」
「いいよ。おねーさんにお任せニャ」
背負ったサンは冷たく、随分と体温が奪われている。竜人は温度変化に弱い、という噂は本当だったらしい。
とはいえ、それで死なない頑丈さを持つのもまた、彼らの特質なのだが。
「お邪魔ニャー」
扉を蹴破って、サンの荷物を引き摺り出す。
確認を取りながら服を取り出して、トイレで着替えさせた。濡れた寝巻きは、あとで洗濯しなければならない。
「あーあー、私もビッショビショだニャ……人助けなんてするもんじゃないニャー……」
そもそも、自分はそういうタイプでなかろうに。
弱者救済など、生まれてこの方掲げたことはおろか考えたことすらない。自分のことで手一杯だ。
「はぁ……」
だというのに、何をしているのやら。
けれども、放っとけなかったのだから仕方ないだろう。
彼女自身は気づいてはいないが。
目の前で起こっていることを見捨てられないのは、ソラの髪留めをわざわざ届けに来た献身を見れば明らかだろう。
「ごめん、ミーニャ……ありがと……」
「……おいで。寒いでしょ。お茶淹れてあげる」
外に出て、共用スペースに座る。あまり暖かくはないが、服装に気を遣えば十分な気温だ。
ポットからお湯を注ぎ、ティーバッグをジャブジャブと浸した。雑だが、お茶の完成である。
「ほら」
「……ありがとう」
唇を窄めながら飲んでみると、ピリッと辛い。甘い香りで、体の中から温められていく。
「生姜とシナモンと、あとブラックペッパーだったかニャ? おいしいでしょ」
「うん」
「ハーブティー、初めてニャ?」
お茶の表面に映った自分を見ながら、再び一口。ミーニャの質問に、頷いて答えた。
その目はひどく澱んでおり、先程までのキラキラとした輝きは見る影もない。
「なにやってんだか……」
先刻までの自分のおかしさを、自分自身で認識させられていた。
「ねぇ。何があったの?」
「……」
「何もなかったら、ああはならないニャ」
別に、何も。誤魔化しの言葉を言い当てられて、項垂れたい気分だった。
寒さから解放された手足は徐々に脱力していき、少し眠気を感じる。
「……わかんない。自分でも」
「そっか」
ミーニャとの会話は、簡潔で。そして、すぐに終わってしまった。
話す気がないわけではなく。どうしてなのかは、本当に自分でもわからない。そう、察したから。
「……んー……そうだ、気がまぎれる話をしようニャ。ほら、君とイリオスの関係とか。私としては、ちょっと気になるニャー」
だから、すぐにその会話はやめた。
ひとまず、夜が明けるまでは一人にさせないほうがいいだろう。そんな気持ちで、ミーニャは話し始める。
「俺とご主人の、関係……?」
「うん。血縁ってわけでもないんでしょ?」
しかし、理由はそれだけではない。
先程漁ったサンの服や下着。その全てが、つい最近購入したもの。新しいものだった。
一体、なぜ? それはイリオスと旅をする理由に繋がっているのか?
違和感という点を繋げる線が見つからず、ミーニャはどうしても気になっていた。
「……うぅん……相棒……とか、仲間……かな」
目的の共有者。それは、相棒や仲間という表現が似つかわしいだろう。
「相棒ねぇ……どうやって出会ったの? 旅をするきっかけは?」
「え、と……俺がその、記憶喪失、で……それで、ご主人が拾ってくれて……」
「記憶喪失……!?」
イリオスとあらかじめ決めていた嘘の経緯を語る。
それを続けているうちに、段々とサンの心は落ち着いていった。
「なるほどね……じゃあ君は、故郷に帰るために旅をしてるんだ」
「うん……」
故郷に。つまりは、別の世界。前世に。戻ること。
「で、イリオスの方が妹探し、と……」
「うん……でも、その……今は、それだけじゃなくって、さ」
この自分を狂わせた呪いを解除して、自由を得ること。
「俺のせいで、死んだ人がいるんだ」
「……え?」
元の体を。人間の体を取り戻すこと。
「……だから、俺は……」
全てを元通りに。それが、サンの最初の願い。
「俺は、その人を生き返らせる……それが、新しい目的……」
その「全て」には既に、ソラが。
「だから……おれは……ごしゅじんと……たびを……」
眠気に打ち負け、そのままソファに倒れ込んだサン。
そんなサンを背負って、部屋まで連れ込み。ベッドに置いて、そっと布団をかける。
「……酷い話だニャ」
なんと、残酷なことだろう。一体、誰がそんな事を吹聴したのやら。
「おやすみ、サン」
魔法も、魔道具も、固有魔法も。全能でも、万能でもない。
幼子でも知っている、絶対の理。
「……もし君なら、許さないよ。イリオス」
死んだ人間は、生き返らない。
「そら……」
サンにとって、当たり前に受け入れていたはずの事実。
アニスによって生み出された歪が、果たしてどんな結果をもたらすのか。
「ぜったい……おれが……」
それを知る者は、ここにはいない。
申し訳ございません、寝落ちしていて更新ができませんでした……
少し、疲労が溜まっていました。
一応ここからは予定通りに更新できる……はずです!