TS従魔のダンジョン攻略記!   作:おにっく

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夢は根を張り癖になる

 ごく自然なミーミャの動きに反応しきれず、気づいた時には顔の隣に短剣が突き刺さっていた。

 

 剥き出しの敵意と顔には刺さないという理性、そして脅迫に、イリオスはミーニャが何かを探ろうとしているのだ、と理解する。

 

「質問の意図がわかりません」

「……冷静なんだね」

 

───薄気味悪い。

 

 わずかに気圧されながらも、ミーニャはその距離を離さなかった。

 

「とぼけるつもり? それとも、本当にわかってないの?」

「……」

 

 言葉にせず、イリオスはミーニャの目を見続けた。

 それを通して、ああ、彼は本当に理解していないのだ。知らないのだな、と、少し安心できた。

 

「だったら、知っておかないとダメだよ。あの子のこと」

「サンのことですか?」

「他にいないでしょ?」

 

 反感が丸わかりな返事に、イリオスはああ、面倒だなぁ、と。気怠げに目を逸らした。

 彼は元々、人から与えられる悪意については、人並み以上に慣れている。

 

 だが、それでも話をやめない理由は。

 

「サンが、何か?」

 

 サンのためだった。

 わざわざ自分に対して、脅しをかけるような言動。そして、質問の仕方。

 総じて、ミーニャはサンの何かに気づき。その何かは、サンにとって毒となる何かだ。

 

 そこまで察したからこそ、イリオスは対話をやめずにミーニャに向き合っている。

 

「……あの子はね」

 

 そんなイリオスの態度を見たからこそ、ミーニャはわずかばかり怒りを収め。

 

「死人に取り憑かれてるの」

「……」

 

 死人に取り憑かれる。言葉通りの意味でないことは、すぐにわかった。

 心当たりもあった。先日失った友が。ソラ・シーカーが。

 

「あの子は死んだ人間を、本気で生き返らせようとしてる」

「……え?」

 

 そうして続いたミーニャの言葉は、イリオスとしても思いがけないもので。

 

「気づいてなかったんだね」

 

 先程までのミーニャの態度の理由も。わかるような気がした。

 

「探索者が夢を見るな。なんて、言わないよ。こんな仕事、元々まともな人間がやるようなものじゃない。君だって、何か自分の力では成し得ない願いがあったら、探索者になったんでしょ?」

「……」

 

 肯定も否定もできず、イリオスは押し黙ってしまう。

 さして期待していたわけでもない。たいそうな願いがあったわけでもない。

 

 イリオスの願いは、たった一つ。

 

「でも、夢は覚ますものだよ」

 

 そんな過去を、切り捨てられたような気がした。

 

「ダンジョンは、無限の力じゃない。限界がある。もうとっくの昔に、それは証明されてるでしょ?」

 

 その通りだ。

 たとえダンジョンでも、叶えることができない願いがこの世にはある。

 

「けれど、知らない限りは求めちゃう。ダンジョンという欲望の墓場に、吸い込まれちゃう」

 

 身に余る願いが招くのは。その先に待つのは。

 

「あの子は死ぬまで、死者に縛られ続けることになる」

 

 明白なる、破滅だ。

 

「ちゃんと、教えてあげないと」

 

 過去にも、いくつかそんな事例はあるのだ。

 

 例えば、時を過去に戻そうとした身の程知らず。

 あるいは、大いなる存在への反逆者。

 もしくは、人の身でありながら、神を目指した不届きものだったり。

 

「死んだ人間は、生き返らないんだって」

「っ……」

 

 死者の復活を望む、夢追人もいた。

 

「君は……君ならきっと、わかるでしょ」

 

 わかっていた。ダンジョンさえあれば。魔道具さえあれば、全ての願い事が叶うわけではない。

 

「俺は……」

 

 勝算のない賭けではなかった。異世界から来る方法があるのなら、異世界に行く方法があってもおかしくはない。

 

 でも、ああ。確かに彼女が今、盲信してしまっているのは。自らの軽率によって招かれたものかもしれない。

 彼女は、自分に。イリオスという人間に騙された、可哀想な子供なのかもしれない。

 

「そんなに難しいことじゃないはずだよ。人間、いつかぶち当たる壁だ。それが今だって、何らおかしな話じゃないでしょ?」

「……俺、は」

 

 きっと本当に正しいのは。彼女に全てを諦めさせて、この世界で生きる決意を固めさせることだったのかもしれない。

 

───元の世界に帰りたい。

 

 けれど。それは、あまりに。

 

「君の軽率な慰めがどんな結末を招くかくらい。予想できないと」

 

 それを除いても。時間が足りなかったのだ。

 

「……ったら」

 

 サンがまだ、十四歳の子供であるのと同じように。

 

「だったら、どうすればよかったんだよ……」

 

 人を教え、導き、諭す道など。彼には、荷が重すぎたのだ。

 

 どこに答えが転がっているわけでもない。模範解答が示されるわけでもない。

 それでも、自分は年上なのだ。あの子の保護者なのだ。だから、彼女を不安にさせるようなことがあってはならない。

 

 きっとそんな、思い上がった義務感が間違いだったのだ。

 

「……少なくとも、今のままじゃ駄目なのは確かだよ」

 

 重たく吐き出されたイリオスの言葉。その重さに、押しつぶされそうになりながらも。

 

「だって君は、あの子の相棒なんでしょ……?」

「っ……!」

 

 そっくりそのまま。その重みを、返してみせた。

 

「君がやらないなら、私がやる。君はそこで指を咥えて見てればいい」

「……」

「けど、それを選ぶなら。私は君を、軽蔑するよ」

 

 短剣を、ゆっくりと引き抜いて。ミーニャは、それを鞘に仕舞い込んだ。

 

「……けど、ごめんね。一つだけ、誤解してた」

 

 ほんのわずかばかりに。

 

「君も……まだだったんだね」

「っ……」

 

 同情の目線を向けて。

 

「……あ、はは」

 

 ミーニャが去った後で。イリオスは、顔を押さえた。

 酷くぐしゃぐしゃな顔つきで。別人のような表情で。

 

「……なぁ……今の僕は、お前の目にはどう見えるかな?」

 

 隠れた瞳の、その奥に。

 

「情けないったら、ありゃしない」

 

 屍を写して。

 

 

 

 

 そんな密談を背に、レース会場にて。

 

「ウオアアアア!! ドンケツシボリ!! 何やってるニャ!? お前を信じた私を裏切るつもりかニャ!? シボリィィイイイ!!」

「だーから単勝にしとけっつったのによぉ」

 

 途中でミーニャにとっ捕まったバウが被害を被っていた。

 

「うぁあああ……!! なんで……なんでっ……なんでいっつもこーなるんだニャ……!!」

「自業自得だぜ。ずっしり構えろよ、もっと落ち着きをだな……そういや、坊主はどこだ?」

「……知らない。多分おしょんしょんニャ」

「こらっ。女の子がそんな言葉使うんじゃありません」

 

 諌められながらも、ミーニャの心はそこになかった。

 

「問題があるのは、あの子だけじゃない……」

 

 見抜いてしまったから。歪は、サンの心だけではない。イリオスの心にも、根を張っていることに。

 

「……たまにゃ、おっちゃんを頼ってくれてもいいと思うんだがねぇ」

 

 そんなに頼りにならないだろうかと、バウは普段の行動を省みた。

 ミーニャの様子が変な理由は、何となくわかった。と、思う。あの二人についてだ。

 

 先ほど、たまたま出会った時。ミーニャは冗談でもあんなことを言う人間ではない。何か、探りを入れたかったのは確かだろう。

 

「悪いな、ミーニャの嬢ちゃん。ちょっくら坊主を探してくらぁ。先にリーダーたちのところに戻っといてくれや」

「……わかったニャ。最後に見たのは東口のあたりだニャ」

「はいはい」

 

───要はそこにいるっつーことな。

 

 相変わらず、難儀な性格をしている。本当に猫のように見えるなと、いつぞやそう言って引っ掻かれたことを思い出した。

 

「……」

 

 バウと別れて、ミーニャの心はぐるぐると渦巻いていた。

 

 言いすぎただろうか。

 だが、そうでもしなければサンはきっと深く、深くまで沈んでしまう。ダンジョンという、底なし沼に。

 しかし、だからと言ってあそこまで言うことはなかったかもしれない。

 イリオスは成人年齢ではあるが、あれでも自分より少し年下なのだし。

 

「ハァ……私もまだまだおねーさんにはなれないニャー……」

 

 結局、やっていることはイリオスと同じなのかもしれない。

 手探りで、何が正しいかを拾い集めて。そうして得られた材料から、考えるしかないのだから。

 

「でもだからって、あんなのってないよ……」

 

 けれど、引き裂かれそうなほどに笑っているサンを見ると。沸々と、その状態に気付かなかったイリオスへの怒りが湧いてくるのも確かだった。

 

「スー……ハー……」

 

 ミーニャの嫌いな言葉の一つはアンガーマネジメントである。

 何が怒り(アンガー)管理(マネジメント)だ馬鹿馬鹿しい、自分をイラつかせる人間を全て私刑(パニッシュメント)すればそれで済むのだ。

 

 と、パーシァに言われるたびに口の中に草を突っ込んでやろうとしているのだが、なるほど、存外こういった場面では役に立つ。

 一度冷静にならなければ、公平な見方さえできないのだから。

 

「あら、ミーニャさん。その様子だと……駄目だったみたいですね。いいですか、お金を無駄遣いするのは良くないことです。自分一人で抑えることが難しいなら、人にお金を預けるという方法も」

「ウガァアアアアア!!」

 

 新たに生えてきた怒りの種を、ミーニャは堪えることさえしなかった。

 

「キャッ!? な、なんですかいきなり!! 叫ばれたって困ります!!」

「ミーニャ……また、負けたのか。次は、俺にやらせてくれ。昔、職場の知り合いに……そういったものが、得意な奴がいてな」

「やかましいニャ怒りの種そのイチそのニ!!」

「やっぱこれ紙屑じゃんか」

「そのサン!!」

 

 否、サンである。

 いきなり指を刺されて怒りの種呼ばわりされたサンは、ビクッと肩を跳ねさせた。

 

「……」

 

 自分だって十四歳だ。泣きはしない。泣きはしないが、ちょっと傷ついちゃうんだからね。

 

 なぜだかオネエ口調になりつつ、サンは少ししょんぼりとした。

 度を越した弄りだったろうか。仲良くなれていた気がしたのだが。

 

「ちがっ、ごめんニャ、サン。その、サンがそこにいるとは思わなくって……」

「ミーニャ……今のは、良くない」

「ミーニャさん……相手は子供ですよ……?」

「だぁもう!! わかってるニャ!!」

 

 全く、これではイリオスのことを言えたものではない。

 ……いいや、元から言えたものではないかもしれない。

 

「いや、大丈夫。外で飛びながら見て見たけど、結構迫力あって面白かったな」

「飛び……?」

「あれは、いい景色だった。サン、またやってくれ」

「わた、私からも!! 私からもぜひ、お願いします!!」

 

 こうして今、サンが笑えているのは。イリオスの何らかの行動がもたらした、この妄信。期待。が、あるおかげだから。

 例えそれが詭弁に塗れたものだって、彼女との関係を築いて、彼女を守っていたのはイリオスだったから。

 

「……けどやっぱり、これじゃ駄目だよ」

 

 幸せな夢の中にいても。覚めない夢は、いつか人を蝕んでしまう。

 

「ミーニャ?」

「私もそれ気になるニャ!! ちょっと乗せてよー!!」

「俺も……もう一度……」

「な、あ、えと、ミーニャさん、私と!! 私とにしておきましょう!! ほらその、ノワールさんは鎧が重いですし、えと」

 

 手遅れになる前に。必ずや、自分が。

 

 

 

 

 水を見ていた。

 

「よぉ、坊主」

 

 煩わしい声が聞こえた。

 

「楽しいかい?」

「……割と」

 

 ああ、バウさんか。魔法で、何となくわかってしまう。

 

「そうか。俺も割と好きだぜ。こうやって、なーんもないところ眺めてるのはな」

「気が合いますね」

「だな」

 

 バウさんは、横に並んだ。

 レースが終わった会場は、閑散としていて。先程までの喧騒が、静寂に丸呑みされてしまった。

 

「ミーニャの嬢ちゃんになんか言われたのか」

「……その言い方だと、なんというか……僕が情けない奴に聞こえてきますね」

 

 いや、間違っていないけれども。どちらも。

 

「ははっ! 男って生き物はよ。いくつになっても女にゃ口喧嘩で勝てねぇんだ」

「現代的じゃないですよ」

「馬鹿野郎、おっさんは時代に取り残された生き物なんだぞ」

 

 その意見は偏ってると思う。

 

「……悪かったな、うちの仲間が。ひでぇこと言われたんだろ」

「……いえ。間違っているのは、僕の方です」

 

 わかっていたさ。いつか、この魔法が解けることくらい。

 サンへの偽りが、いつまでも貫き通せるだなんて思っていない。一つ、綻びが生まれれば。その全てが露出して、剥き出しの俺という人間を見られてしまう。

 

 覚悟の上だ。サンと歩むと決めた、あの日から。

 

「正論ってのはよ、刃物なんだぜ。振り回しゃ良いってもんじゃないのさ」

「……それでも、正論は正論です。いえ、そこは別にどうでもよくって……」

 

 ただ、疲れたんだ。少し。

 目を逸らしていたことを、無理矢理に突きつけられて。このままだと、誰かに弱音を吐いてしまいそうで。

 

「なんというか、一人にしてくれません?」

「おまっ……意外と捻くれてんのな……!?」

 

 しまった、今の物言いはなかっただろうか。

 バウさんに申し訳なくなると同時に、サンの前でなくてよかったとも思う。

 

「ごめんなさい。今の言い方は、最低です。心配は、ありがとうございます。ただ、少し休んでいきたかっただけなんです」

「……そうかい。なんだ、頑固なとこもあんのな」

 

 どうすれば、いいんだろうか。

 サンに、なんて言えば良い? ソラさんが生き返ることなんてないんだぞってか? それで、なんだ、またあんな顔をさせるつもりか?

 

 ……いや、それだけで済まないかもしれない。最悪、全てがバレたら……その時こそ、サンは。

 

 ああ、駄目だ。これ以上考えても、仕方ないや。

 

「……」

 

 結局、俺に勇気が足りないんだ。あいつを傷つける覚悟も。あいつを、それでも守る覚悟も。

 深すぎる傷跡に、嘘っぱちの約束なんて、一体どれだけの慰めになるだろう。だから、ああ、くそ、また堂々巡りだ。

 

「まあ、詳しい事情は知らねぇけどよ」

「っ……」

 

 と、まだいたのか。てっきり、気を遣って帰ってくれたのかと。

 

「どうだ。何も知らねぇ第三者のおっちゃんに話してみるかい。そうすりゃ、胸の奥のドロついたもんもマシにはなるだろ」

「……いえ」

「そか。じゃ、気が向いたらな」

 

 きっと、話したほうが楽。なんだと、思う。どうなんだろう。やったことがないから、わからないや。

 

「……おっちゃんのすべらない話聞く?」

「なんなんですかもう!! さっきから!!」

「いや、坊主がどういうタイプかわかんねぇし……」

「下手!! 探り方が激烈に下手です!!」

 

 正直さっきまでいい感じの距離感だったのに。何でいきなりすべらない話をしようとするんだろう。開始前から既に滑落している。

 

「……なんだ、その。ちったぁ元気出たかい?」

「……はぁ。はい、一応。おかげさまで」

 

 けどまあ、随分マシにはなったかな。

 

「戻りましょうか」

「おうともよ。……なんかあったら相談しろよ。男同士、俺たちしか話せないこともあんだろ。うちのリーダーは口下手だからよ」

「はは……」

 

 なんというか、やっぱりそんな感じなのか。

 少しばかり気を軽くして、レース場を後にした。




本当に久しぶりの更新です。
かなり本格的に体調を崩しておりました……!
申し訳ないです。
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