砕けてしまった鏡の魔道具。
そこに映る自分は小さくて、髪が長くて、少しだけ胸もあって。ついでに裸で。まるで、本当に女の子みたいな。
「って、本当に女の子なんだよ! ちょ、待っ……! ナニカカラダヲカクセルモノヲクダサイ……!」
「え、うん……君は、サン……で、いいのか?」
目をがっちり閉じたイリオスが、体にマントを巻き付けてくれた。
よかった、野郎同士でもフルチンはちょっとアレだったし。なんか俺の体、野郎には見えないけど。
「うん、合ってるよ……金色のちびドラゴン……」
「魔道具の効果で、人間に……?」
「……なぁ、それ……この状態のまま話さなきゃダメか……?」
「あ……ご、ごめんね」
よかった。ほぼ全裸のまま話すことは避けれた。
体の感覚は、いつも通りに近い。やっぱり、人間の方がしっくりくる。
ただ、その割には背中とケツ、あと頭に違和感が……?
「うわっ」
「ど、どうした?」
「いや、どーも」
尻尾と翼、あとツノがそのまま……だな。ドラゴンの特徴が残ってる。
「その、サン……いろいろ聞きたいことがあるけど、ひとまず帰ろう。君の服を買いたい」
「え……この格好で……?」
絶対に嫌なんだけど、じゃあこのままで状況が改善するかと言われると……うぅん。
「何かお困りでございますか?」
「ッ!」
「……はぁ。また出た」
「おやおやイリオス殿、いけずでございますね。 わたくしは深く傷ついてしまいました」
突如後ろに、白い仮面を被った男……女? どっちだ、こいつ。
街頭に身を包んで、足には大きなブーツ。手には細身の手袋、首元にはネックウォーマー。暑苦しそうな格好。
「誰?」
「ああ、こいつはね」
「わたくしは旅する行商人でございます!」
「ストーカーだよ」
「見解が違うんだけど……?」
地肌がほんの少しも見えない。あと笑顔の仮面が、コロコロ表情が変わる。仮面の奥は黒く染まって見えない。これも魔道具?
「ほんと、行く先々で出てくるな、お前は……まあ、今回は助かったよ。サンに服を見繕ってくれない? 竜人向けの服、あるか?」
「ええ、ございますとも! 商人はいつでも需要を把握して、最小限の仕入れで利益を出すべきなのです」
「そのリュック背負いながら言われても説得力ねぇ」
なんだあの巨大なリュック。ミチミチ言ってるじゃん。なんかはみ出てるし。
「おや、こちらは全て必要な荷物ですよ? ささ、サン殿、こちらへ」
「え……ああ。うん。ごめん、ちょっと行ってくる」
「行ってらっしゃい」
商人に連れて行かれるがままに岩陰に。
すると商人はリュックを下ろして、どこからか布を引っ張り出し。
「ああ、ありました。こちらをどうぞ。着付けが難しければ、わたくしをお呼びください」
「……えっと、商人さん。だっけ。その……どっち? 性別というか」
「どちらでも、お好きな方でお取りください。わたくしを構成するのは客観そのものでございます故」
「はぐらかすなよぉ……」
それによってこのマントとっていいかどうか変わってくるんだから。
ええと、なんか直接的じゃなく性別がわかる方法……んーと、んーと。
「そうだ、名前! 名前は?」
「わたくしに名前はございません」
「なんじゃそりゃ……」
もういい、マント羽織ったまま着替える。よく考えれば、性別がどっちでも嫌だし。
「名前がないんじゃ、不便じゃん」
「ふむ……では、「アノニマス」とお呼びください。
「えー……」
事情があるんだろうけど、それじゃちょっと寂しいな。
アノニマス……あ、そうだ。
「じゃあ、アニスで」
「……あにす?」
「うん。こっちの方が名前っぽくて、なんかいいだろ? 名無しだけじゃ寂しいじゃん」
「……」
アニスの仮面は、一瞬その目を丸くして。
「ええ。左様でございますね。では、わたくしのことはアニスとお呼びください。たった今から、それがわたくしの名前でございます!」
「やった、じゃあ俺が名付け親だ。それじゃあアニス、早速」
「はい!」
「服の着方わかんない……たすけて……」
「……台無しでございますね! アハハ!」
だってこの服、わけわかんねぇんだもん……。
◇
そうして、服を着終えて。
「ただいま……」
「ああ、おかえり、サン。ちゃんと着れたんだね。とてもよく似合ってるよ」
「そうかねぇ……」
貰った服、全体的に布面積が、こう。
黒いインナーはノースリーブな上に腹が出てるし、その上から着た前の開いた白いアウターも袖はあんまり変わんない。
下半身は半ズボンみたいなのだから、そこは助かったけど。
「他の服ない……? 背中も腹も出てて、落ち着かねーんだけど……」
「あいにく、竜人様向けの服はこのようなものしかありません。彼らは体温調節が苦手な上、ツノや鱗の影響で服も着づらく、その上翼や尻尾も出さなければなりませんので」
その中でサン殿に最もお似合いになるものを見繕いましたと、付け足すように言われた。
落ち着かない……多分竜人って俺のことなんだろうけど、こんな服しかないのは嫌だな。
どうせ人間の体に戻れるなら、竜人以外が良かった。ドラゴン娘になりたくない。
「ひとまず、宿屋に帰ろうか。ニィナさんも待ってるだろうし……ダンジョンの崩壊まで、あまり猶予はないからね」
「ふむ……では、私は失礼致します。ダンジョンにお宝があるかもしれません故」
「ああ、わかった。今回は助かったよ、ありがとう」
「いえ、お気になさらず。私は、ただの旅す」
「よし、行こうか」
イリオス、最後まで聞いたげて……多分気に入ってるんだから、あれ。
……あ、そうだ。
「ちょっとだけ待って」
「ん?」
一応、供養じゃないけど。このくらいは、しといてあげたい。
イリオスが倒したであろう魔物を埋めて、壊れた魔道具も埋めて。手を合わせる。どうか、安らかに。
「何かの儀式か?」
「そんなとこ。死んだ後くらい、穏やかな時間がありますようにって」
「……シェイプシフターもか? サンは殺されかけたのに?」
「うん。このままじゃ可哀想だし」
「……そっか」
すると、イリオスも隣に来て手を合わせた。
異世界でも、命を尊ぶ気持ちは変わらないらしい。
◇
しばらく歩いて、宿屋に戻ってきた。
かなり長く潜っていたのだろう。日は沈み始めていた。
「さて、と……ニィナさん。ただいま」
家に入ると、いつも通りにニィナが。というわけでもなく、受付の机で下を向いていた。
泣き腫らした跡があって、体には切り傷が見えた。きっと俺が出て行ってから、ずっと探してくれてたんだろう。悪いことしたな。
「っ……! イリオス、さん……!」
「えぇと、遅くなりました。ごめんなさい、夕飯が無駄に」
「あぁあああああん! よかったぁ!!」
突如ワッと泣き出したニィナに、イリオスはビクッと驚く。
「イリオスさん、ホントに死んじゃったかと……! 私の初めてのお客さんなのに……! あ、そうだサンちゃん!! サンちゃんがどこかに行ってしまって、多分イリオスさんを助けに」
「ああ、出会えましたよ」
「ほ、本当ですか!? さ、サンちゃんは!?」
「ここです」
あ、おいこら。肩を勝手に触ってるんじゃないよ、うら若き乙女の素肌だぞ。
……乙女かぁ。あーあ、考えたくねぇ。
「さ、サンちゃん!? 本当に!? 私を励ますためにそれっぽい仮装した人とかじゃなくて!?」
「いた、いたた、ちげーよ! 俺だよ! 魔道具の効果で人間になったの!」
「ま、魔道具ってそんなことも起こるの!? すっごい!」
「撫でるな、引っ張るなぁー!」
何でこんなテンション高いんだ、ニィナ。
「かわいい! 妹を思い出すなぁ」
「えぇと、ニィナさん? ひとまず、話を」
「そうだいけない、私ったら! イリオスさんもサンちゃんもお腹空いてるでしょ? 待ってて、腕によりをかけて作るから!」
「……ニィナ、テンション高いな」
「はは……こうなるとは思ってなかった」
イリオスと一緒に、食事用のテーブルへ。夕飯はここに運ばれてくる。
「それじゃ、サン……えぇと、君は……とりあえず、言葉がわかるんだね」
「うん、わかるよ。割と前から。どっから話したもんかなぁ」
とりあえず、俺がこの世界に来た時の話からするとしよう。
長くなったので2話に分割します。
次の話は三十分後に更新予定です。