「なる、ほど……」
全てを話し終えて、イリオスは顎に指を当てていた。そうして、少し戸惑いながらも。
「……なんというか……大変だったな……」
「うん……スッゲー大変だった……」
イリオスは、ちょっと情報量を受け止めきれていない。そんな感じの顔をしていた。
そりゃそうだ、あまりに突拍子もないんだもん。
「異世界、か……存在自体は噂があるけど、本当に異世界から来た、って人は初めて聞いたね」
「……信じてくれない?」
「いいや? 信じるよ。嘘を見分けるのは得意でね。それに、信じてもらえないのは辛いことだ」
「……ありがと」
やだいい男。包容力。
「それで、人間……というか、竜人の姿になったのは」
「ん。その魔道具の効果、なんだけど……」
さらりと、髪に触れる。少し癖のある、綺麗な金髪。明らかに前世のとは違う、よなぁ。
「なんか女の子になってるし……顔も全然違う。身長だってもっとあった」
「へぇ……年齢は? 見た目からは、十代前半に見えるけれど」
「合ってるよ、十四歳」
「……大変、だったなぁ……」
イリオスは、先程よりもしみじみと言った。俺を子供だと思ったからだろう。間違ってないけど。
ただ、見た目に引っ張られてる節はあると思う。今の俺の身長は……百四十前半? かなりちっちゃい。イリオスは百七十半ばくらい。
「前世だとご主人様くらいとは言わずとも、もー少し身長もあったんだけどねぇ……」
「……ん?」
「あ?」
疑問の声に返すようにして、こちらも言葉を発する。
何かね、疑ってるのかね。さっき信じるとか言ってくれたくせして疑いますか、左様ですか。へぇ。
「本当だよ! 前世だと男だったの! 俺!」
「ああ、ごめんよ。そこは疑ってなくって、その……今、なんて?」
「へ? 前世だとご主人様くら、いっ……?」
なんて? 今、なんつった? ご主人様? 誰が? 誰の?
「っ……! ちが、俺はご主人様って、ハァ!? なにこれ! 勝手にこの呼び方にされるんだけど!?」
「ああ、やっぱり……多分、従魔契約の効果だ……」
「はぁああああああ!?」
じゃあなにか。俺はこいつを、イリオスをご主人様と呼び続けるしかないと? 恥そのものだ。ふざけないでほしい。
「えぇと、他の呼び方はどうだ? もしかしたら名前以外なら……」
「あ、た、確かに! ええと、ご主人様! このご主人様ッ、ああくそッ! ご主人様でご主人様でご主人様なご主人様野郎めッ!!」
「悪口を言われてるのはわかる」
「だぁもう!! なんなんだよこのオマケみたいな効果は!!」
くっそ、ご主人様ってのが気に食わん。せめてもう少し対等な……似たような意味ならいけるかな。
「マスター。お、いける。えぇと、主殿、ご主人様、旦那様、上様、ご主人様、『ご主人』……お、日本語でもいける! 『ご主人』! これで行こう! これの方がまだマシ!」
「……『ごしゅじん』?」
「俺の国の言葉。敬称だけ外した感じ。これからよろしくな、ご主人っ!」
「まあ、サンがいいならいいけど……」
いいか悪いかで言えば、全然良くない。全然良くないけど、他の人にもバレるよりマシだろ。
「そうだ、僕の方も……サンじゃなくて、『ハルト』の方がいいのかな?」
「いや、いいよ。せっかくつけてもらった名前だし、前世のあだ名と一緒だし」
「……偶然だな。じゃあ、サンって呼ばせてもらうね」
……しかしそうなるとやっぱり気になることが一つ。
「なーご主人。この従魔契約、だっけ? 解けないの?」
「あいにく、僕では無理だな。元々、サンにかけられていたもので……本来の主を、僕に書き換えただけだからね」
「んん……」
なんとなく予想はしてたけど、やっぱりダメか。できるなら最初から真っ先に解いてくれそうだし。
「一応、他の人に主人を変えることもできるけど」
「いや、いい。今の所、この世界で一番信用できるのはご主人だから」
「……え? なんで?」
「え……うーん」
しまった、何か恥ずかしいことを言った気がする。
ドラゴンの頃見ていたこの人は善良だった。人に見られない場所でも、善良で有り続けた。だから、俺はこの人を信じるのだ。
「内緒。それより、契約を解く方法ないの? 魔道具で解けたり……」
「ああ、それは可能だね。逆に、今のところそれくらいしか可能性はない……あとは、固有魔法の使い手か……ああ。サンに従魔契約の呪いをかけた魔道具があれば、解けるかもしれない。」
「え、そうなの?」
「うん。魔道具は効果がランダムだから、そっちの方が現実的かもね」
サンにかけられた呪いは強力だから、そこらの魔道具では解けないし。イリオス……って呼んでると、無意識にご主人様に矯正されそうだから。ご主人は、補足した。
「んー……でもさ、俺に呪いをかけたやつなんだけど……ダンジョンの中で、黒ずくめで。顔も見えなくてさ」
「そういえば、さっき言ってたね。……荷物は?」
「なかった。杖と服と剣だけ」
一瞬、ご主人の目つきは鋭くなった。少し考える時間をおいて、暗くなった声色で口を開く。
「犯罪者の類かもな……」
「犯罪者?」
「うん、そうだ。犯罪者がダンジョンに逃げ込む。嘆かわしいことだけど、少ない話でもないんだよ。何せ、身を隠すのにはうってつけだ。処刑されるよりはマシだろうからね」
なるほど、魔物がいて、水があって……一応、サバイバルはできなくもない。
ダンジョンの入り口は狭かったし、大規模な捜査隊も組みにくいだろう。確かに、身を隠すのにはうってつけ。
「その手の人たちは、基本ダンジョンに篭るけれど……サンがいたダンジョンは、今日僕たちが攻略してしまったからね。時間をおいて、崩壊していくはずだ」
「中の人たちは大丈夫なの?」
「空間は保たれるよ。それに、ダンジョンの崩壊はわかりやすい。時間もあるから、生き埋めになるような人はいないんだ」
それに攻略報告もしたから、あまり戻らなかったら入口での登録に従って捜査隊も出るだろうからね。
付け足した情報も聞いて、ひとまず胸を撫で下ろす。
「で、問題はその黒ずくめの男。多分そいつは、別のダンジョンに逃げ込む。ただ外には出られないから、繋がった別のダンジョンに」
「ダンジョンって繋がるんだ」
「うん、実はね。まあつまりは、隣接したダンジョンを攻略していけば、いずれは外に……」
何やらぶつぶつと呟いて、ご主人は思いついたように。
「うん。隣接したダンジョンを攻略する。相手が犯罪者なら、これで確実に発見できるよ。明日、行ってみる」
「……え。行ってみたら、じゃなくって?」
「……? どうして?」
いや、どうしてって、そりゃあ……すでにたくさん助けてもらってるわけで。
「ご主人がやる理由はないのに。なんでそんなに良くしてくれるの?」
「……特に理由はないよ。困った時はお互い様。サンだって、僕が同じ状況だったら助けてくれるだろ?」
「……確かに。ありがと、ご主人」
うん。やっぱりこの人を、信じて良かったな。
「でも、行ってみるってのはちょっと違うぜ。一緒に行ってみよう。一人で待ってるだけなんてまっぴらだからな」
「え……サン、戦えるの?」
「わかんない!」
「えぇ……」
この体は頑丈みたいだし、力もある。魔法も使えた、けど、今は使えない……だから、ちょっとやってみないとわかんない。
正直、今でもダンジョンは怖い。でも、少しくらいは恩返しはしたいのだ。
「俺は呪いを解きたい。ご主人はそれを手伝ってくれるんだろ? だったら、俺にもご主人のやりたいこと手伝わせてよ」
「……僕のやりたいこと、か」
「うん。なんか欲しいものとかない? 富? 名声? 力? この世の全てを手に入れた男、海賊王ゴ」
「そうだな……」
すごくシカトされた。わかっちゃいたけど、こういうものが伝わる人はこの世界にはいないのか。
……ちょっと辛い、な。
「妹」
「……妹?」
「妹を、探してるんだ」
妹を、探してる……欲しいものが、妹。それってつまり。
「俺に妹になれってこと……?」
「違うよ! 妹がいるの! 僕に!」
「そ、そっか! そうだよな!」
びっくりした、お兄ちゃんを名乗る異常者なのかと思った。
血縁関係のないほぼ初対面を妹にしようとか、頭がおかしいもん。
「昔、一緒に住んでたんだけど。色々あって、生き別れてしまってね。たくさんの国を回って探しているんだけれど、見つからないんだ」
「ふーん……」
色々あって。あまり話したくない時の、「色々」なんだろう。踏み込むのは憚られた。
「だから、うん……そうだな。僕はサンの呪いを解く手伝いをする。あと、元の体と世界に戻れる手伝いも。代わりに、サンは妹を探す手伝いをして欲しい」
「……俺だけ色々手伝ってもらいすぎじゃない?」
「いいんだ。僕はサンより三つ年上だから、三つは多くお願いを聞いてあげないとね。足りないくらいだよ」
「むぅ……」
なんだか、申し訳ない。
けれど、俺にはこの人の他に頼れる人がいない。甘えるしかない、か。
「……わかった。その代わり、絶対後悔させない! 妹十人くらい見つけてやる!」
「一人しかいないよ……」
だったらその分、俺はこの人の味方になろう。小さなところから、恩返しを重ねよう。
受けた恩は、全て返す。それが俺の、俺だけの目的だ。あとの三つは。
「それじゃあ、今日からお互いの目的のために。よろしくなっ、ご主人っ!」
「……ああ。よろしく、サン」
あとの三つは、ご主人との目的。今はひとまず、そういうことにしよう。
互いに、突き出した拳を合わせた。