唐突に、私は抜けるように青い空の下へと放り出された。
慌てず騒がず素早く日傘を差す。
「あんた誰?」
目の前に立つ、黒いマントを羽織り白いブラウスとグレーのプリーツスカートを着たピンクブロンドの髪の少女が私へと問いかけた。
「あら、誰かに名前を訊ねる時は自身から名乗るものではないかしら?」
私の言葉に、少女は一瞬だけ不機嫌な表情をしてみせたが、すぐに気を取り直したのか口を開いた。
「まあ良いわ、確かにその通りだものね。私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブランド・ラ・ヴァリエールよ!」
「ルイズ、ね。よろしく。私はレミリア・スカーレットよ。これで互いの自己紹介は済んだわね。それで、ここは何処かしら?」
「ミス・ヴァリエール、そこからゆっくりとこちらへ来なさい」
私とルイズを取り囲んでいた人垣の中から、一人の中年男性が進み出てルイズへと言葉を掛けた。
その視線は片時も外すまいと私へと注意深く、油断無く注がれ、右手に持った杖の先はこちらへと向けられている。
それからもう一人、青い髪の少女もまた自身の身長を超える杖を軽く傾け、平静を装いながらも警戒の視線を向けているのが見て取れた。
特に争うつもりは無いけれど、この二人は私の実力を見抜いたそれなりの実力者という事。
「ミスタ・コルベール?」
ルイズはコルベールと呼ばれた男の態度にルイズは首を傾げるが、彼はそれに答えること無く私へと問いかけた。
「あなたは何者ですか?」
「今ルイズに名乗ったでしょう。レミリア・スカーレットよ。安心しなさい、あなたと争うつもりは無いとだけ伝えておくわ」
「その言葉を信じろと?」
「信じる信じないはあなたの勝手よ。ただ、私に何か攻撃の意志を示せばその時点であなたの首は永遠に胴体と別れることになるわよ」
何をするつもりかは分からないけれど、人間程度の反射神経と運動能力で私の動きを見切れるとは思えない。
相手が何かをする前に勝負は着くだろう。
「ミスタ・コルベール、こんな小さな女の子に何をしているんですか!」
しかし、身の程を弁えない者に灸を据えてやろうと私が動くより先に、彼との間に割り込む者がいた。
ルイズと名乗った少女は私を背に庇うように立ち、コルベールと相対した。
「そこを退きなさい、ミス・ヴァリエール!」
「いいえ、退きません。いきなり女の子に杖を向けるなんてどうかしています!」
私は静かに息を吐き出す。
「二人とも一旦落ち着いたらどうかしら? 私が原因ではあるけれど、これでは碌に話し合いすら出来ないわ」
二人の視線が私へと向けられる。
「まずはミスタ、先ほども言った通り私は争うつもりは無いわ。私自身いきなりこんな所に放り出されて困っているのよ。せめて落ち着いて情報交換の出来る場くらいは提供してもらえないかしら?」
「ーー分かりました。では、我がトリステイン魔法学院学院長、オスマン氏の元までご同行願えますかな? そこで詳しいお話をいたしましょう」
しばし考える様に唸った後、とりあえず私に向けていた杖を下げそれでも最低限の警戒はしたまま彼は私へと言葉を投げた。
その提案も、恐らくは周りを囲む未だ私達の会話の意図を理解できていない少年少女を危険から遠ざけるためのものだろう。
「良いわ、その提案を受けるわ」
私の言葉に、彼の後ろの青い髪の少女も杖を戻すのが見えた。
視線を向けると、彼女は緊張した面持ちで私の視線を受け止めた。
なるほど、私の実力をある程度察するだけの観察眼といい、多少の実力と肝は据わっているらしい。なかなか面白そうな娘だ、と内心笑みを浮かべる。
「分かりました。では、私に付いて来てください。全員使い魔召還の儀式は終えていますね。この後の今日の授業はこれでお休みとします。各自速やかに寮へと戻りなさい。ミス・ヴァリエールは私とオールド・オスマンの下へ同行しなさい」
「は、はい!」
話の流れに付いて来れなかったのか、彼の言葉に眼を白黒させてルイズは返事をすると私と並んで彼の後を付いて歩き出した。
「……これはしばらくの間は退屈せずに済みそうよ、パチェ」
親友から渡されたペンダントを撫でながら呟いた言葉は、誰にも聞かれること無く私の耳にだけ届いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
事の始まりは大図書館にいた私達の目の前に出現した銀色に輝く不可思議な鏡だった。
「さて、何かしらねこれ」
「さあ、見たところ召喚魔法の一種としか分からないわね」
大図書館の主は、目の前に突如出現したそれを興味深げに眺めていた。
「ねえ、パチェ」
「駄目よ、レミィ」
「まだ何も言ってないんだけど」
「どうせ触ってみようなんて思ってたんでしょう。これが何なのか解明できていない以上、迂闊に手を出すことはオススメできないわ」
「ちょっとくらい良いじゃない」
「駄目よ。その鏡をよく見てみなさい」
「いったい何なのよ、ってあら?」
「気が付いたかしら? これに映っているのはレミィ。あなただけなのよ」
「パチェったらいつのまに魔法使いなんて辞めて吸血鬼になったの?」
「そんなわけ無いじゃない。この鏡の前に立つのは私とあなたの二人。だから本来であれば映るのは私とレミィ、或いは本来吸血鬼は鏡に映ることが無いから私だけが映っているはずなのよ」
「なのに映っているのは私だけと」
「そう、これは明らかにあなたをその何かしらの効果の対象としているという事よ。今のところは異常も無いから触らなければ問題無いわ」
そう言うと、七曜を操る魔女はその場から微動だにしない鏡を注意深く観察し始めた。
その姿をしばし眺めて、鏡に映る自身の姿を眼にしながら口を開く。
突如脳内に閃いたイメージに笑みを浮かべながら。
「……パチェ」
「何よレミィ、私は忙しいの」
「しばらく、私は紅魔館を留守にするわ」
「何をする気、レミィ?」
「ちょっと鏡の向こう側まで行ってこようかと思ってね」
「バカな真似は止めてちょうだい」
「大丈夫よ。私が居ない間はフランに当主代行を任せるわ。あなたと門番長、それに私の瀟洒なメイドが残していった優秀なメイド達が補佐すればあの子も立派に務めを果たせるだろうさ。何せ私の自慢の妹なんだから」
「レミィ、あなたが行って帰ってこられる保証は?」
「帰ってくるわ、間違いなく。それに、私には優秀な魔法使いの親友がいるんだもの。いざとなったら私を呼び戻すくらい造作も無いでしょう」
言い切った私に魔女は苦笑する。
「簡単に言ってくれるわね。でも、最低限帰ってくる未来は確定しているという事ね」
それから、諦めた様に一つ息を吐き出した。
「あなたは毎度私を困らせるわね」
「それはお互い様じゃない」
「なら、私も止めない。でも少し待ってちょうだい、何が起こるか分からないのだから少なくとも連絡手段だけでも確立しておくべきだわ」
そう言うと、自身の使い魔と連絡を取るための魔法陣を即座に展開させた。
「こぁ、私の部屋から五番のペンタグラムペンダントと日傘を一つ。それから食堂に行って、保管庫から血液の入った小瓶を幾つかとそれを入れる為のポシェットも持ってきてちょうだい。至急よ」
返答など聞かず、魔法陣を消すと魔女はこちらに目を向ける。
「いい、レミィ。今持って来させているペンダントには、音声通話用の魔法と位置特定のための魔法を組み込んでいるから、肌身離さず持っていてちょうだい。通信が出来るようであれば使用者の魔力、ないし妖力を使用して私と連絡を付けるためのパスを繋ぐ様になっているわ。繋がるようなら定期的に連絡を入れてちょうだい」
「お待たせいたしました、パチュリー様。ご要望の品を持って参りました」
「ああ、来たわね。ご苦労様」
使い魔から五芳星を象ったペンダントを受け取り、手渡されたポシェットを開いて中身を確認する。
「ペンダントの機能は今言った通りよ。ポシェットの中身は血液よ。それに関してはわざわざ説明するまでも無いわね。それで、少なくとも一週間は保つはずよ」
「ありがとう、パチェ」
ペンダントを首から下げ、赤いポシェットを袈裟懸けに下げてから白い日傘を手に取り私は友人に笑みを向けた。
「いってらっしゃい、レミィ」
「いってくるわね。後のことは頼んだわよ」
そうして私は、鏡へと足を踏み出した。
to be next?
どうも初めまして。唐突に書きたくなって始めてしまいました。
現在原作を読み進めつつ制作しております。
次回投稿は早くても年明け以後になるかと思います。
お読みいただきありがとうございます。