ゼロの使い魔~紅の吸血鬼~   作:青鉱

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その十二 フーケ

 一つ大きく息を吐き出す。

 今、足下には少女が一人転がっている。

 殺してはいない。ただ気絶させただけだ。

 

「俺が殺した? どういうことだ?」

 

 視線を移せば、そこには自らを吸血鬼と名乗った少女、レミリアの姿。

 ただし、その頭部には大きな穴があった。

 その様子からは、とても生きているようには見えなかった。

 

「これを俺がやっただって?」

 

 俺はただ、俺を一人残して消えた姉さんを追ってここまで来ただけだ。

「そこの娘っこの話が本当なら、まあ十中八九姉さんの仕業だろうな」

「やっぱり、そうだよなあ。何やってるんだよ、姉さん」

 

 内心頭を抱えつつ、俺は物言わなくなったレミリアの遺体に手を合わせた。

 

「まったく、優しいったらねえな相棒は」

「敵だろうとなんだろうと、死んでしまえば皆一緒だよ。お経なんて知らないから手を合わせるくらしかできないんだがな。それでもしないよりはマシだろう」

「お前は何しに来たんだい。大人しく寝ていろと言ったじゃないか」

「何しに来たじゃないだろう、姉さん。破壊の杖まで持ち出していなくなったのをこうして探しに来たんじゃないか」

 

 背後からの声に、俺は振り返ることなく言葉を返す。

 

「ご苦労なことだね」

「何が目的でこんな事したんだよ」

「こんな事?」

「このレミリアの遺体は姉さんの仕業だろう」

 

 振り返り、俺はレミリアを指す。

 

「大事な弟にあんな真似してくれたんだ。相応の報いは受けてもらわないとね」

「だからって殺すことはないじゃないか」

「それに、そいつは私のゴーレムを単身で打ち負かしてみせたんだ。放っておくのは危険だと思ったんだよ」

 

 俺は大きく息を吐き出した。

 

「これからどうする? というか向こうは良いのか?」

「あの貴族達はあそこに残してきた私のゴーレムとまだ遊んでいるだろうさ。遠隔操作だが、向こうの相手はそれで十分よ。破壊の杖の使い方は分からないままだが、これ以上は危険だね。このままとんずらするとしようかね」

「あら、それなら最後に私と遊んでいかないかしら、フーケさん?」

 

 ぞわりと全身が総毛立った。

 

「……なんで生きてんだい。間違いなく殺したはずだよ」

「ええ、確かに殺されたわ。良い腕ね。久しぶりに死んだわ」

 

 振り返れば、確かに死んでいたはずのレミリアがその場から起きあがるところだった。

 

「は?」

 

 我ながら間の抜けた声が漏れる。

 

「私は吸血鬼よ。最強にして最高の不死の妖怪、吸血鬼。この程度の事で消滅させられるほど私は貧弱ではないわ。今回復活が遅かったのは塩梅が悪かっただけよ」

 

 そう言うと、少女は拾い上げた日傘を軽く傾け忌々しげに空を見上げた。

 その額には多少の傷跡は残るものの、致命傷と言えるようなものは既に見当たらなかった。

 

「本当に化け物かよ……」

「その通り。私は化け物よ。不滅の肉体を持ち、人に仇成す化け物。そう簡単に殺す事なんて出来ないわよ」

 

 尊大にレミリアは言い放ち、下げていたポーチから小瓶を一つ取り出す。

 そして、蓋を開けると紅い中身を一息に飲み干した。

 

「約束通り今度は本気で相手をしてあげるわ、フーケ」

 

 狂気の見え隠れする紅い瞳が俺を見据える。

 

「約束なんてした覚えは無いんだがな。これはいいのか?」

 

 破壊の杖を掲げてみせると、彼女は興味がないと言うように鼻で笑う。

 

「そんなもの端から興味はないわ。私はただ、あなたとこうしてまた一戦交えるために来ただけなのだから」

「とんだ戦闘狂だな」

「私にそれだけ興味を持たれたのだから、光栄に思いなさい」

 

 背後で姉さんが動く気配がする。

 

「相手をすることはない。隙を突いて逃げちまうよ」

 

 たしかに相手は本物の化け物だ。まともにやり合ったところでこちらに勝ち目はない。姉さんの言う通り、ここは逃げの一手に尽きるだろう。

 けれど、レミリアの様子を見る限りそう易々と逃がしてくれそうにもない。

 どうしたものかと少しの間思案する。

 

「……二つ提案したい。それから質問が一つ」

「何かしら?」

「お前を一度でも殺すことが出来れば俺たちを見逃すこと。そして、こちらは二人掛かりでいかせてもらう」

「あなた達が負けた場合は?」

「俺たちの全てを譲渡する」

「なっ!?」

 

 叫び声をあげそうな姉さんを後ろ手で制し、言葉を続ける。

 

「俺たちは盗賊だ。負けて捕縛されてしまえばその先に待っているのは死刑しかない」

「……良いわ。その提案を受けましょう。聞きたい事というのは?」

「俺の聞き違いでなければ、さっき妖怪と言ったな」

「ええ、言ったわね」

「そうか。それを確認したかっただけだ」

「おかしな事を聞くのね。……それじゃあ、もういいかしら」

 

 不思議そうに小首を傾げた後、少女の顔がぞっとするような笑みを形作った。

 

「見事私を殺してみせてちょうだい、人間達」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「姉さん、一つ頼みがある」

「何だい?」

「時間がないから簡潔に、錬金で銀の剣を作ってくれ。ショートソード、無理ならナイフでもかまわない。何故という質問は無しだ」

「……本数は?」

「一本でかまわない」

「わかった」

 

 姉さんの詠唱と同時に、腰のホルダーからスローイングナイフを二本投擲する。

 

「狙いは正確。良い腕ね」

 

 頭部と心臓を同時に狙ったそれは、掴み取ったスローイングナイフでもう一本を弾き落とすという離れ業をあっさり行ってみせたレミリアによって防がれる。

 

「そいつはどうも!」

 

 けれども、それは想定済み。長剣を引き抜き既に走り出していた俺は最短距離での突きを放つ。

 捨て身の覚悟で繰り出した突きを一歩左にズレることで彼女はいとも簡単に回避してのけた。

 紅の瞳が俺を捉える。

 脇腹へと拳が突き刺さった。大きく吹き飛ばされ地面を転がる。

 更に追撃をかけようと動いたレミリアの間に影が割り込んだ。

 それは土くれで出来た一体の俺と同程度の大きさのゴーレムだった。

 

「それで私はもう品切れだ。後は任せたよ」

 

 俺を助け起こした姉さんの声が耳に届く。

 

「わかった」

 

 銀のショートソードを受け取り、左手に長剣を持ち替えショートソードを右手に構える。

 

「姉さんはゴーレムの操作に集中してくれ。連携していく」

「はいよ。タイミングは合わせるから好きにやりな」

 

 レミリアの視線上にゴーレムを置き、自らの姿を隠しつつ駆け出す。

 ゴーレムが右手に持った長剣でレミリアを切りつけると同時に、俺もゴーレムの背後から飛び出した。

 ショートソードを彼女目掛けて突き出す。

 皮膚を裂き、肉を貫く嫌な感触が剣先を通して伝わる。

 

「なるほど、銀の剣ね。その考えは正解よ」

「昔から化け物退治には銀の武器と相場は決まっているからな」

 

 自身の左手を貫いた剣を興味深そうに眺め、レミリアは言葉を紡ぐ。

 

「だけど、それだけでは私を殺すには不十分だわ」

 

 左手を引き抜き、レミリアが大きく後退すると同時にジャラジャラと金属の擦れる音が聞こえた。

 右腕に何かが絡みつく。

 

「鎖!? こんなものどこから!?」

 

 それはレミリアが左手に持った紅い鎖だった。

 理由を考える暇なくその見た目とは裏腹に、恐ろしいほどの力に引っ張られ足が地面から離れる。

 レミリアを中心に縦に半円を描き、地面に叩きつけられる。

 受け身もまともにとれず、全身を打ち付けた痛みを歯を食いしばり耐えた。

 直ぐ様駆け寄ってきたゴーレムが長剣を振るい鎖を断ち切った。

 硬質な音を発てて切断された鎖が地に落ち、溶けるように消えていく。

 更に俺を庇うように背後に向けゴーレムが長剣を振るう。火花が散り、金属のぶつかる音が響く。

 切り払われた紅い穂先が一瞬見えた。神速で引き戻されたそれがゴーレムの背後から突き出た。

 

「一合打ち合えただけでも上出来よ。でも残念。この程度のお人形じゃ、私の相手は務まらないわ」

 

 幼い声と共に、ゴーレムの頭部が消失する。

 土くれへと返るゴーレムの残骸の影から、紅い長槍を手にしたレミリアの姿が露わになる。

 

「これでもう終わりかしら?」

 

 一歩踏み込み長槍を突き出したレミリアに、ショートソードを立て刃を滑らせその穂先の軌道を逸らす。

 完全には逸らしきれず浅く右肩を裂いたそれに構わず、左手に持った長剣を長槍に向け掬い上げるように振り上げた。

 

「は?」

 

 しかし次いで起きた予想外の出来事に、俺は呆けた声を漏らした。

 半ばから断ち切ろうと長剣の刃が長槍の柄に触れた瞬間、弾けたのだ。

 膨らんだ風船に針を突き刺すように紅い長槍が弾け、周囲に紅い雨を降らせた。

 なんだこれ、血?

 

「……まずいぞ、相棒」

「おい、今は喋るな」

 

 手元の相棒から囁くように聞こえた言葉に、レミリアから距離を取った俺は声を潜めた。

 

「いいから聞け。あの娘っこ、使い手だ」

「……以前お前が言っていたやつか? 冗談だろう?」

「残念ながら事実だ。左手のルーンを見たか? ありゃ、使い手。ガンダールヴのルーンだぜ」

「化け物に伝説が追加とか笑えねえよ」

「どう考えてもお前じゃ勝てないな。大人しく逃げとけ」

「逃がしてくれると思うか?」

「……無理だろうな。とにかくあの娘っこの扱う紅い武器相手には俺を使え。ありゃ魔法の類だ。吸収は出来ねえが今みたいに無力化は出来る。それでどうにか隙を突いて逃げろ」

「随分と無茶を言う」

「……くくっ」

 

 そこで不意に聞こえてきた声に俺は眉を顰める。

 目を向ければ、レミリアが楽しげに笑みを浮かべていた。それは次第に大きくなり、やがてゲタゲタと狂喜を含んだ哄笑へと変わっていった。

 

「面白い! やっぱりこの世界は面白いわね! さあもっともっと、私を楽しませてちょうだい!」

「こいつは、かなりヤバそうだ」

「あら、こんなに私を熱くさせておいて逃げるだなんて許さないわよ、フーケ」

 

 その異常な様子に一歩後ずさった俺をギョロリとした瞳が捉え、満面の笑みを浮かべた口元には鋭く尖った犬歯を覗かせている。

 

「どうやら覚悟した方が良さそうだぜ、相棒」

「くそっ、最後まで付き合ってもらうからな、デルフ!」

 

 左手の長剣――インテリジェンスソードを前に出し、右手のショートソードを迎撃の構えで後ろへと引く。

 と同時にレミリアが一歩を踏み出す。

 日傘を放り出し、恐ろしいほどの脚力に足下の地面が砕けるのを見た。

 両手に長槍を持ったレミリアが一瞬で懐に入り込む。

 殆ど視認できないほどの連撃を生存本能と勘のみを頼りに捌く。

 インテリジェンスソードである相棒――デルフリンガーの切っ先が槍と接触する度に槍が弾け、周囲に紅い雨を降らす。

 レミリアの放った右の槍がデルフに触れた瞬間、一歩踏み込む。

 心臓を狙い、最短距離でショートソードを突き出す。

 響いたのは硬質な音だった。

 切っ先は彼女の左手の紅いナイフに阻まれていた。

 

「惜しかったわね」

 

 その右手に新たに生み出された短槍の一撃を、デルフを盾にしてその場を大きく飛び退くことで躱す。

 

「予想以上だったわ。ここまで出来るなんて思わなかった」

 

 心底嬉しくてたまらないといった様子で表情を歪ませるレミリアに向け、俺は切れてしまいそうな緊張の糸を必死に繋ぎ止めながら剣を構える。

 

「さあ、これはどうかしら?」

 

 言葉と共にレミリアは短槍を逆手に構え、大きく振りかぶった。

 

「悪魔が振るいし神槍の一撃、躱せるものなら躱してみせなさい」

 

 その腕が振り抜かれるより早く縦に構えたデルフから衝撃が襲う。

 弾丸と呼ぶに相応しいほどの勢いで投げつけられた紅槍がデルフに触れた瞬間弾け、しかし殺すことの出来なかった衝撃に左腕の骨の折れる音を響かせその場を大きく吹き飛ばされた。

 折れた腕を庇いながら起き上がりショートソードを構える。

 

「……負けたわ」

 

 視線の先にあったのは、地面に腰を下ろしたレミリアの姿だった。

 彼女の側まで歩み寄り、切っ先を突きつける。

 

「どういうつもりだ?」

「どうもこうも、今の私にはこれ以上の手は無いわ。だから、私の負けよ。約束通り、あなた達は見逃してあげるわ」

 

 言葉とは裏腹に、ホールドアップするその様子には余裕が見て取れた。

 その姿に真意を推し量れず、僅かに戸惑う。

 

「私は悪魔よ。交わした約束を違えるような真似はしないわ」

 

 俺の様子にレミリアは苦笑し、言葉を続けた。

 

「こう見えて、もう余裕は無いのよ。だから、殺すなら今の内よ。でないと、またあなたを殺しにかかってしまうわよ」

「……やめだ」

「……どういうつもりかしら?」

 

 ショートソードを投げ出した俺を睨むように、レミリアが問いかける。

 

「俺は殺す気はない。ただこの場を逃げられればそれでいい」

「――わかったわ。だったら、この場はあなた達の事を追わないし、追わせないと約束するわ」

 

 そう言う彼女に俺は一つ息を吐き出した。

 

「約束と言ったな」

「ええ、約束よ」

「なら、それでいい。ああ、そうだ」

 

 踵を返し地面に転がしていた破壊の杖を拾い上げ、それを彼女の前に置く。

 

「姉さんがかけたあんたへの迷惑料だ。それに、そいつは世に出しちゃいけない代物だ。厳重に封印しておいてくれ」

「わかったわ。約束は守る」

 

 レミリアの言葉を聞き、俺は相棒を拾い上げ鞘に戻し、魔法を限界まで使用し気を失っている姉さんを肩に担ぐ。

 

「それじゃ、また会いましょう。ミスタ・ヒリガル」

 

 不意に聞こえたそれに、一瞬だけ歩みを止めた。

 

「……俺はもう、あんたとは二度と会いたくないね、レミリア・スカーレット」

 

 そうして俺は、振り返ることなくその場を後にした。

 

 

「まったく、今回はとんだ大赤字だ。しかし、どうしてバレたんだ?」

「なんだ、気づいてなかったのか、相棒。途中からフードが脱げて、素顔を晒したままだったぜ」

「そういうことはもっと早く教えて貰いたかったよ、相棒」

 

 拠点へ戻る道すがら、俺は自身の迂闊さを呪ったのだった。

 

To be next?

 




嘘みたいだろ。一月中にはここまで投稿するつもりだったんだぜ、俺。
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