ゼロの使い魔~紅の吸血鬼~   作:青鉱

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その十四 シエスタ

「ヒリガルさんがお休み、ですか?」

「ああ、怪我の件もあったからな。しばらく休ませることにしたんだよ。今は帰省していて学院にはいないぞ」

 

 ヒリガルさんの姿が朝から見当たらず、昼食時に訊ねたマルトーさんから返ってきた言葉に私は小首を傾げた。

 

「あいつも学院に来てから休み無く働いていたからな。ちょうど良い機会だから無理矢理休ませたんだ。ほら、出来たぞ」

「わあ、ありがとうございます」

 

 厨房に設けられたテーブルに使用人仲間達と一緒に席に着いて、マルトーさんの作ってくれたスープにパンを浸し、それを口に運ぶ。

 

「やっぱり、マルトーさんの料理はおいしいです!」

「長年料理一筋なんだ。当然だろう」

 

 そう言って、マルトーさんは白い歯を見せるように快活に笑った。

 

「シエスタの方こそ大丈夫なのか? あの使い魔の貴族のお嬢様の専属になったんだろう?」

「ミス・スカーレットはお優しい方ですよ」

「そうか? まあ、何かあれば何時でも俺を頼れば良い。これでもある程度は貴族にも顔が利くからな」

「ありがとうございます、マルトーさん」

 

 真面目な顔で私を見る彼に、頭を下げた。

 

「ああ、そうだ。そろそろフリッグの舞踏会の日が迫っているからな。当日は人手が足らなくてシエスタにも手伝ってもらうことにもなるかもしれん」

「はい、分かりました。その時はお手伝いいたします」

 

 フリッグの舞踏会。

 このトリステイン魔法学院で定期的に行われている貴族達のパーティーだ。絢爛豪華なその舞踏会では私達使用人は大忙し。舞踏会当日は毎回使用人総出で準備に追われる事になるのだ。

 

「皆の頑張りに期待しているぞ」

 

 マルトーさんの言葉に厨房にいた皆が応と一斉に答えると、雑談を交えながら笑みと共に食事を進めたのだった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「シエスタ」

 

 昼食を終え掃除を再開すると、部屋に戻ってきたミス・スカーレットが私の名前を呼びました。

 

「はい、何でしょうか?」

 

 掃除の手を止めて、私は彼女へと振り返る。

 

「パーティー用のドレスは何処にあったかしら?」

「ドレスでしたら王都に行った際に買ったものがクローゼットにございますが、如何致しましたか?」

「フリッグの舞踏会に参加することにしたから、そのためのドレスの用意が必要になったのよ」

「それでしたら、王都にお出かけになりますか?」

「そのつもりだったのだけれど、そういえばドレスを買い揃えていたわね。ほとんど衝動買いみたいなものだったから忘れていたわ」

 

 ミス・スカーレットが椅子に腰掛ける。

 

「あの、ミス・スカーレット?」

「ああ、私には構わず掃除を続けてちょうだい」

「は、はあ」

 

 彼女の言葉に、私は気にはしつつも掃除を再開する。

 

「シエスタは何故この学院でメイドを始めたのかしら?」

「この学院のお給金が高かったのが一番の切っ掛けです」

 

 掃除を再開してしばらくした頃、ミス・スカーレットの問いに私は言葉を返した。

 

「ですが、私はきっと運が良かったんです。自慢ではないですが、私はこれでも生まれ育ったタルブの村でも才色兼備ともてはやされていたんです。そのおかげで今のお仕事に着けたというのもあります」

「そう、そうね。私から見ても、シエスタは可愛いと思うわよ」

「そんな、からかわないでください」

 

 ミス・スカーレットは眼を細めて笑う。

 

「からかってなんてないわよ。私に血を吸いたいと思わせる位なのだから、それは誇っても良いことだわ」

「それは喜んで良いことなのでしょうか?」

「あら、吸血鬼にとって美女の血を吸うのはセオリーよ。そんな美醜にうるさい吸血鬼である私があなたを褒めているのだから、それは喜ぶべき事だわ」

 

 一瞬だけ覗かせた彼女の表情に、私は小さく背筋を震わせる。

 そんな私の様子に、ミス・スカーレットは言葉を続けた。

 

「とはいえ、私は誇り高い吸血鬼。相手が望まなければ事に及ぶつもりも無いわ。だからそう怯えることもないわよ。そういう顔をされてしまうと、私も悲しいわ」

「も、申し訳ありません、ミス・スカーレット」

「いいわ、私も遊びが過ぎたのだから」

「と、ところで、舞踏会に出られるという事は誰かダンスのお相手が必要なのですが、どなたかおられるのですか?」

「……そういえば全然考えていなかったわね。どうしようかしら」

「ミス・スカーレットならきっと引く手数多じゃないでしょうか」

 

 私は改めてミス・スカーレットの姿を見る。

 容姿こそ幼いものの整った顔立ち、無駄な肉の無い引き締まった肢体。その容姿とは違う大人を印象付ける所作。たとえこのまま社交界に出たとしても、十分に人を魅了するだろう。

 

「そこいらの有象無象には興味なんて無いわ」

 

 私の言葉に彼女は心底興味が無いと言うように鼻を鳴らす。

 

「そうだわ。シエスタが私の相手をすれば良いのよ。そうすればわざわざ相手を捜す必要なんて無いわ」

「ええ!? で、ですが私は給仕の仕事がありますので」

「サボっちゃえばいいじゃない、そんなの」

「そういうわけにはまいりません」

「むう」

 

 ミス・スカーレットは頬を膨らませる。

 

「それに、女の子同士じゃ踊れませんよ」

「あら、私は別に構わないわよ」

 

 私に送られる流し目をあえて無視して掃除を続ける。

 

「つれないわね。まあいいわ」

 

 私の様子にミス・スカーレットは肩を竦めると、椅子を降りた。

 

「少し出掛けてくるわ」

「でしたら私もお供を」

「不要よ。あなたはそのまま掃除を続けていてちょうだい」

 

 そう言うと、彼女はドアの脇に立て掛けてあった日傘を手に取り、部屋を出ていった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「シエスタ、レミリアを見なかったかしら?」

「ミス・スカーレットでしたら今はお出掛けになっております。如何致しましたか?」

 

 ミス・スカーレットが出て行ってからしばらくして、ミス・ヴァリエールが部屋に戻ってきた。

 

「レミリアにちょっと用があったんだけど、いないなら自分で探してくるからいいわ」

 

 私にそれだけを言うと、彼女は再び部屋を出て行こうとする。しかしその直前、ノックの音と共に部屋の扉が勢いよく開かれた。

 

「る、ルイズ! 来週のフリッグの舞踏会では是非僕と一曲踊ってくれないか!」

 

 私はメイドである。今現在室内で何があろうと、自身の職務を全うするのみである。

 

「マリコルヌ、いきなり女子の部屋にやってきて、言うことはそれだけ?」

「え、いや、ルイズ……さん?」

「歯を食いしばれ変態!」

 

 ミス・ヴァリエールの拳が朝も早くから来ていたぽっちゃりさんの顔に突き刺さります。

 体重の乗った拳が振り抜かれ、衝撃で彼は床を転がる。

 毎日掃除をしているとはいえ、まだ今日の分の掃除を済ませていない部分に倒れ込んだため、僅かに土埃が舞う。

 彼に同情の余地は無いが、その様子に私は小さく息を吐き出した。

 

「シエスタ、そいつを摘み出してちょうだい!」

「そ、そんな、ルイズ!」

「ミスタ・グランドプレ」

 

 尚もミス・ヴァリエールに追い縋ろうとする彼に声をかける。

 

「今日の所は日を改める方がよろしいかと。どうぞお引き取りください」

 

 部屋の扉を開き、退室を促す。

 彼は私とミス・ヴァリエールを交互に見た後、敗北を悟ったのかがっくりと肩を落とした。

 そうして、緩慢な足取りで部屋を出ていった。

 

「よろしかったのですか、ミス・ヴァリエール?」

「なにがよ」

 

 扉を閉めて訊ねる私にミス・ヴァリエールは傾げる。

 

「せっかくのフリッグの舞踏会のお誘いだったのですから受けてもよろしかったのでは? 一曲踊るだけではないですか」

「そ、そりゃあフーケ討伐の時には助けてもらったし……って、ノックも無しに女の子の部屋にやってくるような奴は論外よ!」

 

 鼻息荒く叫ぶ彼女に内心苦笑する。

 

「確かにあれは殿方としてはいただけない行動でしたね。ところで一つお伺いしてよろしいでしょうか、ミス・ヴァリエール?」

「何よ」

「ミス・スカーレットとは仲直りできたのですか?」

 

 ミス・スカーレットとミス・ヴァリエールがフーケの討伐へと向かう前日のいざこざを思い出す。あの後直ぐにフーケの襲撃があり、慌ただしくお二人はフーケの討伐に向かい、ミス・スカーレットは負傷し戻って来た。それから一日が経った今、お二人の間には微妙な距離感が出来てしまっているように私には見えた。

 私の言葉にミス・ヴァリエールは暫し黙り込むと、小さく口を開いた。

 

「……まだよ」

「ミス・ヴァリエールはこのままでよろしいのですか?」

「うるさいわね。平民に心配される謂われなんて無いわ」

 

 そう言って、彼女はふてくされたように明後日の方向へ顔を背けると部屋を出ていく。

 その姿に私は息を吐き出し、掃除を再開したのだった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 この学院内において、ミス・スカーレットの噂はそこかしこで聞くことができる。

 使い魔召喚の儀式から始まり、未だ記憶に新しい決闘騒ぎ。しかしそれだけでなく、彼女の突拍子も無くそして自由な行動も学院内の者達の興味を引くようである。

 

「シエスタ、どうかしたのかしら?」

「どうかしたのかではありません、ミス・スカーレット。こんな遅くまで帰ってこられないので、探しに来たのです」

 

 既に学生達の門限を過ぎた夜遅く。

 昨日のこともあり、出掛けたっきり帰りの遅いミス・スカーレットを捜して方々を探し回った私に、ようやく見つけた彼女は不思議そうに小首を傾げた。

 

「あら、もうそんな時間だったのね。彼らとのダンスに興が乗ってしまってついつい時間を忘れてしまっていたわ」

 

 そう言うと彼女は食堂のアルヴィーズ達と握手を交わした。

 彼らは皆一様に晴れやかな表情で元の石像へと戻っていく。

 

「あなた達、楽しい一時だったわ。また一緒に踊りましょう」

 

 ひらりと手を振って、ミス・スカーレットが食堂を出ると私もその後を付いて歩く。

 

「……シエスタ」

「はい、何でしょうか」

 

 寮棟への道すがら、ミス・スカーレットが私へと言葉をかけた。

 彼女の後ろを歩きながら、口を開く。

 

「何か気になることでもあるのかしら?」

 

 私の方を振り向くこと無く言い放たれた質問に、一瞬言葉に詰まる。

 

「何故……そう思うのでしょうか」

「例え仮であろうと、私はあなたの主よ。部下のメンタル管理も主の努めよ」

「……ミス・スカーレット、一つよろしいでしょうか」

「何かしら?」

「ミス・ヴァリエールと仲直りしていただけないでしょうか」

「どういう意味かしら?」

 

 立ち止まった彼女が、私へと振り返る。

 

「その、あのフーケの襲撃があった夜からミス・ヴァリエールとミス・スカーレットの間に溝が出来てしまっているように感じてしまって」

「……別にどうもしないわ。ただの小娘の癇癪でしょう」

「ですが」

「シエスタ」

 

 言い募ろうとした私を言葉が遮る。

 

「それは私とルイズの問題であなたが気にすることではないわ」

「出過ぎたまねをいたしました。申し訳ありません」

 

 私は頭を下げると、ミス・スカーレットは踵を返した。

 彼女の歩調に合わせ、足を進める。

 

「……私は、あの程度のことで怒るつもりなんて無いわ。それを勝手に気にして溝を深めているのはルイズの方よ」

 

 途中、ミス・スカーレットは静かに口を開いた。

 

「本当に人間って、難儀なものね」

 

 溜息と共に吐き出した彼女の声には、何故か楽しげなものが含まれているように私には感じたのだった。

 

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