ゼロの使い魔~紅の吸血鬼~   作:青鉱

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その十六

「ルイズ、話があるのだけど」

「別に私には無いわ」

 

 マリコルヌと別れてルイズの部屋に戻った私に、机に向かっていた彼女はペン先を走らせながらにべもない言葉を返した。

 それを無視して、ルイズの腰掛けている椅子の背後にあるベッドに飛び乗る。

 

「あなた、フリッグの舞踏会のダンスの相手は決まっているのかしら?」

「……まだよ」

 

 一呼吸分、ペンの音が途切れる。

 

「だったら、そんな寂しいあなたに耳寄りな情報よ。ダンスのパートナーには私がなってあげるわ」

「何をバカなこと言っているのよ。女の子同士で踊れるわけ無いじゃない」

「あら、別に同性同士で踊るのを明確に禁止なんてしているのかしら?」

「いや、無いけど……」

「なら良いじゃない。私もパートナーが決まっていなかったのよ。寂しい者同士一緒に手を取り合いましょうよ」

 

 私はベッドから下りて机に向かうルイズの手に自身の手を重ねる。

 そうして、彼女の頬に唇を近づけた。

 

「んむぅ」

「一体どういうつもりよ」

 

 近づけた顔を手で掴まれる。

 元々大した力の入っていない手を退けると、半眼になったルイズが私を見ていた。

 

「どういうつもりも何も、ただのダンスのお誘いじゃない」

「あなたとは踊るつもりは無いわ」

「残念、ふられちゃったわ」

 

 大仰に肩を竦めて再びベッドへと引き返すと、それを追うようにルイズの視線が私へと向けられた。

 

「やっと私を見たわね」

 

 ベッドに腰掛けルイズへと視線を合わせると、私は小さく笑む。

 

「一体何なのよ」

「何でもないわ。何かあるのはあなたじゃないかしら、ルイズ?」

 

 彼女は(しば)し押し黙り、それから小さく口を開く。

 

「……レミリアは勝手すぎるのよ」

「私は妖怪よ。人間が人間のために作り上げた枠組みに囚われるつもりなんて毛頭無いわ」

「あんたは私の使い魔よ!」

 

 気色ばみ、椅子を蹴り飛ばすような勢いで立ち上がり、ルイズは杖を引き抜いた。

 震える杖の先端が私へと向けられる。

 

「なんでよ……!」

 

 感情にまかせ、呪文を唱え杖を振るうルイズ。

 少女に歩み寄り、呪文を唱え切るより早く杖の先端を摘んでその手から引き抜いて奪い取る。

 放り投げた杖は回転しながらベッドの枕元に落ちた。

 

「なんで、私ばかり……」

 

 腕を振り切った姿のまま、ルイズは涙を流す。

 

「……あなたにこれまで何があったのか私は知らないし、知るつもりも無いわ」

 

 枕元のルイズの杖を指先で弄びながら言葉を続ける。

 

「今はただ泣けばいい。だけど、あなたは私を喚び出した。その事実は変わらない。そのあなたが何時までも過去に囚われ続けることを、私は許しはしないわ」

 

 涙を流しながら少女の瞳が私へと向けられる。

 

「あなたは私を従えると宣言したわ。ならば、それを実現させることがあなたの責務よ。それが、その程度のことでただ足踏みを繰り返し、嘆くだけなのかしら?」

 

 ベッドを下りてルイズへと歩み寄り、その頬へと手を添える。

 

「あなたがその程度の存在だというのなら、今すぐそんな事を考えなくて済むようにしてあげるわ」

「……ふざけないで」

 

 呟くような言葉と同時に私の顔めがけて拳が飛んできた。

 それを掌で受け止めて、ルイズを見る。

 

「本当に、何なのよあなた」

 

 拳を掴まれながら、少女は口元を震わせる。

 

「何時までくだらないことに囚われているつもりなのかしら、ゴシュジンサマ?」

「……分かったわよ」

 

 大きく息を吐き出して、ルイズは拳を引いた。

 

「私だけ気にしていたのがバカみたいじゃない」

「私はただ気まぐれに振る舞うだけよ」

「嫌な奴ね、あなた」

「ふん、良い悪魔なんてものは人間にとっては嫌な奴に決まっているじゃない」

「違いないわね」

 

 そう言うと、少女は椅子に座り直して机に向かい、羽ペンを手に取った。

 

「私はまだ勉強を続けるから、今度は邪魔しないでよ」

「実はもう一つあるのよ、ルイズ」

「……今夜、月が中点を射す頃にヴェストリの広場に行ってみなさい。あなたを待っている人がいるわ」

「深夜じゃない。そんな時間に一体誰よ」

「それは行ってみてからのお楽しみよ。それじゃ、私は少し寝かせてもらうわ」

「はいはい、おやすみ」

 

 そうして私はそのままベッドに横になり、瞳を閉じた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 誰かが私の身体を揺する。

 

「ミス・スカーレット」

「ん、シエスタ?」

 

 目を覚ましてみると、目の前にはメイドの姿があった。

 窓の外は既に日が落ちており、室内にルイズの姿は無かった。

 

「夕食をお持ちしましたが、如何いたしますか?」

「そうね、頂こうかしら。ルイズはどうしたのかしら?」

「ミス・ヴァリエールでしたら食堂へ夕食を取りに行かれました」

「あら、私を置いていくなんて薄情ね」

 

 椅子に腰掛け、テーブルに向かう。

 テーブルの上に置かれた皿には少量ずつ纏められた料理が盛りつけられていた。

 パンやハム、パイといった料理に手を付けていく。

 

「シエスタ、紅茶を淹れてちょうだい」

「はい、少々お待ちください」

 

 シエスタが紅茶を用意している間に私はポーチの中から小瓶を引き抜く。

 残り少なくなったその量に密かに息を吐き出す。

 

「どうかされましたか?」

「何でもないわ」

 

 差し出されたティーカップに小瓶の中身を落とし、ティースプーンで円を描いてから口を付ける。

 

「そうだった。ねえシエスタ」

「何でしょうか、ミス・スカーレット?」

「伝言を頼まれてくれないかしら」

「わかりました。どなたにでしょうか」

 

 料理を盛っていた皿を下げながらシエスタが答える。

 

「マリコルヌ・ド・グランドプレよ。容姿は分かるかしら?」

「はい、存じております」

「それは結構。伝言を伝えるわ。話は付いたわ。月が中点を指す頃にヴェストリの広場へ。以上よ」

「承りました。一つ伺ってよろしいでしょうか」

「何かしら」

「ミス・ヴァリエールと何かあったのですか?」

「いいえ、何も無いわ。何故かしら?」

「いえ、あの、夕食に向かう時のミス・ヴァリエールの様子が少し変わっていたので」

「私は何もしていないわ。きっと彼女自身に何か思うことでもあったのではないかしら」

 

 私がそう言うと、シエスタは少しだけ探るような視線を向けてきたが、やがて諦めたように紅茶を下げた。

 

「紅茶、美味しかったわ」

「ありがとうございます。では、ミスタ・グランドプレへ言付けをお伝えして参ります」

「ええ、よろしく」

 

 部屋を出ていくシエスタを見送ると、服を脱ぎ捨てベッドへと潜り込み、そのまま目を閉じた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 様々な楽器が奏でる荘厳な音楽が、生徒達が思い思いに過ごすホールに響いていた。

 フリッグの舞踏会。

 この集まりはそう呼ばれていた。

 

「スカーレット家息女、レミリア・スカーレット嬢のおなーりー!」

 

 呼び出しの衛士が告げる。

 そこかしこから視線が向けられる。

 私は大きく背の開いた紅いイブニングドレスに、コサージュが髪を彩っている。

 階段の下では私より先に出たルイズが、マリコルヌと何かを話していた。

 

「良く似合っているじゃない、マリコルヌ」

「あ、ありがとう、ミス・スカーレット。君も良く似合っているよ」

 

 話しかけた私にマリコルヌが言葉を返した。

 

「ふふ、当然よ。けれどそれは今夜のパートナーにこそ言うべきではないかしら、色男さん?」

 

 彼の隣では白いパーティードレスに身を包み、バレッタで髪を纏めたルイズが立っている。

 

「と、当然、ルイズも良く似合っているよ」

「……言うのが遅いのよ、マリコルヌ」

 

 言葉と共にルイズの靴がマリコルヌの足を踏みつけた。

 それに身悶えするマリコルヌ。

 

「わ、悪かったよ、ルイズ」

「誘ったのはあんたなんだから、ちゃんとリードしなさいよ」

「分かってるよ。さあ、お手をどうぞ」

 

 差し出された手に、白い手袋に包まれたルイズの掌が重ねられた。

 ルイズの背後から、私はマリコルヌに薄く笑みを向けた。

 彼は瞳で小さく礼を返して、ルイズと共にその場を立ち去る。

 そうして、一人残された私は改めてホールを見回す。

 中央では男女が曲に合わせてダンスをしており、メイド達は料理や飲み物を運ぶのに忙しく歩き回っていた。

 

「さすが東方の貴族ね、レミリア。良く似合っているわ」

「ありがとう、あなたも良く似合っているわよ、キュルケ」

「ふふ、ありがとう」

 

 大きな胸を惜しげもなく強調した、赤いドレスに身を包んだキュルケが私へと声を掛けた。

 その隣には薄い青色のドレスを着たタバサの姿もある。彼女の持つ皿には何かの葉が大量に盛りつけられ、次々と消費されていく。

 

「ダンスは良かったのかしら?」

「もう大分踊ったから、今は休憩しているところよ。レミリアはもう身体の方は大丈夫なの?」

「ええ、大丈夫よ」

「本当に吸血鬼って丈夫なのね。怪我していたあなたを見た時はもう駄目だとすら思っていたのに」

「人間のように柔な造りはしていないのよ」

「何にせよ元気そうで良かったわ」

「それはそうとタバサは何を食べているのかしら?」

 

 私達の会話に参加すること無く黙々と食べ続けるタバサの皿を指す。

 

「はしばみ草のサラダよ。この子の好物なの。でもとても苦いから食べるのはお勧めしないわよ」

「そんな事は無い。とてもおいしい」

 

 盛りつけていた分を食べ切ったタバサが口を開くが、信じられないと言うようにキュルケは肩を(すく)めた。

 

「それじゃ、私達はもう行くわね。ほら、行くわよ、タバサ」

 

 キュルケに手を引かれ、歩いていくタバサの視線が一瞬だけ私へと向けられ、直ぐに反らされる。

 

「はしばみ草。食べてみるべき」

 

 彼女の呟きだけがその場に残された。

 

 それからは次々申し込まれるダンスの誘いを断りながら、ワインに口を付けつつはしばみ草のサラダに卒倒しかけたりといった事もあったが、私はバルコニーへと出てきていた。

 ホールではルイズ達がダンスをしているのが見える。

 その様子はなかなか様になっている。

 

「ミス・スカーレットはダンスはされないのですか?」

「そこらの有象無象と踊る気なんて無いわ。仕事はいいのかしら、シエスタ?」

「少し余裕が出来たので、休憩を頂きました」

 

 メイドが言葉を返す。

 私は空を見上げる。

 二つの月が夜空を彩っている。

 月の光に少しだけ気持ちが高まる。

 

「ねえ、シエスタ」

「何でしょうか」

「少し踊らない?」

「私は貴族様のダンスは出来ませんから」

「心配しなくても、私がリードしてあげるわ」

「……分かりました。お相手いたします」

「そうこなくちゃ」

 

 持っていたワイングラスを手すりの上に置いてシエスタに向き直り、手を差し出す。

 

「お手をどうぞ、レディ」

「よろしくお願いいたします」

 

 メイドが手を取る。

 ホールから聞こえる音楽に合わせ、ゆっくりと一歩を踏み出す。

 

「……私はあなたの主たり得るかしら」

 

 ステップを誘導しながら、口を開く。

 

「……私は何も出来ない、ただのメイドです」

 

 拙いステップを踏みながら、彼女は答える。

 

「そんなこと気にしないわ。私が、あなたを気に入ったのよ」

「私でよろしいのですか?」

「今更、そんな事を聞くのかしら?」

 

 しばらく押し黙り、シエスタは私にリードされるままダンスを続ける。

 

「吸血鬼にとって、私達人間はどのような存在でしょうか?」

 

 やがて決意を秘めた瞳で真っ直ぐに私を見ながら、メイドは問いかけた。

 

「私達にとっては食事の材料よ」

 

 瞳の奥が揺らぐ。

 

「そして、私にとって儚く、愛おしい存在だわ」

 

 楽士の奏でる曲が終わり、私は手を離す。

 

「人間が、吸血鬼に仕える。それは人間達から迫害され、排除の対象となることに他ならないわ。それでも、私はあなたが欲しい」

 

 シエスタへと手を伸ばす。

 

「強欲な私では、あなたの主とはなれないかしら?」

「……人としての道を踏み外す事。そして、ミス・スカーレットを主として選ばなかった事。きっとどちらを選んだとしても、私は後悔をしてしまいます」

 

 何かを堪えるように、シエスタはスカートを掴む。

 それから静かにスカートから手を離すと、私の手を取った。

 

「ミス・スカーレット、私を後悔させませんか?」

「私のメイドとして、あなたを後悔させないと誓うわ」

 

 両手で彼女の掌を包み込む。

 

「ありがとう、シエスタ」

 

 月明かりが照らし出す、唇を震わせるシエスタの顔を真っ直ぐ見つめ、私は静かに微笑みかけたのだった。

 

To be next?

 




これにて一巻分、土くれのフーケ編が一応の終了となります。
長かったですね。すみませんでした。
それで次の話を少ししますと、本編で盛り込めなかったお話をこぼれ話として二、三話投稿予定です。
もうちょっとだけ続くんじゃ。スマヌ。

多くの感想ありがとうございます。
返信は出来ておりませんが、全てありがたく読ませていただいております。
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