「シエスタ、私に命を捧げる覚悟はあるかしら?」
フリッグの舞踏会を終えた深夜、先にミス・ヴァリエールの部屋へと戻ったミス・スカーレットはベッドに腰掛けながら私に尋ねた。
「命、ですか?」
「そうよ。私に血を吸われると同時に、文字通りその命を私に握られるのよ」
「……ミス・スカーレットは私を裏切らないと約束してくださいました。ですから、私はミス・スカーレットを信じます」
答えた私に、ミス・スカーレットは小さく笑う。まるで何かを懐かしむように。
「ミス・スカーレット?」
「いいえ、何でもないわ」
そう言うと小さな主は自らの指先を噛み切った。
薬指から血が溢れ出る。
「ミス・スカーレット、一体何を!?」
「人間にとって、吸血鬼が吸う血の量は致死量になりかねないの。だから、その回復力を上げるために吸血鬼の血を分け与えるのよ。けれど、吸血鬼は血を操ることが出来るわ。正確には、己の妖力の宿った血なのだけれど。そして、それを分け与えた者の血も操ることが出来るのよ。つまり、その者の血の流れを意志一つで止め、殺すことも可能になるということ」
ミス・スカーレットは赤い滴のこぼれ落ちる指先を私へと差し出す。
「今回与えるのは一口だけ。人としての寿命は失わず、傷の回復力のみが僅かに上がるだけにすぎないわ。しかし私の血を口にするということは、僅かとはいえ人の道を外れるということよ。もう一度問うわ。シエスタ、あなたは私に命を握られる覚悟はあるかしら?」
真っ直ぐに、私の目を見ながら問いかける。
大きく息を吸い込み吐き出すと、私は一歩進み出て床にひざまずく。
ミス・スカーレットの手を取り、指先に口付けた。
舌の上を鉄の味が流れていく。
一口嚥下し、唇を放す。
「これが私の答えです、ミス・スカーレット」
微笑んで、しかし私は猛烈な眠気に襲われ、身体が揺らぐ。
「私の血が、今あなたの身体を作り替えているの」
細い腕が私の背中に回され、囁くように耳元で言葉が紡がれる。
「今は眠りなさい。良い夢を、シエスタ」
その言葉を最後に、私の意識は黒に染まった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
気が付くと、目の前に女性が立っていた。
銀の髪の、紺色のロングスカートのメイド服を身にまとった妙齢の女性。
彼女の背後には目が痛くなるほどの真っ赤な外観をした館があった。
少しだけうつむき、髪に隠れ目元は見ることは出来なかったが、彼女のその口元は優しげに笑みを形作っていた。
「あなたは誰ですか?」
問いかけるが、言葉は返らない。
ただ私達は向き合っていた。
しばらくそうしていて、やがて彼女は私に向かって静かに頭を下げた。
それはまるで、私に何かを託すように見えた。
女性が頭を上げるに従い、世界が白く霞がかっていく。
そして私の視界が白く染まる直前に見えた彼女の顔は、安堵したように笑って見えたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「…………久しぶりに声を聞けて良かったわ。近いうちにまた連絡するわね」
「……私……は?」
瞼を開けると、私はベッドの上に横になっていた。
「気が付いたかしら、シエスタ」
視線を向けると、ベッドの端に腰掛け、私を見るミス・スカーレットの姿。
窓の外は既に空が白み始めていた。
「ミス・スカーレット! 私!」
跳ね起きるように、普段の自身のそれとは比べものにならないほど柔らかなベッドから勢いよく身体を起こす。
「静かに。ルイズが目を覚ましてしまうわ」
唇の前に人差し指を立て、彼女は私の背後を指す。
その先に視線を向けるといつの間に戻ってきていたのか、私の隣で身体を丸めてベッドで眠るミス・ヴァリエールの姿があった。
彼女を起こさないようにベッドを抜け出すと、ミス・スカーレットが私の手を取り、微笑みかける。
「おはよう、シエスタ。私の従者」
少女が、私の名を呼ぶ。
その目は祝福するように、感謝をするように、細められていた。
そして私はその目を真っ直ぐに見つめると、生涯を捧げる主へと頭を下げたのだった。
「おはようございます。……私の御主人様」
To be next?
本編に組み込めなかった話その二です。短くてスマヌ。
次回で外伝的な話は終了となります。次もなるべく早めに。