「つまらない。飽きたわ」
握っていた判子を机の上に放り投げて、私は呟いた。
そうして、座っていた椅子の背もたれに背を預けて天井を振り仰ぐ。
「そう仰らずに。後少しですよ、フラン様」
「そう言うけどね。見てよこの量。毎日毎日やってられないわ」
私の脇に控え、処理の終わった書類を纏めていた美鈴に今なお執務机の上に塔のように積まれた紙束を指す。
「ですが、これも館内においてお嬢様の決済が必要なものですから、全てに目を通していただかないと」
紅魔館指定のメイド服に身を包んだ美鈴が困ったように苦笑する。
その姿を後目に、私はぐるりと室内を見回した。
飾り気の少ない質素な部屋。
ここはお姉様の執務室だ。
私は今、お姉様の代わりに紅魔館内の公務をしている。
「お姉様も勝手よね。仕事を妹に押しつけて一人で遊びに行くなんてさ」
「お嬢様は、フラン様を信頼されて仕事を任されたのですよ」
「うー、そうは言ってもさあ」
机に突っ伏して唸る。
「……少し休憩にしましょうか。お茶を淹れて参ります」
「うん」
一つ礼をして、彼女は執務室を出て行った。
「まったく、何処ほっつき歩いているのよ……お姉様」
お姉様が居なくなったことを伝えられたのは一週間前の事だった。
私の部屋を訪れたパチュリーの口から説明を受けた。
何処か別の世界へとお姉様が召喚された事、その後連絡が付かなくなった事。
そして、私に当主代行として紅魔館の運営を任せると言っていた事。
「本当、勝手すぎるわよ、バカ」
呟いて、放り投げていた判子を掴み上げると、不満を叩きつけるように目の前の書類に押しつけた。
マホガニー製の机がメキリと軋んだが、知ったことではない。
「荒れていますね、フランドールお嬢様」
扉をノックして入ってきたのはメイド長だった。
その胸元には新たな書類の束が抱えられていた。
「荒れもするわよ、こんなの。って、また追加?」
「はい、今日はこれで最後になります。門番長はどうされたのですか?」
「美鈴は今お茶を淹れに行ってるわ。そろそろ戻るんじゃない」
「お待たせいたしました、フラン様。って、あれ、メイド長?」
「私の事はお気になさらずどうぞ、門番長。では、私はこれで失礼いたします、フランドールお嬢様」
執務机に追加の書類を置いて、カートを押してきた美鈴と入れ替わるようにメイド長は妖精特有の透明な翼を揺らして執務室を出て行った。
「さあどうぞ、フラン様」
目の前に湯飲みが置かれ、私は湯気を立ち上らせるウーロン茶を一口啜る。
それから小皿の胡麻団子にフォークを入れて半分に切って口に運ぶ。
最近美鈴が私の身の回りの世話をするようになって、着実に中華料理の頻度が上がっている。美鈴の料理はいずれも美味しいのだけれど、ちらりと自身のお腹周りを気にしつつ、最後の胡麻団子を食べ切り、ウーロン茶を飲み干した。
そうして一息ついてから、書類へと目を向ける。
「……お姉様は毎日この量をこなしていたのね」
「そうですね。館内のメイド達や門番隊の陳情、それぞれの予算の配分、レクリエーションの企画立案等全てお一人でこなしておいででしたから」
傍目には暇しているように見えて、思いの外大変な当主の仕事に一つ息を吐き出した。
「やっぱり、私には当主なんて向いてないわ」
私には悠々自適な地下室ライフが一番だ。
「ところで、パチュリーはまだお姉様を探しているの?」
また一つため息を吐き出して、言葉を投げかけつつ書類を手に取り内容に目を通して判子を押していく。
「お嬢様との連絡が取れなくなってから図書館に籠もってずっと行方の捜索をしておいでですが、未だにお嬢様の行方は見つからない様です」
「そこはパチュリーの分野だから任せるしかないんだけど、お姉様も何処とも分からない場所に自分から召喚されに行くなんて何考えてるのかしら」
卓上の写真立てに入った写真に視線を向ける。そこには紅魔館のみんなが写っている。かつてのメイド長も一緒に。
「きっと何かお考えがあったのですよ」
湯飲みと皿を片づけながら美鈴が答える。
「お姉様だもの。何も考えずに面白そうってだけの理由で召喚されに行ったんじゃないの」
何処か退屈そうな表情をしていたお姉様を思い出す。
その胸中にどんな思いがあったのかは、私には推し量ることは出来はしない。
「早く見つからないかしら」
そうしたら、文句の一つでも言ってやるのに。
呟きを零しつつ、また一枚判子を押しつける。
「失礼するわよ」
そこへ、ノックも無しに無遠慮に扉が開かれた。
視線を向ければ、部屋へと入ってきたのは使い魔を伴ったパチュリーだった。
「一体何の用なの」
私の疑問に、彼女は小さく口を開く。
「見つけたわ」
一言。
その言葉に、私は弾かれるように椅子から立ち上がっていた。
To be next?
これにてこぼれ話終了となります。