私ことシエスタは吸血鬼、レミリア・スカーレットの専属メイドになりました。
専属メイドといっても仮契約中で本契約への猶予はまだありますが、約束通りこれまでの三倍の給金を頂いてしまい、このまま本契約をしても良いかもしれないと心が揺らいでいる真っ最中です。
「おはようございます、ミス・スカーレット、ミス・ヴァリエール」
「おはよう、シエスタ」
「……おはよう、シエスタ」
三人でトリスタニアへと出掛けた明くる朝、私は大きなベッドで共に眠るミス・ヴァリエールとミス・スカーレットを起こしに掛かった。
これまでであれば、この時間は学院の生徒や教員の為にアルヴィーズの食堂で他の使用人仲間と一緒に朝食の用意を行っている頃だ。
けれど今は専属のメイドとなり、私の朝はこうして朝食の時間に間に合うように二人を起こすことから始まる。
「さあ、お二人ともまずはお身体を綺麗にしてしまいますよ」
この部屋へと来る前に用意していたポットの中身をタライへと注ぐ。
タライへと注がれるのは人肌程度に温まったお湯で、それにタオルを浸し絞る。
覆っていたシーツが二人が身を起こすと同時にするりと落ち、その下に隠されていた肢体が露わになった。
その姿に思わず息が漏れる。
二人とも同性から見ても見惚れてしまいそうなほど綺麗な肌をしており、ミス・スカーレットに至ってはその神秘的な容姿も相まって一種の芸術品のようですらある。
壊れ物を扱うように二人の身体を丹念に拭き上げ、ミス・ヴァリエールには制服、ミス・スカーレットには昨日購入した大きく背の開いたドレスに近い服を着せていく。
その背、腰の辺りには蝙蝠の翼を模した入れ墨のようなものが見えた。
「何か気になる?」
「あ、その、腰の」
「翼が気になるのかしら?」
「翼、ですか?」
「ええ、翼よ。自由に空を駆ける為の私の翼」
「でも、こんなもので空を飛べるなんて」
「それはただの偽装よ。そのうち二人で空の散歩でもしましょうかしらね」
そう言ってくっくと笑うこの少女が人間ではないことは、既に私も本人から聞かされて知っている。
吸血鬼。それが彼女の正体。
人の血を吸い、人に仇なす正真正銘の怪物。
けれども、昨日までのこの少女の様子を目にした後ではそう無闇に誰かを襲うような存在にも見えなかった。
「私が怖いかしら?」
仮の主が私に問いかける。
それは仮契約の時、学院長室で話したのと同じ言葉。
人ではないと本人から聞かされたその時に。
「怖かったです」
胸の内を告げる。
「ですが、今は分かりません」
この小さな吸血鬼という存在が分からない。
それはきっと、未だこのミス・スカーレットという少女のことをよく知らないから。
「だったら、もっと分かってもらわないといけないわね。でないと、あなたに逃げられてしまうから」
そう言って、くすくすと笑った。
言葉とは裏腹に、そんなこと微塵も思ってなどいないように。
「そんなことよりも、そろそろ朝食の時間じゃない?」
「あ、そうですね。そろそろ参りましょう」
ミス・ヴァリエールの言葉に頷き、私達は部屋を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇
朝食を終えた二人が授業へと出ている間、私は部屋の掃除と服やシーツの洗濯等一人の間にしなくてはいけない仕事に取り掛かる。
貴族の部屋とはいえ、数ある寮の一室。平民の部屋よりは広いけれど、伝え聞く貴族のものよりは広くはなく、私物の少ない部屋の掃除を手早く済ませ、最後に仕上がりを一通り確認をして洗濯物を手に取り部屋を出た。
予めミス・ヴァリエールから預かっていたスペアの鍵を使って扉を施錠する。
それから洗濯の為の洗い場へと移動する。
水汲み場の湧き水を使い、洗濯物の一つ一つを痛まないように丁寧に洗っていく。
水は冷たいけれど、それは長年この学院で働いているこの身。既に馴れたものだ。
そして洗い終わった洗濯物を桶に入れて移動し、木と木の間に巻き付けられた紐に引っかける様にして干していく。この紐は他の貴族の洗濯物も共用で干してあるため、間違ってしまわないようにそれぞれ見分けが付き易くするために干している洗濯物を挟む様に紐に白いリボンを巻いていく。
「誰かと思ったら、シエスタじゃない」
ちょうど一段落した所で声を掛けられた。
振り向けば私と同じ使用人仲間の少女が同じように洗濯物の入った桶を持って立っていた。
「セルマ、あなたも洗濯物干し?」
「そうよ。シエスタも?」
「私はちょうど干し終わったところよ」
程良く日に焼けた肌に肩の辺りまで切られた髪を後ろで束ね、少々目尻の下がった目元に泣き黒子を付けた彼女は、私と同じ頃にこの学院で働き始めた、所謂同期の一人だ。
少々気の弱そうな見た目とは裏腹に、腕っ節が強く面倒見が良いことから後輩達から頼られる姉的な位置に立つ少女でもある。
「そういえば後輩の子から聞いたんだけど、あんた貴族様の専属になったんだって?」
使用人同士の話の伝達速度はとても早い。
私がミス・スカーレットの専属のメイドとなったことは既に知れ渡っているようだった。
「専属といってもまだ仮契約よ。気に入らなかったら辞めても良いって言われてるし」
「そっか、悪い条件で無理矢理働かせられているんじゃないかって思ってたんだ」
「そんなこと無いわよ。むしろ今までよりも待遇が良いくらいよ」
「そりゃ、随分とお優しい貴族様に当たったのね」
「ええ、本当に」
「それで、その貴族様はどんな方なんだい?」
「先日使い魔として召喚されたと噂になっていた方がいたでしょう。彼女がそうよ」
「ああ、彼女か。あの騒動の時遠巻きながら見ていたけど、随分お転婆な方じゃないか。苦労はしていないかい?」
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。ミス・スカーレットはお優しい方だから」
私を気遣うように見る彼女に、心配無いと笑みを向ける。
「そうかい、それなら良いんだが。何かあったら何時でも私に相談してよ」
「うん、ありがとうセルマ。それじゃ、そろそろ仕事に戻るわね」
「ああ、引き留めて悪かったね」
彼女に小さく手を振り、次の仕事の為に私はその場を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「あら、シエスタ」
使い魔用の待機所の前を通りがかった時、私の名を呼ぶ声に足を止めた。
「ミス・スカーレット。なぜこんな所に? 今はミス・ヴァリエールと授業を受けている時間ではありませんか?」
「つまらないから抜け出してきたわ」
サラマンダーの背に跨がっていたミス・スカーレットはそこから飛び降りそう言うと、得意気に胸を反らした。私は内心息を漏らす。
「そんなことより今は手が空いているかしら?」
仮とはいえ、主の言葉に否とは言えない。
「いったい何をなさるのですか?」
「ちょっと、ここの衛兵の所まで」
首を傾げた私にミス・スカーレットは日傘を差しながらそう告げた。
ここトリステイン魔法学院は出入において必ず門を通る必要がある。 貴族の通るための正門と、使用人達の通る裏門の二カ所が存在している。
そしてその門の脇には王国から派遣された厳選された兵士が常に立ち、この学院を守護している。
「貴族様がこのような所までいったいどのようなご用でしょうか?」
この魔法学院の裏門に位置する衛兵の詰め所を訪れると、一人の厳めしい顔付きの男が私達へと話しかけた。
「ここに武器があるかしら? 少し見せてもらいたいのだけれど」
二メイルを超えているであろう彼の前に立つレミリアは言い放つ。
その体格差は正に巨人と対峙する小人だ。
しかしそれでも一切の気後れ無く、堂々とした態度で少女は彼の前に立っていた。
「武器? そんな物で何をするつもりですか?」
「ちょっと確認したいことがあるのよ」
「そうは言われましても。いくら貴族様の頼みでもそう簡単に武器をお貸しするわけには」
「どうかしたのか?」
困った様子で顔を歪ませた彼の背後、赤い煉瓦作りの詰め所の奥から男が一人出てきた。
「隊長」
隊長と呼ばれた彼は、引き締まった体格をしており日の光に映える金髪を短く刈り上げられている。今は休憩中だったのか、鎧は付けていないが服を内から押し上げるような鍛え上げられた筋肉はそれだけでこの男の実力を窺わせることが出来た。
隊長と呼ばれた彼はミス・スカーレットの姿を認めると、一つ頭を下げた。
「これは部下が失礼をいたしました。ミス・スカーレット」
「あら、私の事を知っているの?」
「はい、先日のヴェストリの広場での一件では私もその場に居合わせておりましたので。申し遅れました、私はヴィーズリと申します」
「よろしく、ミスタ・ヴィーズリ」
「それで、このような所まで何の御用向きでしょうか?」
「ここにある武器を少し借りたいのよ」
「何故、とお聞きしても?」
「ヴェストリの広場での一件絡みで確認したいことがあるのよ。それで武器を一つ扱いたいのよ」
ミス・スカーレットの言葉にヴィーズリは考えるように唸る。
そうしてやがて一つ頷いた。
「分かりました。お貸しいたしましょう」
「隊長! 例え学院の者であろうと我々衛兵以外の者の武器庫への立ち入りは許可されていません!」
「なに、個人での立ち入りは駄目でも衛兵が同行すれば良いのだよ。それにこのミス・スカーレットはメイジ相手に魔法も使わず圧倒してみせた実力の持ち主だ。そんな英傑がわざわざ足を運び我々が扱う武器が見たいと言う。光栄な事じゃないか」
声を荒げる部下に彼はそう言うと快活に笑った。
「ですが、本来はお見せできないのですから、今回だけですよ」
「感謝するわ」
「では、ご案内いたします。こちらへどうぞ」
ヴィーズリが先頭に立ち、詰め所の脇にある頑丈そうな錠が取り付けられた鉄扉の付いた建物へと私達を案内する。
建物の脇に立ち警備していた部下に合図し、鉄扉を開けさせた。
重い音を響かせ開かれた入り口を通った先には、様々な武具が保管されていた。
剣、槍、盾は勿論の事、斧や異国の武器と思われる見た事の無い物まで様々な種類の武具が凡そ八メイル四方の室内に整然と並べられていた。
「壮観ね」
ミス・スカーレットは息を漏らす。
「最近急遽武器の補充をしたので数が大分増えたのですよ」
「あら、何かあったのかしら?」
「このところ貴族様の屋敷を荒らし回っている土くれのフーケと呼ばれる怪盗の影響です」
「土くれのフーケ?」
「貴族様や大きな商会を狙って盗みを働く怪盗の名前です。どうやら土系統のメイジだそうで、壁や扉を錬金で土くれに変えたり巨大な土のゴーレムを用いる事から『土くれ』の二つ名が付いているのですよ」
「お、よく知っているな」
「ここに通っている方々も貴族様ですから、その噂は良く耳にするのです。実はフーケは男だとか、二人で一人の怪盗だとか、何の根拠も無い信憑性の薄い噂も多いですが」
感心した様子のヴィーズリに私は言葉を返した。
「この学院にも宝物庫がありますからね。そのためここも狙われる可能性があるのでフーケ対策をしているのですよ。近々警備の増員も行いますのでご安心を。そう易々と侵入なんてさせませんよ」
そう言うと、彼は胸を張る。
「そんな奴がいたのね。どこぞの白黒魔法使いみたいね。手に取って構わないかしら?」
どこか懐かしむように目を細めた後ヴィーズリの許可を得て、ミス・スカーレットは手近な位置に立て掛けられていた剣を取った。
六十サントほどの長さの剣を鞘から引き抜いて掲げる。天井から下げられたランタンの明かりに照らされ、その刃が銀の輝きを放つ。
暫くその刀身を眺めていたミス・スカーレットはそれを鞘に収めると、元の位置に戻した。
そしてその視線を壁へと向ける。
「……あれは銃かしら?」
「ええ、よくご存じですね。仰る通り、あれは銃です。遠距離の攻撃に対応出来るように弓以外の攻撃手段として購入したのですが、メイジ相手には効果も薄く、手軽に扱うことは出来ますが命中精度は訓練を施した弓の射手と比べると格段に落ち、射程距離は長いですがやはり先ほどの命中率の悪さから今は扱う者もおらず、こうして武器庫に死蔵されているのですよ」
壁に飾られるようにして保管されているそれは、彼の言う通り長く扱う者も無く手入れもされていなかったのだろう、金属部の所々に錆が浮きとても使えるような物には見えなかった。
レミリアは銃へと手を伸ばす。が、彼女の身長では手が届かず、代わりに私がそれを手に取る。
私の二の腕ほどの長さで、細い外見とは裏腹に確かな重みを感じる。
それをレミリアに手渡す。
受け取った彼女はしげしげと眺める。
「フリントロック式点火機構。銃身はやや短め。それに加え点火と発射までに時間差がある。命中精度の悪さはこのせいね。更に先込め式で装填に手間と時間が掛かるため連射には不向き、といったところかしら。確かにこれ一丁では実戦では使い勝手が悪いわね」
「……驚いた、そこまで正確に問題点を上げられるとは思いませんでした。銃を使ったことがあるのですか?」
「お父様と一緒に一度だけ銃を使った狩りに行ったことがあったのよ」
「なるほど、それでですか」
ミス・スカーレットの言葉に彼は得心がいったというように頷いてみせた。
けれど、私には彼女の不思議そうな表情に内心首を傾げる。そして、ふと彼女の左手の甲がうっすらと光を放っているのが目に留まった。
「ミス・スカーレット、それは?」
私の差した左手にミス・スカーレットは視線を向けると、なるほどと呟いた。
「何でもないわ、シエスタ。特に害があるわけでも無いから気にしないで」
「そう、ですか……」
気にはなるけれど、仮とはいえ主に言われた以上言及するわけにもいかない。
返された銃を元の位置に戻し、ミス・スカーレットの後ろへと控える。
「ミスタ・ヴィーズリ、ありがとう。そろそろ戻る事にするわ」
「何かのお役に立てたでしょうか?」
「ええ、十分よ」
そうして、私達はヴィーズリに見送られ武器庫を後にした。
「シエスタ」
学院校舎へと向かう道すがら、レミリアは口を開いた。
「何でしょうか」
「武器庫で私が銃を持った時狩猟に使った事があると言ったのを覚えているかしら」
「はい、それがどうかしたのですか?」
「私、銃なんてその時の一度きりしか使ったことがないのよ」
「どういうことでしょうか」
「銃を使った狩猟では獲物を殺した手応えが無くて、私はそれが好きではなかったのよ。自ら槍を持ち、獲物の命を刈る手応えが私は好きだったわ。だから、お父様に連れられて行った一度きりでしか銃を使わなかったの。それ以後は一度も手に取った事なんて無かったわ。銃の知識なんて、引き金を引けば遠距離から相手を撃ち殺せる武器、くらいしか持っていなかったのよ」
「え?」
私は首を傾げる。
「ですが、先ほどはあんなに的確に答えておいでだったじゃありませんか」
「そうね。銃を持った途端、私はこれまで持っていなかったはずの銃の知識を得たわ」
「元から知っていたわけでは」
「無いわ。言ったとおり遠距離から相手を撃ち殺せる武器、というくらいしか私は知らなかった」
「だったら」
「鍵はシエスタが見つけてくれたわ」
「え?」
再び首を傾げた私に、彼女は左手の甲を向けた。
そこには私には読むことが出来ないけれど、何か文字が刻まれている。
「どうやらこの使い魔のルーンが関係しているようなの」
武器庫でうっすらと光を放っていた左手の事を思い出す。
つまりは、使い魔のルーンが何かしらの影響を及ぼしているということだろうか。
「シエスタ、これからミスタ・コルベールの所まで行くわよ」
「え、何故ですか?」
「私がルイズと契約をした時に私のルーンをスケッチしていたのよ。彼なら何か知っているかもしれないわ」
そう言うと、ミス・スカーレットは鼻息荒く歩を進めたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ジャン・コルベール。
この学院にいる者達は彼を一言で表すならば必ずこう言うだろう。
変人、と。
足の踏み所の無いような部屋で、彼は私達を出迎えた。
何に使うのかも分からないようなガラクタばかりが部屋のそこかしこに積み上がり、その一部が崩れたのか地滑りを起こしたようにそれらが床に散らばっている箇所もある。
「散らかってすまないね。椅子が一つしかなくて、私の物でよければどうかね」
そう言って、彼は自身の座っていたのであろう小さな椅子をミス・スカーレットへと奨めた。
「ならお言葉に甘えようかしら」
そう言って彼女は椅子に腰掛けた。
ミスタ・コルベールは、物の散らばった机の上に置かれていたティーポットの中身をガラクタに埋もれ掛けていた棚から引っ張り出したティーカップに注ぎ、ミス・スカーレットに差し出す。
「どうかね?」
「頂くわ」
「それで、わざわざ私を訪ねてくるとは一体何の用かな?」
彼は机の端に寄り掛かるようにして立つと口を開いた。
「このルーンに関して聞きたいのよ」
彼に見えるようにミス・スカーレットは左手を掲げてみせた。
「ミスタ、あなたこのルーンをスケッチしていたでしょう。何か知っているんじゃないかしら?」
「一つお聞きしても?」
「何かしら」
「そのルーンが発現して何か変わったことはありませんでしたか?」
「……武器について知り得なかった知識の取得、かしら」
「ーーなるほど」
彼女の言葉にミスタ・コルベールは考えるように唸ると、ふと私へと視線を向けた。
「分かりました。お話しいたしましょう。ただ、軽々にお話出来る内容でもないので」
ミス・スカーレットは一つ頷き私へと振り振り向く。
「シエスタ、ここはミスタ・コルベールと二人だけで話があるから、あなたは下がっていてちょうだい。そのまま仕事に戻っていて構わないわ」
「……承知いたしました。では、失礼させていただきます」
「悪いわね」
「いえ、お気になさらず。これもメイドの勤めですから」
頭を下げ、私はその場を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「君、ルイズがどこにいるか知らないかい?」
その後、干していた洋服を取り込んでからリネン室へ寄りシーツを交換し部屋のベッドメイキングを済ませて外に出ると、私は声を掛けられた。
振り向けば、そこには小太りの少年が一人立っていた。
「いえ、私は存じ上げませんが」
「そうか。邪魔したね。呼び止めて悪かった」
そう言うと、彼はその場から立ち去る。
訳が分からず、私は首を捻る。
「一体何だったのかしら?」
「恋の微熱を感じるわね」
「ふぇ!?」
突然隣から聞こえた声に驚いて、その場で飛び上がった。
「驚かせちゃったかしら?」
「い、いえ」
燃えるような赤い髪の少女が私へと視線を向けた。
早鐘を打つ胸を抑えるように、大きく呼吸を繰り返す。
「あなた、決闘騒ぎの時にルイズと一緒にいたメイドね」
「あ、はい、シエスタと申します」
そう言われて、私は彼女が決闘騒ぎの時にミス・ヴァリエールに話しかけていた少女だと気が付いた。
「それで、あなたマリコルヌとどういう関係?」
「え、いえ、私はただミス・ヴァリエールがいるかどうかを聞かれただけで」
彼の名前すら今初めて聞いたのだから、完全に彼とは赤の他人だ。
「なんだ、貴族と従者の禁断の関係かと期待していたのに」
不満そうにする彼女に呆れた気持ちを抱く。
相手は貴族様、そんなこと思ってはいても顔になんて出せはしない。
「でも、ルイズを探しているなんて、これはこれで期待しても良さそうね」
そう言ってほくそ笑む彼女に、私は抑えきれなかった息を一つ吐き出した。
「それで、私は失礼してもよろしいでしょうか?」
「あ、そうね。いいわよ。って、あなたルイズの従者じゃないの? ルイズの部屋から出てきたみたいだけど」
「いえ、私はミス・スカーレットの従者ですので」
仮契約ではあるけれど。
「あら、あの子の? それはまた気の毒な事ね」
心底気の毒そうな顔をする彼女に、私は何か一つ言い返してやろうかと考えて止めた。
ミス・スカーレットは吸血鬼で彼女に雇われた私は、端から見れば吸血鬼にご飯として買われた哀れな子羊でしかないのだから。
彼女はミス・スカーレットが吸血鬼と知っているのだから、当然抱く感想はそうだろう。
「お気遣い、ありがとうございます。私は大丈夫ですので、どうぞお気になさらず」
「そう? あなたがそう言うんならいいんだけど」
「あなた、血は吸われてない?」
「へぅ!?」
今度は別の声が背後から聞こえ、またもや素っ頓狂な声が漏れる。
そこには眼鏡を掛けたレミリアよりは少し背が高い程度の少女の姿。
少女は私を注意深く視線を巡らせる。
「血、吸われてない?」
「何、タバサ。何か気になるわけ?」
「吸血鬼は血を吸い殺した相手を操る」
それを聞いたミス・キュルケが口元を引き吊らせる。
二人ともあの決闘騒ぎの折り、ミス・ヴァリエールからミス・スカーレットが吸血鬼だという事を聞かされている。気にするのも当然のことだろう。
仕方なく私は襟元をはだけると、首元を見せる。
噂の通りであれば、吸血鬼は首元から血を吸い上げるからだ。そして、吸われた後には咬み付いた牙の痕跡が残ると言われている。
「痕は、無い」
それを確認して、ミス・タバサは安堵したように一つ息を吐いた。
「もうよろしいでしょうか?」
二人が頷いたのを確認して、襟元を閉じる。
「何かあったら、私に言って。手遅れになったら、最悪の事態もありうるから」
私にそう言葉を残し、ミス・タバサはミス・キュルケと共にその場を後にする。
その姿を見送って、私は現在の仮の主のことを思う。
レミリア・スカーレットは吸血鬼だ。彼女に雇われている以上、私は彼女に血を吸われる事もあるだろう。レミリア・スカーレットのメイドをするということは、それだけの危険があるということでもある。
それでも、私はあの小さな主のメイドでも構わないと思い始めている。
「どうしようかしら……」
呟いたところで、それに答えられる者はいなかった。
To be next?
いつも以上にアッサリめです。
モブキャラ回となります。以降の出番?あるといいですね。
三人ほどの視点で今回はお話を進めていく予定です。
次回はルイズに視点を移してのお話となります。
お読みいただきありがとうございます。