ゼロの使い魔~紅の吸血鬼~   作:青鉱

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その九 フーケ

 土くれのフーケ。

 巷でそう呼ばれる怪盗がいる。つまりは自身の事。

 貴族の館や商会に忍び込み、お宝を盗み出す。

 平民には絶対に手を出さず、黒い噂の絶えない貴族や商会主を相手にする事が常だった。

 時に土のゴーレムを使い大胆に正面から衛兵達を処理し、時に屋敷の壁を土くれに変え密かにお宝を盗み出した。

 そうした手口からいつしか付いた二つ名が『土くれ』。

 

「さて、いっちょお仕事始めるとしようか」

 

 宝物庫の壁を前に、魔法で作り上げられた巨大なゴーレムの肩に乗る。

 ゴーレムが固定化の施された壁に振り上げた拳を叩きつけた。

 耳を塞ぎたくなるほどの大音量が辺りに響く。

 叩きつけられた箇所からゴーレムの腕の砕けた砂が辺りに飛び散る。

 そして再度腕を引く時には既にその砕けた腕は再生している。

 腕の破壊と再生をただ繰り返す。

 一度、二度、三度。

 しかし、派手に飛び散る砂の先の壁には傷一つだって付きはしない。

 何とも頑丈な事だ。スクウェアクラスの施した固定化は伊達ではないということだろう。

 その様子に目深に被ったフードの下で苦笑する。

 

「そこまでよ! フーケ!」

 

 ゴーレムの足下から聞こえた声に、そちらへと視線を向けた。

 そこにいたのはこの学院の制服を着た少年少女の姿。数は四人。

 その手には各々杖が握られ、その先はこちらへと向けられていた。

 取るに足らない存在。学院の学生程度に十メイルを超えるゴーレムを相手に太刀打ちできるとはとても思えなかった。

 無視して作業を続ける。

 しかし、ゴーレムの腹の辺りで突如爆発が起きた。小さく抉られた腹部が修復されていく。

 再び視線を、下へと向けた。

 

「無視するんじゃないわよ!」

 

 杖を振り上げた少女が叫ぶ。

 再度爆発が起こり、その度にゴーレムが即座に修復されていく。

 その様子を見る限り大したダメージではない。警戒はしておくが、脅威となる様なものでもないだろう。

 と、そこへこちらに向けてファイアー・ボールが打ち込まれ、肩に袈裟懸けに差していた長剣を引き抜きざまに火球を切り払う。間髪入れずに横合いから不可視の空気の塊が襲い来る。

 なるほど、上手い連携だ。ファイアー・ボールを目眩ましに本命であるエア・ハンマーが相手を捉える。

 左手に持った長剣を盾代わりに構えた。

 衝撃に真横へと吹き飛ばされ、咄嗟にゴーレムの頭部の突起を掴む。

 盾にした長剣の御陰で特にダメージは無いが、面倒なことになったと舌を打つ。

 あの四人の集団の中に明らかに戦いに慣れた者がいる。

 対処できないレベルではないが、少々面倒なことには変わりない。

 

「どうする相棒。ここは逃げの一手が最前だと思うがね」

「だけど」

「余計な危険は避けるべきだと思うがね」

 

 傍らの相棒の言葉に一瞬だけ沈黙を返す。

 ちらりと見えた先、門の方から慌ただしく衛兵達が駆けてくるのが見えた。彼らがこの場に集まるのも時間の問題だろう。

 追撃の為か直上から打ち込まれたエア・ハンマーを切り払った所で、別の方角から土礫が一つ飛んできた。

 それを長剣で受ける。その衝撃で礫が砕けて中から出てきた物に一つ視線を送り、ほくそ笑む口元を抑えた。

 

「合図だ。撤収するぞ」

 

 ゴーレムが反転し、学院の林へと足を踏み入れる。

 一歩毎にボロボロとゴーレムの身体が崩れていく。そうして、ある程度高さが低くなったところで木を目掛けて飛び降りた。

 枝に掴まり衝撃を殺しながら地面に降り立ち、そのまま門を目指し駆ける。

 目論見通り、衛兵のいない門を開け外へと抜け出た。

 後は隠れ家の場所まで逃げるだけだ。

 

「こんばんは、そんなに急いで何処まで行くのかしら?」

「っ!?」

 

 突然聞こえた声に勢いよく振り向く。

 開け放たれた門に背を預けるようにして、少女が一人立っていた。

 レミリア・スカーレット。

 魔法も、碌に武器すら使わずドットとはいえメイジを完封してみせた実力者。

 一番遭いたくない者に遭ってしまった。

 

「どうして私がここにいるのか分からないかしら?」

 

 彼女の言葉に沈黙を返す。

 それに肩を竦めて、彼女は話を進める。

 

「答えは簡単。空の散歩に出ていたらあの巨大なゴーレムが現れて、あなたがあれの肩から飛び降りるのが見えたから」

 

 彼女が見た目相応の子供のように無邪気に笑う。

 

「あなたが今噂の土くれのフーケかしら?」

 

 沈黙。

 

「黙っていては詰まらないわ。一つ、得意の土の魔法でも見せてもらえないかしら」

「生憎と魔法は品切れ中でね」

「あら、ちゃんと喋れるのね」

「そりゃあ、口があるんだ喋れもするさ」

「確かにその通りね」

 

 何が楽しいのか、レミリアはクスクスと笑みを溢す。

 

「おい」

 

 小さく相棒へと声を掛ける。

 

「娘っ子の相手は俺がするから、相棒は声に合わせて口だけ動かしとけ」

 

 相棒もまた小さく返すと、目の前の少女へと言葉を投げた。

 

「なあ、ここは一つ取引といかないか」

「取引?」

「そうだ。お前さんの出す要求を俺が飲む。代わりにお前さんは俺を見逃す。どうだい?」

 

 思わず上げそうになった声を寸前で抑える。

 そんな馬鹿な取引があるか!

 やはり、相棒に任せずさっさと逃げるべきではなかったのか。

 そう考えていると、彼女は口を開いた。

 

「いいわ。その取引受けてあげるわ」

「それはありがたいね。で、そしたら要求は何だい?」

「つい最近、ちょっと腹の立つことがあったのよ。だから少々鬱憤を晴らしたいの。それに付き合ってくれたら、見逃してあげるわ」

 

 紅い瞳がこちらを見据える。

 ぞわりと全身が総毛立つ。

 レミリアは右手の指を一本立てた。

 

「一度だけ、私に傷を付けることが出来たら見逃してあげるわ。どうかしら、ミスタ」

 

 くそっ!

 胸中で悪態を吐く。

 やっぱり相棒の言葉に乗るのではなかった。

 

「いいぜ、一つお手柔らかに頼むとしようか」

 

 自身の背負った長剣を引き抜く。

 目の前の少女はドレスの端を摘み、優雅に礼をする。

 

「レミリア・スカーレット、吸血鬼よ。短い間だけど、よろしく」

 

 瞬間、レミリアの姿が消えた。

 距離にして凡そ六メイル。そこにいた彼女の姿が視界から瞬時に失せたのだ。

 完全に条件反射だった。感覚が捉えるより先に動いていた。

 しゃがんだ頭の上すれすれを細い腕が通過した。

 月光に輝く血のように紅い瞳と目が合う。

 一瞬驚いたように目を見開いて、それが笑みを形作る。

 本能に従う様に更にその場を飛び退く。

 首を切り落とすかと思うほどの鋭い蹴りが目の前を通過した。

 

「ふふふ、良いわね。今のをよく躱したわ。褒めてあげる」

 

 そのまま距離を取ると、追撃することなく彼女は楽しそうに笑う。

 冗談じゃない。

 今のも偶然避けられたに過ぎない。同じ事をしろと言われた所で到底出来ない。

 彼女は自身の事を吸血鬼と言った。オークやオーガを相手にするのとは訳が違う。そんな生易しい相手ではない。正真正銘の化け物だ。

 冷や汗が背中を伝う。

 

「さあ、私を楽しませてちょうだい、人間」

 

 今度は先にこちらから動いた。

 右手に持ち替えた長剣を下から切り上げ、それを左に一歩ずれることで避けたレミリアにそのまま長剣の重さを利用してサマーソルトの要領で蹴りを放つ。

 

「まるで曲芸ね」

 

 声が聞こえたと同時に背後から衝撃。

 勢いよく吹き飛ばされ、地面を転がる。

 どうにか受け身を取り体勢を立て直すと、既に目の前まで来ていたレミリアの拳が右脇に食い込んだ。

 骨の折れる音と感覚を内から響かせ、更に左に大きく吹き飛ばされる。

 幸い内蔵を傷つけることは無かったようで、強制的に肺の中の空気を吐き出させられ宙を舞いながら、霞む視界で捉えた彼女に向けて左の腰の後ろに装備していたスローイングナイフを一本咄嗟に投擲する。

 無理矢理攻撃を行ったため結果を見ること無く背中から地面へと叩きつけられた。

 響く痛みを奥歯を噛みしめ押さえ込んで剣を支えに立ち上がり、相手へと視線を向ける。

 

「今のは良い攻撃だったわ」

 

 右手で摘むようにして、レミリアは投げたスローイングナイフを手にしていた。

 

「おめでとう。約束通りあなたを見逃してあげるわ」

 

 そう言うと、少女は歩み寄りこちらにナイフを手渡した。

 

「右手で取ったのだけれど、油断したわ。取り損ねて少し傷を受けてしまった」

 

 そう満足そうに笑う彼女の右手には小さな切り傷が出来、そこから僅かに血が流れ出ている。

 けれど、それも一度手を閉じて開いた時には既に無くなっていた。

 

「もう少し遊んでいたかったけど、残念ね。もう直ぐ衛兵が戻ってくるわ。早く行きなさい。せっかく逃げる機会を得たのだからこんな所で捕まりたくなんて無いでしょう」

 

 その言葉に押されるようにふらふらと森へと足を向ける。

 

「次会ったら、今度は本気で相手をしてあげるわ。あなたにはそうするだけの資格がある。次会うことを楽しみにしているわ、フーケ」

 

 冗談じゃない。

 重い足取りで森に向かいながら、背中に投げかけられる声にサムズアップした指を下へと向けたのだった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 夢を見ていた。俗に言う明晰夢というやつだ。

 それは今から二年ほど前の出来事。そして、これまでの自身の生活が劇的に変わった二年でもあった。

 

『あなたは、誰ですか?』

 

 目の前に立つ少女が問いかける。

 彼女によって、俺はこの世界へと召喚された。

 目まぐるしく場面が移り変わる。

 彼女の使い魔となり、共に生活し、小さな村で様々な出会いと別れを経験した。

 

『姉さん、俺も手伝いたいんだ』

『足手まといはお断りだよ』

 

 姉さんの裏の仕事とその理由を知った俺の申し出を、彼女は初めは素気なく断った。

 俺をこんな世界に関わらせないようにするために、姉さんは断り続けた。

 けれど、俺は好きになった女の子の為に、堂々と日の下を歩けない彼女の為に少しでも力になりたい一心で剣を取った。

 オークやオーガといった化け者共と戦えるだけの力を何度も死の淵に立たされながら必死に身につけ、メイジ相手にも負けないだけの技も身につけたと自負している。

 現に、メイジである姉さん相手に勝ち星を一つもぎ取ってみせたのだから。

 全ては俺の愛しい恋人で、婚約者の為に。

 姉さんと共に村を出る時の、残してきた彼女の笑顔と共に夢は暗転した。

 

 

「おや、起きたかい?」

 

 聞こえた声に、咄嗟に横になっていたベッドから転がるように降りると、ベッドの脇に立て掛けていた長剣を手に取る。

 

「落ち着きな。私だよ」

 

 隠れ家の一つにしている六畳ほどの薄暗い小屋の中で掲げられたランタンの灯りが、被っていたフードを取った声の主を照らし出す。

 

「姉さん、驚かさないでくれよ」

 

 その姿を確認して息を吐き出して、俺は手にしていた長剣を下げた。

 

「驚かせて悪かったね。適当に食べられる物を学院から持ってきたから、食べられるようなら後で食べな」

 

 彼女が持っていたランタンをベッドの脇の小さな木製のテーブルの上に置くと、その横に置かれた小さな包みを照らし出す。

 

「どのくらい経った?」

「安心しな。まだ襲撃した夜だよ。しかし、打ち合わせていたこの隠れ家に来てみればあんたはボロボロでベッドに横になっている。とりあえずすぐさまヒーリングはかけておいたが、秘薬も無しのあたしの魔法じゃ何とか動ける程度が限界だからね。後はもう私が何とかするから今回はこの隠れ家で大人しくしていな」

「そういうわけには」

「まともに動けない奴を連れていても邪魔になるだけだ。何かあってみろ。私はあんたの遺品を持って行ってあの子に泣かれるのはごめんだからね」

 

 そう言って、姉さんは鼻を鳴らした。

 

「何もここで切り捨てようってんじゃないんだ。傷が完全に治るまでは休んでおきな」

「……わかったよ、姉さん」

「いい子だね」

 

 粗末な木製のベッドの縁に腰掛けた俺の頭に姉さんの手が伸びる。

 

「止めてくれよ。子供じゃないんだ」

「なんだ、照れてるのかい?」

 

 その手から逃れるようにベッドの隅に移動した俺に、彼女は楽しげに笑みを溢した。

 

「それで、あんたをそんなボロボロにしたのは一体何処のどいつだい?」

「レミリア・スカーレット。ヴァリエールの三女の使い魔だよ」

「ふん、あのお転婆の小娘かい」

「自身を吸血鬼と言っていたよ。碌に手も足も出なかった。確かに、あれは化け物だったよ」

「なるほど、オールド・オスマンから簡単に人間じゃないとは聞いていたけれど、あの小娘吸血鬼だったのかい」

 

 俺の言葉に姉さんは目を見張る。

 

「手を出すなんて止めてくれよ」

「もちろん分かっているとも。だけど、私の可愛い弟をこんなにしてくれたんだ。出来ればあの小生意気な顔に一発お見舞いするくらいはしたいね」

「これは俺がただ弱かっただけだ。今こうして生きているんだからそれでいい。ともかく、あれには気軽に手を出すべきじゃない」

「最悪の妖魔に手を出すような馬鹿はしないよ。極力交戦は避けるよ。約束する」

 

 それでも剣呑な輝きを損なわない瞳に、俺は息を一つ吐き出す。

 あれは生半可な相手じゃない。手を出せば多少の火傷程度では済まないだろう。

 俺だって、姉さんの遺品を村に持って帰るなんて真似はしたくない。

 

「俺も姉さんを失うなんて嫌だからな」

「なんだいそれは、私を口説いているつもりかい?」

「そんなわけ無いじゃないか。姉さん、それで肝心の目的の物は?」

「ちゃんと盗み出してきたよ」

 

 肩を竦めた彼女は、この小屋に一つだけの椅子に立て掛けてあった細長い包みを手に取り、巻かれていた布を取り去るとテーブルの上に置いた。

 

「それが『破壊の杖』だってのか?」

 

 その正体に俺は目を見開く。

 

「盗み出してきたのはいいが、使い方がさっぱり分からなくてね。なんだい、あんたは知っているのかい?」

「い、いや、俺も使い方は知らないんだ」

「知らないのかい。期待させるんじゃないよ」

 

 俺の様子に彼女は肩を落とす。

 

「だけど、それがどういうものなのかは知っている。それが破壊の杖だって? 確かにその通りだよ」

 

 それは名前の通り、確かに大きな破壊力を秘めているだろう。

 テーブルの上に置かれたそれの射線上からズレるように俺はベッドから立ち上がりその場から一歩離れた。

 

「それは、俺のいた世界の武器だよ」

 

 M72ロケットランチャー。

 ランタンに照らされた、戦車すら破壊しうる兵器の砲口がこちらへと向けられていた。

 

To be next?




フーケが一人だけだといつから錯覚していた?
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