後方支援者面で行けない0084   作:乾燥海藻類

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おまけ グリプス戦役なんてなかった

「あ~、暇ッスね、隊長……じゃなかった、班長」

「いい加減慣れろよ、おまえ」

 

班長と呼ばれた中年の男は、パソコンのキーボードを叩きながら小さく嘆息した。

ここはサナリィのオフィスだ。

サナリィは主に地球連邦政府への軍事支出や戦略、兵器の将来的展開等の助言を行う公的団体である。半官半民の企業であるため、元連邦軍人も多く在籍している。このふたりも元は連邦の軍人だった。

 

「例の事件でティターンズも死に体みたいですし、俺ら良い時に抜けられましたね」

「ま、そうだな」

 

ふたりは静かに先ごろの事件を思い起こした。それは30バンチ事件と呼ばれ、ティターンズの傲慢が頂点に達した事件とも言えた。

ティターンズは反連邦デモ鎮圧のために、当時使用が禁止されていた「G3ガス」と呼ばれる毒ガスをサイド1の30バンチコロニーに注入し、民間人1500万人を虐殺しようとしたのだ。

 

しかしそれは、意外な闖入者によって阻止された。たまたまその宙域を航行していたジオンの輸送艇がティターンズの作業を目撃してしまったのだ。ティターンズはこれを追い払おうとしたが、護衛を務めていた2機のゲルググが毒ガスの注入器を次々と破壊して回った。

さらに作戦指揮官であるバスク・オム大佐の座乗艦さえ撃沈してしまったのだ。

 

「すごかったッスよねぇ、俺らの機体(ジム・クゥエル)がメチャクチャ遅く感じましたもん」

「まあ、当事者じゃねえと信じられねぇよ、アレは」

 

ふたりは元ティターンズであり、その現場にいたのだ。だが自分たちが毒ガスを注入していたとは全く知らなかった。暴徒鎮圧のための催涙ガスだと知らされていたのだ。

その作業中、凄まじいスピードで接近する機体があった。その機体は正確な射撃で次々とガス注入器を撃ち抜いていき、ティターンズの精鋭部隊を手玉に取り、ついには旗艦をも沈めてしまった。

たった2機のMSに、作戦はズタズタにされたのだ。

 

「ガンダムでもいりゃあ、違ったんスかね」

「……どうかな」

 

ゾディアック計画で建造されたガンダム12機のうち、4機がティターンズに配備されていた。その頃はまだジャミトフが連邦軍内で権勢をふるっていたのだ。

だがその作戦にガンダムは参加していなかった。

 

「パイロットが間に合わなかったのかもしれんぞ」

「ニュータイプを造ってるって噂、本当なんスかね?」

「さてな。だがおまえも聞いたことがあるだろう。ムラサメの噂」

 

ムラサメ研究所ではニュータイプを造っている。兵たちの間で飛び交っていた噂だ。そして、ムラサメ研究所は(いわ)く付きの場所だった。

 

曰く、不法滞在者を捕まえて改造している。

曰く、人間の脳とコンピューターを直接接続している。

曰く、巨大なガンダムを建造している。

 

など、真偽不明で不穏な噂ばかりだ。

 

「それにガンダムが1機いたくらいで防げたとも思えん。それくらい、あのゲルググは普通じゃなかった」

「でもクランバトルじゃあ、ゲルググ3機を圧倒してたじゃないッスか」

「あれはおまえ、ウィリー少佐だからだろ。ガンダムに乗ったからって、みんながみんなあんな風に動かせるわけじゃねぇよ」

 

ゾディアック計画におけるパイロット選考に、男も参加していたのだ。その時に搭乗した試験用のガンダムの性能に、男は振り回されっぱなしだった。慣熟期間が少なかったという理由もあるが、条件はみな同じだったので文句も言えない。

 

「……そういえば、あのゲルググの機動、ウィリー少佐に似てたんスよね」

「はぁ? ジャブロー勤務のウィリー少佐が宇宙(そら)にいるわけねぇだろ。それにジオンの輸送艇の護衛をやる理由もねぇ。大方ジオンに少佐のファンでもいたんだろうよ」

 

ウィリー・ケンプの名は地球連邦軍の現代戦史教本にも載るほどで、その名を知らない連邦兵などいないほどの有名人だった。

またジオンの教本にもその名は記されており、戦後の士官学校卒業兵はおろか一年戦争を生き抜いたベテラン兵でさえも恐怖と焦りを感じさせるものであった。

だからこそ、その戦闘データが研究されていてもおかしくはない。

 

「それにしても、連邦軍がコロニーに毒ガス撒こうとして、それを阻止したのがジオンだってんだから、笑い話にもならねぇよな」

「でもそのおかげで、俺ら大量虐殺者にならずにすんだんじゃないッスか」

「まあそうだが」

 

苦虫を嚙み潰したように、男はこぼした。まるで彗星のように駆ける2機のMSは、こちらのライフルもバズーカも、マシンガンさえも全弾回避して見せた。

機体性能というよりは、パイロットの力量が違いすぎた。いちパイロットとしては、悔しくもある。

いや、正直に言えば悔しさなど超越していた。2機のゲルググがティターンズを翻弄している光景を目にした時、抱いたのは恐怖ではなく、憧憬でもなく、諦観だった。

 

一年戦争を生き抜いた自負はあった。隊を任されるくらいには出世もした。それでも、自分はあの領域には至れないとわかってしまった。あれは、究極の個だった。

僚機も連携も必要としない、ただ一人からなる軍勢(ワンマンアーミー)

2機のゲルググが本気でティターンズを潰すつもりなら、おそらく部隊は全滅していただろう。旗艦が轟沈するのを眺めながら、男は軍を辞めることを決意した。

 

「でもジャミトフのヤローも往生際が悪いッスよねぇ。自分は知らない、すべてはバスクの独断だった、なんて」

「そんなモン、旧世紀から使われてきた政治家の常套句じゃねーか。秘書が勝手にやりましたってやつだよ。死人に口なし。全部の責任をバスクにおっかぶせたのさ」

「そーかもしんないッスけど、なんか納得いかないッスよ」

 

そう言って口をとがらせる。

この事件が明るみに出て、ティターンズは急速に勢いを失った。ティターンズといえども、連邦軍内のいち組織にすぎない。支援者、出資者、支持者を失えば、組織はたやすく崩壊するのだ。

そしてこの事件をきっかけに反連邦運動は加速し、親ジオンのスペースノイドも増大した。

 

「あれでスペースノイドが勢いづいちゃって、なんかまた戦争が始まるんじゃないかってくらい盛り上がっちゃいましたけど……」

「ああ、アルテイシア大統領の演説がなけりゃ、実際そうなってた可能性もあるな」

「あれはシビれましたよねぇ。我々は戦争を望みませんって。俺あの演説見てファンになっちゃいましたよ」

「おまえは単に美人に弱いだけだろ、ったく」

 

茶化すように男は言った。

 

「……ワイアット大将が残党軍に暗殺されてから、ちょっとずつおかしくなったッスよね。ブレーキが壊れたみたいな」

「ホントに残党軍だったのかね」

「え?」

「んにゃ、なんでもね。それよりもよぉ、先週、軍から届いたジムⅡ、アレひどくねぇか?」

「あ~、やっぱ班長もそう思います?」

「カタログスペックはクゥエルとそんなに違わねぇのに、なんかトロくさいんだよな。OSの問題か?」

 

椅子の背もたれに体重を預け、男は腕組みしながらパソコンのモニターを睨みつけた。

 

「クゥエルを量産するんじゃダメだったんスかね?」

「コスト的な問題だろ。それにクゥエルはティターンズのイメージが強いからな。軍としては避けたかったんじゃねーかな」

「噂じゃあ、ジムⅡって初期型のジムを近代化改修した機体らしいッスよ」

「おまえってホント噂好きだな。初期型って、一年戦争時のやつか? 勘弁してほしいぜ」

「まあいいじゃないッスか。これで実戦するわけでもないんですし」

 

サナリィの仕事のひとつに、連邦軍から受領した機体の稼働データを収集・解析するというものがある。そのデータから新たな機体を開発したりもする。

 

「だがこんな機体のデータを集めたところで役に立つとは思えんぞ。というか、これを主力の量産機にするとか、軍は本気で考えてるのか?」

「やっぱり金がないんじゃないッスかね。ほら、こないだガンダムを12機も造ったから」

「こないだっつっても結構前だろ。そういえばティターンズがかなり予算持っていってたとか聞いたことあるな。財政は火の車なのかもしれん」

「確かにアレキサンドリアとかガルダとか、金かかってそうッスよね。あれ1隻建造するのにどれくらいかかるんスかね?」

「さあな。まあ俺たちには一生縁のない金額なのは確かだろうよ」

 

そう言って、男は苦笑した。

とそこで、終業を告げるベルが鳴り響いた。

 

「今日もつつがなく終了、と。残業がないのはいいことッスね」

「おう。報告書は、まあこんな感じでいいだろ。んじゃ、帰るとするか」

 

ふたりは大きく伸びをして、オフィスをあとにした。

 

 

 





それではみなさま、良いお年を。
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