練習試合の相手として、ニ戸川中サッカー部がやってきた。
「どぎゃんもこぎゃんもなか。頼んどくよ。」
かなり聞き慣れない訛りだ。
「みんな、公式戦の前のウォーミングアップとしていい機会だ。試合の空気に慣れて欲しい。」
笹波は浮き足立つ南雲原サッカー部のみんなに告げた。
…そういえば、試合をするのは私も久しぶりになる。真面目にやっていれば負けることはないが、しばらく眠っていた身体を起こすにはちょうどいい。
この試合、笹波は特に指示を出していない。自由にやっていいとのことだ。
本当に慣らしとしての試合だからだろう…後は、初心者組にサッカーの楽しさを知って貰うくらいか。
先行は相手チーム…パスを回しながら前線を上げてきた。恐らく偶然だろうが、初心者がいるサイドから攻めてきている。
私はセンターバックとして、常に最終ラインの位置どりを取る。
古道飼が抜かれた先に回り込み、私は相手のフォワードと対面した。
一見、目線と手振りで左からドリブルで抜こうとしているようには見える。
しかし…本当の狙いは右へのパスだ。
(残念だったね…私にフェイクは通用しない。)
予測通りに行われた相手のパスをそのままインターセプトした。
「木曽路!」
すぐにパスを送り、乱れた自陣のデフェンスラインを整える。悪いとは思うが彼ら相手に必殺技を使うまでもなかった。
(きっと全国へ上がるまでは似たようなことが続くのだろうな…)
私が奪って、極力みんなにボールを触れる機会を与えることを意識して味方に繋げる。その繰り返しをしていくうちに桜咲先輩が2得点を挙げて私たちは初の練習試合を勝利で迎えた。
「久しぶりの試合、結構楽しめたぜ。」
「そうですね!」
「僕も楽しかった…」
喜ぶ面々をよそに、雲明は涼野千頼のプレーに驚愕した。
「すごい…彼のディフェンス技術は完璧だ。
細身に見えるが強靭でしなやかな筋肉、駆け引きの上手さ、相手が嫌がるハンドワーク、100%の予測能力…下手したら世界にだって通用する。その上、目立たないが足元の技術やパスの精度も文句のつけようが無い。」
そして、本人に使うつもりはないらしいが隠しきれていない左足のキック力。まさにパーフェクトプレイヤーと言わざるを得ない。
それなのにどうして……
ーーシュートはもう撃てない。ーー
「涼野君は過去に何があったんだろうか…」
練習試合を終えた帰り道、人の居ない空き地でボールを転がす。
「楽しかった…」
試合が終わった後、みんなは笑顔だったし、その心は綺麗な色をしていた。
それは私が好きな景色。
とても居心地が良かった。
私がシュートを撃たなければきっとこの光景は続くはず。
ディフェンダーの道を選んで正解なんだ。
「……」
しかし、どこかもやもやとした気分もあった。
さっさと家に帰って休養を取らなければいけないはずなのに、こんな場所でボールを蹴っているのがその証拠だ。
「帰ろう…」
暗くなってボールが見辛くなったのを境にその場を後にする。
自宅の玄関に手を伸ばし、ふと冷蔵庫に食料がなかったことを思い出す。しかし、今から買い物に行くのは億劫だった。もう実家から送られてきた米だけでいいかと諦めドアを開ける。
「…電気がついている?」
出る時消し忘れたかと一瞬考えたが、自分の物ではない靴もあるので否定する。
不審者というにはきちんと揃えられていることに違和感を感じた。
「おう、帰ったか。」
訝しんでいたところに声をかけられる。
よかった、知っている声だ。
キッチンを覗くとエプロンを纏い鍋を作っている赤髪のおじさん、南雲晴矢がいた。
「うん、来るなら連絡してよ…驚いたじゃないか。」
「まあそう言うなよ!冷蔵庫が空だったから適当に色々買って詰め込んどいたぜ。腹減ったろ?もうすぐできるぜ!」
さすがに試合があった日に米だけで済ませれるわけもなく、どうせ後でコンビニに行く羽目になっていただろうことはわかっていたので、大変ありがたかった。
「晴矢さん、すごく忙しいはずなのにわざわざありがとう。」
そう、ほんとは吉良コーポレーション九州支部長であるこの人はすこぶる忙しいのだ。
「いいってことよ。またお前がサッカー始めたって聞いて嬉しくて飛んできちまったぜ。」
かちり、と鍋の火を止めた。さあ食うぞとリビングのテーブルに鍋敷きを置き、鍋を持ってくる。美味しそうな匂いに釣られ鍋を覗いてみた。豚肉と白菜がたくさん入ったキムチ鍋だ。これは疲労した肉体に効く。
いただきます、と2人で手を合わせ鍋をつつく。
「で、どうだった?久しぶりの試合は…」
内容をかいつまんで楽しかったことを告げる。聞いてる彼はとても嬉しそうだった。幼い頃は晴矢さんを含め義父さん達、お日さま園出身の人たちからサッカーを教えてもらっていた。きっとこの2年、とても心配をかけていたのだろう。
最後に、私はもうシュートは撃たない、撃てないことも話した。
最後まで、優しい顔で、真剣に聞いてくれた。
「それでも、お前がまた楽しそうにサッカーをしてくれていることが俺たちは嬉しいんだよ。」
そして、私の頭を大雑把に、くしゃくしゃに撫でた。
食べ終わった鍋を下げ、洗い物まで済ませてくれてから彼は帰った。
「そういえば…公式戦もう決まってるらしいけど、どこが相手か聞いてなかったな。」
翌朝、クラスで笹波と木曽路から聞いたところによると西ノ宮中が相手だと判明した。どうやら名門というわけではなさそうだ。
ちなみに負けたらうちは生徒会長との契約によって廃部らしい…ないと思うが。
授業中にノートを取るフリして何やらフォーメーションやら作戦やら考えてる笹波や練習で疲れてるのか船を漕ぐ木曽路を横目に真面目に授業を受ける。あとでノートを貸してやる必要がありそうだからね。
試合まで残り5日。
基礎練とは別に初心者なDF陣に色々教えたりしながら、木曽路と柳生先輩にロングパスの練習に付き合ってもらう。FW陣は笹波に連れてかれて特別な特訓をしている。次の試合ではなく、その次の試合を見据えているらしい。
手を挙げて、合図を送る。
助走は一歩だけ。
軸足をしっかり踏み、
ボールの重心に撃つ足をミートさせる。
コントロール重視で放たれたそれは、私が立つペナルティエリアからセンターラインに立つ木曽路の頭上をすぎ、反対のゴール前の柳生先輩の足元に届く…ことはなく枠外の方へ逸れていった。
「しまった…すいませーん!柳生せんぱーい!」
「気にすんなー!続けるぞー!」
「ありゃりゃ…さすがに千頼といえどこの距離じゃミスるか…」
中継地点の木曽路を通して私にボールが返ってくる。
思えば…こうしてロングパスの練習はあまりしたことがなかった。過去の私はストライカーとして、一人で完結していたからだ。
最初のパスを基準に、少しづつ誤差を修正していく。10本もしないうちに、相手の足元まで完璧に届けれるようになった。
「付き合ってくれてありがとうございます。木曽路、柳生先輩。」
「いいってことよ…にしてもすげえなぁ千頼は。」
「機械みたいに正確すぎてビビるぜほんと…よし!今度は俺に付き合え!1on1だ!」
「いいですよ、やりましょうか。」
「あ!俺も俺も!」
二人とも、サッカーを全力で楽しんでいる。それがわかると、自然に私も楽しくなってきた。
やはり誰かとやるサッカーは最高だ。
この五日間の部活動…それはもう充実した毎日だった。
試合当日、スタジアムに入る直前で笹波は立ち止まる。
「円堂…ハル…?」
桜咲先輩がその呟きを聞き逃さなかった。
「あん?円堂ってあの王者雷門の?なんでこんなところにいやがんだ?」
今すれ違った二人。
偵察…にしてはわざわざ観客席にいけばいいはず。それなのにフィールドの下見?
(ああ…そういう…)
「…笹波。」
呼びかけるとうん、と一言返した。どうやら彼も気付いたらしい。
控室で最後の作戦会議が行われる。
「今からいうことを絶対守ってください…
この試合、前半は攻めること、それと必殺技の使用を禁止します。」
その衝撃的な作戦にええ!?と私を除いたチーム全体が驚きの声を上げた。
「円堂ハルに月影蓮。いくら私といえど2人まとめてはしんどいかな。」
「まさか、その2人が出んのか!?」
先輩達の驚きが止まらない。
「提携校だと使える特殊ルールだそうです。」
「それはわかったが、かといってどういう意図だこの作戦は?これだと前半の間、点を入れられ放題だぞ?」
桜咲先輩は冷静さを取り戻し意図を尋ねた。
しかし、笹波は曖昧に答える。
「それだけが唯一の勝ち筋だからです。」
ある程度コントロールしてもらいますが、と最後に一言付け足して私の方を見る。
意図を理解している私はただ肩をすくめた。
ヴィクロの世界編早くでないかな…?
豪炎寺の子供が気になりすぎる。
てか普通にアニメ化して欲しい。