ネッ友(自称行き遅れ)の「結婚してくださいよ~」にOKしてみた翌朝、玄関に綺麗なお姉さんがいた   作:古野ジョン

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おもしれーお姉さんが書きたかったんです


本編
第1話 遥かネットの向こうから


 大学に入ってから三度目の冬がやってきた。この週末が終わればいよいよ十二月。窓の外を見れば、暗い空に雪がちらつく。すきま風吹き込むボロアパートに住んでいる身としては、厳しい季節だ。

 

「……くしゅんっ」

 

 鼻をこすりながら、ノートパソコンのキーボードを叩く。電熱線特有のじんわりとした温かさを感じつつ、湯呑を手にとってお茶を飲んだ。このこたつも長年の相棒って感じだな。

 

『じゃあっ、日付も変わりそうなのでこの辺で抜けます~』

『おやすみなさ~い!』

 

 ヘッドセットから別れの挨拶が聞こえてくる。ネッ友のボイスチャットをBGMにして作業していたら、いつの間にか遅い時間になっていたみたいだ。俺ももう少しで――

 

『ひゅーがさんっ』

「うわっ!?」

 

 急に自分のアカウント名――ひゅーが――を呼ばれたので、素っ頓狂な声を出してしまった。思わず湯呑を倒しそうになったけど、なんとか堪える。

 

『わっ、びっくりさせちゃいました?』

 

 ざわめく心が一瞬にして落ち着くような、穏やかで優しい声。その主は綾音(あやね)さん。よく会話する友人の一人だ。

 

「いえっ、大丈夫です。自分がぼーっとしていただけなので」

『疲れてるんじゃないですか? 最近眠れてます?』

「お気になさらず! ちょっと大学のレポートが立て込んでるだけなんで」

『学生さんも大変ですね~』

 

 大人のお姉さんといった声色で、ついつい癒されてしまう。綾音さんはどんな時でも物腰が柔らかく、こちらを気遣ってくれる。

 

「ところで、さっき呼びました?」

『えーと、他の人がみんな抜けちゃったから、話しかけたくなっちゃったんです。作業の邪魔しちゃいました?』

「大丈夫ですよ。綾音さんの方こそ、遅くまで大丈夫ですか?」

『私も作業が終わってないんです。せっかくなので、ひゅーがさんにお付き合いしますよっ』

「あはは、ありがとうございます」

 

 他の友人たちは日付が変わる前に寝てしまうことが多く、この時間になるとしばしば綾音さんと二人きりになる。なので、ネット上の友達の中では綾音さんと話す機会が一番多い。

 

『ひゅーがさんは東北でしたよね。寒くないですか?』

「もう、こたつから抜け出せないですよ」

『そのまま寝ちゃって、風邪なんかひかないでくださいねっ』

「大丈夫ですって」

『ひゅーがさんは一人暮らしなんですから。ひゅーがさんとお話しできなくなったら嫌だなーって、心配してるんですからねっ?』

「あ、ありがとうございます……」

 

 声しか聞こえていないのに、まるで頭を撫でられているような気がした。会ったこともないのに、不思議と心を許してしまう。キャンパスでの人間関係が希薄な自分にとって、綾音さんとの時間は貴重な楽しみだった。

 

 誰に対しても優しいうえに、いつも面白い話をしてくれて、心安らぐような綺麗な声をしている。綾音さんは本当に素敵な人で、何一つ欠点がない……なんて、言えればよかったのだけど。

 

『ところで、ひゅーがさん』

「はい?」

『今日のお昼、悲しい出来事があったんです』

「はあ……」

『あんまりに悲しくて。でも、こんなことひゅーがさんにしか言えなくて……』

「で、なんですか?」

『それが……』

 

 綾音さんの声が、少し低くなった。まるで病気にでも罹ったかのような、深刻そうな声色。本来なら心配するところだけど、俺は敢えて何も言わない。だって、どうせいつもの――

 

『また同級生が結婚したんですっ!!!!』

「悲しいどころかめでたい出来事じゃないですかっ!?」

『これでまた置いて行かれましたっ!! あんまりに酷いと思いませんかっ!!?』

「だからどこが悲しい出来事なんですか!!?」

『人生で一番悲しい瞬間ですよっ!?』

「これ先週も聞きましたけど!?」

 

 やっぱりそうだった! いつもは落ち着いた大人の女性という感じなのに……結婚の話になった途端、綾音さんのテンションは異様に乱高下してしまう。

 

『もう私はダメですっ!! この年で彼氏もいないのにっ、ましてや結婚だなんて……』

「おっ、落ち着いてくださいってば。今どき、若くないと結婚出来ないってことは――」

『女はクリスマスケーキなんですよっ!?』

「令和のコンプライアンスを貫通しないでいただけますか!?」

『まあ、私はピチピチの十六歳なんで大丈夫ですけどっ』

「えっ、この間ウイスキー工場で試飲しまくったって――」

『うるさいっ! 女性の年齢を当てようとしないっ!』

「は、はあ……」

『あ~もうっ、どうせ私は行き遅れですよう……』

 

 ヘッドセットの向こうから嘆きの声が聞こえてくる。正直、自分は結婚というものがよく分からないので、どうして綾音さんがここまで固執しているのかは分からない。でもっ、悲しんでいるなら励まさないと。

 

「大丈夫ですよ。綾音さんみたいに素敵な方なら、きっと良い出会いがあります」

『み~んなそう言うんです。……そうっ! みんなそう言うんですよっ!!』

「えっ!?」

 

 なに!? なんか変なスイッチ押しちゃった!?

 

『良い人がいるとか、そのうち運命の人に会うとか、みんな無責任にそう言うんですっ!』

「無責任だなんて、そんな――」

『素敵な方だと思ってくれているならお嫁に貰ってくれればいいのにっ!! 誰も貰ってくれないんですよっ!?』

「それは、その……」

 

 そりゃ、このテンションで来られて結婚しようなんて思う人はいないですって……とは、流石に言えなかった。何より、下手なことを言えば――

 

『だったら! ひゅーがさんはお嫁に貰ってくれるんですかっ!?』

「え~っ、とお……」

 

 やっぱりこっちに来た! たしかに綾音さんは素敵な女性だと思うけど、流石に本名すら知らない相手と結婚するのは無理だって! そもそもこっちはまだ学生だし!

 

「あ、綾音さんはとても理想的な女性だと思いますけど」

『だったら結婚してくださいよ!?』

「そっ、そうじゃなくて! えっと……」

 

 一度スイッチの入った綾音さんを宥めるのは大変だけど、ここは現実的に無理だということを分かってもらうしかない。結婚なんて、俺は全く考えていないんだし。

 

「じ、自分はまだ学生です。収入もないですし……」

『私、ちゃんと働いてますよ? 二人分の生活費くらいだったら余裕ですけどっ』

「だったら尚更無理じゃないですか。僕はずっと地元に残るつもりですし、綾音さんが職場を辞めないと――」

『私のお仕事、在宅で出来るので! 全国どこでも問題なしですっ』

「そ、そうなんですね……」

『はいっ! 喜んでひゅーがさんのところにお嫁に行きますよ?』

 

 説得するつもりが、むしろどんどん条件が揃ってしまう……。ここは多少強引な条件を出してでも諦めてもらわないと。かぐや姫と同じだな。

 

「くっ、車なんか持ってないと移動が不便ですよね~?」

『田舎に住んでるので、もちろん車は持ってますよ?』

「そっ、そうだなあ~! 結婚するなら、貯金が一千万円くらいある人じゃないと不安ですよねえ~!」

『私っ、資産運用とか得意なので。現金化すればそれ以上ありますっ』

「ええっ!?」

『ひゅーがさんっ、往生際が悪いですよ~?』

 

 これが成人女性の余裕というものなのか……。いやいやっ、冷静に考えるんだ。素性の知れない相手と結婚するなんてどうかしてる!

 

「わっ、分かりました。じゃあ、こうしましょう」

『なんですか?』

 

 俺は柱に掛けてある時計に目をやった。もう日付が変わって、今日は日曜日。

 

「そう仰るなら、朝までに僕の家にお嫁に来てください。そうしたら考えます」

『えっ? 本当にいいんですか?』

「ただし、来られなければこの話は無しです。いいですか、朝までに僕の家に来るんですよ」

『でも、ひゅーがさんの住所なんか知らな――』

「じゃあっ、今日はこれで抜けますっ! おやすみなさいっ!」

 

 そんな捨て台詞を残して、俺はボイスチャットを切断した。ふー、やれやれ。こう言っておけば諦めてくれるだろう。お互いの本名すら知らないのに、あと七~八時間で俺の家に来るなんて無理に決まっているからな。

 

 ああ、眠くなってきた。綾音さんの言う通り、ちゃんと布団を敷いて寝るとするか。あの人には悪いけど……やっぱり、まだ結婚なんて考えられないもんな。

 

「ふああ……」

 

 あくびを手で抑えながら、寝る準備を始めた俺であった……。

 

***

 

「……ん?」

 

 朝八時、布団に入って熟睡していたところ……呼び鈴の音で起こされた。暖かい布団の中からなかなか抜け出せずにいたけど、仕方なく這い出る。

 

「誰だ、こんな朝から」

 

 文句を言いながら、玄関に向かって歩いていく。床材が軋んでギシギシと音が鳴り、足からひんやりとした感覚が伝わってくる。

 

 こんなボロアパートなんかに、いったい誰が何の用だろう。首をかしげつつ、玄関の扉を開ける。

 

「はい、どなた――」

 

 そこに立っていたのは――白いコートを羽織った一人の女性。芸能人かと見紛うほど綺麗な顔立ちで、思わずドキっとしてしまう。体格は小柄で、たぶん身長は160センチもない。

 

「えっ……?」

 

 驚いて声を発すると、女性はニッコリとほほ笑んだ。眩しいくらいの笑顔に、つい気圧されてしまう。なんだ? いったいなんなんだ?

 

「えっと、なんのご用で――」

「私が誰だか、分かりますか?」

「!」

 

 その声を聞いて、鳥肌が立つような思いだった。目の前であざとく首をかしげる女性。まさか、この人――

 

()()()()()、綾音と申しますっ!」

「えっ、ええっ!?」

「サイン、いただけますかっ!」

 

 そう言って、女性は一枚の紙きれを差し出す。そこに記されていたのは、「婚姻届」の三文字であった――

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