ネッ友(自称行き遅れ)の「結婚してくださいよ~」にOKしてみた翌朝、玄関に綺麗なお姉さんがいた   作:古野ジョン

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第14話 音読プレイ

 俺は件の本を購入した後、大急ぎで家に帰った。綾音さんが帰宅したときに俺がいないとなると、なんだか勘繰られてしまいそうな気がしたのだ。

 

「ただいま帰りました~」

「はい、おかえりなさい」

 

 こたつに入って本を読んでいると、玄関から扉の開く音がした。居間に入ってきた綾音さんの表情はいつも通りで、まさかさっきまで尾行されていたとは露ほども思っていなさそうだ。

 

「あれ?」

「ん、どうしました?」

「いえ、ひゅーがさんが珍しく本を読まれているので」

「意外と好きなんですよ。これは最近買った本でして」

「へえー……」

 

 最近、というかほんの数十分前だが。ブックカバーをかけているから、何の本かはバレていないようだ。よしよし。

 

「あっ、そうだ!」

「どうしましたか?」

「さっき良いことがあったんですよ~!」

 

 綾音さんは上着を脱ぎながら、ぱあっと表情を明るくした。るんるんと弾むような足取りで、こたつを挟んで俺の向かい側の方に歩いていく。

 

「宝くじでも当たりましたか」

「いえっ、そうじゃなくて! 実はですねっ、さっき街中に出掛けたんですけどっ!」

「ほう」

「外国人の方に道案内したら、『プリティースチューデントガール』って言われたんですよ~っ!」

「ぷっ!?」

 

 やばいっ、思わず吹き出してしまった。一部始終を見ていたものだから、ついつい笑ってしまう。いやでも、変に怪しまれるわけにもいかないし、なんとか堪えないと……!

 

「こらっ! 笑うなっ!!」

「いえっ、そのっ……別にっ、綾音さんがプリティーじゃないとかそういうことでは……!」

「も~まったく! 少しはあの外国人さんを見習ってくださいっ! ひゅーがさんもプリティーとかセクスィーとかマリーミーとか言ってくださいよ~!」

「っ……! ぷっ……ふふっ……!」

「そっ、そんなにおかしいですかっ!! なんとか言ってくださいよ~っ!」

「そのっ……それで、道案内はうまくいったんですかっ……?」

「えっ? そりゃもうっ! 私のぱーふぇくとないんぐりっしゅで問題なしですっ!」

 

 もももも、問題なしっ!? それは見栄を張りすぎじゃないか!?

 

「ぶっはっはっはっは!! そっ、そうなんですか……!」

「なっ、なんで笑うの~~っ!!」

 

 一所懸命に道案内していた綾音さんを笑う気はない。一ミリもないのだけど……「ぷりふぇくちゃーばたふらい」だけはどうやっても笑ってしまう! もう、思い出すだけで笑いが止まらない……!

 

「そっ、そんなにプリティーがおかしいんですかっ!?」

「いえっ、そのっ……」

 

 なんとか誤魔化そうと思い、不満そうに頬を膨らませる綾音さんから目をそらす。本屋の後に寄り道をしたのか、綾音さんの手元に別の店の紙袋があることに気がついた。そこにあしらわれていたのは……よりによって蝶の模様っ!

 

「ぶわっはっはっはっはっ! ちょっ、勘弁してくださいって……!」」

「ひゅ、ひゅーがさん……!?」

 

 あまりに大笑いしているせいか、綾音さんが心配し始めてしまった。俺はというと、ただただ腹筋が痛くなるまで笑い続けたのだった……。

 

***

 

「……」

「……」

 

 その後、綾音さんは再びパソコン作業に戻り、俺も黙々と本を読んでいた。ミステリーなんて久しぶりに読んだけど、なかなか面白い。もし本当に綾音さんがこれを書いているとすれば、今すぐサインを貰いたいくらいだ。……確かめてみるか。

 

「綾音さん、さっきも聞いたことなんですけど」

「なんですか?」

「本当にミステリー作家じゃないんですよね?」

「ちっ、違いますってば! さっきも言ったじゃないですか~!」

「そうですか……」

 

 丸眼鏡をかけた綾音さんが顔を上げ、慌てたように両手を横に振った。やっぱり否定するんだなあ。ちょっと意地悪だけど、ここはあの手でいくか。

 

「『探偵さんは事務所の机に腰かけ、タバコをくゆらせた。耽美な雰囲気に、私の心は捕らわれてしまう』」

「へっ!?」

 

 本文中のある一節を読み上げた途端、綾音さんが飛び上がるように驚いた。どうして綾音さんが職業を隠したがるのか。恐らく……この辺りの部分にその理由が詰まっているのだろう。

 

「どうしたんですか?」

「そっ、その本っ……!」

「買った本を音読しているだけですよ。どうかしましたか?」

「べっ、別になんでもないですけどっ……!」

 

 綾音さんはいつになく頬を真っ赤に染めて、わなわなと震え出す。……やっぱり、これがこの人の書いた本なんだろうな。それが分かれば十分な気もするけど、ついつい綾音さんの可愛い反応を見たくなってしまい――さらに意地悪してしまう。

 

「『俺の推理力でも解けない謎は……お前さんの心だけだよ』」

「なっ、なんでそこ読み上げるんですか!?」

「いえ、別に。助手として就職した女性主人公とダンディで頭脳明晰な探偵とのラブストーリーが好評を博している袖崎綾音先生の新作の本文を読み上げているだけですけど」

「わ、分かってるでしょ!? もう分かってますよね!?」

「『わっ、私なんか……こんな器量もない私より、もっとあなたには良い相手が』『真実は一つ、お前さんも一人だけ。違うか?』」

「やっ、やめてってば~~! だからバレたくなかったのに~~!」

「この探偵、めちゃくちゃカッコいいじゃないですか。しかもすごく面白いのに」

「ふぉっ、フォローになってないっ!」

 

 大きな声で叫びながら、なんとか俺の手から本を奪い取ろうとしてくる綾音さん。それをかわしながら、俺はさらに本文を読み上げていく。

 

「『たっ、探偵さん! 私っ、まだ初めてで――』」

「わーっ! そこから先はだめっ! 絶対だめっ!」

「全年齢レーベルでもここまで書けるんですね。意外です」

「わっ、私はミステリー作家じゃないからそんなこと聞かれても分かりませんけどっ!?」

「じゃあ続きを」

「やめてっ! 絶対だめっ! だめなんだから~~っ!」

 

 必死の表情で恥じらう綾音さんは、どんな女性よりもプリティーに見えた。袖崎綾音、出版業界の最前線を走る大人気ミステリー作家。その人が、自分の家のこたつに入っているとは……まったく信じられないことだなあと思った俺であった。

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