ネッ友(自称行き遅れ)の「結婚してくださいよ~」にOKしてみた翌朝、玄関に綺麗なお姉さんがいた   作:古野ジョン

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第21話 雪上ファイナンス

 リフトが動き出したことで、ゲレンデも本格的に賑わってきた。晴れ間がのぞき、少しずつ気温も高くなり――それに比例して、綾音さんのテンションもさらに昂っていく。

 

「ひゅーがさんっ、行きますよっ!」

「まっ、またですかっ!?」

 

 コースの端に止まって休んでいたのに、綾音さんがストックをついて滑り出してしまった。俺は慌ててゴーグルを下げて、一目散に後を追う。

 

「はえ~よ、綾音さん……」

 

 ……が、同じスピードを出せるわけもなく。綾音さんが華麗に細かいターンを決めていくのに対して、俺はボーゲンでのろのろとコースを大回りしている。ふと見渡すと、綾音さんは既に下の方に着いているようだった。

 

「ん?」

 

 遠くてよく分からないけど、綾音さんが何かをメモしているように見える。スキー場に来てまで何をしているんだろう? まさか試験勉強でもないだろうし、こんな隙間時間にどうして――

 

「うおおおおおっ!!?」

 

 綾音さんに気をとられているうちに、板同士が重なってしまった。気づいた時には坂をゴロゴロと転がっており、なんとも情けない恰好で滑り落ちていったのであった……。

 

***

 

「雪だるまにならなくて良かったですねっ!」

「綾音さんが速すぎるからじゃないですか……」

 

 雪まみれになりながらどうにか合流すると、待ち受けていた綾音さんにけらけらと笑われてしまった。空はこんなに青いのに、どうして俺はこんな真っ白に……。

 

「大丈夫ですっ、今度はちゃーんと滑り方から教えてあげますからっ!」

「頼みますよ、ほんとに」

「ごめんねっ、久しぶりだから楽しくなっちゃって……」

 

 なんて言いつつ、綾音さんはポケットからメモ帳と鉛筆を取り出した。ページをぱらぱらとめくり、何かを書き始める。さっき上から見ていたのと同じだ。

 

「あの、綾音さん」

「何ですか?」

 

 綾音さんはメモ帳に視線を落としたまま答えた。普段パソコンに向かっているときと同じで、やっぱり書き物をする時はかなり集中しているんだろうな。

 

「さっきから何をメモしているんですか?」

「ああ、これですか? 小説のネタですよ」

「ネタ?」

「はいっ! スキーついでに、何かお話に使えそうなものがないか書き留めておこうかなって」

 

 リフトに乗ったときにトリックがどうこうという話をしたけど、あながち冗談でもなかったのか。それにしても、こんな寒いところで手袋を外してまでメモをとるなんて……凄まじいプロ意識というか。

 

「綾音さんって、本当に作家さんなんですね」

「えっ?」

「こんな遊びの時まで仕事のことを考えてるとか、自分だったらあり得ないなって」

「あはは、そう見えますかっ?」

 

 綾音さんはペンを走らせつつ、目を細めた。この人は……本当に綺麗だ。何をしていても様になる。サングラスを頭にかけて、かじかむ手でメモをしているだけなのに……なんだか見惚れてしまいそうだ。これがゲレンデマジックか――

 

「それにねっ、ひゅーがさん?」

「は、はいっ?」

 

 ぽーっと見つめていたら、不意に声を掛けられてしまった。慌てて応じると、綾音さんが俺の耳元に顔を寄せてくる。

 

「あっ、綾音さん!?」

「あまり大きい声じゃ言えないんですけど……」

「なんですか……?」

 

 まるで自分の秘密を打ち明けるような声色に、ついつい胸が高鳴ってしまう。いったい何を言われるんだ――

 

「こうするとねっ、今日のリフト代とかみーんな経費に計上出来るかなって!」

「……へっ?」

 

 何の話? 経費?

 

「作家にとって確定申告は敵ですからっ! 何事も仕事に繋げないとっ!」

「つまり、今日のスキーは……」

「税金対策でもあるわけですっ! だからもちろん全部奢りですよっ?」

「そっ、そうなんですね……」

 

 どや顔で胸を張る綾音さん。……なるほど。つまり、今日のスキーを「小説を書くためのネタ出し」と言い張ればスキー費用を経費に計上することが出来ると。たしかに、作家って個人事業主だもんなあ……。

 

「いいですかっ! 働きだしたらちゃーんと税金のことは勉強するんですよ!?」

「は、はあ」

「やっぱり学生のうちにファイナンシャルプランナーとか、あるいは簿記とか……」

 

 延々と続くお金の話に、思わず耳を塞ぎたくなる。俺を惑わしていたはずのゲレンデマジックが、あっという間に解けていった瞬間であった……。

 

***

 

 水で手を洗いながら、鏡を見て自分の身なりを整える。ロッジまで滑り降りたついでに、俺はトイレを済ませることにしたのだ。

 

「似合ってねえな」

 

 帽子にスキー用のゴーグルをまとった自分の姿は、なんだか奇妙に見えた。まるでスキーウエアに着られているような雰囲気。初心者だし、こんなものかな。

 

「こんな奴の何がいいのかなあ……」

 

 誰もいないトイレの洗い場で、ひとりごちる。綾音さんはどうしてこんな冴えない男をスキーにまで連れてきてくれるんだろうか。あんな綺麗な人だったら、他に良い相手はいくらでもいそうなものだけど。……っと、外で待たせてるんだったな。

 

 ハンドドライヤーで手を乾かし、トイレを後にする。さっさと戻らないと。あんまり待たせすぎると一人で勝手に滑りに行ってしまいそうだしな。下手すると今ごろリフトに乗ってるかもしれない。

 

 ロッジの中を歩いていき、出口にやってきた。自動ドアが開いて、お天道様が照らすゲレンデに再び足を踏み入れる。えーっと、綾音さんはどこかな。おっ、ちゃんと待ってる。

 

「……あれ?」

 

 遠くに見える綾音さんに、話しかけている者が数名。……なんだかデジャヴだな。本屋まで尾行した時もこんなことがあった気がする。今度こそ本当にナンパじゃないだろうな。

 

 一緒にいる人間は……背も高いし、男の人だよな。やっぱりナンパに違いない。何かあったら困るし、すぐに助けに行かないと――

 

「……んん?」

 

 よくよく見ると、綾音さんもサングラスを外してなんだか楽し気に話している。絡まれて困ってるって感じでもないし、愛想笑いで受け流している感じでもない。本当に会話を楽しんでいそうだ。なんだよ綾音さん、せっかく俺と来てるのに。

 

 普段ならそんなに気にしないのに……今日の俺は、妙に張り切ってしまった。気づいた時には駆け出していて、綾音さんのもとに一目散に向かっていたのだ。なんとなく、綾音さんが他の男と一緒にいるのが悔しかったのかもしれない。ああもう、なんだってスキーブーツってのは走りにくいな!

 

「綾音さーんっ!!」

 

 声を張り上げても、綾音さんはこちらに気づく素振りすらない。全くもう、そんなに話すのが楽しいのかよ! 俺なんてな、この人に住所特定されて婚姻届を押し付けられてパンツを腕にぶら下げられたことだってあるんだぞ!?

 

「あははっ、それ懐かし――」

「綾音さんっ!!」

「へっ!?」

 

 猛ダッシュのすえ、俺はようやく綾音さんの腕を掴んだ。絡んでいた男たちはきょとんとして、俺の方をじっと見ている。……よく見ると、随分と体つきがゴツイ集団だな。ちょっと怖いけど――

 

「こ、この人は自分と一緒に来てるんですけど!」

「えっと、君は……何?」

 

 男たちのうちの一人が首をかしげて、そう尋ねてきた。彼氏? ではないよな。じゃあなんだ? 俺って綾音さんの何なんだ? ……そんなの、一つしかない!

 

「僕はっ! この人の夫ですっ!!!!」

 

 そう叫んだ瞬間、その場が一気に静まり返った。なぜか綾音さんまで唖然として俺の方を見ていたのだけど、そのうち顔を赤くして……ポンと俺の肩を叩く。

 

「ひゅ、ひゅーがさん……」

「はいっ!?」

「勘違いしてるみたいだけど、この人たちナンパじゃないです……」

「えええええっ!!?」

 

 次の瞬間、男たちが一斉に大きな声で笑いだした。俺は状況が呑み込めず、ただただその場に立ち尽くすしかなかった……。

 

***

 

「むっ、昔のスキー仲間!?」

「一緒の国体に出てた人たちですよ。たまたま会ったから、つい昔話で盛り上がっただけというか……」

 

 男たちが去った後、綾音さんは真っ赤な顔で俺に説明してくれた。……単に昔の知り合いだったってだけで、俺が勝手に勘違いしただけじゃないか!

 

「すいません、自分が余計な真似を……」

「いえいえ! そのっ、別にいいんですけど……」

 

 綾音さんは妙に恥ずかしそうに手を横に振った。なんだ、てっきり「嫉妬したんですか~?」とか「ついに夫だと認めましたね!」とか言われてからかわれるかと思ったのに。随分と拍子抜けだ。

 

「じゃ、じゃあ滑りに行きましょうよ」

「……」

「……綾音さん?」

 

 なぜか綾音さんは動こうともしない。どうしたのかな、なんて思っていると……呟くような声が聞こえてきた。

 

「私、昔は『スキーと結婚する』とか言ってたくらいのめり込んでたんです」

「は、はあ」

「さっきみんなと話しているときに、その話を掘り返されて……」

「……なるほど?」

 

 綾音さんは俯いたまま話し続ける。……だんだんと状況が読めてきた。

 

「『今もそうなの?』って聞かれたので、『もちろん!』って見栄を張っちゃって……」

「えっ、なぜ?」

「昔の仲間の前だったので、スキーヤーとしてカッコつけたかったというか……」

「じゃあ、つまり……?」

 

 キッとこちらを見つめる綾音さん。じゃあ、さっき俺が「夫です」って言ったってことは――

 

「ひゅーがさんっ、私に公衆の面前で恥をかかせましたねっ!!!?」

「いくらなんでも自業自得ですよ!?」

「ぜったい昔の仲間に言いふらされますっ! 最悪ですっ!!」

「だから綾音さんのせいですからねっ!?」

「あ~もう、なんであんなこと言っちゃったんだろう……」

 

 綾音さんはその場にへたり込んだ。なんて言葉をかければいいのか分からないけど……ひとまず励ましておくか。

 

「綾音さん」

「はい?」

 

 肩に手を置き、声をかける。綾音さんは半分涙目になりつつ、俺の方に振り向いた。えーと……

 

「スキーより人間と結婚した方が……その、税金対策になりますから」

「いまは確定申告なんてどうでもいいのっ!!!!」

 

 綾音さんの絶叫が、ゲレンデ中に響き渡った瞬間だった……。

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