ネッ友(自称行き遅れ)の「結婚してくださいよ~」にOKしてみた翌朝、玄関に綺麗なお姉さんがいた   作:古野ジョン

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第4話 お姉さん、どこ住み?

 さて、一か月間の夫婦生活(仮)を営むことになったわけだけど。そうなると、考えなければならないことが山ほどある。俺と綾音さんはこたつを挟んで向かい合わせに座っていた。

 

「あの、綾音さん」

「なんでしょう?」

 

 綾音さんが首をかしげる。確かめたいことが一つあるのだ。それは、結婚とか夫婦とかそれ以前に大切なことで――

 

「どうやって僕の家に来たんですか」

「えっ? 普通に、自分の車で……」

「言い方が悪かったですね。どうやって僕の家を()()()()んですか?」

「えっ……とお、それは……」

 

 明らかに視線が合わなくなった! 絶対やましいことがある気がする!

 

「なんで分かったんですか!? 住所なんか教えなかったですよね!?」

「だっ、だって! 朝までに来たらお嫁さんにしてくれるって言うからっ!」

「僕のせいなんですかっ!?」

「べっ、別に悪いことはしてないですよう。そのっ、ひゅーがさんのツ〇ッターとか漁って、グー〇ルマップと照らし合わせただけで……」

「やり口がストーカーと同じっ!!」

「ひっ、ひどいっ! あなたを想う愛が行き過ぎただけですよ~! ちゅっちゅっ!」

「投げキッスで誤魔化さないでくださいっ! あとそれ親父臭いですよ!?」

「おっ、親父!? ……もう肉親くらいの距離間、ってことですか?」

「ポジティブが過ぎる!」

 

 しかし、そもそもネット上に画像なんか大してアップしてないんだけどな。綾音さん、いったいどんな手段を使って俺の家を見つけ出したんだろう……。成人女性というものの謎は深い。

 

「あと、単純に気になったんですけど」

「はい?」

「綾音さん、どちらにお住まいなんですか?」

「どちらに……って?」

「ボイスチャットしたのが今日の零時くらいで、今は八時半くらいですよね。『田舎に住んでる』と仰っていましたし、東北のどこかから車でいらしたのかなと」  

「くっ、よくぞ私が丸の内のセクシーOLでないことを見抜きましたねっ」

「やっぱりジョークのセンスが親父臭いですよね」

「どうせ私なんかおばさんですよっ」

 

 綾音さんは不貞腐れたように頬を膨らませた。拗ねてて可愛い。しかし……肝心の「どこに住んでいるのか」という質問には答えてくれていないんだよな。はぐらかされている気がする。

 

「ところで、車はどこに停めたんですか?」

「車ですか? 大家さんのご厚意で、アパートの前に停めさせていただきましたけど……」

「ってことは、すぐそこにあるんですね?」

「まあ、はい」

「ナンバー見てきますね」

「えっ!?」

 

 俺はこたつから出て、玄関の方に向かって歩きだそうとする。そうだよな、車のナンバーがあればどこに住んでいるのかはある程度分かるはず。であれば、それを見るのが手っ取り早い――

 

「だっ、だめえっ!」

「えっ!?」

 

 しかし次の瞬間、中腰の綾音さんに着ていたパーカーの裾を掴まれた。後ろを振り返ると、随分と慌てた様子で首を横に振っている。

 

「だだだだだだだめっ! 絶対にだめっ! えっち!」

「えっち!?」

「とにかく見ちゃダメですっ! 私っ、今からナンバー取り外してきますっ!」

「捕まりますよ!?」

「あ~、自動でナンバーをすり替える装置が欲しいですっ!」

「スパイ映画!?」

「だめっ! ナンバー見るなら私をナンパしてっ!」

「だから親父ギャグ!」

 

 綾音さんは必死に俺のパーカーを引っ張り、なんとしても阻止する構えだ。仕方なく諦めて、改めて綾音さんの方に向き直る。

 

「あの、どうしてだめなんですか。結婚するのに住んでいる場所すら分からないんじゃ……」

「分かってます。でもごめんなさい、あまり自分の情報は明かしたくないんです」

「えっ?」

 

 そっとパーカーから手を離し、綾音さんは苦笑いを浮かべて俯いた。やや悲しそうな目をしていたので、ハッと息を呑む。

 

「ど、どういうことですか?」

「私、実家に住んでいるんですけど。ちょっと特殊な家というか、なんというか」

「えっ、ええ?」

「ああいえ、別に悪いことをしているってわけじゃなくて! ただ……ひゅーがさんがどう思うか分からなくて」

 

 さっき親父ギャグを言っていたときとは、明らかに顔つきが変わっていた。特殊な家、というのが何を意味しているのかは分からなかったけど、綾音さんが本気で自分の居住地を知られたくないんだということは伝わってきた。

 

「……分かりました。深追いはしないです」

「ありがとうございます。ごめんなさい、怪しいですよね」

「嫌なら仕方ないですよ。でも……」

「でも?」

 

 綾音さんが顔を上げた。この人に伝えたいことは極めてシンプル。俺は綺麗な瞳と見つめて、はっきりと言った。

 

「僕は、綾音さんだけを見ていますから」

「えっ?」

「どんな事情があるのか、僕には分かりませんけど。ご実家はご実家で、綾音さんは綾音さんですから」

「ひゅーがさん……」

「その代わり、我儘を言わせてください」

 

 俺はそっと跪いて、綾音さんの右手をとった。もし、この人と結婚するのなら――

 

「僕は、綾音さんのことをもっと知りたいです」

「えっ?」

「いつか、心の準備が出来た時でいいですから。……僕のお嫁さんになるかもしれないのに、何も教えてくれないなんてあんまりですよ」

「……」

 

 綾音さんは何も言わないまま、きょとんとして俺のことを見下ろしていた。……不快にさせてしまったかな。でも、俺はもっとこの人のことを知りたい。結婚するには、あまりにも知らないことが――

 

「――やっぱり、ひゅーがさんは良い子ですっ!」

「……へっ?」

「も~、そんなこと言われたら何でも教えたくなっちゃいますよ~っ! よ~しよしよしよし!」

「綾音さん……」

 

 気付いたときには、頭を撫でられていた。綾音さんは満面の笑みで、嬉しそうに手を動かしている。(たぶん)年上のお姉さんに頭を撫でられるなんて、何年ぶりのことだろう。本当に、この人には癒されてばかりだな……。

 

「よしっ! 分かりましたっ!」

「へっ?」

 

 その声に顔を上げると、綾音さんは何やら腕まくりをしていた。俺の顔を見て、さらに口を開く。

 

「ひゅーがさん、お腹空いてないですかっ?」

「えっ、まあ……」

「よかった~! じゃあっ、ちょっと待っててくださいねっ?」

「へっ?」

 

 綾音さんは玄関の方に向かって歩いていく。そして、こちらを振り返って――一言。

 

()()()()のご飯、食べてみませんかっ?」

 

 自分のお腹が、ぐうと鳴ったような気がした。

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