ネッ友(自称行き遅れ)の「結婚してくださいよ~」にOKしてみた翌朝、玄関に綺麗なお姉さんがいた   作:古野ジョン

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第6話 突撃! お前が旦那さん

 怒涛のような日曜が終わって、今日は月曜日。綾音さんは朝から来ると言っていたけれど、用事が出来たので午後過ぎになるという連絡があった。

 

「ふわ~あ……」

 

 午前中の講義を終えた俺は、家に帰ってこたつに入っていた。本来は午後に実験が入っているのだけれど、教員の都合で休みになったので、こうして半休にありついたというわけだ。

 

「ねむ……」

 

 レポートをこなそうとノートパソコンを開いたはいいが、こたつの魔力に囚われてしまった。下半身に伝わる熱を感じていると、つい思考速度が低下してしまう。ああ、本当に寝てしまいそうな――

 

「ただいま帰りましたーっ!!」

「うわああああっ!!?」

 

 さっ、寒いっ!? 窓から冷たい風が入ってきた!? なんで!?

 

 ……なんて、何が起こったのか分からずにいると、綾音さんがニッコリ笑顔で庭に立っていた。どうやら外から一気に窓を開けたらしい。

 

「大声出してっ、私が帰ってきたのがそんなに嬉しいんですかっ?」

「なっ、なんで窓から入って来るんですか!?」

「んー? そういえば、一階のお部屋だからお庭からも入れるんだなーって思って。入ってみたんです!」

「だからってビックリさせないでくださいよ……」

 

 ぽりぽりと頭をかきながら、こたつから出た。というか、窓には鍵をかけていたと思うんだけど……どうやって開けたんだろう。そろそろこの人のすることに驚かなくなってきた。

 

 今日の綾音さんは、紫色のセーターに白いスカートを履いていた。派手に装うわけじゃなく、大人らしく落ち着いた恰好をしていて、それでいて地味というわけでもない。ボサボサ頭で着古したパーカーを身にまとっている俺とは大違いだ。

 

「ねえっ、ひゅーがさんっ!」

「はい?」

 

 窓の方に近づいたとき、綾音さんがじいっとこちらを見てきた。後ろに手を回して、ご機嫌そうに体を揺らしている。

 

「帰ってきた奥さんを出迎えるとき~、しなくちゃいけないことがありますよねっ?」

「塩をまく?」

「それはお葬式の後の話でしょっ! そうじゃなくて、愛を確かめる……みたいな?」

「……何が言いたいんですか?」

「ぎゅってしてください! ぎゅって!」

「ええ……」

「何嫌がってるんですか! ぎゅっ!」

 

 綾音さんは窓のすぐ前に立って、両手を広げていた。むーっと頬を膨らませて、早く来いと言わんばかりに不満げな表情を浮かべている。……恥ずかしいけど、ハグしないとうるさいだろうしな。

 

「じゃ、じゃあ……」

 

 膝立ちになって、庭に立つ綾音さんと高さを合わせる。体重を預けるように、そっと身を寄せて――

 

「あっ、車に忘れ物してましたっ!」

「でえええええっ!!?」

 

 ちょっ、急に避けないでくれませんか!? 落ちる! 落ちるって! 抱擁の空振りで庭に落ちたら情けないにもほどがあるんですけど!?

 

「取ってくるので、待っててくださいね~!」

「たっ、助けて綾音さあああんっ!!」

 

 庭に転げ落ちそうになりつつ、去り行く綾音さんの背中に手を伸ばした俺であった……。

 

***

 

「はいっ、これ!」

「座椅子……ですか?」

 

 その後、綾音さんが庭の窓から運び入れたのは、二台の座椅子だった。それもクッション性の素材で出来ていて、自由にリクライニング可能な高性能なもの。

 

「これから、ひゅーがさんの家でお仕事することが多くなると思ったので。午前中に買ってきましたっ!」

「ああ、用事ってそれだったんですね。でも……僕の分まで買ってもらってよかったんですか?」

「ひゅーがさんは旦那さんなんですっ! あなたの分も買うに決まってますよ~!」

「あ、ありがとうございます……」

 

 綾音さんは座椅子に手を置きながら、誇らしげな表情で立っていた。昨日の朝食もそうだけど、この人は俺のために金や物を使うことに躊躇いがない。

 

 ネット上では一年以上の付き合いとはいえ……会ったばかりの人間にここまでするなんて、簡単に出来ることではないと思う。器が大きいというか、なんというか。

 

「じゃあじゃあっ、私はお仕事しないといけないので!」

「あっ、はい」

 

 綾音さんは座椅子の一個を運んでいって、こたつを挟んで俺の向かい側にセットした。近くに置いてあった鞄からノートパソコンを取り出し、マウスのUSBケーブルを取り付けたりしている。

 

「あの、ネット大丈夫ですか? うちのWi-Fi、回線が弱くて」

「大丈夫ですっ!」

 

 そう言って綾音さんが見せてくれたのは、白い端末。どうやらポケットWi-Fiを持ち歩いているらしい。

 

「ひゅーがさんに無駄な通信費は払わせませんよっ!」

「ええっ、そこまで気遣っていただかなくても」

 

 どうせ定額だし。

 

「いいんですっ! 学生さんにお金を払わせるなんて、社会人失格ですからっ!」

「学生の住所を特定して婚姻届を押し売りするのは社会人としてアリなんですか」

「そっ! それは……うるさいっ! 調子乗んなっ! 学生風情がっ!」

「急に態度変わった!?」

「いいから! 学生さんならちゃんと勉強してくださいっ!」

「はーい……」

 

 ふかふかの座椅子に腰かけ、自分のノートパソコンを開く。こうして、綾音さんとこたつを囲む時間が始まったのだった。

 

***

 

「……」

「……」

 

 キーボードをカタカタと叩く音が響き渡り、時おり時計の針が動くのも聞こえる。俺は大学のレポートを、綾音さんはお仕事を進めていて、あまり会話はない。

 

「んー……」

 

 丸眼鏡をかけた綾音さんが、口元に手を当てて悩んでいる。老眼鏡を使うような年齢ではないと思うので、ブルーライトカット仕様の物なんだろう。

 

「こうじゃないか……」

 

 文字を入力しては立ち止まって、消す。綾音さんはそのことを繰り返しているようだった。在宅で出来る職業と言っていたけど、具体的にはどういう仕事なんだろう。IT系? それともWebライター? あんまり詳しくないんだよな。

 

 柱に掛けてある時計に目をやると、午後三時になるところだった。そろそろ休憩しようかな。綾音さんにお茶でも入れてあげようっと。

 

「綾音さん、おやつにしません?」

「えっ、いいんですか?」

「煎餅くらいしかないですけど。お茶も淹れるので、待っててください」

「ありがとうございます、ひゅーがさん」

 

 礼儀正しい綾音さんにしては珍しく、俺と話しているのにパソコンの画面に目を向けたままだった。よほど集中しているのかな。

 

 こたつから体を出して、居間を出る。魔法瓶のお湯はもう冷めちゃったかな。どうせならやかんで多めに沸かしておくか。

 

 台所に着いた俺は、収納からやかんを取り出し、水を入れてコンロにかけた。つまみを捻ると、カチッと火花が飛んでガスに火が点く。

 

「……」

 

 寒さに身を震えさせながら、青い炎をじっと見守る。ここは玄関のすぐ隣で、すきま風が入りやすい。昔は母親が冬の間も毎日ここに立っていたのだと思うと、尊敬の念に堪えない。

 

「ひゅーがさんっ」

「わっ」

 

 ぼーっとしていると、後ろから声をかけられた。慌てて振り返ると、そこにいたのは眼鏡をかけたままの綾音さん。

 

「まっ、待っててくださいって言ったじゃないですか」

「私ばっかりぬくぬくしているわけにはいかないですからっ」

「本当にいいんですよ。お仕事中だったんじゃないですか?」

「一区切りついたので、お手伝いに来たんです!」

「お茶を淹れるだけですし、大丈夫ですって。こたつに入っててくださいよ」

 

 わざわざ寒い台所まで来てもらうのは申し訳ないので、戻るように促した。すると綾音さんは目をつむり、首を横に振る。

 

「んーん、そうじゃなくて」

「?」

 

 俺が首をかしげていると、綾音さんはそっと隣に立って、もたれかかるように身を寄せてきた。冷え切った体に、ほんのりと温もりが伝わる。なんだか照れ臭く思っていると、綾音さんが静かに言葉を紡いだ。

 

「……ひとりで待ってるのが、寂しくなっただけなんです」

 

 凍っていた心が、じんわりと溶かされていく。立ち上る湯気を見る綾音さんの顔も、どこか幸せそうに見える。夫婦というものが時間を共有することの意味を、少しだけ理解した瞬間だった。

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