眠りの魔法の使い方~運び屋の魔法使いは催眠魔法で世界を生きる   作:furu6272

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あなたは誰をゾンビにしたのですか 4

「誰か、誰かいないの?」

 

 

 

 家から逃げ出したアンリは、家で暴れている父親を止めるために人を呼ぼうとしていた。

 

 

 

 しかしながらアンリの努力に対して、その結果は非情なものであった。

 

 

 

 アンリはまず、人を頼るために近所の家に行きドアを叩いた。

 

 

 

「助けて、お願い。お父さんが暴れてるの。」

 

 

 

 アンリは必至に頼み込んだが、家のドアを開けてくれるものはいなかった。

 

 

 

「ウチに来られても迷惑だから、そういうのは警察にでも行ってくれ。」

 

 

 

 そのような拒否の言葉を投げられて、アンリは何もできずその場を離れるしかなかった。

 

 

 

 しかたなく、アンリは警察官がいるはずの待機所へ向かった。

 

 

 

 だが、そこでも警察の対応は冷たいものだった。

 

 

 

「助けてください。お父さんが家で暴れてるんです。」

 

 

 

「はぁ。けどそれって家庭内の問題だよね。そういうのは家庭内で解決してもらわないと。」

 

 

 

「そうかもしれないけど、けど、このままだとお母さんが殺されちゃうかもしれないんです。」

 

 

 

「はぁ。まぁ子供だけだと、こっちも動けないんだよね。そのお母さんなりに来てもらわないと。子供のいたずらの可能性もあるし。」

 

 

 

 やる気の感じられない警察官の言葉にアンリは怒り声を出した。

 

 

 

「いたずらなんかじゃないです!それに、お母さんは今、お父さんに暴力を受けているんですよ。ここに来れるわけないじゃないですか。」

 

 

 

 アンリは警察官に詰め寄るが、警察官は素知らぬ顔だ。それどころか警察官はイスから立ち上ると、

 

 

 

「はぁ。そうは言ってもねぇ。…すまないけど私は今から巡回の時間なんだ。失礼するよ。」

 

 

 

 そう言って足早に立ち去っていったのだ。

 

 

 

「ちょっと!?待ってよ。」

 

 

 

 アンリはとっさに止めようとしたが、止める間もなく警察官は去って行ってしまった。

 

 

 

「ひどい。それでも警察なの?」

 

 

 

 そう言うが、すでにその言葉を聞く人はいなかった。アンリは無力感に襲われたが、この場でとどまっている時間はない。

 

 

 

 それからアンリは学校の友人を訪ねていった。

 

 

 

(お父さんに暴力を受けてるなんて言いづらいけど、そんなことを言ってる場合じゃない。)

 

 

 

 アンリは他の子に家の状況を知られて、いじめを受けるようになるかもしれないとも考えたが、今は耐えるしかないと覚悟した。

 

 

 

 けれど、その覚悟も無駄に終わる。

 

 

 

「ごめん。助けてあげたいけど、私にはちょっと無理。お父さんもそんな暴力を止められる感じじゃないし。」

 

 

 

「そっか。」

 

 

 

 実際、アンリが友達の立場だったとしたら、父親が暴れているのを止めてくれと言われても何もできないだろう。

 

 

 

 そういう意味ではアンリは冷静さを失っていたのだろう。それでも助けてほしかったというのも正直な気持ちだったが。

 

 

 

 そして、頼る当てがなくなったアンリは途方に暮れていた。

 

 

 

(これ以上、誰に頼ればいいのだろう。)

 

 

 

 アンリが家を出てから、だいぶ時間が経っている。アンリの母親がどんな酷い目にあっているかを想像して、アンリは絶望的な気分になった。

 

 

 

 そうして彷徨っているうちに、アンリはいつのまにか、きのう一夜を過ごしたベンチがある場所まで来ていた。

 

 

 

(なんでこんなところに来ちゃったんだろう。)

 

 

 

 アンリはここでアッシュと出会ったことを思い出した。

 

 

 

 そしてその後、アッシュからゾンビみたいになったゴジのことを口止めされた記憶がよみがえり、急いでその場から離れようとした。

 

 

 

 だがその時、アンリの目の先に人影が現れた。それはアンリが避けようとした人物、アッシュだった。

 

 

 

「うっ。」

 

 

 

 突然のことにアンリは動けなくなり、言葉を詰まらせた。

 

 

 

 一方のアッシュは、アンリに気づいた様子もなく、アンリの横を通り過ぎてベンチに座った。そして、ベンチに座って顔を上げたときにはじめてアンリがいることに気づいたのか、アンリの方に顔を向けた。

 

 

 

「……」

 

 

 

 それからしばらくの間、アッシュは何も言わずにアンリを見つめていたが、ゆっくりとベンチから立ち上がるとその場から離れて行こうとした。

 

 

 

 アッシュはアンリと一緒にいることを避けようとしているようだった。

 

 

 

 その様子にアンリはムッとした。思わず声が出る。

 

 

 

「ちょっと待ってよ。」

 

 

 

「……なに?」

 

 

 

 アッシュが立ち止まってアンリに振り返る。そして、アンリはむしろ困ってしまった。

 

 

 

「えっと。」

 

 

 

 アッシュを止めたのはアンリの方だが、止めたことに理由はない。

 

 

 

 アッシュが訝し気にアンリを見つめる。

 

 

 

(なにか言わないと。)

 

 

 

「あの。あのさ。」

 

 

 

「うん。」

 

 

 

 よく考えれば、アンリは何かを言う必要はなかったが、自分から相手を立ち止まらせてしまったため、何かを言わなければならないと考えてしまっていた。

 

 

 

 もしくは、アンリは自分の行動が無駄に終わっていく中で、会うのを避けていたアッシュにすら縋ろうとしていたのかもしれない。

 

 

 

「実は私、今困ってるんだよね。」

 

 

 

 俯いて話すアンリに対して、アッシュは少し間を空けて、

 

 

 

「そう。」

 

 

 

 とだけ言った。アンリはアッシュの感情のない声に少し傷ついたが、話を続けることにした。

 

 

 

「うん。お父さんが家で暴れててさ。」

 

 

 

「もしかしたら、お母さんが暴力を受けてるかもしれなくて。」

 

 

 

「それでさ、できれば助けてほしいんだよね。」

 

 

 

 アンリはうつむいたまま言葉を詰まらせ、声も尻すぼみになっていた。

 

 

 

 そして、それに対するアッシュの答えは簡潔だった。

 

 

 

「ごめんだけど、僕には何もできないね。」

 

 

 

 そう言って、再びその場から離れて行こうとする。

 

 

 

 その様子を見て、アンリは思わずアッシュの肩を掴み大声を出していた。

 

 

 

「どうしてよ!助けてよ!」

 

 

 

「そんなこと言われても、僕は力が強いわけじゃないし。」

 

 

 

 アッシュが当然のように言う。けど違う。

 

 

 

「嘘だ。あんた本当はお父さんのことを止められるんでしょ。」

 

 

 

「はぁ?」

 

 

 

 アッシュがよくわからないという返事をする。しかしながら、アンリはアッシュの力を知っているのだ。

 

 

 

「だってゴジをあんなふうにしたのはあんたなんでしょ。だったら、私のお父さんも同じようにゾンビみたいにできるはずじゃない。」

 

 

 

 そう言い放った時、アンリは一瞬、後悔した。それはアッシュの目に冷酷な光が見えたからだった。

 

 

 

「へぇ。僕が君のお父さんをゾンビみたいにできるって?」

 

 

 

 アッシュは少し挑発的な様子で言った。

 

 

 

「そ、そうだよ。できるんでしょ。」

 

 

 

 アンリはここで負けてはいけないと思い、アッシュの肩をつかんだまま言い返した。

 

 

 

「お父さんがゾンビみたいになってもいいんだ?」

 

 

 

「い、いいよ。」

 

 

 

「それじゃあ、君はお金は持ってるの?」

 

 

 

「え?」

 

 

 

 意外なことを言われてアンリは言葉に詰まった。それを気にすることもなくアッシュが言葉を続ける。

 

 

 

「君じゃなくてもいいよ。お父さんが持っているお金を僕に渡してもらうのでもいいけど、お金はあるの?」

 

 

 

「それは……。」

 

 

 

 実際、アンリはお金を持っていない。家にお金はあるだろうか?

 

 

 

 アンリは家の様子を思い返す。飲んだくれの父親と、その父親が飲むお酒の代金を必死に稼ぐお母さん。

 

 

 

 借金はしていないと思うけれど、とてもお金があるとは思えない。

 

 

 

 アンリは言葉が出せなくなってしまった。

 

 

 

「僕にも危険があるかもしれないんだから、お金がないなら無理だね。」

 

 

 

「お金なら、後で働いて払うわよ。」

 

 

 

 アンリが苦し紛れで言うが、アッシュはにべもない返事をする。

 

 

 

「ごめんだけど、そういうの信用してないんだ。」

 

 

 

 アンリは何も言うことがなくなってしまった。アッシュの肩を掴んだまま時間が過ぎる。

 

 

 

「……」

 

 

 

「……」

 

 

 

 そして、アンリは決心した。

 

 

 

「だったら……。」

 

 

 

「え?」

 

 

 

 アンリはまっすぐにアッシュを見つめ。アッシュの肩を引き寄せた。

 

 

 

「だったら、私の体で払ってあげる。」

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