眠りの魔法の使い方~運び屋の魔法使いは催眠魔法で世界を生きる   作:furu6272

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ひとりの運搬人とその評判について

「どうも。」

 

 

 

 山の斜面から降りてきた、バルサがアッシュと呼んだ男は短く返事をした。

 

 

 

 アッシュはやけに大きな荷物を背負っていたが、大きな荷物を背負う事に慣れているのか、山の中から出てきた割に息を乱す様子もない。

 

 

 

 アッシュはバルサが切り倒した木に目を向けてから、改めてバルサとエリーに目を向けなおした。

 

 

 

「大きい音が聞こえたので。何かあったのかと思いまして。」

 

 

 

「そうかい!それは悪かったね!」

 

 

 

 静かに語るアッシュに対して、バルサは笑顔を作りひと際大きい声で答えた。さらにバルサはアッシュに近づくように足を踏み出した。

 

 

 

 それはバルサが浮かべている笑顔とは裏腹に、バルサがアッシュとエリーの間に立ち、アッシュがエリーに近づきすぎないようにしているようにも見えた。

 

 

 

「いえ、とくに悪くはありませんが。」

 

 

 

 バルサの行動を気にした様子もなくアッシュは淡々と言う。気にするというよりも、アッシュはバルサの行動に興味がないようにみえる。

 

 

 

 2人の様子を見て、エリーは怪訝な表情を浮かべた。

 

 

 

(バルサさんはこの人を警戒している?みたいだけど、この人に何かあるのだろうか?)

 

 

 

 エリーが見る限り、アッシュはどことなく暗い雰囲気をまとっており、他人に興味がなさそうに見えるが、それ以外はごく一般的な人間に見えた。

 

 

 

 他に変わっているところといえば、アッシュが大きな荷物を背負っていることだろうか。人里近くの山道を歩くにしては不釣り合いに大きい気がする。

 

 

 

 何か危険なモノでも入っているのだろうか。しかしながら、仮に危険なモノを運んでいるのだとしても、荷物を背負った状態でこちらよりも早く動けるはずがない。

 

 

 

 エリーは自分のことをハンターとしてまだ未熟と感じていたが、それでも鍛錬を積んできた身としてある程度相手の実力を測ることができると信じていた。

 

 

 

 そんなエリーから見て、アッシュから感じる能力はハンターから大きく劣るものであり、バルサが警戒する必要性をエリーは感じられなかった。

 

 

 

「あんたは物を運んでる途中だったかい?今日はどこに届けるんだい?」

 

 

 

 エリーの考えをよそに、バルサは表面的な笑顔を崩さずにアッシュに尋ねた。

 

 

 

「今日はビズリーまで届けます。」

 

 

 

 アッシュが一言でこたえる。その答えにエリーはピクリと体を震わせた。それはビズリーがエリー達が向かっている街と同じったためだ。

 

 

 

「あなたたちは何を?」

 

 

 

 バルサの質問を受けて、アッシュが逆にバルサに尋ねる。それに対してバルサは「私達もビズリーに行くところさ。」と、どことなくそっけなく応えた。

 

 

 

 もしかすると、バルサもアッシュと目的地が同じことに思うところがあったのかもしれない。

 

 

 

 一方で、アッシュの方はとくに思うこともなかったようで、「そうですか。」と言っただけだった。

 

 

 

 そしてアッシュは話すことが終わったのか、「それでは私はこれで。」と言い、バルサたちに背を向けて山の中へ向けて歩き始める。

 

 

 

「ああ。がんばりなよ。」

 

 

 

 バルサがアッシュの背に向けて声を掛ける。

 

 

 

 それを見てエリーは自分も何か声を掛けた方がいいだろうかと思ったが、声を掛けようとしたところでバルサがそれを手で制した。

 

 

 

「あんたはいいよ。」

 

 

 

 アッシュの姿が山の中に消えたのを確認してから、バルサはエリーへ言った。

 

 

 

 どうやらバルサはアッシュのことをあまり良く思っていないようだった。

 

 

 

「あの人。アッシュさんでしたか?あまりいい人ではないんですか?」

 

 

 

 率直にエリーが聞くと、バルサは渋い顔をした。

 

 

 

「どうかな、けど、あんたにはあいつに近づいてほしくはないね。」

 

 

 

 エリーはバルサの言葉の意味がいまいちわからなかった。

 

 

 

「何か危険な仕事をしている人なのですか?」

 

 

 

「いや、あいつは私達の商売敵みたいなやつだね。」

 

 

 

「商売敵ですか?」

 

 

 

「ああ。あいつは何年か前に街に来て、一人で荷物の運搬をやってるやつでね。同じく運搬業をやってる私達とはライバルみたいなものさ。」

 

 

 

「なるほど。ライバルですか。」

 

 

 

 バルサに対してエリーはあいまいな返事をした。

 

 

 

 運搬業の仕事にあまり実感が湧いていないということもあるが、それをアッシュが行っていて何か問題があるのだろうか。それにたとえ商売敵だったとしても、それだけで近づいてほしくないと言ったり、バルサが敵意を持っているのは違和感がある。

 

 

 

「エリーは私が商売敵っていうだけであいつを嫌ってると思うかい?」

 

 

 

 エリーの戸惑った様子を感じたらしく、バルサはからかうように言う。

 

 

 

「い、いえ。そんなことはないです。」

 

 

 

 エリーが慌てて否定するが、バルサは苦笑いを浮かべていた。

 

 

 

「別に商売敵なんていうことは私にとってはどうでもいいことさ。私があいつを嫌ってるのはつまり、あいつが何人か人を殺してきているっていうことなんだよ。」

 

 

 

「えっ、殺人ですか!?あの人がですか!?」

 

 

 

 人を殺しているという話をされて、さすがにエリーは驚きの声を上げた。そして、同時に浮かんだ疑問をバルサに投げかける。

 

 

 

「な、なんでそんな人が普通に出歩いているんですか?逮捕したりしないんですか?」

 

 

 

 エリーの疑問は至極当然のものだった。そして、それに対するバルサの答えはあいまいなものだった。

 

 

 

「ああ。証拠はないからね。前に人を殺したのは間違いないだろうけど、ここらへんでやったかまではわからないしさ。」

 

 

 

「え~っと、バルサさんは前からあの人の事を知っているのですか?」

 

 

 

 バルサの話ではアッシュは数年前にこの辺りに来たらしいが、バルサの口ぶりは昔のアッシュのことを知っているかのようだった。

 

 

 

「そんなわけないさ。それでもなんとなくわかるんだよ。そいつが人を殺したことがあるかどうかって。いろいろ経験していくとね。」

 

 

 

 バルサはそのいろいろな経験を思い出しているかのように、少し遠くを見るようなまなざしをする。

 

 

 

「経験ですか。」

 

 

 

「ああ。経験だ。」

 

 

 

「ハンターの仕事をしてると盗賊に襲われることもあるし、そこでやるかやられるかの戦いになることもある。そうした命のやりとりをしていくとだんだん、相手が人を殺したことがあるかどうかがわかるようになっていくんだ。」

 

 

 

 そう語るバルサの表情は真剣なものになっていた。一方で、エリーはバルサが人を殺したことがあるような口ぶりに驚いていた。

 

 

 

「もしかして、バルサさんも人を殺したことがあるんですか?」

 

 

 

 ためらいがちに尋ねるエリーに、バルサはむしろ当然のように返す。

 

 

 

「それは当然さ。強盗だってリスクを承知で荷物を奪いに来てるんだ。こっちに殺す気がなくても相手は殺す気でくるんだから、そんなときに悠長に行動してたらこっちが殺されることになる。」

 

 

 

 エリーはそんなバルサの様子にショックを受け、「そんな。」と低く呟いた。そんなエリーの様子を見て、バルサは若干厳しい口調でエリーを窘める。

 

 

 

「エリー。あんたはまだわからないかもしれないけど、ハンターをやってたら殺すか殺されるかを判断しないといけないときが何回も来る。あんたはそのとき大人しく殺されるつもりかい?」

 

 

 

「いえ、そういうわけではないですけど。けど、人を殺すなんて必要はないんじゃないでしょうか。」

 

 

 

 俯いたまま答えるエリーの様子に、バルサは軽くため息をついた。そして、「まあ、自分が後悔しないようにするといいさ。」とだけ言った。

 

 

 

 この2人の意識の違いは、経験の有無だけでなくハンターになった目的自体が異なることから生じているのかもしれなかった。

 

 

 

 エリーは人を守るためにハンターになったのであり、魔物と戦うことを目的としてハンターになったバルサとは目的を異にしていた。このため、エリーには盗賊が相手だったとしても人を殺すというバルサの言葉に頷くことができなかった。それに、エリーはバルサの言葉に矛盾があるとも感じていた。

 

 

 

「あの、バルサさんはアッシュさんが人を殺したことが嫌いと言ってましたけど。それはバルサさんの考えとは違うものなんでしょうか?」

 

 

 

 バルサはアッシュを嫌っている理由として殺人犯ということを挙げていたはずだ。しかしながら、バルサ自身も殺人を許容している。これはどういうことだろうか。

 

 

 

 この点について、バルサはすでに自身の答えを持っているようだった。

 

 

 

「私は別に、あいつが人を殺したことだけを見てあいつを嫌っているわけじゃない。あいつを嫌っているのは、あいつが人を殺すのに毒か何かを使っていることだよ。」

 

 

 

「毒、ですか?」

 

 

 

 それはエリーにとって、言葉は知っていても日常ではあまり馴染みのないモノだった。

 

 

 

「ああ。まず、アッシュの動きを見る限りあいつに強盗や魔物と戦う実力はない。一般人くらいの動きはできるかもしれないけど、よくても一般人より少し動ける程度だろう。エリーはあいつを見てどう思った?」

 

 

 

「えっと、私もそんな感じかと思いました。」

 

 

 

 エリーはアッシュの事を思い出す。たしかに山中を歩き、それも荷物を背負っているという点では体力がありそうだったが、アッシュに戦闘能力がありそうだったかというと、エリーにはとてもそうは思えなかった。

 

 

 

「ああ。それじゃあ、力がない奴がどうやって人を殺してきたか。それも私が見る限り、あいつが殺してきたのは1人、2人程度じゃない。あいつの実力でそんなに人を殺すなら、間違いなく毒殺かそれに近いことをしてきたはずさ。それに、そんなに多くの人間を殺してきたっていうことは、自衛のためだけに人を殺してきたわけじゃないだろう。自分から積極的に誰かに毒を盛ったりしたはずさ。そんな奴を信用できるかい?」

 

 

 

「い、いえ。たしかに自分から毒を使っていたら危険な人だと思います。」

 

 

 

 エリーが自分の意見に同調したことを確認して、バルサは一度頷くように首を動かした。

 

 

 

「そうだね。あんたはまだハンター出だしだけど、だからこそ人に対する注意力も磨いていかなきゃいけないよ。あいつは今のところ大人しくしてるみたいだけど、危険は認識しておきな。」

 

 

 

「は、はい。わかりました。」

 

 

 

 エリーはバルサの言葉に完全に賛成したわけではなかったが、それでもアッシュについての話が嘘だとは感じなかった。それに、バルサがエリーを心配して話をしてくれたということは分かっていたため、バルサの言葉に素直に従うことにしたのだった。

 

 

 

「わかったならいいさ。まあ、いろいろ言ったけど今あいつと会ったのは偶然で、基本的に私たちは道なりに移動するし、あいつは逆に山の中を移動してるから会うことはほとんどないさ。……さて、そろそろ私達も行こうか。」

 

 

 

 そう言うと、バルサはビズリーへ向けて歩きだした。それに合わせてエリーもまた、「はい。気を付けます。」と返事をしてバルサを追いかけるように歩き出す。

 

 

 

 その最中エリーはふと、戦闘能力が高くないアッシュがどうやって、魔物や危険がある山中を歩き一人で運搬業を行っているのかが気に掛った。しかしながら答えが出るわけもなく、エリーはすぐに頭を切り替えて自分のことに集中していったのだった。

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