眠りの魔法の使い方~運び屋の魔法使いは催眠魔法で世界を生きる 作:furu6272
「お客さん、朝ですよ。」
「うぅ~ん。」
エリーは肩を叩かれる感触と共に声を掛けられたのを感じた。
声を合図にエリーが目を開くと、目の前には外の景色が開けている。
(うん?なんで私はこんなところにいるのだろう?)
エリーは寝ぼけた頭で身じろぎをする。そして、薄く目を開けたまま声のした方を見ると、見覚えのある男が自分を見下ろしていた。
(この人はたしか、昨日会ったアッシュさんだ。どうしてここに……?)
そこまで考えて、エリーは寝ていたイスから跳ね上がるように立ち上がった。
「あぁ!!?」
思い出した。昨日はアッシュさんに会って、それからアッシュさんが肩もみをしてるとかで、試しにやってもらったんだった。
エリーは大声とともに昨日の出来事を思い出し、あらためて周りを見渡した。
周りには空いたイスが並んでおり、昨日エリーと同様にイスで眠っていた老婆はすでにいなくなっていた。
外はすでに太陽が昇っている。エリーがアッシュと会ったのは夕方ごろだったので、エリーは半日近く眠っていたことになる。
(うそ、本当に?)
エリーはその事実を信じられなかった。しかしながら、実際に今は朝になっている。それに加えて、エリーは足に力が入らない違和感を感じていた。
これはエリーが座った体制で長時間眠ったことにより、エコノミー症候群のような状態になってしまったためだった。
エリーはエコノミー症候群という言葉は知らなかったが、足の違和感が長時間眠ったことにより生じたことを感覚で察していた。
一方で、アッシュは無表情でエリーの様子を見つめていたが、エリーの様子が落ち着いてきたのを見計らって口を開いた。
「体調はいかがですか?」
「は、はい。あの、私本当に寝てたんですね。正直、肩もみだけで眠るとは思っていませんでした。」
エリーは違和感のある足を治すために、ふくらはぎや太ももを揉みほぐしながらアッシュの方を向いた。
「えぇ。ですがもっと早く起こした方がよかったかもしれないですね。足は大丈夫ですか?」
アッシュはエリーの足を見ながら言う。それに対してエリーは苦笑しながら答えた。
「いえ。私が朝まで寝かせてくださいと頼んだので、気にしないでください。それに、よく眠れて疲れがとれましたから。」
実際、エリーは同じ体勢で寝ていたことで体の凝りを感じていたが、朝まで眠れたことで気分はむしろすっきりとしていた。
(とりあえず、この人がやっている商売は怪しいものではなかったみたいだし。それより集会所に行かないと。バルサさんがもう待ってるかもしれない。)
エリーは昨日、アッシュのやっている肩もみ屋に怪しさを感じて自らマッサージを受けたが、本当にマッサージをするだけだったということがわかったことから、アッシュに対する警戒をある程度解いていた。
そして、アッシュに対する警戒心を解いた後でエリーの頭に浮かんだのは、昨日約束していた集会所に早く行かなければ、ということだった。
エリーはストレッチをしてから、最後に体調を確かめるように何回か軽くジャンプをした。そして、アッシュに笑顔を見せて軽く会釈をすると、
「ありがとうございました。また機会があったらよろしくお願いします。それでは。」
そう言って小走りにその場を後にしたのだった。
一方で、エリーが去っていった後、エリーの笑顔とは対照的にアッシュは渋い顔を浮かべていた。
(あの女の子、エリーだったか。何か睡眠障害を持ってたな。)
アッシュは自分が不眠症であることや、催眠魔法を熟知していることから観察した相手が睡眠障害を持っているかどうかがわかるようになっていた。
そして、アッシュには誰であろうとも睡眠障害は治してあげたいという気持ちもあったが、とはいえ無償で治療をするわけにはいかない、と考えるほどには世の中に揉まれてしまっていた。
(エリーが眠れないのを治してくれと言ってくるのが一番早いけど。)
そんなことを考えるが、そんな日は来ないことをアッシュは理解していた。
アッシュはエリーに肩もみをする際についでに催眠魔法を使っていたが、それを伝えてはいない。
このため、エリーが睡眠障害を治すためにアッシュの所へ来ることはありえないだろう。
これはエリー以外の人も同様だ。アッシュはこの町で催眠魔法が使えることを誰にも言っていない。それはマッサージをするときに限らず、運搬業をするときも同じだ。
アッシュは自分の催眠魔法が他人に警戒される能力だと知っていたし、逆に自分の能力が催眠魔法だと知られていたら対策はとられやすいと考えていた。
こうしたことから、アッシュは自分の能力を他人に教える気が一切なかった。
一方で、アッシュにはお金がないということも確かだった。
アッシュはビズリーに来てから運搬業がうまくいきはじめていたが、お金の足しになるなら少しでも働いておきたいと考えていた。
そこでアッシュが考え出したのが肩もみ屋という仕事であった。
正直なところ、アッシュにマッサージの経験などない。ここで全身をマッサージする仕事をしようとしても客は来ないだろう。
しかしながらアッシュには秘策があった。それは、お客に肩もみをしている間に催眠魔法を掛けて眠らせるということだった。
アッシュは肩もみが下手であっても、催眠魔法でお客を眠らせれば、眠ることができたお客は疲れがとれるし肩こりもよくなった気になるはずだ。と考えていたのだ。
そしてこの考えは意外と当てはまっていたようで、アッシュがマッサージのふりをして眠らせたお客はエリーのように「体が楽になった。」とお礼を言った。(そもそも来る客が少ないという問題はあったが。)
マッサージ料金はタダに近いし、肩もみに過大な効能を要求する人もいないので文句を言う人もいない。加えてアッシュにとって催眠魔法を使うことは歩くことよりも楽な仕事である。
そうしたことから、アッシュにとってこの仕事は、稼ぎは少ないけれど苦にもならないという仕事となっていたのだった。
そしてこうした理由があるために、アッシュはエリーに自分から催眠魔法が使えることを言う気がなかったのだった。
(いつの日か、俺が街の人から信頼されて睡眠障害を治療する病院を建てることができたなら、そのときは治療するようにしよう。)
アッシュの脳裏にふと、子供の頃から諦めきれない夢が浮かんだが、アッシュはすぐに首を横に振った。
(さんざん失敗してきたのに、未だにこんなことを考えるなんてばかな話だ。エリーは女の子といってもハンターで俺よりもよほど強いだろうし、俺も人の心配をしていられる状況でもないだろう。)
そこまで考えると、アッシュはエリーに対する思考を止めて、手早く外に出していたイスなどを片付けた。
そして身支度を整えると、アッシュの本来の仕事である運搬業を行うために集会所へ向かっていったのだった。