機動戦士ケンプファー 栄光のサイクロプス 作:ハンマーしゃぶしゃぶ
サイド6は中立コロニー群だ。
連邦にもジオンにも属さぬ完全中立。というのが一般的な建前だが、実際には若干のジオン寄りである。
終戦間際には、ジオン劣勢という情勢もあって連邦に鞍替えて、コロニー内に秘密基地まで建造されていたが、戦争中期にはフラナガン機関が設立された事からもその立ち位置が察せられる。
(懐かしいな)
サイド6に来たミーシャが感じたのは、まず第一にそれだった。
無論、夢の中で見たのもそうだが、サイクロプス隊はこのサイド6で起きた0077年の革命運動において、ジオンが行った武力援助として創設されたばかりのMS隊に、かの黒い三連星や青い巨星らと共に参加していた。
秘密裏には既にMSを使った軍事作戦は幾度かあったものの、公的記録に残るザクⅠの実戦投入はこれが初だった。
ルウム戦役はもちろん、大戦前のそんな細々とした戦いにまで参加しているのだから、やはりシュタイナーとミーシャは歴戦の軍人でありパイロットだった。
「ようこそ、カミンスキー少尉」
迎えの職員の指示に従って、エレカに乗り込んだミーシャ。
なかなか立派な黒塗りの車で、大きな背と大きな腹のミーシャでも苦も無く後部座席でくつろげた。
ついた先には、見た目ごく普通のビルであり、出迎えたのは浅黒い肌に濃い体毛を持った、しかしながら薄い頭髪の壮年の男で、ミーシャには少し親近感が湧く頭である。
「はじめまして少尉。…フラナガン機関の所長、フラナガン・ロムです」
もっともまだ設備も未完成で、機関といってもオフィス程度しかないですが。とフラナガン博士は微笑む。
眼の前の男も、そして機関の名も、今のところはミーシャの夢通りだ。
フラナガン機関は、戦争もジオンの敗色が濃厚になってきた頃に、幾つもの新型やニュータイプパイロットを戦場に送り込んだというが、少なくとも今は新型MSなどを作り出すだけの規模も力もなさそうだ。
なにせ、キシリアの援助をうけて本格的な軍事機関として動き出したのはつい最近で、少し前までは小規模な研究機関に過ぎなかった。
「本来なら、少尉と一緒にこちらに来る手筈だったニュータイプ候補達が、ちょっとしたゴタゴタから遅れていましてね。なので、少尉は、公的には当機関初の被験パイロットとなります。…ご安心ください。非人道的な実験などは行いません」
そう言ってフラナガン博士は微笑むが、その目には人の善性が希薄な者特有の、
だが、今のところは博士が言うことは本当だろう。
優秀なパイロットとして頭角を現している自分が、モルモット以下の扱いで切り分けられてホルマリン漬けになったりはしないはずだった。今のところは、だが。
それに、今しがた博士が言った「公的には当機関初の被験パイロット――」という言葉は、公にできぬ扱いの被験者は既に山程いるらしい事の証左でしかなく、非人道的実験はどうぞそちらで存分に…とミーシャは思う。
機関を案内されるが、そこで彼が受けた実験と調査というのは、拍子抜けする程に簡単なものだった。
ヘッドバイザーを付けられ、そのまま幾つかの質問をされ答えた。
目をつぶったまま、出された絵を当てる…なんていう旧世紀のテレキネシス実験などのような眉唾物さえさせられた。
「ふむ…今のところ、少尉にはニュータイプ覚醒者の多くが出す脳波反応は見受けられませんね」
顎髭を擦りながら博士は言ったが、しかし実験がこれで終わったわけではない。
体調によっても作用されるから、このまま1週間から2週間…可能ならば1ヶ月程はここに逗留してもらって、毎日検査を受けるべし…との事であった。
ミーシャは辟易した。
(こんなくだらねぇ実験を、毎日だって?しかも1ヶ月!)
冗談じゃねえ。
そう叫んで酒でも呷ってやりたいところだった。
しかも、あくまで医療に繋がる実験であるので、この逗留機関中は飲酒、喫煙等も禁止である。ミーシャにすれば、退屈な検査以上に禁酒が一大事であったのは言うまでもない。
この期間中、ミーシャがやることと言えば、フラナガン機関の実態をレポートにまとめ、素性が隠されている上級職員、実験体達の情報を秘密裏に調べ上げる事。
簡単に調査しただけでも、到着が遅れているとされるニュータイプ候補達のリストには、ジオン軍人なら誰もが…いや、ジオン国民なら誰もが知っていて、そして連邦にすら名を知られている綺羅星の如くのエースパイロット達の名があったのには、さすがのミーシャも少々面食らった。
こんな戦史に載りそうなエースパイロットと同じ土俵に放り込まれるなんて、歯の奥がくすぐったいような、背がむず痒いような、そんな気もするし、そして心の何処かで誇らしさも感じた。
そして、外出までは禁止されていないので、あまり遠くない範囲で近隣の他バンチコロニーにまで足を伸ばしたりして、他にもキシリアの手が伸びている機関やら施設やらがないかの調査。これぐらいであった。
「検査外の時間は、せっかくだからサイド6巡りをさせてくれよ。戦争中だってのも忘れちまうくらい、ここはいいところだよな」
そんなふうに軽く願い出てみれば、実にあっさりとそれは受理された。
設備も本格稼働前で、しかも到着人員がミーシャ以外大幅遅刻とあって、まだまだフラナガン機関も時間を持て余し気味らしく ――使い捨てモルモットによる非人道的な実験ならどれだけでも実行可能なようだが―― 毎日の検査も、持ち運び可能な脳波測定機で自己診断し、後で提出してくれればそれで構わないらしい。受理が却下されたパターンも幾つか考えていたミーシャにすれば、それは拍子抜けである。
後々判明したことだが、初回時の検査でフラナガン博士は、すでにミーシャのニュータイプ素養を「可能性極めて低し」と見定めていたらしく、それ故に検査にこだわりを見せなかったから自由がきいたのだった。
何だかバカにされた気分だが、しかし都合が良い事も確かだった。
大手を振ってサイド6を飛び回れる。
コロニーに潜り込む行為も、夢の中でのルビコン作戦に比べれば、赤子の手をひねるかのように簡単だ。
それも当たり前で、まだこの時期のサイド6はジオン寄りだから、ジオン軍人である事を匂わせれば簡単なチェックで通してくれる。
しかしだからといって油断もできない。
サイド6はあくまで中立。
それも両勢力の軍人の立ち入りを許さぬ中立ではなく、立ち入るなら外の世界の争いを持ち込むな…という中立だから、連邦兵もたまにうろついている。
いらぬ争い事、面倒事を避ける為にも目立つことは避けるべきだった。
現在ミーシャは、色々と因縁深いリボーコロニーに来ていた。
ここは本来なら初めて訪れるコロニーであるはずだが、やはり夢の影響か、「懐かしい…」と思えるような気さえする。
昼間は街中を散策する。
ブラブラと港から大通りを歩き、賑やかな繁華街エリアの裏に居を構える小さな場末のバーに顔を出し、
「よぉチャーリー。ちょっとした休暇みてえなもんを貰っちまってな」
と顔馴染に挨拶し、その足でレンタカーを借りて、工場エリアを見て、バーニィのザクがいずれ墜落する林エリアを見て、そして学校を見て、最後に住宅街だ。
「…嫌になるくらい、全く記憶通りじゃねぇか」
いい加減この感想にも慣れてきた。
ミーシャは1人、エレカの中で愚痴るように呟く。
MSの操縦中にすら飲酒するミーシャだが、さすがに目立つべきでない日常での運転で酒を持ち出すほど、分別を失ってはいない。代わりに、シュタイナーからおすすめされたタバコで口寂しさを紛らわす。
一服は、住宅街の通りの外れで行われた。
ここからは、くすけたグリーンの屋根の家がよく見える。
ポストに刻まれた家主の名は〝イズルハ〟。
別に、あの夢の中でも、アル少年とミーシャは深い繋がりがあったわけじゃない。だが、子供を利用する罪悪感は、欠片程だったが作戦遂行中にも存在していた。それに、あの少年がルビコン作戦の果てにもし死んでしまっていたり、スパイ容疑で戦争犯罪者にでもなって戦後を過ごしたかもしれないと思うと、やはり今のミーシャには軽くない罪悪感が渦巻く。
「…へへ、バーニィの相棒のご登場か」
タバコをふかし、いつぞやのバーニィの如く目元をサングラスで隠して、エレカのシートを倒して寝そべりながらバックミラーで少年を見ていた。
元気よく駆けてくる少年。
戦争の
バーニィに続いて、この少年の存在も確認できた。
(そうさ、こいつはただの確認作業だ。ま…仕事のついでさ)
元気に実在したアルの姿にどこかホッとした様子のミーシャだったが、すぐに顔を冷たい軍人のものへと変貌させた。
それに実際今回の偵察行為にしても、このコロニーの地形確認は将来役に立つ可能性は大いにあるわけで、あながち自分の心をごまかす為だけの言い訳ではないのだ。一応。
なんなら、今からこのコロニーに、チャーリー以外の伝手を作っておいてもいい。今回は、ルビコン作戦の時と違って時間もある。
そして、そういう魂胆の場合、役に立つのは女と相場が決まっていた。
女を口説き落とし、惚れさせて、絶えず女の愛情が切れぬよう心掛けて現地妻としておけば、そういう女は何より心強く便利なセーフハウスとなる。
男も女も、人というのは愛情と性欲には流されやすい。それは生命の本質に迫る本能に囁きかける行為なのだから当たり前だろう。そして愛欲故に人は盲目となり、時には警察や軍隊すら恐れずに匿ったり、逃走の手伝いすら命がけでやってくれる。もちろん、相応に男としての魅力を示し続けなければならず、それに相応しいだけの対価が必要だし、自分が愛欲や情に流されぬよう注意する必要もあるわけだが。
ミーシャも工作活動の中で、ヨーロッパの女の数人は堕として現地妻として確保しており、今でもその女からの手紙などで現地の情勢を察知したりと、サイクロプス隊以外でも工作員は良く使う手法の一つだ。
夜間設定時刻となり、人工の空は夜空へと姿を変えて、街にはネオンが輝く。
本当に平和なコロニーだった。
今が、人類を二つに割っての全面戦争中だというのを忘れてしまうくらいに穏やかだ。
潜伏諜報員であるチャーリーが、このコロニーを愛して骨を埋める気でいるのも分かるというものだ。
ミーシャは夜の繁華街を歩く。
ネオン街を身なりを整えて歩けば、決して美男子とはいえぬむさ苦しい大男のミーシャは、非常に貫禄のある偉丈夫へと様変わりしていて、まるで大企業の幹部か、マフィアのお偉いさんか、というぐらいには凄味がある。
今、ミーシャが行っているのは獲物探しだ。
将来の布石として、このコロニーの情勢を探るための情報発信源となってくれる女が獲物であった。
どんな女でもいい。
見た目など二の次でしかないが、男としてはやはり美女であればそれにこしたことはないのだ。
幾つかの酒処を巡って、店内の客を物色する。
狙い所は当然、1人で酒を飲んでいるような女だ。
ミーシャくらいにもなると、通りでナンパのような真似はしない。
それで引っかかる程度の女では、セーフハウス兼情報源としての信頼性が物足りぬし、それにストリートでのナンパなどは若者がやるから日常の風景であって、己のような所謂オッサンがやると悪目立ちすることこの上ない。
初日の夜は空振りに終わる。
二日目の夜は、男連れの女ばかりでやはり不作。
そして三日目。
リボーコロニーに滞在すると決めていた最後の夜だ。
この夜がダメなら、ミーシャは大人しく一旦は8バンチへと帰還する予定である。
もともと、趣味と実益を兼ねた半暇つぶしのような現地妻調達だから、ミーシャ自身、そこまでのやる気というか熱意は無かった。
(ま、それも構わねぇ。リボーコロニーの酒は美味かったしな)
1人酒も悪くねぇや、とミーシャは1人朗らかに笑って、そして最後と決めた店に入った。
そこで、ミーシャは獲物に出会った。
疲れたふうに1人、カウンター席に座り、酒で唇を湿らせていた。
唇は濡れて艶めかしかった。
最初は少し離れて座る。
20分程経っても女は1人で、時折バーのマスターに愚痴をこぼしたり、次の酒を頼んだりする程度だ。
頃合いを見計らって、マスター経由で酒を女におごり、そして実に紳士的に、鷹揚に、物静かに、「失礼…あなたとマスターの会話が耳に入ってしまいましてね。…そういう手合の問題、私にも経験があります。まだお若いのに、実に苦労をしているようですね」などと、マスターを交えて彼女の愚痴に参加していく。
それは酒場ではよく見られる光景だろう。
マスターもよく分かっているというふうに、男と女の出会いを斡旋するかのように、一夜の出会いを様々な酒で彩ってやった。
ミーシャが聞き出した情報によると、女は教育関係の仕事…と最初は言っていたが、やがて酒がすすみ、ミーシャの老獪な会話術にも心絆されていったようで、1人のいたずらっ子の少年に頭を悩ませる若い女教師という事まで判明した。
話を聞いていると、どうやらその少年はミーシャも知っている、あの悧発で生意気で大した演技力を持った少年…アルフレッド・イズルハらしい。
「もしや、その少年とはアルフレッド・イズルハでは?」
「え?ご存知なのですか?」
「はは。ええまぁ。私の仕事の取引相手が、彼の父のイームズ・イズルハでしてね」
「まぁ…」
受け持ち児童の愚痴を、児童保護者の知人に漏らしてしまったというのは、教職の者としては結構な失態であるらしく、女教師は言葉に詰まって少し顔色を悪くしたが、ミーシャは優しく笑って言った。
「私とて大人の男です。酒の席での話を外に漏らすほど、無粋じゃありませんよ」
女教師は、どこか安心したようにはにかんで微笑んだ。
その一連の会話を弾みとして、トークはすっかりミーシャのペースだった。
エリート階級が多く集まるこのサイド6で、手堅い教員などをこの若さでやっていられるこの女は、やはり上流階級に分別された。しかも父は連邦軍の高官で、母は政府筋の一族だというからかなりの家格であり、そしてこの経歴を女から引きずり出した時点で、哀れにもこの女教師は手練れの工作兵の〝逃すことの出来ぬ獲物〟に認定されてしまった。
学業に邁進し、良い大学を出て、そしてエリート揃いの親族の中では教員などという職は、この女が政略結婚するまで許してやるお遊びのようなもので、若い女教師は色々なものに雁字搦めだったのだろう。
問題児、モンスターペアレント、積もった鬱憤、将来の政略結婚の為に自由恋愛も許されず、同年代の同性の友人に比べて男を知らぬという女としての劣等感、それらが重なり、仕事を楽しいと思える容積を越えて様々な事柄に不満が溜まってきたその時に…ミーシャにとっては運の良い事に ――若き女教師にとっては運の悪いことに―― 、大人の包容力というものを存分に見せつけてくる行きずりの男に、たった一夜ですっかり絆されてしまった。堪らぬ魅力を感じてしまっていた。
アルコールのせいと言い訳して、女はミーシャに手を引かれてホテルへと消えて、そして教育者という聖職につく者にあるまじき、一夜の情熱の愛に手を出した。両親や一族への反発もあったのだろう。
初めて知った男の肌の温もりに、女はすっかりのめり込んだ。すっかり参っていた。
「っ…は、…ぁ、…ああっ、…ああ、あっ!」
40も後半の脂ぎった中年男にのしかかられ、白く長い脚を割り開かれている女の声は艶めかしい。リボーコロニーから出ることさえ殆どなく育ったであろうこの美女の、日焼けなどまるでしていない体はトップとは違う美しさに満ちていた。
散々に女を鳴かせて、そしてふと気付いた。
(この女の声は、トップと似ている)
別の女の事を考えながら女を抱くなど、眼の前のこいつに中々に失礼な話だ、とミーシャは笑うが、女教師はミーシャの表情を伺う余裕などまるでない。
女との夜は、まだまだ続いた。
女教師を虜にし、仮初の連絡先を渡してまた一つセーフハウスを増やした。
それに、女教師経由でアルフレッド・イズルハの情報も得られるのは、ミーシャとしても悪くない。別に、いくつもの偶然が重なってバーニィがアルと出会っただけなのだから、ミーシャが暗躍している今では、予知夢の通りにバーニィ達が出会う可能性は極めて低いに違いない。だが、保険は幾つも掛けておくに限る。別にアルが心配で、様子が気になるというわけではない…というミーシャの言い訳でもあった。
これでリボーコロニーでの仕込みはだいたい終わり。
そう思い、そろそろ8バンチコロニーへ帰還しようとしたミーシャだったが、最後にBARピンクエレファントのチャーリーへと挨拶をしてから港へ向かおうとしたから起きた小さな事件だった。
裏通りに入っていくと、いつも路地の端っこ…ゴミ捨て場のあたりで管を巻くゴロツキがいなかった。
そのかわりに、連邦の兵士が数名そこにはいた。しかも、身なりの良い格好をした3人の民間人を囲むような形でだ。
品の良いその民間人達が、なぜこんなゴロツキがうろつく裏路地にいるのかは分からない。ショートカットに使ったのか、それともこの兵士達に連れ込まれたのか…そのどちらかだろう。
ここは中立サイドで、ジオン寄りとはいえ審査に通れば連邦の兵士もコロニーの滞在は許される。禁止されているのは、ジオンと連邦の戦闘行為なのだ。
それに、連邦とジオンの政財界の要人が多数定住しているし、それらに連なる者の出入りも多い。当然、その護衛という形の兵士を見かけるのも珍しくはない。
この兵士は、きっとそういう要人の取り巻きなのだろう。
だから、こうも居丈高に市民を脅すように取り囲んでいる。
権力のバックボーンがあれば、市民に何をしても泣き寝入りすると決めつけて、無体は許されると思い込む兵はジオン・連邦の区別なく存在するのだ。
小綺麗な3人の市民は、年格好から家族だろうと予想するのは簡単だった。
そして、連邦兵達の目的は小遣い稼ぎと、そしてこの一家の娘であろう若い美少女なのだろうと予測するのもまた簡単であった。
連邦兵は、ジロジロと眺めてくる巨漢に気付いたのか、鋭い視線で凄んできた。
「なんだ…?テメェ、何か用か?」
「お仲間に入れてくれってか?ハハハ、んじゃあ
言葉から察するに、地球出身のエリート意識を持った連邦兵らしい。だから、サイド6という土地でこうも無体な真似を振るう愚行が出来るのだろう。
連邦兵が、スーツ姿の男性と上品な女性の額に、ゴリゴリ銃を突きつけながらミーシャへも凄んでみせ、そして銃をチラつかせて追い払おうとする。
ミーシャは溜息を吐いていた。
「いや…!やめて!やめてください!」
兵士らの背後では、微かに薄桃色にも輝いて見えるブロンドとウェーブがかった髪が美しい美少女が、連邦兵に掴み上げられた細腕をかばって悲痛な声を漏らしていた。
「へへ、ちょっとぐらいいいじゃねぇか、お嬢ちゃん」
「俺らとちょっと遊ぶだけって言ってんだろうが!」
かなり強引に迫る兵士達は、頑なな少女に痺れを切らし始めたようで、段々と行為はエスカレートして血気に漲ってくるのが見ていたミーシャにも分かった。危険な兆候だった。
「む、娘をはなせ!!クスコ、逃げなさい!!」
少女の父親らしい男が、娘を掴んでいた連邦兵の腕を逆に掴み上げると、
「っ!この野郎!!舐めて真似しやがってぇ…!」
カッとなった連邦兵が、父親に向かって銃の引き金を引こうとし、そしてその直前、ミーシャは巨体に似合わぬ速度で駆け始めていて連邦兵の銃を奪うと同時に腕の関節を捻り上げていた。
「っ!あぐ!ぐ、あ…っ、痛っ、いだだだ…!」
「き、貴様!」
他の2人の兵士も銃を抜こうとして、そしてその瞬間に、1人には鳩尾に重たい蹴りが炸裂し、もう1人には腕を捻り上げてやっていた兵士を押し投げて2人揃ってもつれ転ばせる。
そこに追い打ちをかけた。
鳩尾に一撃食らわせてやった兵士は既に気絶していて、ミーシャは見た目通りのパワーでそいつを持ち上げると、起き上がろうとしていた兵士2人にぶん投げたのだ。
「げっ!?」という間抜けな悲鳴をあげて、兵士たちはまとめて3人がゴミ捨て場へと転がっていく。
「こっちだ!」
ミーシャに促され、三人家族は一目散にミーシャの方へ駆け寄って、大通り目指して走り抜けていく。
大通りに出てからは、父親に「後ろを気にするな。リラックスして歩け。ほら…奥さんと娘さんの手を握ってやりな」とそれとなく耳打ちし、ミーシャ自身は背後を警戒するも、連邦兵達は追ってくる様子はなかった。
4人で歩くこと十数分。
繁華街の中心エリアへと景色は変わっていた。
「ここらで大丈夫だろう。危なかったなぁ」
「は、はい…!本当に、本当にありがとうございました…」
少し歳のいったふうの、それでも充分に美しい壮年女性が何度も頭を下げて、それに続いて父親も口を開く。
「あなたは、私達の命の恩人だ。是非、お名前を。礼をさせてください」
「いやぁ、とんでもねえ。困った時はお互い様って事にしておきましょう」
「そうはいきませんよ!あのままでは、間違いなく私と家内は殺されて、娘は…奴らに、手籠めにされていたでしょう。銃の引き金に指をかけたのを、私は見ました。お、恐ろしい事です…っ」
未だ僅かに震える娘を、母親な優しく擦ってやり、手をしっかりと握っていた。
だが、そんな状態にも関わらず、その娘は震える唇でミーシャの目を真っ直ぐ見て言った。
「ありがとうございます…本当に」
落ち着いた今の状況で、美しい娘の声を聞いてミーシャは少し驚いた。
(ありゃ…なんつー偶然だ。またまた似てやがる。トップに、あの女教師に…この娘に。ははは、面白ぇ偶然が重なるもんだ)
凛としたその声は、奇しくもここ最近でミーシャが抱いた極上の女と似た声をしている。
共通するのは、どいつも皆、見た目も中身も最高の良い女という事だ。きっとこの少女も心身ともに良い女なのだろう、という悪ふざけ染みた感想を抱くぐらいに、偶然が重なっていた。
妙な縁を感じた。
しかし、いくらミーシャが美人好きだと言っても、節操なくこの場で口説くような真似はしない。
男に親を殺されそうになり、レイプ未遂までされたとあっては、少女の心は恐怖で満ちているだろう。
少女と距離をとろうとしたのだが、その直後に…
「おじさまは軍人なのですか?」
少女にズバリ言われてミーシャは一瞬目を見開いた。
「…いや、違う。しがない配管技師さ。あの時、あんな恐ろしい兵隊さん達とケンカできたのは、火事場のクソ力ってやつかな。…まぁ現場仕事をやるヤツには喧嘩っ早い人間も多いから、ちょっとだけ荒事に慣れてたのもあるがね」
流暢に否定してみせたが、少女はミーシャの心を見通すかのような、深い海の底まで見透かすかのような透き通った視線を向け続けている。
「…ウソ。大人のおじさまはウソがお上手なのね」
「こ、こら、クスコ。……すみません。娘は…妙に勘が鋭いというか、こういう事を時々言って私達の事も困らせることがあるんです」
根は優しくて素直ないい子なんですが、と苦笑いしながら父親は言った。
さっきまで震えて母親にしがみついていた少女は、もう少しも震えずにミーシャと真正面から向き合っている。どうやら肝も据わっている。傑物の予感がした。
(いやはや、大したタマだぜ。やっぱこういう声の女ってのは芯が強いのか?…どうも、俺はこの声の女が趣味なのかもしれねぇなあ)
50も近くなってきて、ようやく自分がどういう女が本当のタイプなのかを悟り始めた…ような気がしたミーシャだった。
スパイと暗殺者と戦士を同時にするかのような特務兵などをやっていると、1人の女を愛して家庭を持ち、幸せに営むなどというのは至難の業だ。
現に、シュタイナーもアンディもホアンも、特定の誰かを愛している形跡はない。
それぞれが、セーフハウスの現地妻と疑似家庭を作ることはあっても、残念ながらそれは真の愛故ではない。
人の心を欺き、愛を騙るというのは、ある意味で人を殺す事以上に業が深く、誹りを受けても当然の行為だ。
しかしもうサイクロプス隊の面々は、そんな非情には慣れてしまった。
今更、こんな女達を心の底から愛してみたいと思うのも都合の良い話だ…とミーシャは切って捨てる。
そんなミーシャ自身の内面は置いておいて、ミーシャは今しがた父親が言った言葉に思うものがあった。
見透かすかのような目と、そして人の心を覗いたかのような少女の言葉。そんな事は前々から稀にあったという。
これは、フラナガン機関でロム博士から聞いたニュータイプの特徴にもあったことで、そして密かにミーシャが機関の端末を覗いた際にも、テレパシスやリーディングなどの、いわゆるサイキック的なものと、ニュータイプの発する特徴的な脳波は良く似るのだという。
(この若造、ニュータイプか?)
そう思えば、この一家に多少の唾を付けておくのも悪くない。
「……今回のことは、お嬢さんやあんた方にとっても心の痛みになりかねない。俺ぁこんなナリだが、俺の知人は良い医者で良いカウンセラーでしてね。ほら…これ、そいつの名刺です」
フラナガン・ロムから渡されていた名刺を、そのまま一家に進呈すると、父親は相応の知識人だったらしく、その名に覚えがあったらしい。
「人間進化学と脳科学の権威の、あのフラナガン博士ですか?…これはすごい。まさかあなたが、あのフラナガン博士と知己だなんて」
「俺の名前を出せば、多少は優遇してくれるでしょう。そちらの都合がつけば、診察してみるのも良いかもしれませんぜ」
「それは…な、なんとも…重ね重ね、なんと礼を言えばいいのか」
「申し訳なさすぎますわ。私達に、こんな良くしていただいて」
父も母も、ミーシャの打算に何度も礼を言っていた。
少しだけミーシャの背もくすぐったいが、こんなウソも特務兵などはよくつくのだ。
そしてそんなミーシャを、美しい少女はやはりじっと見ていた。透き通るような瞳で、真っ直ぐに射抜いてくる。
「…ウソかもしれないって思うかな?」
「……かもしれませんけど…ふふふ。でも、おじさまなら許してあげます」
自分の半分にも満たぬであろう年若い少女に、まるでやり込められるかのような、包まれるかのような言いようをされて、ミーシャは物悲しくなってきた頭皮を少し掻いて「ありがたいねぇ」などと微笑んでいた。