機動戦士ケンプファー 栄光のサイクロプス   作:ハンマーしゃぶしゃぶ

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第三話 吹雪の果てには?

フラナガン博士の顔は、歓喜ゆえに歪に曲がっていた。

およそ正気とは思えない顔で、彼は光の反射具合によっては薄いピンクにも輝くブロンド髪の被検体に見入っていた。正しくは、そのデータにだ。

 

「これは…やはり、脳波計があきらかに通常と違う。何体ものモルモットで確認した波形の特徴だが…その何倍も大きくはっきりとした特徴を持っている…!これは…物質的な観測は現段階では極めて難しいが…たしかに波長に独特の紋があるのだ。この脳波は干渉する…。物質的観測が困難であっても、確かに物理的に作用するのだ、脳波が…!。なんたることだ。間違いなく、間違いなく、今までのモルモット達とは一線を画すぞ!」

 

これ芸術品であった。

今までの多くの欠陥品や模造品、落第生達とは違う正真正銘のニュータイプに違いない。

最近ようやく納入した大掛かりな計測機器で、長時間の観測で、ようやく見出した特殊な脳波パターンに食入りながら、フラナガン博士の顔がまた一段階深く歪んだ。

概念としてではなく、種としてのニュータイプの発見。その兆しを見せる未熟な種ではなく、強力な力を持った真のニュータイプを見出したのだ。

これは実に偉大な一歩で、フラナガン博士を大いに喜ばせたのは勿論だった。

間違いなく、己は人類史に名を刻むだろうと、博士は確信する。

 

(私は、ある意味でジオン・ズム・ダイクンと並んだのだ)

 

そういう自惚れすら抱いても許されるだろうと、フラナガンは考えた。いや、それ以上にすらなれるとさえ彼は思った。

なにせ、何十体という非合法の使い捨ての脳を切り開いても、殆ど進捗しなかったニュータイプ研究が、今までの苦労がウソのように飛躍的に進んでいるのだ。

自分の仮説が次々に立証されていく快感は、学者であり研究者であるフラナガン・ロムからすれば、どんな美女を抱くよりも、どんな美酒に酔うよりも魅力的である。

もはや名声や名誉を求める欲は満たされたと言っても過言ではない。それらは後から付いてくると確信できている。

ニュータイプ研究が飛躍していけば、試してみたかった様々な事が出来るようになる。今はその知的探究心を満たすことこそが本懐なのだ。

 

「思考を柔軟にし、与太話と切って捨てぬ真の賢者だけが、私からネクタルを授かり、喉を潤せたのだ……ふふふ」

 

ダイクンが提唱する前から、フラナガンはひっそりとニュータイプ種というものを研究していた。だが、ダイクンが言うニュータイプが概念であるならば、フラナガンが唱えるニュータイプは物理的な種族の成長という意味でのニュータイプだ。この2つは、同じように扱われているのが現状だが、その実決定的に違う。

だが、世間のその勘違いすら今はフラナガンにとって好都合だった。

 

「あぁ、楽しい。あぁ忙しい。大変だ、大変だ。私の腕が二本しかないのが恨めしいよ」

 

フラナガン博士は、今とても幸せだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クスコ・アルにとって、フラナガン医療センターでの実験は予想以上にハードだった。

だが、連邦軍の魔の手から両親共々救ってもらい、強姦されかけたという心的外傷の良い治療先まで紹介されてしまえば、そのついでにちょっとした治験に協力してもらいたいと要請されてどうしてクスコがNOと言えるだろうか。

それに、実験では身体接触が伴うものに関しては常に女性スタッフが対応してくれたし、ハードといっても長時間重たいヘッドギアをつけて椅子に座り続ける…というものや、目隠しされたままに映像を当てるとか、そういう事を延々と繰り返す類のもので、困難(ハード)という言葉のニュアンスが多少違った。

しかも実験には両親が立ち会う事も許されていて、最初は緊張と心配とを全面にだして立ち会っていた両親だったが、乱暴されるわけでも危険でもない退屈な実験が延々と繰り返されると理解してからは、自然とその回数も時間も減ったし、両親の顔も穏やかなものへと変わっていった。

 

(ここは安心だし、安全だわ)

 

そう思えて、そして医療センターと銘打っているだけあって、彼女が味わったレイプ未遂に対するカウンセリングも女医が請け負ってくれて、しかもそれらの診療費は無料。

医療センターの一等室を長期間貸し切っているというのに、滞在費も無料。

むしろ実験に対する謝礼として、かなりの額がアル一家の口座には送金されていた。

辞める理由がない。

 

(それに…ここには―――)

 

クスコ・アルが、ここで実験に対して非常に協力的な最大の理由。それは…。

 

(おじさまがいる。私の、恩人。父さんと母さんを救ってくれて、私自身も救ってくれた、私の…白馬の王子様)

 

実験をしていると、時折〝彼〟に会えた。

余りにも忌々しい、連邦の男どもによる一方的な蹂躙。

あの時彼が現れなければ、間違いなく母も父も殺されて、そして自分も凌辱されていただろう。まだ初キッスも済ませていないお嬢様にとって、それは生地獄だったに違いない。男達に処女を奪われ貞操を汚され、女の尊厳を破壊され、それぐらいな舌を噛み切って死にたいと思っても、クスコ・アルはきっと自分が可愛いから意地汚く生き延びて、そして嫌悪に塗れて生き続ける。クスコは自分を理解しているから、きっとそうなると確信していた。

そんな人生の分岐点で、自分の人生をこの二周り以上年上の、己の父よりも年上のでっぷりお腹のおじさまが救ってくれたのだ…という、とても強い確定的な思いが彼女にはあった。

夢見がちなお嬢様だから、白馬の王子様などと嘯いているだけではない。

彼女が備える強力な才能…ニュータイプ的な確信がある。

彼を想えば、レイプされかけたあの思い出など、簡単にクスコ・アルは乗り越えられた。

 

「疲れたかね?」

 

「いいえ、大丈夫です博士。まだできます。なんだか…もっと視えてくる気がします」

 

そう言うと、分厚いガラス越しに、フラナガン博士は嬉しそうに笑ってうなずいた。

もっと、もっと実験がしたい。

クスコ・アルはそう願った。

長い時間、このエリアで実験を続けていると、それだけ彼に会えるチャンスが巡ってくる。

 

「あの、博士」

 

「なんだい」

 

暗転したヘッドギアを付けられたままに、まるでリアルなシューティングゲームのようなものをこなしながら、クスコ・アルは己をモニタリングしているフラナガンへと、声をかける。

 

「あの時…私達家族を助けてくれた、あの人は…ここではやはり私のような実験に参加してるんですか?」

 

「ああ、そうだよ。もっとも…君のような特別な素質はないのだがね」

 

「…でも、私のような素養とは、全く異なる才能があるのでなくて?」

 

「うむ…、さすが良い所に目をつける」

 

「…だってこんな研究施設に出入りしているのに、博士達のような白衣姿を、あの人がしているのを見たことがないんですもの。きっと、直接実験に参加しているのだと思って」

 

「ご明察だ。ふふふ…これは君の特別な才能によるものかな?私の心を感じ取ったのか…それとも、気になる男性に対する乙女の感かな?」

 

「いえ…そ、そんなことは…」

 

からかうようなフラナガン博士の言葉に、クスコ・アルは手を止める事なく可憐な花が綻ぶように、頬をやや染めて恥じらってみせた。

年の功というわけではないが、ニュータイプ云々を別にしてクスコ・アルの女としての反応は実にわかりやすい。本当にただの恋する少女で、クスコの恋心を見抜くのは誰でも出来る事だった。

希少な被験体であると同時に美しく若い少女が、自分と同年代かつハンサムとはお世辞にも言えない容姿の中年男に懸想しているというのは、同じ男性からすると羨ましい限りだった。しかし、恋心というのは強いものである同時に視野を狭めて利用しやすくもしてくれる。ちょうどよかった。

 

(御しやすいな。だが、クスコ・アルの力は本物だ。ならば、あまり迂闊なことを考えれば見抜かれるかもしれん)

 

もっとも、フラナガンはニュータイプというものが、いわゆるテレキネシスだとかのように心そのものを読み取れるような存在ではないとも、既に当たりを付けてはいたが、それでも脳波を介して人の感情に酷く敏感なのも証明されつつあるのだから、注意を払うに越したことはないのだ。

 

(…だが、あの様子ならば…私の心になど興味はなさそうだがね)

 

想い人を心に描いたのか、うっとりとした様子すら見せる被験体の少女に、フラナガンは薄く笑った。

このままこの実験体が、カミンスキー少尉と性交でもして、いっその事妊娠でもしてくれたら面白いのに…とも思う。

少尉とクスコ・アルとのセックスは、研究テーマとしても奨励したいところで、新発見された新人類の力が明確に後代に遺伝するのかという事も研究できるはずだ。

 

そして案の定、博士が予想した通りクスコ・アルは意中の男以外の精神など眼中に無い。それ程に、中年太りした薄い頭髪の中年男に心焦がれていた。美女と野獣とはまさにこの事だろうが、クスコから見ればあの中年オヤジ然としたでっぷりお腹も、隙間風寒々しい薄い赤毛も、重なった顎も無精髭も、全部が〝カワイイ〟と見えたし〝あの無骨な男臭ささがセックスシンボル〟とでも言いたいのだ。

あの男が、連邦兵をぶん投げた場を思い出すだけで、クスコ・アルの体温は俄に上がり、火照る。

男に乱雑に言い寄られ、両親さえ殺されかけ、だが間一髪で救われるというお伽噺めいた体験。あのスリリングな経験。あのまま助けられず、男にレイプされる己を想像して欲情する。だが、その後で、汚された自分を詰りながら、強姦魔達の爪痕を消し去ろうと、或いは上書きしようと、強姦魔達以上に激しく自分を犯してくる〝彼〟を想像すれば、それは男共に蹂躙される以上の快楽だった。

だが、それは想像の中だからこそと分かっている。それは愛欲の本道に加える一滴のスパイスに他ならない。

クスコ・アルが心の底から求めるのは、強姦魔達をねじ伏せた〝彼〟の逞しい腕でめちゃくちゃに蹂躙される事だ。

 

(あの下賤で汚い男達が、私をめちゃくちゃにしようとしたみたいに……私を汚して……私を、抱いて)

 

無垢だった少女は、あの鮮烈な出来事を経て、その性癖を大きく歪めてしまっていたらしい。

ヘッドギアの下で、クスコ・アルは美貌を桃色に染めて、ほぅっと熱い息は吐いた。

その晩も、クスコは拙い指技で自分の無垢な肉を掻き回していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結論を言うと、ミーシャがフラナガン機関と関わる期間は僅かだった。

ニュータイプ適正無しとのお墨付きを貰って、彼は短期間でサイド6からお払い箱となった。

とにかく得たものは多かった。

サイド6に色々な伝手を作れたし、あの後合流してきた何名かの検査待ちのエースパイロットとは交流が持てて、模擬戦を経験したり戦場の情報を交換できた。加えて、フラナガン機関にも幾つもの盗聴器やらを仕掛けたし、それに現段階で最高の被検体クスコ・アルとは大いに親しくなれた。

クスコ・アルの立場故に、彼女と寝るまではいかなかったが、今までの経験からクスコは大分こちらに好意を示しているのはすぐ分かったから、もう一度接触を持てればその時こそサイクロプス隊の新たな協力者の完成だ。

 

「…ご苦労、カミンスキー()()。フラナガン機関の調査は……――ふむ、なかなか良くできている」

 

「ありがとうございます、中佐。…しかし、自分が中尉でありますか?」

 

グラナダの司令室にて、ミーシャは調べ上げた全ての情報をキリングへと提出していた。

無論、定期的にキリングの使いっ走り相手に情報の受け渡しはしていたが、潜入任務が終われば本人がまとめの報告をするのは慣例である。

 

「ヨーロッパ戦線での活躍と、今回の潜入調査での功績を鑑みた結果だよ」

 

つまらなそうにキリングは言った。

ミーシャもまた昇進の報を無表情で受け取る。少し驚くべき点があるとすれば、昇進のタイミングが予知夢で視たよりも早い…というぐらいだろう。

昇進の喜びは、自分の古巣に帰ってから存分に顕にしたいところだった。

 

「現時刻をもって、中尉は原隊に復帰。話は以上だ」

 

シッシッと追い払うかのような、そういう手振りでミーシャに退出を促すと、キリングはもう自分の思考の世界に没入していた。

これ幸いとミーシャもさっさと部屋を後にする。

現在、サイクロプス隊は地上での活動を一旦終えてグラナダに帰還しているというから、これも都合が良い。

サイド6は物資が豊かだから、サイド6土産はあの荒くれ者達にさぞ喜ばれるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

キリングに聞いた時に既にわかってはいたものの、サイクロプス隊の宿舎エリアの扉を開けた時、ミーシャの顔は綻んだ。

 

「ミハイル・カミンスキー中尉。復帰おめでとう」

 

「隊長…ただいま帰りました」

 

様になっている敬礼をしたと思ったミーシャだが、すぐにその生真面目さを喪失させて、かつてのように軍服の胸元を大きくはだけさせて背伸びをする。

 

「ようやく帰ってきたって実感がわいてきましたぜ。やっぱここはいいですね」

 

「フッ…そうか」

 

部屋を見回し、隊員と目が合う度に皆が気怠げに、或いは嬉しさを隠そうともせずに、彼の帰還を祝した。

かつては、欧州での連日連夜の激戦を経てのこの時期には既にサイクロプス隊のメンバーは6名にまで減じていたはずだが、宿舎は今も狭っ苦しく、10名もの隊員が健在である。

おかげでサイド6土産の出費が痛かったし、量としてもかさばる事この上なく、ミーシャにとっては嬉しい悲鳴だ。

全員に土産を配ったあと、ミーシャはシュタイナーの真ん前の席にどっかと座り、シュタイナーにとっておきのプレゼントを渡す。ビンテージの葉巻セットと、旧世紀に人気だったタバコの0079年度復刻版を12種1カートンずつ。

珍しく、シュタイナーの表情が綻び、一瞬だが確かにその目を輝かせたのをミーシャは見逃さない。

 

「悪いな、ミーシャ。ふむ………さすがはサイド6だ。随分良いものがまだまだ出回っているんだな」

 

「あそこは別天地ですね。ジオンと連邦のドンパチを尻目に、うまいことやってますよ」

 

「チャーリーは元気だったか?」

 

「ええ。相変わらず頑固そうだったが…随分老けてやがりました」

 

「くくく、まぁそうだろうな」

 

しばらくはこのような雑談に興じたが、やがて2人は声のトーンを落として〝予知夢の件を含めた今後について〟を話だす。

予知夢だなんだのオカルト的なものが混じってくるこの話題は、いくら気心知れるサイクロプスの同志と言えども、さすがに少々憚られた。

 

「さて、ミーシャ。今後についてだが…」

 

この声の調子になると、隊長と副隊長以外の隊員は、自然と中央のテーブルからは離れていく。

ガルシアなどはアダルト雑誌を熱心に読み込み、アンディは洗面台で髪の手入れにをはじめ、ホアンはイヤホンをつけてうたた寝を始める。他の隊員達もそれに似たようなもので、誰もが暗黙の了解というのを知っていた。

 

「お前が、欧州南部侵攻作戦を前に置いていってくれた置き土産だがな…随分と役立ってくれた。トゥールーズからオデッサ制圧の大まかな流れは、ミーシャの言った通りだったから、俺達サイクロプス隊も被害を抑えて立ち回れた。他にも、ヨーロッパ全体の侵攻は、お前の()()()()よりも大分早く展開されている。この差異は、恐らくは…欧州北部の時にお前が行った〝ブートキャンプ〟にあるのだろうな。実際に効果があると、即座に証明できたのが大きかった。ケラーネ少将の目にすら止まったぐらいだ」

 

あれによって、ユーリ・ケラーネの価値観と認識は、未来に向かって大いに前進していた。

もともと将としては有能だったケラーネは、サイクロプス隊の入れ知恵によって、さらに先を見通すようになった。

そして彼が率いる欧州軍団も、その地力を向上させており、ミーシャの予知夢よりも早くヨーロッパは平定され、MSが抱える様々な問題や補給線についての改善に早くも乗り出しているという。

マ・クベが提唱していた統合整備計画も、欧州軍団がモデルケースとなるような形で一足先に導入。

欧州の一部では、既に共通ブロック化したMSの試験が開始されていた。

本国で計画された新型MSの設計データを受け取ったオデッサ工房が、一部設計データを統合整備計画にすり合わせて改善し、そしてブロック化開発によって開発速度も向上させる。

それによって、ミーシャが知るものとは少し違う形 ――統合整備計画・欧州モデルというバージョン―― で、既にグフと、そして少数だがプロト・ドムまでが戦場に姿を見せていて、その稼働データを本国に送り、本国技術部の意識をも徐々に変えていく。後々、本格的に量産されるグフやドムは、欧州モデルを取り入れた物となるだろう。

ヨーロッパを中心に、良い連鎖が始まっていた。

これが出来たのも、ケラーネとマ・クベがタッグを組むような形になってくれたお陰だろう。

そして、その切っ掛けとなった()()()()()()()()()は、間違いなくサイクロプス隊であり、そしてミーシャなのだ。

 

「グフにドム…俺が本来知る由もない新型MSの名が、これもお前の言っていた通りに出現した。そして、聞いていたよりも早く世に出た。これはジオンにとっては良い兆候なのかもしれんが……確実にズレてきているな。こうなると、段々とお前に貰った予知夢の知識も当てにならなくなるが――」

 

火がついていないタバコを咥え、シュタイナーは背もたれに身を預ける。

 

「大きな流れは変わってはいない。やはり、起きるものは起きるべくして起きる…という事かもしれん。俺達が世を動かすのではなく、世の状況が、軍隊を動かすのだから、なるほどそうなのかもしれないな」

 

「となると、連邦がガンダムを動かすまで後2ヶ月ほどですか」

 

「少なくともそれに近しい時期になるだろう。…それに、俺の伝手で得た情報では、アジア方面には連邦のMSがちらほら見え隠れしている。これは、お前が言っていた夢での出来事と、月日と地域もほぼ合致する。連邦の本格的な反撃が近いという事だ」

 

「…知ってても、独断で動けるわけもねぇし、どうしようもないですがね」

 

「歯痒いところだが、ま…今更だな。今までだって何度か似たような経験はしている」

 

実際、シュタイナーとはそういう男だった。

優れた見識と知略を持っているから、敵の動きを手玉にとるように予測しても、シュタイナーには大権がないから上官(キリング)がYESと言わねば動けぬのは当然。

全てが終わった後に、実際に正しかった事が証明される…というパターンは既に何度かあった。

こういう時は、シュタイナーも己の政治音痴が悔しくなる。

もっと上に伸し上がっていれば、最善の手を幾つも打てるのだ。

上昇志向の無さが裏目に出る度、シュタイナーは自分が人の上に立つ器でないと自己嫌悪になる。

もっと自分に野心が欲しいところだった。

だが、その野心の無さと政治センスの無さが、ミーシャを始めとしてサイクロプス隊の皆は好ましく思っている。

これでシュタイナーに政治的センスまであって、どんどん立身出世していくような人間だったら、それはそれで面白いかもしれないが、どうも完璧超人に過ぎてつまらぬ…と感じそうでもある。ようは、ミーシャも、そしてアンディやガルシアも今のシュタイナーが好きだった。

 

「欧州で築いた人脈を使ってみますか?」

 

「ケラーネ少将か?…やめておく方が賢明だろうな。キリングとは完全に馬が合わんだろうから、無駄な軋轢を生むだけだ。そう慌てずとも、俺達の次の勤務先はもう決められているだろう。俺達がこのグラナダで、このままのんびり過ごす…なんて事にはならんさ。お前の予知夢では…本来なら、まだユーラシア大陸を転戦しているはずの俺達が、自由に動かせる駒としてこのグラナダで待機している。遊ばせている手はない…間違いなく、司令部はサイクロプス隊を使うだろう。だから、今はお前も英気を養っておけ」

 

今を貴重な休暇と思え、とシュタイナーは言った。

だがミーシャにとっては、今までの任務が休暇みたいなものだったのだ。

充分に英気を養えた直後だから、寧ろ戦気というものを持て余し気味であった。

 

「やれやれ、退屈でいけねぇや」

 

心もとない薄い赤毛を掻いて、ミーシャは自分の為に買ったサイド6土産の酒の栓を開け放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、グラナダでの休息はシュタイナーの予言通りに終わった。

その後は、サイクロプス隊はヨーロッパ戦線での酷使と同じように各戦線で使い倒される事となる。

しかし、それは激務であっても決して悲惨なものではなかった。

ミーシャが知る()()()のジオン軍は、サイクロプス隊が骨身を削って摩耗する程に酷使されようとも戦況は好転せずに、寧ろ一歩一歩確実にジオンは敗北へと向かっていった。

だが今は違う。

サイクロプス隊が奔走するだけの価値がジオン軍には生まれていた。

各地の師団のMS達は、徐々に統合整備計画バージョンのものへとアップグレードされていき、完全に停滞していた各戦線は緩やかにジオン側に傾いていく。

連邦のMSもチラホラと姿を現しだしたが、粗製乱造の初期型はアップグレードされたジオン製MSには及ばず、ジオンは優勢を維持し続けていた。

当然、サイクロプス隊の奮起も地上軍の優勢に大いに貢献していたのだが、しかし全てが上手くいくわけもない。

 

ミーシャとサイクロプス隊の奮闘で好転しつつあった戦争だが、やはり〝ガンダム〟の出現を境に勢力比はシーソーゲームへとなっていった。

ガルマ・ザビ、ランバ・ラル隊、そして黒い三連星。

ジオンの綺羅星が次々に連邦の白い悪魔の手によって墜とされていったが、それでも全体の戦況は決して悲観的ではない。

オデッサでは黒い三連星は戦死したものの、ケラーネ軍団が迅速に連邦の重要拠点マドラスを攻略したことで、連邦の〝オデッサ・デイ〟に対して、ケラーネ軍団の参戦が間に合ったのだ。

これによってマ・クベのオデッサ防衛隊と、そしてマドラスより舞い戻ったケラーネ軍団との間で奇しくも挟撃が完成。レビル率いるオデッサ攻撃軍団はまさかの敗北を喫した。

それとは別に、もう一つオデッサでの勝利の大きな要因…それは、ホワイトベース隊をサイクロプス隊が抑え込んだ事である。

 

「ミーシャ!白い奴は後ろだ!」

 

「っ!こ、こいつ…!なんてぇ速さだ!」

 

砲撃タイプのザクから戦場を観測するアンディが、高濃度のミノフスキー粒子で声を掠れさせながらも鋭く言ったのを、ミーシャは耳聡く聞き取って振り向く。

特殊部隊でありエース隊としても名を馳せてきたサイクロプス隊に、新型の特務機イフリートを与えられたのも当然で、部隊の性質にも合致する万能の高性能機だったが、それを駆るミーシャを以てしてもガンダムは強敵だった。

 

「なるほど…!これが―――ガンダムかよ!確かにこいつぁバケモンだぜ!!」

 

ジオン上層部が、新型ガンダムが白い悪魔のパイロットの手に渡るのを過度に恐怖する理由を、今まさにミーシャは肌で体感する。戦闘経験値がミーシャ1人だけ桁が違うというアドバンテージと、イフリートの性能が合わさってようやくガンダムにも対抗できる。それ程に恐ろしい相手だった。

加えて、ガンダムは黒い三連星との戦いを経験して更に動きを洗練させているように感じられもした。

サイクロプス隊が総出でホワイトベース隊を攻撃したが、ガンダムは戦いの中の一秒一秒で進化する悪魔だった。歴戦のサイクロプス隊の仲間が次々に殺された。

 

「サイクロプス7、ダウン!サイクロプス5も応答ありません!」

 

「この野郎…舐めやがって!!」

 

「よし、いいぞガルシア、そのまま組み付いてろよ…!」

 

近接に長けたガルシアのグフが、ヒートロッドで脚を攻撃しつつガンダムと鍔迫り合って動きを封じたその瞬間に、ミーシャのイフリートが全力のホバーで一気に駆けた。

 

「俺達サイクロプス隊の戦い方ってヤツを――教えてやる!!」

 

「あ、ああ!?味方ごと!!?」

 

アムロが戦慄する。

ガルシアのグフの脚ごと、ガンダムの脚をイフリートのヒートサーベルが斬り飛ばしていた。

 

「隊長、とどめを!!」

 

ミーシャは叫びつつ、倒れ込んだグフを抱えて大きく跳躍すると、次の瞬間にはグフが倒れ込んでいたそこへガンダムの頭部バルカンが火を吹いていた。倒れゆくその瞬間まで、ガンダムはサイクロプス隊に牙を剥いていた。

そして、それらと入れ替わるようにして、シュタイナーのイフリートがサーベルを大上段に構えて一気呵成に飛び込み、振り下ろした時、ガンダムは間一髪に上半身をパージしてコアブロックを射出。

アムロのコアファイターは見事に空へと逃げおおせていた。

 

「なんてヤツだ。……あれが、連邦の白い悪魔、か」

 

ミーシャでさえ冷や汗の連続だった。

確実に殺せる手順だった連撃を、ガンダムのパイロットはするりとすり抜けてみせたのだ。

 

「おおい、ミーシャ……さっさと俺を運んでくれよ。テメェが俺のグフの脚をぶった斬ったんだぜ?」

 

ガルシアの催促に、ミーシャはスキットルの蓋を緩めながら「すまねぇ」と嘯いて笑っていた。

オデッサの戦いで、サイクロプス隊はほぼ半数を失うというダメージを被ったが、それでもジェームズ・黄は生き延びたし、それにホワイトベース隊にも相応の対価を払わせてやった。

ガンダムはパイロットには逃げられたものの撃破に成功。

ガンタンク、ガンキャノンはパイロットごと撃破を確認。

Gブルは中破に追い込んで、ホワイトベースにも幾らかの直撃弾を食らわせて、ホワイトベース隊もまた連邦主力同様に這々の体で撤退していった。

 

ガルマを死に追いやり、シャアを尽く手こずらせ、幾人ものエースを墜としたホワイトベース隊に対してこの戦果であり、しかもレビルのビッグトレーをすら捕捉して撃沈せしめた。

ホワイトベース隊こそ取り逃がしたものの、オデッサ防衛は成りレビル将軍は戦死という結果は凄まじく、サイクロプス隊は50%近い損耗率を叩き出したものの、その損耗に見合うだけの大戦果と言えた。

大金星であった。

ザビ家の一員であるガルマや歴戦のエースが立て続けに戦死し、一抹の暗雲垂れ込み始めて淀み始めていた空気を、サイクロプス隊の活躍が払拭した。

 

その後も連邦とジオンは拮抗した戦いを続け、地上ではオデッサを中心に欧州がジオン勢力圏として固まったもののジャブローは揺るぐことなく膠着。

宇宙では、ソロモンにてティアンム艦隊とドズル艦隊が激戦を演じて、ソロモンは陥落したもののニュータイプ部隊(ララァとクスコ)の活躍もあってドズルは生還し、ティアンム艦隊は手痛いダメージを負ってその進撃は止まりア・バオア・クー攻略などとても出来る状態ではなくなっていた。

こうして地上と宇宙とで睨み合いが続き、やがてサイクロプス隊にとっての運命の時が近づいてきていた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、また北極基地を攻撃する事になるたぁな」

 

ミーシャはスキットルで軽く唇を湿らせながら、コクピット内で1人呟いていた。

連邦軍が、膠着した戦況を打開する為に新型ガンダムを開発しているという情報を掴んだキリングは、ミーシャのかつての記憶通りにサイクロプス隊を〝新型ガンダム破壊計画〟に投入した。

運命の皮肉をミーシャは感じながらも、しかし確実に変わった事もある…と、自分達の末路は決まってはいないと強く思う。

単純なところでは、サイクロプス隊の人員が()()()よりも恵まれている。

ホワイトベース隊とガンダムによって、サイクロプス隊隊員は何人も殺されてしまったものの、未だにジェームズ・黄は健在だし、エース部隊として名を馳せたからか幾らかの補充兵が充てがわれてもいた。

補充兵は、今回の新型ガンダムを脅威と考えていたジオン上層部の図らいによってエースが送られる事となり…、しかもそれはうら若く美しい女エースパイロット。

クスコ・アルとトップであった。

酒をあおりながら、ミーシャは美人達が赴任してきた時の事を思い起こしていた。

 

「今日より、サイクロプス隊の一員です。…よろしくお願いしますね、おじさま」

 

「本日よりサイクロプス隊に配属されました、トップ少尉です。よろしくお願い致します」

 

ガルシアと黄、アンディが口笛を吹きつつも、

 

「なんでぇ、ミーシャの女かよ」

 

とか。

 

「おいおいミーシャ…テメェの女をうちの隊に引っ張ってくるなんて、どんなコネを使えばこんな事できんだァ?」

 

とか囃し立てているのを、ミーシャは己の薄い赤毛を数度掻いて、大きな溜息を吐き出しながら眺めていた。

 

「偶然に決まってるだろうが。俺にそんな権力があんなら、後方勤務で美人を侍らすぜ」

 

ちげぇねぇ、と口汚く笑う同僚達。

 

「うちの隊は、女だろうと扱いは変わらん。正規軍と違って規則にはうるさくないが、隊のルールだけは遵守してもらう」

 

その中でシュタイナーだけは変わらない。

物静かながら冷厳たる瞳で新入りの美女らを見つめ、火をつけぬタバコを咥えてから、トップとクスコに座るよう促した。

それを見て、ガルシアもアンディもホワンものそのそとパイプ椅子に腰掛け始めて、最後にはミーシャがどっかと座ると自然とブリーフィングが始まっていた。

北極基地襲撃の手筈は滞りなく進み、ブリーフィングが終われば麗しき新人隊員に、先輩の野郎達は虫のように群がる…という事もなく、トップについては既に欧州在任中にミーシャと懇ろになったのは把握していたし、クスコにしても着任の挨拶からしてミーシャに懸想しているのが手に取るように分かったから、サイクロプス隊の面々は既に色目を使う事もなかった。

ミーシャもそうだが、サイクロプス隊は荒くれ者揃いだが仁義を知る者達ばかりだ。

仲間の女に手を出して要らぬ火種を作るバカはいなかったし、寧ろ仲間の女とか家族とかには滅法優しい。とはいえ、そこはサイクロプス隊に赴任してきた、背を預けるべき同輩にして貴重な戦力だから、その点の扱いは相応になるのだが。

つまりは、欧州戦線で共に戦った経験のあるトップはともかく、クスコ・アルについてはまだサイクロプス隊の面々は信頼を抱いてはいない。

〝信頼を勝ち取るなら実力で〟というわけだった。

しかし、それは全くの杞憂というか、寧ろガルシア達はすぐに認識を改める事となる。

 

「う、嘘だろ…」

 

「おいおい、アンディが瞬殺かよ。この動き…オデッサの白いヤツを思い出しちまうな…」

 

「この女、可愛い顔してやる事えげつねぇ」

 

アンディがあんぐりとし、ガルシアが驚愕し、ホワンは背筋に冷たいものを感じた…というのがグラナダでの模擬戦での結果であった。

だから言ったろ、とはミーシャの言葉。

フラナガン機関にて、ミーシャはクスコ・アルの強さをシミュレーター戦を外部モニターから観戦して知っていた。

サイクロプス隊で最強であり、連邦の白い悪魔ことガンダムを相手どったミーシャでさえ、同機体で〝よーいどん〟というシミュレーション条件ではクスコ相手には5分もたない。

そもそもが、オデッサでのガンダムへの勝利もサイクロプス隊の半数が犠牲になり、その上で生き残った者達による捨て身の連携技があって初めて得た勝利だ。

ニュータイプとの噂もあったガンダムのパイロットと同じように、ニュータイプであるクスコ・アルを相手にして、一対一ではさもありなん…という所であった。

 

「隊長…こんな強力なパイロットが、なんでうちなんかに配属されたんです?」

 

ガルシアがもっともな疑問をシュタイナーへと投げかける。

 

「クスコ少尉はソロモン防衛戦で多大な戦果を挙げた。その褒美として、うちへの転属を希望したという事らしい」

 

本来ならその功績によって一階級出世した上で、キシリア肝いりのニュータイプ部隊、キマイラ隊への入隊を命じられていたが、クスコ・アルはこれを断固拒否した。

転属命令は立派な軍命であり、拒否など出来るわけもないが、クスコ・アルの場合は立場が少々特別だったし、これによっていざこざでも起きて他派閥に目をつけられても厄介だ。

そう思ったキシリアは、彼女の希望がサイクロプス隊であると聞いて ――中尉への出世を破棄させた上で―― これを了承した。

サイクロプス隊も自分の派閥の隊であるし、少しの間でもサイクロプス隊に所属させてやればクスコの気も収まる…という判断だった。

もっとも、そのお陰でサイクロプス隊へのキシリアの注目度合いが高まり、キリングは今までのように自分勝手に振る舞う事が出来なくなりつつあったのは、キリングにとっては思いがけぬ不幸でもあった。

 

「いつも最前線に回されるウチの隊なんざにねぇ…変わり者っすね」

 

ガルシアの言葉に、横で聞いていたアンディも前髪を手鏡で整えながら「確かにそうだ」と頷いていて、ホワンがその言葉を引き継いで言い出した。

 

「各戦線で名を馳せたエース隊…って言っても、実態は激戦区をたらい回しにされてるだけだしな。今までは何とか凌いでこれたが、オデッサじゃとうとう隊は半壊だったしよ」

 

オデッサの戦いは、サイクロプス隊の名を一躍有名にしたのは確かだが、当人たちにとっては悪夢の側面もあった。

連邦のV作戦を打倒できたのは彼らの誇りでもあるが、その戦いでサイクロプス隊は創設以来のベテラン兵士を多数失ったのだから。

 

「ま、聞いた感じじゃエース隊への栄転を望んだというより、目当てはうちンとこの鬼の副長殿なんだろ」

 

下卑た笑いをしながらガルシアが言った。

ホワンもアンディも、そしてシュタイナーもそれに釣られて笑う。

そして当のミーシャはそれ以上に大笑いして、クスコも特に否定せずに妖しく微笑むだけだった。この話題に、いかにも面白くありません…という顔をしているのはトップ少尉一人である。

根っこは真面目でお堅い軍人であるトップにしてみれば、軍隊の常としてこういう下世話な話題が盛り上がるというのは知っているが、そもそもがこの手の話題が好きではないし、彼女もまたケラーネ師団で地道ながら手柄を立て続けて、ようやく念願叶って想い人かつ恩師とも思う男を追いかける事が出来たというのに、こんなにも己より若く可憐で妖艶な美少女が同じような理由で同じ男の元に来たというのは、随分と面白くない事だった。加えて、パイロットとしての腕前も圧倒的に格上では、彼女の心中穏やかではない。トップがクスコよりも誇るのは、女としての肉体の豊満さとミーシャと寝た事があるという事実ぐらいだったが、外野連中から見れば十分な実績だがトップ本人からすれば、そのアドバンテージは物足りない。

クスコとトップは、既に互いを見る目には険があって幸先よろしくない…と思われたが、荒波が立つ、と予想していた大半の男連中の予想に反して、隊の雰囲気は静謐を保っていた。

秘訣は、渦中の男であるミーシャその人だ。

彼の雄としてベテランっぷりに物を言わせた――、つまりはセックスで解決した。

女を繋ぎ止めるのには、小まめな気遣いとか優しさとか男らしさとか色々言われるが、結局のところ最重要なのは男と女の体の相性だった。これは人が肉を持つ生物である以上、宇宙時代になって精神が拡大し、ニュータイプという人種が発生しても変わらぬ摂理であった。

肉の触れ合いは、心の触れ合い以上に価値があり、そして次代の生命を紡ぐための尊い行為だ。もっとも、それをサイクロプス隊の男達は特殊工作兵という仕事故に利用しているわけで、それが最も顕著なのが隊一番のむくつけきタフな巨漢であるミーシャだった。彼は見た通りに美男子ではないから、人一倍、人を籠絡する話法や仕草、そしてセックステクニックを磨いた。それが結実したから、今では見た目に反して恐るべきレディキラーだった。

 

「あ…ぁ…ぁ…は、ぁ…ン…すご、い…おじさま、そこ、ダメ……許して……っ、あぁ…こんなの、すごいっ」

 

夜、漏れる女の声を大きな手で抑えながら、胸毛と腹の肉が豊かなロシア系の大男は、桃色の美少女を組み敷いていた。少女の股ぐらからは、女が蕩けた証の液と、少女から女へとなった証の血が幾筋流れた。

 

「クスコ…トップ少尉にああいう態度はいけねぇな。俺らの隊は、仲間内でいがみ合うのはご法度だぜ」

 

「ぁ…あ…っ、ん……は、はい…すみません、でした……ぅ、はっ、あっ…お、おじさま……ごめんなさい…、ぁあ、いや…いじめないで…」

 

ミーシャの手にかかれば、己に懸想する箱入り娘を堕とすなど造作もない事だった。

サイド6育ちのお嬢様は、生来、淫売的な肉欲を、清純でありながら肉付きの良い躰に秘めていた。だというのに、男達に慰み者にされかけたところをギリギリかつ劇的に中年オヤジに助けられて、その経験が彼女の精神の奥深くに捻れた性癖が染み込むと共に官能を蓄え始めた無垢な身体に火が灯りだしている。そんな状態だった。経験豊富な男の手管にただひらすらに翻弄された。一夜にして、彼女が隠し通していた淫らな欲の全てを暴かれて、そして屈服せしめられた。もうクスコは少女ではなかった。一人の女となった。

こうして彼のちょっとした()()で、クスコはあっさりとトップを年長として敬ってみせたし、トップもまたミーシャの説得で同じように意地の心は折られていた。

説得の一夜が明けると、前までの険悪が嘘のように二人の美女は良き友人となっていたのは、色男を自負するアンディをして「恐ろしい…」と言わしめて、「色男の名を返上しないとダメかもしれん」とすら悩ませたという。

 

 

 

 

 

そんな事を思い出していたが、ミーシャは他にも運命がネジ曲がった事を実感させる出来事を、今まさに味わっている最中でもある。

それは、今、ミーシャが身を預けるMSに理由がある。

 

 

――ケンプファーだ。

 

 

ミーシャと最期を共にした特務MSが、再びミーシャの元に在った。

しかもルビコン作戦の前段階の北極基地攻略作戦で、である。

ミーシャが少しずつ運命に介入していった結果が、〝早期ロールアウトしたケンプファー〟として今ここにあるのだ。頼もしい相棒が遅刻どころか早めに来てくれたし、オマケとして技術体系のスマート化によって性能アップも果たしているのだから嬉しい限りだとミーシャは思う。

 

今回の北極基地攻撃作戦は、ケンプファーによる低空高速飛行によって基地の防衛圏に侵入。単騎強襲で北極基地戦力の目をケンプファーに釘付けにし、その間に海中からユーコンがズゴックEとハイゴッグを密かに展開させ、基地中枢を制圧。そして内側から基地機能を無力化させる手筈となっていた。

高速侵入からの強襲はケンプファーの真骨頂であり、それができるのはエースと呼ばれるだけの腕前が必要とされる。

単純なMS戦の力量だけを視るなら、今のサイクロプス隊内ではクスコ・アルが群を抜いているものの、複雑な駆け引きを要求される特殊作戦においてはミーシャのような特務経験豊かなベテランの感覚が必須で、クスコ・アルはNTとして絶大な才能を発揮しつつあるものの、まだまだ兵士としては新兵の域を出ていない。ミーシャが単騎強襲を請け負うのは妥当な人選であった。

 

仲間達がユーコンで潜航しているであろう同時刻、増槽を背部に接続したケンプファーは、通常では稼働時間低下の関係で殆ど披露できぬ長時間のブースト全開により弾丸となっていた。まるで超低空飛行をするジェット戦闘機さながらの滑空で、性能アップの恩恵によりブースター速度は当代MSとは思えないあり得ぬ数値を記録する。

それ程の法外な最高速度を誇るから、耐G性能が旧時代兵器とは比べ物にならぬ程進化しているMSとはいえ、パイロットにかかるGは凄まじい。

豊かな脂肪と、その下に隠された厚い筋肉を持つミーシャだから、莫大なGの中でもけろりとした顔で鮮やかにケンプファーを操縦していた。

しかし、トップとクスコという増強と、未だ健在のホアン。そしてケンプファー。これらが揃っても、今回の襲撃作戦は全く油断が出来ないのだ。

というのも、シュタイナーの入念な事前調査では、戦局芳しくない連邦軍は、ミーシャが語った〝本来のジオンの運命〟の如く、戦局の巻き返しをトンデモ兵器に賭けている節があった。連邦軍がここでベットす(賭ける)べきトンデモ兵器とは即ち〝ガンダム〟だ。

ガンダムは、オデッサで敗北に追い込まれたとはいえ未だに連邦のエースカードの一枚であり、そして連邦高官達にガンダム信仰を植え付けるだけの活躍を今もしている。

アムロ・レイと新型ガンダムが合わさった時、単騎で戦場を支配する事さえ不可能ではないと強烈に信じる高官達は、新型ガンダムに賭ける情熱はかなりのものらしく、厳重に秘匿しつつも念には念を入れて警備にも相応の戦力を割いていた。

北極基地が保有する戦力は、北極基地近海の船舶や物資の動きから見て、恐らくは二個中隊以上のMS隊と、その他の航空戦力と戦闘車両とを併せてもかなりの規模である。シュタイナーはそのように予測した。

むろん、キリングにもそのように意見したが、キリングは「北極基地の規模ではそのような戦力は賄いきれず、あり得ない」とし、サイクロプス隊のみで作戦を遂行するよう改めて命令してしまった。

そういう経緯があった。

 

氷の大地が、ケンプファーの大出力ブースターが引き起こす衝撃に振動し、表層を粉砕されて、まるで吹雪を巻き起こすようだった。

氷の飛沫が高々と昇って煙のように舞い上がり、洗練された殺人マシーンの周囲を陽光に照らされて輝くダイヤモンドダストのカーテンが覆う様は酷く淡く美しい。

 

「へへ…来やがったな」

 

ケンプファーが背負うプロペラントタンクの基部には、ミノフスキー粒子発生装置が組み込まれているが、ミノフスキー粒子を撒き散らしながら高速でかっ飛んでくる未確認物体などレーダー妨害無関係に敵が来ていると宣言しているようなもの。当然、北極基地側も敵に気づく。

ケンプファーに向かって、ミサイルが次々に飛来し始めた。

ミノフスキー粒子がミサイルの誘導能力を殺していき、ケンプファーは肩部の大出力アポジで無理やり水平移動し、低空すれすれで複雑な軌道を描きまくってサイル群を躱し続ける。

例えるなら戦闘機の曲芸飛行だ。

それをミーシャはMSで演じてみせた。

ケンプファーとミーシャだからこそ出来た荒業であった。

 

北極基地の司令達は、これらの出来事を光学映像で把握できたが、それ故に一層驚きは大きい。

 

「馬鹿な!?な、なんだあの青いMSは!まるで戦闘機だ!」

 

「い、一発も当たらない!」

 

「戦闘機並みの速度で、MS特有の運動性も持っているのか!?」

 

「ジオンのMSは化け物か!」

 

ミサイル。

メガ粒子砲台。

大型機銃。

MS隊による弾幕。

ケンプファーの、MSの常識を越えた速度が、雨霰と降り注ぐ砲撃を虚しく空振らせた。

 

北極基地の防衛圏が突破されていく。

ケンプファーは空になったプロペラントタンクをパージしていき、両手のショットガンと肩部ジャイアント・バズ、そして膝横のシュツルムファウストから盛大に火薬をばら撒いた。

マニピュレータで握ってトリガーを引かずとも、精度は落ちるものの電気信号によってジョイントに接続したままで射出できる。それも今のケンプファーの微かな性能アップの賜物で、なるほどこれは便利だ、とミーシャは笑った。

次々に弾薬の雨を降らせながら、スピードの慣性をつま先の爪で殺し、雪まみれのコンクリートをそいつで抉りながらケンプファーが独り降り立った。

ケンプファーの鋭いモノアイが、油断なく基地を見回す。

 

「…こいつは……前にハイゴッグでお邪魔した時よりも、警備が厳重じゃねぇか」

 

やっぱりか、とミーシャは臍を噛む。シュタイナーの予測通り、明らかにMSも戦闘車両も多い。多すぎるくらいだ。

運命への介入は必ずしもジオン側に好都合なものになるとは限らない。当たり前の事で、それを承知でミーシャとシュタイナーは足掻いてきたのだ。

ケンプファーの一つ目が鮮やかに光った。

 

「まぁいいさ。こんぐらいじゃなきゃ歯応えがねぇからよ…!さ~て、どいつから死にたいんだ!」

 

寒冷地仕様のジム達が、一斉にマシンガンを放つ。

防寒対策を施されたガンキャノンとガンタンク達も、ケンプファーを取り囲むように動きながら次々に砲火を吹き上げた。

だがケンプファーは、そいつらの弾道と動きすら予測して、腰を落とした立ち姿のままに高速ホバーで踊るように滑る。

 

「速い…!」

 

「慌てるな!しょせん一機だ…取り囲め!!」

 

「タンクの足回りじゃ、こいつのスピードに追いつけんぞ!ジム隊はそいつの脚を止めろ!」

 

「く、くそ…今やって―――っ!う、うわあああ!!!」

 

ショットガンがジムの胴体を穿つ。

倒れるジムを盾のように立ち回りつつ、次の瞬間に飛び出してジムをケンプファーのショルダータックルが吹き飛ばし、別のジムと重なった瞬間にジャイアント・バズを叩き込めば、二機が同時に爆発し四散した。

 

「い、一瞬で三機も!」

 

「…っ、う、動け!足を止めるな!!」

 

ジム、キャノン、タンク。その他にも砲台も戦車もがケンプファーを狙ったが、そもそも基地内ではフレンドリーファイアを恐れて思う存分火力を展開できず、しかもケンプファーは既存のMSを遥かに凌駕する機動力を持つ。

燃料と弾薬の激しい消耗も気にせず、ミーシャは3次元戦闘を展開して、基地全体の戦力を相手に一方的な蹂躙を行っていた。

 

(このまま暴れりゃ…残りの稼働時間は、約10分ってとこか)

 

大出力スラスターの速度を活かした蹴りで、タンクの頭を抉り飛ばしながらもミーシャは冷徹に計算していた。

そして、仲間達が予定通りならばそろそろ基地機能は内側から停止するはずだ。

 

と、思った瞬間だった。

 

――ドォォォ…

 

まるで雪崩でも起きたかのような轟音が基地の奥深くから響いて、基地施設のあちこちから火の手があがり、ケンプファーの魔の手から逃れていた残りの砲台達がダウンしていく。

大型エレベーターのハッチが内側から開いていき、ぬる…と滑るようにしてハイゴッグが飛び出した。

 

「な、なんだ!?中からジオンのMS!!?」

 

「司令部、応答せよ!応答せよ!司令――ぎゃあ!?」

 

増援が来てくれると踏ん張っていたジム隊に、無情のとどめが降り注いだ。

ハイゴッグの細く鋭いビームにコクピットを貫かれた最後の一機が、けたたましい金属音を響かせながら倒れ伏す。

 

「中尉、お迎えに上がりました」

 

ハイゴッグのスピーカーから、勝ち気な女の声が響いた。トップだ。

 

「へっ、こりゃ頼もしいナイトのご登場だ」

 

背後からの奇襲だっとはいえ、残っていたジム隊の全機をあっという間に掃討したトップのハイゴッグはさすがの腕前だ。

 

「隊長から撤退命令が出ました」

 

「ターゲットはどうなった?」

 

「失敗です。内部の守りも予想を遥かに越えていて……。こちらの損害は軽微でしたが、突破するのに時間を要してしまい――」

 

そこまで言った所で、ケンプファーとハイゴッグは轟音を響かせて氷山の向こう側から飛び出したシャトルに目を奪われた。

噴煙を吐きながら、どこまでも空高くシャトルは昇っていく。

 

「チッ…キリングの野郎。最初っから隊長の言う通りの戦力を突っ込んでりゃ、成功してたってのによ」

 

「まったくです」

 

同意するトップも苦々しい声だ。

吹雪の中、空を見上げるケンプファーの青い装甲に薄っすらと雪と氷が張り付き出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

落ち目の連邦は、新型ガンダムをアムロ・レイに届けるのに必死だった。

戦況が劣勢のままずるずると戦争は続いていることから、本来の運命よりも尚更必死になっていて、ガンダムNT-1・アレックスの厳重なる防衛作戦が展開された。

敵戦力を見誤った作戦立案者のキリングの落ち度は大きく、ただでさえキシリアの監視が厳しくなっていた所にこれでは、さすがの自信家のキリングも些か気が気でない。

この失態を取り繕うために、キリングは更なる追加戦力をサイクロプス隊に派遣した上で、今度こそ新型ガンダムを捕捉しようと躍起であった。

 

そして、サイクロプス隊の宿舎には、とうとうあの青年がやってくる。

変わる運命もあれば、変わらぬ運命もある。

 

「バーナード・ワイズマン伍長です」

 

うわぁ、綺麗なおねーさんが二人もいるぞ。

部屋を見回してからの彼の第一声の心の声はそんなものであった。そのような呑気な事を一瞬思いながらも、金髪の好青年は見事な敬礼をしながら、青い瞳をシュタイナーへと向けていた。

懐かしき好青年の、相変わらずの人の良さそうな()()()()を見て、ミーシャは自然と頬を緩ませて、「来たな」と誰にも聞こえぬ小声で呟いていた。

 

「よぉ新入り」

 

「あ、は、はい。バーナード・ワイズマン伍長です」

 

「そいつはさっきも聞いたぜ。へへへ…これからよろしくな、ワイズマン伍長。俺ぁミハイル・カミンスキーっていうもんだ」

 

綺麗なおねーさんがいれば、恐ろしい雰囲気の大男もいる…と若干怯んでいたバーニィだが、大男は思ったよりも人懐っこい笑顔をみせて自分の肩など組んで笑うから、見た目に反した優しさを感じて、バーニィの緊張はようやく少し解れていた。

ミーシャから差し出された大きな手を握り返しながら、バーニィはこの大男から安心感を感じていた。

 

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