機動戦士ケンプファー 栄光のサイクロプス   作:ハンマーしゃぶしゃぶ

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第四話 刻を渡って嵐を抜けて

本来ならば、バーニィが配属された時にはジオンの戦局は大いに劣勢で、彼の人柄・能力・適性を見極める僅かな間さえ作れずにルビコン計画は始動する。

しかし、運命が捻れた今では、バーニィがサイクロプス隊へ入隊してから少しの猶予が与えられていた。ついでに人材も枯渇してはいないので、バーニィを訓練するだけの余裕がサイクロプス隊にはあったのだ。

僅かな期間であったが、隊における彼の適性を見出し、ポジションを決め、バディを決め、そして不足と思えた能力については副長格にして隊きってのベテラン、ミーシャが付きっきりで指導する。

お陰で、バーニィは未だ未熟ながらも才覚ある有望株であると判明したし、その人柄も大いに信用できるというミーシャの担保も得れた。そして隊の皆に可愛がられる、全員の後輩となっていた。

 

「ええ!?トップ少尉とクスコ少尉って…カミンスキー中尉と付き合っているんですか!?」

 

アンディとホアンはおしゃべり好きで、新人相手に交流を深めると同時に、バーニィが見とれていた美人二人はやめておけ…と忠告をしてやった際の反応だった。

バーニィの反応はもっともなものだと、すぐ側の二段ベッドで寝転がりながらピンナップのグラビア雑誌を捲るガルシアは無言で同意していた。

 

「はぁ~…あんな美人が、あんなおじ――じゃなくて、中年の中尉と…」

 

世の中は広い、とバーニィはしみじみ思いつつ、それ以上に羨望と尊敬を抱いてしまう。

 

「って事は、中尉には見た目以上の良さがあるって事ですよね。…そっかぁ、やっぱ大事なのは内面なんだ」

 

「おい、そりゃミーシャが見た目は悪いって言ってるようなもんだぞ」

 

「はははは!なかなか言いやがるぜ、いいねぇ新人」

 

剽軽な先輩二人に笑われて、バーニィは慌てて弁明を試みたが、「まぁ事実ではあるもんな」などと外野でありながらバーニィのバディとなっていたガルシアから野次が飛んできて、更なる弁解へと追い込まれていく。

今ここには隊長のシュタイナーや、実質の副隊長であるミーシャは司令室へ出向いていておらず、話題の美女二人も女部屋があてがわれているからここにはいないから、男達は存分にくつろいでいた。

そんな時、扉が音を立てて開くと見慣れたナイスミドルの髭の中年と、大柄な中年オヤジとがのっそり現れた。

 

「…全員集まっているな」

 

シュタイナーが一言漏らすだけで、皆の気構えが切り替わった。…一人を除いて。

その一人…バーニィだけはワンテンポ遅れて、先達らを見習って慌てて背筋をのばして襟元を正していた。

この雑談場所と化している中央の部屋を挟んで、男と女のテリトリーは別れているから、女部屋の扉をノックして合図すればトップとクスコも颯爽とやってくる。

女二人から常に良い匂いが漂って、彼女達が来るだけで男臭かった中央部屋が洗われるかのようだった。

 

そのままブリーフィングが始まり、会議は滞りなく進む。その内容は以下の通りである。

 

『ミーシャの伝手(リボーの女教師)からもたらされた情報と、同コロニーに潜伏中の工作員チャーリーからの情報とを擦り合わせて精査した結果、リボー・コロニーの工場が最近、実態のないダミー企業によって買収されたのが判明。そのダミー企業は連邦系であり、その工場の活発化に伴って連邦兵の出入りと大型機材を積んだシャトルの発着も盛んになっているのが確認された』

 

これだけなら、ここに新型ガンダムが運び込まれたと断定するのは厳しいが、バーニィがサイクロプス隊に配属される前に行ったサイド6宙域での戦闘作戦において、バーニィは現地の少年から自身と愛機を撮影した映像データを接収しており、その映像データのメモリには空港に運び込まれる二基のコンテナが映っていたのが決め手となった。

無論のこと、そのコンテナはあと一歩の所で取り逃がした、あのロケットに積まれたコンテナである。

バーニィがサイクロプス隊に配属されるきっかけも、この映像を入手したが故だった。

運命というやつは恐ろしい。シュタイナーとミーシャがこうも捏ねくり回してやったというのに、バーニィが偶然にも〝新型ガンダムが運び込まれたコロニーで戦闘をし〟…そして〝乗機が小破して、そこを偶然現地少年に撮影されて、しかもその映像には新型ガンダムのコンテナが映っていた〟のだ。

 

(…なぁに、今の俺とケンプファーなら…今のサイクロプス隊なら、あんな事にゃならんぜ)

 

独り、心の中で呟いたその楽観的なまでの言葉は、まるでミーシャが自分に言い聞かせ、鼓舞するかのようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バーニィが民間船に偽装して、見事にリボー・コロニーにケンプファー達のパーツを運び込む。

これもよくよく考えれば、()()()()バーニィも短期練兵を終えたばかりの新兵にしては見事に熟していて、充分に及第点と言えたが、今回のバーニィは短いながらもミーシャにみっちり仕込まれていたから、「へへ…この程度、ミーシャの特訓に比べりゃ軽い軽い」などと言ってのける余裕があった。

以前は、バーニィに渡してあった書類には不備があって、危うい所をシュタイナーの機転で切り抜けたが、今回はミーシャが抜かりなく書類は揃えてバーニィに渡してやっており、そこでもバーニィの口八丁も手伝って難なく切り抜けたし、最後のダメ押しとばかりにシュタイナーの相変わらずの演技力が加わって、税関検査は何の問題もないどころか、実にスムーズで他の一般市民よりも迅速ですらあった。

 

(新型ガンダムの野郎。待っていろよ…()()()を討ってやるぜ)

 

かつての己の仇討ちだなんて、なんとも珍妙だった。

復讐心よりも、何だか面白さが勝ってしまって、トラックを運転しながらミーシャはくすりと微笑んでいた。

 

「ミーシャ、なんだか機嫌よさそうだな」

 

隣の席のガルシアが、ガムなぞ噛みながら薄笑いを浮かべて聞いてくる。

 

「そりゃあな。だってよ、あの時の隊長の演技ときたらオスカーものだろ。思い出したら笑えてきちまってな」

 

「んぁ?あーー…まぁ確かにな。………くくっ、へへへっ!隊長は除隊しても俳優やってけるよなぁ」

 

彼らが語るのは宇宙港での一幕。

税関職員とのやり取りは、書類には不備などなかったものの人懐っこくもどこかうざうざしい貧乏工場の長を演じて、より一層疑われる危険性を減らしていたシュタイナーの演技力は素晴らしいものがある。

あのような演技は、ミーシャもガルシアも、そしてアンディもホアンもするのだが、やはりシュタイナーは飛び抜けてうまい。

普段があれだけ完成したダンディズムを内包した人格である分、その落差はプロの職人芸であるのに何だか可笑しくて、ミーシャとガルシアは朗らかに笑っていた。

 

「しかしよ、敵地に潜入してMSを組み立てるなんざぁ、俺らにしか出来ねぇ芸当だぜ。なぁ?ミーシャ」

 

ガルシアはどこか誇らしげに、しかし決して奢るような雰囲気は見せずに自身を漲らせて口の端を持ち上げる。

 

「統合整備計画様々だな。特にケンプファーはザクよりも組み立てがしやすいってんだから恐れ入るぜ。…つっても、2日、3日の徹夜は覚悟しねぇとだがな」

 

「まーそいつは確かに残念だが……へ、へっへ、へへへ、俺以上に残念なのはミーシャじゃねぇのか?」

 

含み笑いをしながら助手席のガルシアは、少々下卑た笑みでミーシャを見た。

 

「トップとクスコとは、暫くオアズケだぜ」

 

言われて、ミーシャは思わず大きく笑う。

 

「確かにな。組み立てに忙しくて、とてもじゃないがさすがの俺も奴らを抱いてはやれねぇが……しっかし、せっかくリボー・コロニーに来たなら抱いてやんなきゃならん女が別にいるのさ。その点で、トップとクスコにはちょいと我慢してもらわねぇといけねぇや」

 

「…はぁ~…でたでた。そういやそうだったな。あんたの()()がここにも居るンだっけな」

 

心底呆れたとでもいうような表情をして、ガルシアは深い溜息をしながらこれ見よがしに小指を立ててチラつかせた。

しかしその溜息には半分近く羨望も混じる。

 

「女教師だっけか?」

 

「そうさ。クスコにも負けねぇ、お嬢様育ちのべっぴんよ。サイド6(リーア)の女ってのは、さすが上物揃いだ」

 

「ミーシャ…そのうち刺されるぜ?」

 

「がははは!伊達に腹に脂肪蓄えてねぇよ!」

 

刺されてもへっちゃらだとばかりに腹太鼓をパンッと掌で打つミーシャを、「ちったぁ痩せろ」とガルシアはこれまた呆れたように、だが笑いながら見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アルフレッド・イズルハの毎日は退屈だった。

いや、退屈というより鬱屈していた。

人類全部を巻き込んでいると言っても過言ではない大戦争の真っ最中だというのに、サイド6では平和な毎日を享受できているという事実の尊さと偉大さを理解できぬままに、アルはその日その日を鬱々と生きていた。

とはいえ、その閉塞感も絶望的なものではなく、別に虐待を受けているとか、食う物に困るその日暮らしとかいうのでもない。

父と母が不仲で別居中で、しかも母は教育に熱心で自分に口うるさく「勉強しろ」だの「テストの点数はどうだったの?」とか言ってくる…そういう悩みだ。同級生の真面目でお堅い少女ドロシーも、何かとアルに突っかかってきてアルを苛立たせる原因の一つ。

血みどろの戦争の中を全力で駆け抜けている者達からすれば、一笑に付す程度の悩みには違いない。だが、狭い世界で生きる少年にはそれら全ては切実で大きな悩みであった。

 

口うるさいのは母だけではない。

アルのクラスの教師もまた、母を想起させるかのような口うるさい女だった。

母も教師も、どちらもアルの事を思っているからこそ口喧しいのだと理解するには、まだまだアルは幼い。

今日も、成績が散々である事を理由に個別に呼び出されアルは、

 

(あぁ、イヤだなぁ。どうせ言われる事なんかわかってるんだ…。お互い嫌な気分にしかならないってのに、なんであのヒステリックおばさんは僕にガミガミ言うんだよ)

 

重い足取りで学校二階の相談室へと入っていった。

用意されていた椅子に腰掛けるアルに、端正な顔立ちの妙齢の女性は静かな視線を投げかけてくる。

 

「アルフレッド・イズルハ」

 

「…はい」

 

「なんで呼ばれたか分かっているわね?この前の全校一斉テスト…ひどい成績ね?数学D+、国語C-、科学C-、社会D-」

 

自分の成績をつらつらと聞かされて、自分のことながら余りに酷くてついついアルは俯いた。

 

「ちゃんとこっちを見なさい。…こんな成績が続くようだと、カウンセラーに相談するか、お母さんに来てもらうしかないわね?」

 

うぅ、とアルは口の中で唸る。

このままでは、教育熱心なママに自分の不出来が露呈してしまう。常日頃、頑張って猫を被って作ってきた()()()()()のイメージが崩れれば、母はきっとショックを受けるだろう。それに、もっともっと勉強に厳しくなって、四六時中ママの監視のもとで勉強もさせられてしまう。そう考えると、アルはお先真っ暗だった。自分の人生が絶望のドン底に落ちていくような気分さえした。

カウンセラーか、母の呼び出しか。少年にとって究極の二択を突きつけられ、答えも出せずに窮していると、先生はふっと優しく微笑んでアルに柔らかく語りかけた。

 

「…なにか悩みでもあるの?勉強に身が入らないのかしら?先生で良かったら相談にのるわよ」

 

「え?…えーとぉ」

 

いつもなら畳み掛けてくるように論破し、言葉で追い詰めてくる女教師が、この日に限って優しいようだった。

 

(思い出してみれば、確かに今日は朝のホームルームからして先生はみょうに笑顔だったし優しかったような)

 

結局その面談は、最後まで女教師が親身になってアルにアドバイスするという展開になって、カウンセラーも保護者面談もどうやら免除となったのだった。

いつもはおっかなくてつっけんどんで頑固で面白みのないオバサンのくせに、拍子抜けもいいところだ。

 

「おっ、帰ってきた帰ってきた!おい、アル生きてたか?どうした、何言われた?あのヒステリー女に」

 

友人の一人、快活なソバカス少年のチェイが、友の不幸をニヒヒと笑いながらアルを出迎える。隣にはデブッチョのテルコットもいた。

 

「うーん、それがさぁ…あのヒス女、変なんだぜ?テストのこと親に言いつけるって言ってくると思ってたのに、なんかみょーに優しくてさ」

 

隠し持っていたクッキーをポリポリ食べながら、テルコットは「へー」と適当な相槌を打つも、アルは気にせずに続けた。

 

「先生、なんか今日は朝から優しかったよな?」

 

「んー…言われてみりゃ確かにな」

 

顎に手をやって考える素振りのチェイが、何かに閃いたようでポンっと手を打った。

 

「あの独身ヒス女にも、男ができたんじゃねーか?」

 

「えー?恋人が出来たからって、なんで僕らに優しくなるんだよ。性格なんて変わらないだろ?」

 

「あ~あ、アルってばお子ちゃまだなぁ。いいか?男も女もさ、恋人で人が変わったようになっちまうし、〝身をホロぼす〟んだってさ。お前、そんな事も知らねぇの?」

 

「そんなの知るかよ。だいたい恋人とかさ~、ちょっとナヨナヨしててカッコ悪いじゃんか」

 

「まぁな。俺だって、やっぱ男は銃を手にとってダダダッって戦って!んで、やっぱモビルスーツで敵を倒すのが最高にカッコいい男だって思うぜ!」

 

「そーそー!」

 

最後に頷いたのはテルコットだ。

アルとチェイとテルコットは、しょっちゅう戦争ゴッコをして遊ぶ、親友兼悪友の仲なのだ。

恋を小馬鹿にして、戦争ゴッコで盛り上がる三人を、ドロシーは口をへの字にして冷たい視線を送るのに、アルはもちろん気づいていなかった。

 

「まっ、先生が優しくなるんならコイビトでもコビトでもなんでもいてほしーよ」

 

「へへ、そりゃそーだ」

 

それはいつもの風景だった。

とりとめもない、当たり前の毎日の一幕。

この作られた空の下で、狭いコロニーの中で、アルは退屈ながらもいつもの日々を過ごしていく。そのはずだった。

しかし、少年のそんな平穏な日は、とある青年との再会で終わりを告げる。

鬱々とした閉塞感を打ち破ると同時に、何も知らなかった無垢な時の終わりを告げる出会い。

 

ある日、アルは退屈な日常から少しでも逃れて、逞しくカッコいいパイロットとなって活躍する妄想を僅かでもリアリティを増す為に郊外の植林地帯へと駆けた。

そこには、過日のモビルスーツ戦の時に擱座したザクが放置されていたからだ。

リボー・コロニーの治安当局は、「一見杜撰に放置されているザクには裏がある」と勘ぐって、ブービートラップetcが仕掛けられている危険性を考慮して、連邦軍が対処するまでバリケードテープで封鎖されていた。だがそれも連邦軍は表向きには中立地帯であるここで表立って動けないし、特に今は新型ガンダムの最終調整をここで行うのだから余計に大手を振って動けない。

そんな事情があるから、ザクのパイロットから貰った階級章を帽子に貼り付けたアルは、このザクのコクピットに飛び乗って「僕はエースパイロットだぞ」という顔で空想の世界へと旅立っていった。

 

そして気が付けば数時間が経過していた。寝てしまったらしい。

飛び起きて、慌てて自宅へと走る少年。

 

「寝ちゃったよ!母さんに知れたらヤバいなぁ!」

 

道路を横断しようとしたが、慌てすぎたのか大型トラックが通り過ぎたのを見てすぐに駆け出すと、そのトラックの後ろには2台目、3台目とトラックが続いていた。少年は当然轢かれそうになって、そして運転手から罵声を浴びるわけだが。

 

「バカヤロー!死にてぇのかこのガキ!―――あっ!?」

 

「あっ!?」

 

運転手は金髪の青年。アルはその顔に見覚えがある。忘れようもない、劇的な出会い。自分に、非日常の一欠片をプレゼントしてくれた本物の軍人。

青年は、慌ててトラックを再発進させて、少年なぞ見てないという態度で走り去っていくが、アルはそれを必死に追跡した。

カーブに差し掛かって、トラックの速度が緩んだ瞬間にアルはトラックの荷台の手すりに手を伸ばし、そしてなんと飛び乗ってしまったのだから驚くべき身体能力だ。火事場のクソ力の一種なのかもしれない。

そして手すりに必死に縋りつき、アルは実に嬉しそうに純粋に笑い出す。腹の奥底からこみ上げる無邪気な笑いだった。

 

「来た…!ジオン軍がこのコロニーに来た。来てくれたんだ!ははは!はははっ、あははははは!」

 

茶色の瞳に映るものは、今はまだ英雄物語のキャラクターに過ぎなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

よぉご同輩。

思わずそう声をかけたくなる気持ちが、ほんの少しミーシャの胸の内に湧き上がる。

ミーシャの記憶通りに、信じられぬ行動力と機転を持った少年はサイクロプス隊のトラックをつけ、警察まで騙して利用し、警察と共にこの工場までやってきた。

バレては困ると()()()のように警察の暗殺を行おうとしたところ、やはり機転をきかせたアルが泣き真似をし、見事な嘘まででっち上げて血が流れること無く難局を乗り切ってしまうのだから本当に大したものだった。

 

(何度見ても、アルの将来に期待しちまうくらいの要領の良さだぜ)

 

笑いを噛み殺しつつ、ミーシャはバーニィに怒られているアルを眺めていた。

シュタイナーがとりなし宥めて、好々爺のように振る舞ってアルの心に取り入っていく。

アルからするすると情報を抜き取って、盗聴器入りの部隊章までプレゼントしてやるのも以前と同じ。シュタイナーにも、無論の事この流れは伝えてあった。

日も暮れて、アンディやホアン、ガルシアにトップがMSの組み立てに忙しい中、シュタイナーとミーシャは倉庫の片隅でOSのチェックをしながら相談していた。

 

「盗聴器を仕込むのは、ちょいとばかし気が引けますがね」

 

「念の為さ。アルが俺達を裏切らないのは分かるが、本人にその気がなくても口を滑らせたり、態度がよそよそしかったりでバレる事はあり得るのだからな」

 

「アルの演技力と頭の回転の速さは、俺でも舌を巻く程でさぁ。注意する点は一つだけ…。あの行動力です」

 

「バーニィと共に、連邦基地に侵入するという話か。…フフ、驚きだな。バーニィを振り回して、見事に決定的証拠を抑えてきてしまうなんて。お前が言うのでなければ、とても信じられん事だ」

 

「ズレは所々で起こってます。今回も無事に成功するとも限らんですからね。止めれるなら止めちまいたいところですが」

 

「北極基地も、想定を遥かに越えた戦力が配置されていた。ここでもそれが起きる可能性は考慮せんとな」

 

想定外はいつだって起こり得る。それはサイクロプス隊の薫陶の一つでもある。

アルを放っておけば、その想定外が大きくなるかもしれぬのなら、いっそのことアルに仕事を与える。シュタイナーの結論はそこに行き着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

しばしバーニィにアルの面倒を見させていたが、やがてシュタイナーはアルとバーニィのコンビを呼び出して、温和な声色で少年へと言った。

 

「アル。君に仕事を頼みたい。サイクロプス隊の客分隊員で、そしてこのコロニーの民間人だから出来る仕事だ」

 

「っ!なんなりとご命令ください!隊長どの!」

 

喜色満面の少年が敬礼をしながら溌剌と答えていた。

シュタイナーの横に控えていた巨漢…ミーシャが片手をフランクに挙げながら一歩前に出る。

 

「俺達はジオン軍人だ。サイド6には不慣れでな。だから、俺とバーニィにリボー・コロニーの地形とか施設を教えてもらいてぇのさ」

 

ミーシャがそう言い出して、バーニィは「え?」という顔をして、そしてアルも「えぇ~?」という声を漏らしていた。

 

「コロニーの中の地形なんてどこも似たようなものでしょ?わざわざ案内するまでもないと思うなぁ。どうせなら、もっとさぁ…基地への潜入とか――」

 

子供らしい無鉄砲なワガママを発揮しだしたアルに、そんな子供の心理すら見抜いたようにシュタイナーは諭すように言う。

 

「フフフ、いいかいアル。我々サイクロプス隊は普通の軍隊じゃない。特別な任務を行う精鋭部隊なんだよ。……そして君もその一員になった。そうだろう?」

 

言われて、アルはまた目を輝かせて首を縦に何度も振った。

 

「特殊部隊というのは、事前の情報収集を何よりも大事にする。もちろん、君が言った通り我々もコロニーの基本的な構造は把握しているが、各コロニーによって多少なりとも個性というのがある。特に、ここ…リボーコロニーは連邦軍が秘密基地に選んだくらいだからね。きっと特別な理由があると思うんだ。だから君に頼みたいんだよ、アル。君は生まれも育ちもリボーコロニーだ。我々、ジオンの軍人では知らない施設も知っているかもしれない」

 

「そういうこった。いっちょ頼まれてくれねぇか、アル」

 

シュタイナーに続いて、ミーシャも人の良さそうな笑顔を浮かべながらアルに手を差し出す。

アルは曇りかけた顔を再び笑顔に変えて、「了解しました!」と元気よく言ってからミーシャの大きな手をしっかりと握り返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうしてアルとバーニィのコンビに、ミーシャという大男も加わった。

とは言っても、ミーシャから見れば正真正銘、大人と子供の年齢差で、もっぱら保護者枠ではある。だがそこはミーシャだから、お堅いだけの保護者ではない。どちらかといえば、親戚のちょいワルおじさんと言えた。

 

「へへへ、アル。知ってるか?こういう50年代のエレカってのはな、ちょいと配線をスパークさせてやりゃ鍵無しでも動かせちまうんだぜ」

 

「うわ、本当だ!ミーシャすごい!」

 

「えぇ…?ミーシャ、子供になんてこと教えてるんだよ…」

 

という一幕があったりしたし、飯時にはこういう一幕もあった。

 

「腹減ったな。…ワンダーランドしかねぇのか、リボーコロニーには。俺ぁマクダニエル派なんだがよ」

 

「なに?マクダニエルって」

 

ジャンクフードと言えばサイド6ではワンダーランド社である。生まれてからサイド6を出た事のないアルには、マクダニエルはCMすら見たことのないジャンクフード屋だった。

そんなサイド6の少年の反応を見て、バーニィはまるで〝自分達は田舎の子供が知らない事を知っているシティボーイだ〟と言わんばかりに、ちょっとだけ自慢気に口を開く。

 

「なんだ知らないのか、アル。月じゃマクダニエルが流行ってんだぜ?もちろんサイド3もマクダニエル一色!俺とかミーシャはグラナダも良く知ってるから、逆にワンダーランドなんて珍しいぜ」

 

「えぇー!いいなぁ、僕もマクダニエル食べてみたいよ~」

 

「じゃあ戦争が終わったら、サイド3に遊びに来いよ、アル!こう見えてもミーシャは結構偉いから稼いでるんだぜ?何でも奢ってくれるさ!」

 

勝手に話を進める調子乗りの若造に、ミーシャは「おいおい」と顔を顰めたが、だが短いながらも濃度の高い特訓をバーニィに施した師とも言えるミーシャだから、その心は穏やかだった。

 

「何言ってやがる、バーニィ。戦争が終わったらなんて言わずに今奢ってやるぜ。好きなだけ食いな、アル……ただしワンダーランドでよけりゃあだがよ。…バーニィ、てめぇもついでだ。好きなだけ食え」

 

分厚い腹のポケットにねじ込まれた分厚い財布をポンっと叩いてから、ミーシャは率先してワンダーランドの自動ドアを潜るのだった。

 

「お、おお…かっこいい」

 

「やったー!ありがとう、ミーシャ!」

 

「わははは!そうだろそうだろ!」

 

山盛りのポテトとチキンに囲まれて、期間限定のバーガーの味比べをするというアルの細やかな夢は、その日叶った……――とか、そういう一幕があって三人は親交を深めていた。

 

「――それでね、バーニィったら大変だったんだ。クリスにドロボウに間違われてバットでぶん殴られちゃってさぁ」

 

「いぃ!?アル、その事は黙ってろって言ったろ!?」

 

「バーニィ…情ねぇなぁ?新米とはいえ……女に遅れを取ったのかよ」

 

「あ…で、でもね、クリスは連邦軍で働いてるって言ってたから、きっと結構鍛えてたんだと思う!」

 

慌ててフォローするアルだが、飯を食う間中、バーニィの終始バツの悪い顔でチラチラとミーシャの顔色を伺うのだった。

と、そのように和気あいあいとした空気ではあったが、一方で、当然、ミーシャは仕事としてアルを制御しきっていた。

バーニィ一人では持て余しがちだったアルだが、ミーシャというオマケが加わったことでアルの無茶な行動は完全に抑え込めていたのは、やはり伊達に歳を重ねて人付き合いにも手練れになっているだけはあった。

その後もアルの案内で、港にビジネス街、工場区、省庁関連施設、様々に見て回って、これ見よがしに感心してみせて、バーニィにも熱心にメモをとらせたりして、さもアルが大層な仕事をしているふうに演出していく。

やがてアルは疲れたようで、ミーシャが運転する間に寝入ってしまっていた。

バーニィの膝を枕としてグッスリであった。

 

「あちゃぁ…アルのやつ寝ちまいましたよ、ミーシャ」

 

「そりゃあ、一日中コロニーを歩き回ったからな」

 

「どうします?まさか、俺達がアルを家に届けるわけにはいかないし」

 

「……バーニィ、おまえお隣さんの美人と顔見知りになってたんだろ?」

 

「え、ええ、まぁ」

 

「ちょうどいいじゃねぇか。アルをそのねーちゃん…クリスに預けてこい」

 

「疑われませんかね?」

 

「そこはオメェの腕の見せ所だろうが。やってみろ。まだまだ仕込み足りねぇとはいえ、一応、おまえは俺の教え子だ」

 

「…!」

 

まだまだ未熟と自覚しているバーニィだが、ミーシャのその言葉は、たとえ本心ではない〝やる気を引き出すために褒めてやっているだけ〟だとしても、バーニィにとっては嬉しいものだった。

我ながら単純…と思いつつも、ミーシャの目論見通りにやる気を引き出されていた。

日も落ちてすっかり暗くなり、アルの自宅前にエレカを止めると、バーニィはアルを抱えて外へ出ようと脚を一歩踏み出した、と同時にミーシャがバーニィに言った。

 

「あともう一つ、ミッションだぜ…バーニィ」

 

「え?なんです?」

 

「クリスって女を口説いてこい」

 

「は、はぁ?な、なんでですか!?」

 

「アルが言うにはその女、連邦軍人なんだろ?口説いて堕として、情報を引き抜くのは工作員の手管の一つだ」

 

「でも…クリスはデータ処理系って言ってましたよ?線の細い女性だし、事務とか受付とかだろうから大した情報なんて――」

 

「アルはこうも言ってたろ?つい数日前に、このリボーコロニーに戻ってきたって。…タイミングとしちゃ、あまりにドンピシャじゃねぇか」

 

「あ。な、なるほど。…つまり、クリスはデータ処理系だとしても、新型ガンダムのデータを扱うエンジニアの可能性があるのか…」

 

教え子は、どこか天然で純朴で抜けたところがあるが、頭の回転は悪くない。ミーシャは「やっと気付いたか」と力強く頷いた。

 

「それに、結構な上玉らしいじゃねぇか!美人を口説いて給料が貰えるんだぞ?この仕事唯一の役得ってヤツだぜ…気張れよ、バーニィ!」

 

ミーシャは笑ってバーニィを送り出した。

結局のところ、ミーシャは新型ガンダムがどんなヤツなのか、どこまで出来上がっているのかの目星はついているのだ。だから、この〝発破かけ〟は単純に他人の恋路を観察して楽しむ目的が半分程あったのは事実だ。

だが残り半分は、己が知る事実がどこまでズレているのかの確認作業でもあった。

ここでバーニィが女軍人から情報を抜き取れれば、新型ガンダムの稼働具合を確かめられるというもので、それが出来れば儲けものだった。

 

(敵戦力は明らかに前回よりも多い。油断は少しも出来ねぇ)

 

ガンダムの状態とて未知数だ。既に実戦使用可能な状態に仕上がっている可能性は大いにある。

北極基地でも、敵戦力は増強されていたのだから、ここでも何かしらの厄介な変化が起きても可笑しくはないのだ。

 

「あぁ、早く帰って酒が呑みてぇぜ」

 

とはいえ、今はガンダムを相手にしているわけじゃない。今楽しめる事を楽しまねば、明日をも知れぬ特殊部隊の身なのだから…と思考回路を切り替えた。

さしものミーシャも、潜入任務中のエレカ運転で飲酒はしないから、彼の舌と喉はもう焼けるようなアルコールを渇望していた。

ミーシャの脳は任務の困難さを測るのを止めると、さっさと本日の酒の銘柄を選定するのに忙しかったが、そこで酒はまだ呑めないのだと気づく。それは軽いショッキングな事実だった。

 

(そうだった。あいつと待ち合わせしていたんだったな)

 

腕時計をちらりと見れば、針は基準時間で22:00近い時刻を指していた。

連絡はとっていたものの、実際に合うのは数カ月ぶりとなる、あの女教師との逢瀬がこの後に控えていた。ミーシャもなかなかに忙しい男だった。

エレカのバックミラーを視る。

そこには、締まりの無い顔をした金髪の青年が、足早に戻ってきているのが映る。

 

(やれやれ、自分の見てくれをもっと活かしやがれ、バーニィ。一緒に酒でも…って連れ出してみせろよ)

 

出会ったその夜に、お堅い女教師をイタダイてしまったベテランからすると、バーニィがこの後に語った()() ――「今度一緒に、もちろんご両親やアルも一緒にみんなで食事でも…」という約束を漕ぎ着けた事―― は実に物足りないものだった。

 

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