機動戦士ケンプファー 栄光のサイクロプス   作:ハンマーしゃぶしゃぶ

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第五話 嘘だといってよ、クリス

「昨夜のバーニィの間抜け面をみんなにも見せたかったぜ」

 

「ちょっとミーシャ、やめてくださいよ!」

 

昨夜の事を笑い話にしながらも、サイクロプス隊全員でモビルスーツの組立作業をこなしていく。

 

「そんな事言って、ミーシャだって〝俺はちょいと野暮用があって〟とか何とか言って、俺を置いて行っちまったじゃないですか!」

 

「しょうがねぇだろ。俺を待ってる女がいたんだからよ」

 

男共はこんな会話で馬鹿笑いをしているが、それを聞いていたこの場の紅一点…トップ少尉は、ムスッとした顔で黙々と作業をする。

作業着のツナギを無防備に胸元を開いて、モビルスーツの油で汚れたインナーシャツが、豊かな胸で持ち上げられているという艶姿に、経験豊富な歴戦の男共はともかく、まだまだそちら方面でも青二才であるバーニィには少々刺激的だった。

 

「おいおいバーニィ…クリスちゃんって娘に粉かけてんだろ?トップ少尉に目移りしちゃダメじゃねーか?ンン?」

 

「何言ってるんすか、アンディ!べ、べつに俺はそんな」

 

続けてホワンが割って入って、バーニィの肩を組んでメガネの奥の瞳を弧にする。

 

「いやいや分かる…分かるぜ、バーニィ。トップ少尉の胸にそびえ立つモノはよぉ…目の毒だ。凶器だ。しかも、トップ少尉はノーブラ派で――」

 

そこから先は言えなかった。

ホワンの頭にスパナが飛んできて、見事に彼の石頭は鈍い音色を奏でたからだ。

 

「余計なこと言ってないでさっさと手を動かしな!」

 

トップも、バーニィが来る少し前に配属された新人の区分であるはずだが、すでに戦歴もなかなかの女傑だったから、クスコともども既に隊の先任士官達にも負けぬ存在感と迫力がある。

ガルシアもアンディも、「怖ぇ怖ぇ」と笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

MSの組み立ても、各地への武装の隠蔽やトラップの仕込みも、逃走経路の確保も、全ての工作は順調だ。

ケンプファーの兵装も、ミーシャの記憶と経験をもとに、〝起動した新型ガンダム〟を念頭においた破壊あるいは奪取に適した武装を幾つか用意した。

一例を挙げると、グフ・カスタムのヒートロッドを内蔵した腕部を、外付け兵装ユニットとして改造したものだ。シミュレーターが弾き出した試算によれば、無理やり携帯可能な外付け武装にしたせいで、電撃は2度が限界とのことだったが、サイクロプス隊らしい、現場経験が活きた特殊兵装となった。後世ではこの発想は〝海ヘビ〟として完成するものだから、ミーシャは先見の明があったと言えよう。

これだけ周到にしても、それでもシュタイナーとミーシャは今も頭を捻って勝率を0.1%でも上げる算段を組み立てるのに忙しい。

工場の所長室に当たる小部屋は、リボーコロニーの紙媒体の地図から電子データのマップまで揃っていて、それらには赤字で入念な書き込みがなされている。そこは簡易の作戦立案室となっていた。

見た目だけは完全に工場長となったシュタイナーと、ベテラン作業員の風格漂わせるミーシャが、額を寄せ合って悪巧みを行っている。

 

「仮想敵は新型ガンダムと、そいつを警備する連邦の駐留部隊…それにリボーコロニーの治安部隊だ。現地で得た情報も加味すると、駐留部隊は中隊規模以上は確定。…とすると、ケンプファーだけでは心許ないな」

 

「ガンダムのパイロットはいくらなんでも、あの連邦のニュータイプが来てるって事はないでしょうが…。俺の記憶よりも駐留部隊は多いですね。確かに少し荷が重いかもしれません。コロニーじゃ、北極基地のようには暴れられねぇですから、ケンプファーの持ち味も活かしきれねぇ」

 

このコロニーをぶっ壊していいってんならやりようもありますがね、と物騒なことを言って微笑むミーシャだが、その発言は自棄(ヤケ)っぱちなものではなく、コロニーの被害を無視すれば本当にやってやれる、という自信があるのだ。

シュタイナーは、そいつは最終手段だ、と冗談めかして笑ったが、シュタイナーもシュタイナーでそういう行為が必要となれば、割り切ってそいつを実行してしまうだけの怖さがある男だった。

特務部隊サイクロプスとはそういう者達の集まりだった。

 

「せめてもう一機、手駒があればな」

 

ザクⅠの手も借りたいくらいだ、とシュタイナーが笑って言うと、ミーシャはハッとなる。

 

「隊長、このコロニーにはありますよ…ザクが」

 

「―――そうか、バーニィのザクか」

 

二人のベテラン戦士はニヤリと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

そうしてバーニィには別命が下った。

それ以外の隊員にもだ。

ケンプファーの組み立ては、ミーシャのかつての記憶よりも大分早く終わったのは、やはりベテランの人員が多く健在であるお陰であろう。組み立て作業が一段落し、ケンプファーのパイロット…ミーシャは愛機の最終調整にたっぷり時間を掛けられてホクホク顔だ。それ以外の者達も、それぞれの大詰めへと移行していく。

メンバーの中で、最も諜報と潜入に長けるホワンは、新型ガンダムの秘密基地の事前調査。

シュタイナーとアンディ、トップらの三名はホワンのサポートと、街中へのMS用武装隠匿トラックの設置。

そしてバーニィ、ガルシアは現地協力者・アルと共にザク改の修理。…そして、その合間に、バーニィはきちんとアルを伴ってクリス一家と食事を果たすという、彼なりの快挙を成し遂げてもいた。

ザク改の修理には、ケンプファーの予備パーツと共に、民間のプチモビのパーツでさえ一部では代替可能である。これができるのも統合整備計画の恩恵といえた。

サイクロプス隊の静かな足音が、リボーコロニーの中でひたひたと暗く響く。

世間はもうじきクリスマスで、その準備に市民達は忙しなく動き回っている。彼らの顔には笑顔があって、今が大戦争の最中であるのを忘れてしまいそうな程に穏やかで賑やかであったが、その裏では着実にルビコン計画は進行していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは良いコロニーだな」

 

「あぁ」

 

長閑な公園で、シュタイナーはリボーコロニーに長年潜入諜報員として活動していたチャーリーとコンタクトをとっている。

二人は一見すると、のんびりと世間話に興じる引退間近の壮年同士…といったところだろう。だが、ベンチに腰掛ける彼らの会話は、隠語と暗号を交えた張り詰めた緊張感を常に有していた。

 

「チャーリー…お前はどう見る?ここのところの流れは、決して俺達には悪くないと思うが」

 

「…そうだな。このままいければ…もしかすると勝てるかもしれんと、俺も最近はようやく思えてきた。だが、まだまだ油断は禁物だ」

 

「ああ。ゲームは第2クォーターのハーフタイムまで分からん」

 

「今がまさにハーフタイムだ。連中も必死だぞ」

 

「スーパーボウルサンデーまでには終わらせたいがね」

 

「来年の2月までにか?うむ…どうかな。地力が違うよ。やっこさんが粘れば、ズルズルともつれ込むぞ。俺は、最初はゲームは年内で決まると思ってんだ。だがこのままじゃ三年か四年か…もう見通しはきかん」

 

喋りながら、チャーリーから紙袋を手渡される。

連邦軍の制服一式だ。

長年サイド6に潜伏しているチャーリーなら、この程度はお茶の子さいさいというわけだった。

 

「俺もこのコロニーが気に入ったよ。なるべく壊さないようにしたいところだが…」

 

「そうしてくれ。俺の店を壊されたら目も当てられんからな」

 

そこまで言うと、シュタイナーの声のトーンが一段下がり、ボリュームも絞られる。シュタイナーは囁くように言った。

 

「決行は、12月19日、18:00。繁華街を盾にする。…連邦に良心がまだ残っていれば、お前の店もきっと無事だろう。見込みではざっと撤退まで30分。宇宙港の東部200m地点の採光河を爆破して、そこから脱出する」

 

チャーリーは、丸メガネのむこうの温厚そうな小さな瞳をさらに細めて、「今の連邦なら街ごと撃ってきそうだ」と皮肉げに微笑んだ。

戦況がジオンに傾くにつれ、サイド6全体から親ジオンの空気が漂ってきているから、今回の作戦で連邦が〝連邦から気持ちが離れつつあるサイド6など知ったことではない〟と暴走しないとも限らない。

本来ならば、サイクロプス隊とてこんな平和な街中で軍事作戦など実行したくないし、すべきではないと思う。

だが、彼らは軍人であり、その中でも最精鋭と言っても過言ではないプロフェッショナルの特務隊であった。上層部がやれと言うなら、どんな虐殺作戦とて顔色一つ変えずに実行してみせるだけの胆力を持っていた。

心を切り離し、完璧に冷徹な軍人である事ができる。それがサイクロプス隊だ。だから、たとえこのコロニーの無辜の民を積極的に巻き込むことになっても、サイクロプス隊は必ず作戦を実行する。

…もっとも、バーニィに限って言えば、未だその胆力はミーシャのもとで修行中であったが、それでも〝やり遂げねばならない〟という軍人としての強い責任感は既に持っている。

 

「…気をつけろよ、シュタイナー。追い詰められた連邦は、何をしでかすか分からんぞ」

 

「ああ。お前も気をつけろ、チャーリー。その歳までここで勤め上げて、尻尾を掴まれるようなヘマはするなよ」

 

「分かってるさ。…作戦が成功したら、俺の店に寄ってくれ。一杯奢るよ」

 

「ふふふ…部下たちの分も用意しておけよ?」

 

「はははは。ミーシャの分はちょっと遠慮したいな」

 

あんな大酒飲みの一杯なんて、きっとドラム缶だろう。チャーリーはそんなジョークを飛ばす余裕さえ見せていた。

凄腕の諜報員であるチャーリーの元には、サイド6外の情報も集まってくるから、外の戦況の大まかな報せも掴んでいる。

それによれば、宇宙ではソロモン要塞を奪還。地球においても、オデッサを堅持しているジオン地上軍は、ガルマ死後の混乱を乗り切ってニューヤークとキャリフォルニアベースを奪還したという。

ジオンの勝利は、今や決して夢物語ではなくなっていたから、だからこそチャーリーも指摘した通り、追い詰められた連邦は何をするか分からない。

シュタイナーの瞳には、今も油断なき鋭さが光っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全ての準備は完了し、あとは作戦決行を待つばかりという静かな時間に、ミーシャは長年の戦友にして信頼する上官であるシュタイナーとの時を過ごしていた。

整備の終わったケンプファーを見上げながら、シュタイナーは静かにタバコに火を付けた。

ミーシャはお気に入りのウィスキーの栓を開けて、そのままシュタイナーにショットグラスを投げ渡すと、戦友はそれを見事に受け取ったが「ガラスを投げるな」と若干責めるような声色ながら、少しおどけてそう言った。

 

「俺の盃だ。受け取ってくださいよ、隊長」

 

「ウォッカじゃないのか?」

 

「ウォッカじゃ隊長は飲んでくれねぇでしょ」

 

「酒はビールに限る。ロシアの酒は俺の舌に合わん」

 

「へへへへ、人種のごった煮になった宇宙世紀時代に、随分古い舌をお持ちだぜ、隊長殿は」

 

ドイツ系の祖先を持つシュタイナー流のジョークだが、受け取り手によってはただの頑固で古風な拒絶の言葉にしか聞こえないだろう。こういうジョークが通じるのは、古参のサイクロプス隊メンバーだけだ。トップ、クスコ、バーニィの三名にはとても通じない冗談であった。

 

「ま、一杯だけ付き合ってくださいよ。俺に免じて」

 

「作戦決行は9時間後だ。飲み過ぎるなよ」

 

わかってますって、とミーシャは軽く笑いながらシュタイナーのグラスに琥珀色の水を注いだ。

 

「滅びゆくものの為に」

 

「…滅びゆくものの為、か」

 

かつては、ミーシャはこの言葉を自分達と祖国に捧げた。

しかし今は違う。

この言葉は、かつての滅びゆく己らへの運命への決別と、そして連邦とガンダムに向けた鎮魂と手向けであった。

必ず勝つ。

そして生き延びる。

 

(ガンダム。今度こそ…勝つのは俺達だ)

 

ミーシャの瞳の中には、今も挑戦者としての炎が揺らめいていた。

オデッサで本家本元のガンダムを打ち破ったという勝者、強者の驕りなどは、そこには一切含まれていない。むしろ、オデッサで白い悪魔と出会ったからこそ余計にガンダムの恐ろしさを知っていた。

今のミーシャは、ひたすらに強かな猛者である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この世界においては、悲劇を招いたクリスマス作戦はおきないだろう。

なぜなら、ミーシャのケンプファーが起動すると同時に、緑地区画に放置されていたザク改がモノアイを鈍く光らせ起動準備を完了していたからだ。ザク改は、ケンプファーと共にガンダムに挑む。その強い心を宿すかのようなモノアイの輝きだった。

ミノフスキー粒子は低濃度。通信状態は未だ良好だ。

 

「バーニィ、聞こえるな」

 

「はい、こちらバーニィ。感度良好です」

 

「気負うなよ。おめぇは俺が暴れたら動き出せばいい。敵は出来る限りケンプファーに引きつける」

 

「りょ、了解」

 

「いいな?打ち合わせ通りだぜ、バーニィ」

 

「はい!」

 

ケンプファーもまたモノアイを光らせ、工場をぶち抜いて立ち上がった。夜の闇に包まれながら、星星のように輝くコロニー都市の命の光を見下ろし、一つ目を忙しく動かして生体反応を見て取った。

無数の人々が、クリスマスに向けて夜の街を楽しそうに行き来していた。

だがその無辜の喧騒を、一人の女声の甲高い叫び声が引き裂き、今が戦争の時代である事を人々に強烈に思い起こさせた。

ビルの隙間から、のそりと青い巨人が姿をあらわし、人々を威嚇するかのようにモノアイを光らせると、誰もが一目散に逃げ出し始める。

クリスマスのために買い溜めた、両手いっぱいの荷物を放り投げて、己の子の手を、恋人の手を、老親の手を必死に握って駆け出す。

ケンプファーの重々しい足音が、人々の叫び声の中に響いていた。

リボーコロニーの治安部隊と、連邦の駐留部隊はすぐさま反応し、偵察ヘリやドローンが次々にケンプファーの周囲に殺到してサーチライトがケンプファーを煌々と照らし、警告を発するが、ケンプファーはそんなものを些事として相手にもせず、ゆうゆうと歓楽街を歩き、行進する。

そして、大通りまで歩き出ると、そのまま倒れ込むように激しい前傾姿勢となって、全身のブースターをけたたましく吠えさせた。

この時代において桁違いの推力が、1G環境下で青い巨人を滑空させる。

チュンっ、とショットガンのストックがコンクリートに擦れて火花を散らした。

 

「へへへ、こりゃいいや。やっぱ、今のおめぇ(ケンプファー)()()()よりも速いな」

 

コクピットに持ち込んでいるウォッカで軽く唇を湿らせたミーシャが、今も鮮烈に思い出せる前回のルビコン計画の動きを脳裏でトレースしていた。

あの時よりも、想定時刻を上回る展開速度で、相棒の乗り心地は上々だ。

荒馬を乗り回し、思うがままに走らせるミーシャ。そして、ようやく治安部隊(リーア軍)がミーシャと相棒の前に姿をあらわす。いかにも頭に血が登っているふうであった。

 

「そうだ、撃ってこい。無駄弾でもばら撒きやがれ」

 

ミサイル車両とプチモビのドラケン達がわんさと広場に展開し、そして一斉に彼らの火器が火を吹いた。

コロニーの夜空に美しい閃光が線を引き、幾筋も引かれて夜空を彩った。

その弾幕を、滑空するケンプファーは肩部バーニアをちょいとばかし吹かして、必要最低限の動きで躱してしまえば、そのミサイルや弾丸達はへろへろとケンプファーの背後を撃ち抜き爆砕していく。

治安兵が、市街地への甚大な被害の第一歩めを刻んだのが自分達、治安維持部隊だと自覚してあんぐりと口を開いて顔面を蒼白にする。

だがそれにしても、

 

「な、なんて動きだ!」

 

その治安兵はそう叫ばずにはいられなかった。

あんな機動力を持ったモビルスーツは初めて見た。1G環境下を、翼も無く飛んでいるのだ。信じられないことだった。

返礼とばかりにケンプファーのショットガンが火を吹く。

密集陣形の治安兵達は瞬く間にショットガンの餌食となり、そして逃げ惑う車両の何台かはケンプファーによって踏み抜かれる。

 

「弾薬は節約しねぇとな」

 

ケンプファーは車両の残骸を引っ掴むと、ぶん投げてプチモビを数機撃破。こういう芸当も、モビルスーツが人型だからこそ出来る工夫だろう。

どちらにせよ、治安部隊など前座の前座に過ぎず、連邦駐留部隊ですら前座だ。主役はガンダムなのだ。

 

「とはいえ、手を抜いてやられちゃ笑い話にもなりゃしねぇ」

 

練度も、そして兵器の性能も格が違った。

リボーコロニー治安部隊は、ケンプファーと接敵して3分で全滅。

圧倒的なジオンのMSの性能を見たグレイファントム隊は、慌ててMS隊を展開。

しかし、その全ては遅きに失した。

回転するコロニー内で、0Gに近いコロニーの空 ――コロニーの筒の芯となる空間域―― から、回転する1Gの地表域に降りるというのはかなり気を使う降下作業となる。

しかもコロニーの時間設定は夜となっていて視界不良、()()()市街地には大量の市民が大混乱の中で逃げ惑っている最中で、()()()グレイファントムの眼下には暴れるジオンの精兵がいて、()()()サイド6の外交感情を悪化させぬためにビーム兵器とキャノン砲などの重火器の使用は禁じられ、()()()グレイファントムは、リボーコロニーの秘密基地の司令スチュワートの命令でミノフスキー粒子を散布してしまっているから、レーダーは既に死んでいる。スチュワートの判断ミスと無理難題に、スカーレット隊は盛大に巻き込まれた形となってしまった。

こんな〝しかも〟が立て続けに重なる悪条件下で降下するとどうなるか。

それは、かつてのルビコン計画においてミーシャとケンプファーが証明していたが、今回はなお酷い。

連邦のMS群の中でも極めて優秀な新型達、ジム・スナイパーII、ガンキャノン量産型、ジムコマンド、それらの優秀なMS達は、誰一人として地表に降り立てなかった。

敵がどこにいるかも分からぬ中、命令によって降下させられていく中で、彼らはケンプファーによって実力の一切を発揮することなく降下中に爆散した。

ショットガンがジム・スナイパーIIを撃ち抜き、シュツルムファウストがガンキャノンを四散させる。ジャイアント・バズがジムコマンドの胴体を直撃していた。

かつては、2機程が地表に降り立つことが出来たというのに、腕を上げたミーシャと性能を上げたケンプファーの前では、スカーレット隊は土俵にすら立つ事も許されなかった。

しかし、この体たらくでは後には退けぬ、とでも思ったのか、なんと2隻目のペガサス級が宇宙港からゆっくりと出撃してきて、スカーレット隊と同規模以上のMS隊を出撃させていた。

 

「チッ…やっぱり隊長の言った通りか。ここも北極基地みてぇに戦力規模が増えてやがる。厄介だな」

 

ショットガンのポンプを自動(オート)でスライドさせて、大腿部に括り付けていた予備弾倉からマガジンをショットガンへとねじ込む。

弾薬も節約しつつ、充分な予備弾倉もケンプファーの各所に無理やり括り付けているからまだ弾薬に余裕はあるが、それでもこの規模の連邦MS隊が相手となると、弾薬も推進剤も、そして何より作戦時間の猶予もかつかつだろう。

先程葬ってやったMS隊と同規模以上の数を相手の連戦は、少しばかりくたびれる。

スカーレット隊が撃破されていく隙に、見事に降下に成功していた連邦隊が、ケンプファーめがけて殺到してくる。

ジム達のブルパップマシンガンが次々に弾を吐き出した。

ケンプファーはビルを巧みに利用し、そしてドム以上のホバー走行でビル群を縫うように走ると、そのまま1機のジムに肉薄しビームサーベルの居合抜刀ですれ違いざまに胴を切り裂いた。

 

「今の光、左に2機…!」

 

高速でビル街を動き回りながら、ミーシャは称賛されるべき動体視力で街の光とは違うセンサー光を捉えた。

ビルの陰から高速のまま飛び出し、ぎょっとしたかのようなジムの顔面に頭部バルカンを叩き込んでモニターを殺し、そしてすぐさまコクピットにケンプファーの蹴りを叩き込む。

ケンプファーの爪先の〝爪〟が、コクピットに食い込み、ジムが絶命したかのように沈黙。

直後、反対側のビルの隙間から飛び出たジム系列のMSが、マシンガンをケンプファーに叩き込む。一瞬、ケンプファーの肩を弾が掠めてショルダースパイクを削った。

だがミーシャの反応は速かった。

ケンプファーは重心を深く落とし、そのままスパイクをジムに向けて高速で突っ込む。

マシンガンの弾丸がケンプファーを幾らか傷つけるも、ケンプファーは高速機動のために装甲を削って軽量化されているとはいえ、バイタルエリアを始めとした一部は重装甲と言って差し支えないアーマーを誇るし、ショルダーアーマーの曲線は計算された盾でもある。その計算された丸みが、弾丸を滑らせた。

そこで弾丸を受け止めれば、マシンガンに遅れを取ることもそうそうない。

致命打を与えられず、ケンプファーの脚を止めれないジムはそのままショルダータックルをもろに受けて吹き飛んだ。

ジムのコクピットにスパイクが痛々しく抉り込まれ、そしてズルリと抜けたそれには人の血が、或いは肉塊のような何かがべとりと張り付き、そのまま重力に負けて地に落ちていった。

 

「想定時刻より遅れてやがる。くそ……これじゃあ、ガンダムが起動しちまう」

 

バーニィが予定通り動いて何事も起きていなければ、今頃は一足先にガンダムの元に到着しているかもしれない。そうすれば、ガンダムの起動自体を防げるだろう。あのガンダムの恐ろしさは身に沁みてわかっているから、起動前にどうにか出来るのが一番良い。

だがその時、ケンプファーのセンサーが緑地区画の方向で起きた爆発の音と光を捉えていた。

どうやらバーニィの方にもリーア軍が向かっていたらしい。

バーニィは、一コロニーの治安部隊程度に負けるようなヤワな新人では、既にない。ミーシャはそう確信しているが、それでも事態は悪化したと言えてミーシャはまた舌打ちをしていた。

 

「バーニィも間に合わねぇか。……隊長、皆…うまくやっていてくれよ」

 

ケンプファーは再び夜空の下、リボーの都市を滑空してガンダムのもとへと駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

ケンプファーの大出力スラスターが、推進剤の消耗も気にせず全力で炎を吹き上げて飛んでいくと、あっという間に因縁の地へと辿り着ける。

 

(バーニィのザクはまだ来ていないか)

 

ザクが間に合わないなら間に合わないで、単機で辿り着いていないのは寧ろ良い。

新型ガンダムとバーニィのザクを一対一で相対させるなど、とてもさせられない。

バーニィを鍛えてはやれたものの、期間は充分とはいえず、そこらの雑魚には負けないだけの腕っぷしとなったとは思うが、まだまだ敵エースとサシで戦わせるには不安があった。

 

「新型はどうなった…?」

 

基地の敷地内深部へと侵入し、防衛機構と兵を蹂躙していきながらも、ケンプファーのモノアイは忙しく周囲を見渡し探査していく。

コクピット内のパネル群に、次々に光学的に解析した立体ビジョンが走査していくと、やがてすぐに懐かしき施設が映った。

記憶通りに事が運ぶとすれば、間違いなくあのブロックに新型ガンダムは在る。

防衛隊をあらかた沈黙させたケンプファーが、聞き耳を立てた。

集音センサーを最大にし、基地内の喧騒を探る。

銃撃音は聞こえず、しかし人間の慌ただしい足音やがなり立てる怒号が飛び交っているようだったが、さすがに高性能のケンプファーの〝耳〟をもってしても基地内の会話など分かりはしない。

シュタイナー達の潜入はうまくいっているのか。このまま新型ガンダムを奪取できる可能性があるかもしれない。

ミーシャが願うようにそう思った次の瞬間、その期待は裏切られた。

 

(…!銃撃音!)

 

基地内から響いたそれをケンプファーの耳が拾ったその瞬間、ミーシャはためらいなく施設の屋根をジャイアント・バズで吹き飛ばす。

お懐かしきご尊顔だ、とミーシャは内心でほくそ笑みながら、起動前にコクピットブロックを潰してやるとばかりに、迷いなくビームサーベルを持って飛びかかった。

それと同時に、新型ガンダムが寝かされた態勢のままにスラスターを吹かし、拘束具や整備アームを吹き飛ばしながら高速で離脱していき、そして基地の壁を突き破ってケンプファーのサーベルから逃れていく。

しかし、ミーシャの動きはかつてより余程速かった。

新型ガンダム――、 アレックスの足先がサーベルの灼熱によって抉られ、片足の足裏スラスターを早速潰すことに成功した。直後の立ち上がった姿を見るに、足首のバランサーにもダメージが入っている。これは大きなアドバンテージだ。

 

偽装を兼ねた重装甲の鎧、チョバムアーマーでもビームなら大きなダメージを負う。

立ち上がったアレックスだが、機動力は大きく削がれた。

今のケンプファーに残された武装は、ジャイアント・バズが残り2発、ショットガンが12発、頭部バルカンの残弾数およそ50発。ヒートワイヤーに、そしてビームサーベル。

 

「あの鎧があるうちは、てめぇが使えんのはバルカンとサーベルだけのはずだ…!まずは――」

 

片足のスラスターバランスが狂った脚、そして重い外装とが、アレックスの機動力を大いに損なっているのは明白。ならばそこに付け込まないミーシャではない。徹底的に弱点はつく。

機動力でアレックスを撹乱し、周囲を高速ホバー移動で緩急をつけながら背後へ背後へと回ろうとしてやると、アレックスは背後を取られぬように必死に立ち回り、頭部バルカンで牽制しながらサーベルを展開した。

 

「威嚇のつもりか?狙いは分かるがな…!その頭、いただくぜ!」

 

ジャイアント・バズがうなり上げる。

空気を斬り裂く砲弾が、先程微損したアレックスの脚部を狙って飛翔する。アレックスはそれを見越したようにスラスターを点火させて一気に後方へ跳躍した。だが、それこそがミーシャの見越した動きであった。

既にミーシャは、二発目のバズーカを撃っていた。

吸い込まれるようだった。

飛翔していたアレックスの、鎧に守られていない剥き出しの頭部にぶち当たり、そしてガンダムの象徴たるその顔を木っ端微塵に吹き飛ばし、その衝撃でアレックスは態勢を崩して落下する。

地に落ちて崩れた態勢を見て、ケンプファーは疾走した。

そして、ヒートワイヤー射出装置を構えると、そいつをアレックスのコクピット目掛け、狙う。

 

「手の内が分かってりゃこんなもんよ!」

 

アレックスのコクピット部へヒートワイヤーを直打ちしてやれば、たとて重厚な鎧(チョバムアーマー)を着ていようが、電撃を浴びせれば電子機器、ないしパイロットへのダメージは大きい。場合によっては捕獲も可能だろう。

ミーシャがほくそ笑む。だが、次の瞬間、ミーシャの笑みは凍りついた。さすがのベテランですら驚愕する出来事が起きたのだ。

それは、ミーシャの()()()()()で起きた、運命のしわ寄せとでも言うべき現象だったのかもしれない。

アレックスにとどめを刺そうとした瞬間、ミーシャの視界の端に、モニターの端に光が見えた。その光はただのライトではない。マズルフラッシュだ。それが経験豊富なミーシャには分かった。

 

「っ!!」

 

本能的だった。

ケンプファーの身を捻らせ、高速ホバー移動を大きく転進させて急激なカーブを描く。

ぎゅるり、とケンプファーが激しいワルツを踊るようにステップした。

ケンプファーのその動きは正解だった。

あのまま攻撃態勢を維持していれば、ケンプファーは蜂の巣だったろう。

ケンプファーが数コンマ秒前までいたポイントを、無数の弾丸が通過していく。

ケンプファーのモノアイが、驚愕に見開いたように光った。

ミーシャとケンプファーを狙った者は、アレックスと同じ形をしたMSである。色こそ僅かに違うが、明らかに同じマシーンがそこにいた。

 

「2機目の…ガンダム…!」

 

ミーシャの背をイヤな汗が伝った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガンダムNT-2。アレックス2号機。

ジオン優勢に傾き過ぎ、そしてアムロもオデッサで敗北したとはいえ、それを糧として各戦線で怪物的に成長していった結果、連邦上層部はアムロとガンダムに対し過度な期待をよせた。縋っていたとも言える。

その因果がここに結びついた。

新型ガンダム計画への投入資金、人員が増加され、アレックスは複数機が建造され、そして2号機が1号機と同程度の進捗で開発が進んでいたのだ。

武装類は未だにアレックス専用のものが完成していないのが、不幸中の幸いというやつだろうし、2号機はチョバムアーマーを装着していない。

どうやら、チョバムアーマー装着状態と、ノーマル状態とで実機比較実験をするつもりだったのだろう。

とにかく、サイクロプス隊にとっては非常にイヤな展開であった。

アレックス2号機が、腕部ガトリングを展開させながら、ケンプファーを睨むように立っている。

ケンプファーもそれに相対し、微動だにせずモノアイを鋭く光らせた。

互いの動きの読み合いだ。

しかし時間は有限で、状況はミーシャに不利だ。

足元から僅か十数メートルに転がるアレックス1号機は、頭部と右足を損傷したものの、俄然、戦闘は可能。

パイロットが態勢を立て直せたら、2号機のアシストをするに決まっている。

 

(迷ってる暇はねぇ!)

 

ミーシャの判断は早かった。

ホバーでケンプファーを真横に駆けさせ、滑りながらジャイアント・バズをこれ見よがしに構える。もちろん、2発撃ちきって弾薬切れ(エンプティー)であるが、それはこちらの事情であって敵方は知らぬのだから、脅し程度には使えた。

案の定、2号機は素早く横に飛びながら、ケンプファーに腕部ガトリングを十数発放つ。

ケンプファーがジャイアント・バズを投げ飛ばし、空中でガトリングに撃ち抜かれたバズーカがボロ雑巾となって四散したが、その隙にケンプファーはショットガンを構えていた。

 

「っ…!鎧無しめ…随分と速ぇ…!!」

 

こうまで機動力が違うのか、とミーシャは僅かに戦慄する。

オデッサで出会った本家ガンダムよりも速い。

しかし、動きには、あのオデッサの白い悪魔のような予測不能なものは感じられない。直線的で素直なものだ。

悪い腕ではないが、まともに戦えばミーシャにでもどうこうできそうなレベルであると確信できる。

もっとも、それは一対一であったなら、の話だ。

頭を失った1号機が、駆動音を響かせて立ち上がっていく。

ケンプファーが、のそりと立ち上がる1号機に今度こそヒートワイヤーを打ち込んだ。そして、1号機の重量を支点として、通常では描けない軌道でケンプファーを滑らせた。

同時に、1号機に電撃を浴びせて麻痺を狙うのも忘れない。だが。やはりコクピット部への電撃でないと劇的な効果はない。そもそも、本来のグフの電撃量と比べると物足りないのが本音なのだ。しかし、1号機の動きはさらにぎこちなくなってはいて、これなら新型ガンダムと二対一であろうとも凌げる。

そして、その複雑な軌道に面食らった2号機のガトリングも虚空を撃って、ケンプファーとミーシャの強さというものをテストパイロット達に教え込む。

 

(残弾数は幾つだ…!)

 

通り過ぎる弾丸の光、地を穿つ弾痕。それらを見れば、頭部バルカンを遥かに凌ぐ恐ろしい威力なのは明白だし、そもそも一度身を以てその威力を知っている。それだけにあの細い腕に納まる弾数は限られるに違いなかった。

ケンプファーとミーシャのコンビなら、全部を避けきるのは与太話ではない。

ケンプファーは、連邦の施設に次々とヒートワイヤーを打ち直しては、高速ホバーの軌道をより複雑にした。

そして高速移動を繰り返しながら、ケンプファーはショットガンの散弾性をよく利用する。

大雑把な狙いで放たれたショットガンは、軽装の2号機の装甲を、既にところどころを穿ち、破損させていた。だが軽傷だ。

1号機が、鎧を活かして前面に立ち、そして愚直にケンプファーに突っ込みだした。

2号機が、それに合わせるようにスラスターを光らせ翔んだ。

ケンプファーは頭部バルカンで、空の2号機を牽制し、そして鈍重な1号機からバックステップで距離を取る。

このような連携で、2機のガンダムはケンプファーに対して、遅延行為のような戦いで消耗を強いようとする…、と、そのようにミーシャには見えた。

時間が長引けば、奇襲、強襲を仕掛けた側は不利になるというのは、兵士達の基礎教養だ。そんなことはミーシャにも分かる。

しかし、どうにも攻め難い。

1号機のパイロットは、チョバムアーマーを活かしてタンクに徹する覚悟を決めたと見えるし、2号機は身軽さを活かしてケンプファーの速度に食いついてみせた。さすがは新型ガンダムである。

ミーシャがパイロットでなければ、ケンプファーといえどヤラれていただろう。

だが、この遅滞は今のミーシャが欲しいものを呼び込んでくれた。

新型ガンダムのどちらかが、あるいは両機が覚悟を決めて相討ち覚悟で攻勢に出れば、盤面はいくらでも変わっただろうが、しかし今は運命はミーシャに微笑んだ。

 

「ミーシャ!」

 

「っ!来たか、バーニィ!」

 

ザク改が、鎧付き(1号機)目掛けて横合いからヒートホークを構えて突っ込み、そして慌ててザク改へ向き直ったガンダムが、ヒートホークを既のところでサーベルで受け止めた。

 

「鎧付きは任せるぞ!」

 

「りょ、了解!相手がガンダムだからって、俺だってサイクロプス隊なんだ!」

 

ヒートホークとビームサーベルが火花を散らし、両者は切り結ぶ。

アレックス1号機は手負いというハンデを背負っているものの、バーニィの動きは悪くない。

あれなら任せられる。そう判断したミーシャは、2号機へと意識を集中し、そして今更になって全面攻勢に打って出た2号機を見て鼻で笑っていた。

 

「判断が少しばかり遅かったなぁ!」

 

ガトリング掃射の全てを避けきったケンプファーに、まるで癇癪を起こしたかのように、サーベルを構え突っ込んでくる2号機。それと全く同じ速度で後退していくケンプファーは、路上に駐車(設置)してあったトラックの側まで来ると、そこで脚を止め、そしてモノアイが鋭く光ってアレックスを睨む。

 

「さぁ来い…!戦い方を教えてやる!」

 

弾切れになったショットガンを投げ捨てつつ、敢えてミーシャはその言葉を放った。

かつて敗れたあの運命を、今度は捻じ伏せてみせる。その心が、自然とそうさせたのかもしれない。

ケンプファーが、ヒートワイヤーをアレックス目掛けて打ち出すと、アレックスは何度も見たその速さと動きを見切ってサイドへとステップし、数度それを繰り返し、伸び切ったワイヤーがビルに突き刺さった瞬間に、アレックスは今度こそ全速力で地を駆けた。

ケンプファーは頭部バルカンで必死に迎撃…と見せかけて、そして、足元すぐ側のトラックの積荷コンテナへと、思い切り拳を突き入れ、そして勢いよく拳を引き抜いた。

チェーンが擦れるけたたましい音が響く。

ケンプファーが長い鎖を思い切り振ると、それはムチのようにしなって風を切った。

アレックスが、慌てたようにそいつに反応したが、全ては遅かった。ワイヤーの動き全てが、ミーシャが散りばめたブラフであった。

地雷を大量に抱えた鋼鉄の鎖が、アレックスを雁字搦めにしていた。

カッ、とチェーンマインが閃光を発した。

指向する爆発が、巻き付かれたモノに膨大な熱量と衝撃波を伴い殺到していく。

コロニーという大地を揺らす轟音がドロドロと響いた。

だが、その爆発力と轟音に反して、コロニーはかろうじて無事であるのは、チェーンマインは搭載された一基一基の地雷が指向性爆破の特性を持つがゆえに、コロニー戦でも安心して使える強力なボムであった。

そして、間違いなく必殺の威力を持っていた。

 

「勝った…!」

 

濃密な爆煙が晴れた時、そこにあったのは、金属フレームや幾らかの機構を僅かに残して、黒炭となった無惨な新型ガンダムの姿であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎧付きと対等に切り結び続けていたザク改。

だがそこに、アレックス2号機を始末して舞い戻ったケンプファーが来たのだから、勝負は一瞬でついた。

しかしより正確に言えば、ケンプファーの登場に動揺し、頭部を失ってただでさえセンサーとモニターが大幅に弱体化していたガンダムは、ケンプファーに意識を向けすぎてザク改の攻撃をもろに食らったのが原因だ。

アレックスは馬力の差を活かし、ヒートホークを斬り払ったパワーでザク改を大きく押し込み後退させていた。そして生じた僅かな距離に、アレックスのパイロットの意識はケンプファーへと比重が置かれたのだろう。

その瞬間、ザク改は、ケンプファーと同じように隠し持っていたヒートワイヤー射出装置をその手に構えていた。

そして、決着はあっさりとついたのだ。

コクピット部へとヒートワイヤーの牙が食い込み、バーニィはバッテリーが焼き切れるまで最大限の電撃をアレックスへと食らわせた。

必殺のチェーンマインすら無効化するアレックスの重厚な鎧も、電撃には大きな防御力を発揮しなかった。

アレックスは、まるで痙攣するように身を震わせて、そして関節や装甲の隙間から幾筋の煙を吐くと、そのままガクリと膝をついて、ゆっくりとその場に倒れたのだ。

 

「やるじゃねぇか…バーニィ!」

 

「や、やった…やったんだ…。俺、やったんだ!ミーシャ、俺、やりました!」

 

「へへ、ひよっこがいきなりザクで、ガンダム(大物)食いとはなぁ!…もうひよっこなんて呼べねぇな。おめぇも一端のサイクロプスだ」

 

「ミーシャ…」

 

感極まりかけるバーニィだが、ミーシャは祝い酒はまだ早い、と彼と自分を戒めた。

 

「守備隊はあらかた片付けちゃいるが、のんびりしてたら増援がやってくる。バーニィ、新型はケンプファーが担ぐ。おまえは露払いを頼むぜ」

 

「了解。新型ガンダムのパイロットはどうする?」

 

「今頃、電撃でおっ死んでるか、失神して夢の中だろうぜ。だが万が一、担いでる最中に起きられちゃあ迷惑だ。始末する」

 

OK、と短く返事をしたバーニィは、屈んだザク改から素早く飛び降り、銃をホルスターから抜いて、倒れるアレックスのコクピットハッチへと駆け寄っていく。

その間、ケンプファーはアレックスが目覚めぬかを見張り、周囲の残敵のサーチにも余念がない。

サイクロプス仕込みのバーニィの手際は鮮やかだ。

電撃により発熱対策の特殊手袋も装着済みで、ハッチのパスコード解析…をするまでもなく、焼け付いた電子盤はショートしていて、開閉トリガーはすぐに起動できた。

へへ、楽勝…と勝ち誇って笑いつつ、バーニィは銃を構えてコクピットの覗き込む。

そして言葉を失った。

 

「に…似てる。いや、これは……嘘だろ。こ、こんな…こんなことって…!…嘘だと、言ってくれよ…クリス」

 

乾いた笑いが出て、そして次の瞬間にはバーニィの眉が歪んだ。

ノーマルスーツがところどころが焼けて、痛々しい火傷すら見え隠れしているパイロット。

ヘルメットのバイザーの奥で、意識を失って項垂れるその美麗な顔は、バーニィが懸想する女性…クリスチーナ・マッケンジーその人であった。

運命の残酷さと皮肉さに、バーニィは感情の整理が追いつかない。クリスは排除すべき敵パイロットで、そして想いを寄せていた女で、そして、そんな女を知らずのうちに傷つけて、こんなにも痛々しい大怪我を追わせてしまった。

サイクロプス隊に相応しいだけの心技体は身につけたはずだった。

しかし、こんな状況はさすがのミーシャの訓練でも想定されてはいなかった。

好いた女が、ターゲットのMSのパイロットだなんて、この世に神がいるなら随分と性格が悪い、とバーニィは思う。

サイクロプス隊なら、どうするべきか。

ガルシアならどうするか。

ホワンならどうするか。

アンディなら。

クスコなら、トップなら、シュタイナーならどうする?そして、ミーシャなら。

バーニィの頭の中を、サイクロプスの教えと仲間達の顔と、そして眼の前のクリスの顔とがぐるぐる巡って、そして最後に友達である少年(アル)の笑顔が浮かんできて、そしてとうとうバーニィは銃の引き金をひけなかった。

 

『どうした?トラブルか?』

 

やたらと時間がかかっていることに、ケンプファーの外部拡声器が野太い声で言った。

バーニィは、今にも泣き出しそうな顔で、ケンプファーのモノアイを見上げて、そして少しばかり黙った後、意を決して信頼する先達であり戦友であり、師でもある男にすがる。

 

「…ミーシャ……こ、このパイロット……クリスだ。クリスなんだよ、ミーシャ…!」

 

『…なに?』

 

「お、俺………どうすればいいか、わ、分からないんだ…ミーシャ。ど、どうすりゃいい…?命令、してください、ミーシャ。お、俺は…」

 

ミーシャはケンプファーの操縦席の上で僅かに天を仰いで嘆息した。

そしてバーニィと同じように、運命というモノの奇妙さを恨めしいと思う。

たっぷり悩んで答えを出したい問題に限って、事態はいつだって急を要するものだ。

トラブルの大小の差はあれど、こういう問題はいつだって大人を悩ませた。

 

『自分で考えることを諦めるな、バーニィ』

 

そう叱責しつつも、しかしミーシャとてこの場合の仕方なさを感じていた。

新兵には些かヘビーな状況判断だろうから、先達としてミーシャは直ぐに解を示す。

 

『……テストパイロットなんだ…機密を知っている可能性もある。クリスは捕虜にする。縛り上げろ。…捕虜なら最低限の人道配慮は必要だからな…応急処置をしてやんな。2分で済ませろ。それ以上は待ってられねぇぞ』

 

「っ…捕虜。そう、か…それなら殺さなくても、いいんだ。ミーシャ…あ、ありがとうございます!」

 

明朗な答えを瞬時に導きす出す師の機転に、バーニィは救われる思いだった。

そして、己が進むべき道がはっきりと見えた途端に、バーニィは迷いなく、淀みなく動き出す。

ごめんよ、と呟きつつ、クリスを縛り上げたバーニィは、治療スプレーを吹きかけて、そしてバンデージで傷口とノーマルスーツの裂傷を塞いでいく。これで、最低限のスーツの気密性は保たれる。

 

「OKです、ミーシャ!」

 

『よおし、さっさとザクに戻れ。頭を切り替えろよ、バーニィ。さっき言った通りだ。俺が新型を担いで、おまえは警戒しつつ先導を任せたぜ』

 

バーニィはアレックスの操縦桿に簡易ながらも操縦不能となるように細工をしつつ、この機体の生命維持装置や機密が保たれているのを確認し、そしてクリスの拘束と傷口をまた点検してから、アレックスのハッチをしっかりしめると急いでザクへと駆け戻る。

思わぬ再会に気が動転しかけたバーニィだが、とにかくも切り替えには何とか成功して、そしてケンプファーとザクは、見事にお目当てを抱えてリボー・コロニーを脱出していくのだった。

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