機動戦士ケンプファー 栄光のサイクロプス 作:ハンマーしゃぶしゃぶ
ガルシアが、トラップとして仕組んでいた爆弾が爆発した。
コロニー外壁に開けた大穴に、リボー・コロニー全体がパニックとなっていたが、大穴は居住区とは大きく離れた地点に開けられたから、非戦闘員への配慮は最低限はなされていた。不用意に近づかなければ、住民が宇宙に吸い出されることもないだろうし、酸素が全て無くなってしまうよう規模の気体流出も起きないだろうという計算は、シュタイナー達もしていた。
その大穴に、予定通りにケンプファーとザクは飛び込んでいく。
そして、その大穴を抜けたすぐそこには、小型の宇宙艇という先客がいた。
「隊長!無事で何よりです」
ミーシャは微笑んだが、スペースボート内の操縦席に座るシュタイナーの顔には一切の微笑みはまだない。
「ミーシャ、バーニィ、二人ともよくやってくれた。…だが、無事かどうかはこれから決まる。さぁ気を抜くなよ…ここが最後の山場だ」
不敵に笑うミーシャだが、彼とてまだまだ油断できない状況なのは把握している。
ミノフスキー粒子に乱されながらも、ケンプファーのレーダーは、コロニーの宇宙港から発進する二隻のグレイファントム級の船影を捉えていた。
MS隊を喪失したとはいえ、グレイファントムの船足と火力は恐ろしい。
今のケンプファーとザク、そして小型艇というパーティーでは、いくらサイクロプス隊でもとても太刀打ちできる相手ではない。
ケンプファーとザクの推進剤は、もう戦闘軌道を描けるほどではなく、とてつもなく心許ないのだ。
迎えに来てくれているはずの、フォン・ヘルシング大佐率いる友軍艦に帰投するまでギリギリ、という残量でしかない。
オマケに武装は、ケンプファー、ザク、ともに近接兵装のみで、小型艇には武装などない。
もう一つオマケに、ケンプファーは
「こりゃあ絶望的だ」
小型艇の中で、大げさにアンディが言うとホワンもやたらとオーバーリアクションで頷いた。
「こんなことになるなら、最後に給料全部使っとくべきだった」
「隊長、今からリボー・コロニーで金おろしてきていいですかね?」
「好きにしろ。扉はすぐに閉めろよ。空気がなくなる」
へへへ、と呑気な笑いが起きた。
油断はせずとも、必要以上に切迫もしていない。
シュタイナーは、操縦桿を握りながら作戦開始とともに時刻合わせをした腕時計をちらりと見た。
(想定時刻通り…)
色々なトラブルはあったが、ミーシャとバーニィの頑張りが予定の帳尻を合わせてくれた。
「隊長、木馬級が速度をあげました」
「……反対方向から、高速で接近する機影あり」
ガルシアとトップが計器を睨みつつ言った。
シュタイナーは、よし、とだけ答えて、操縦桿を高速接近の機影方向へと一気に傾けた。
みるみる縮まる、脱出組御一行と謎の機影の距離。
程なくして、望遠のメインカメラに一つの機影が映り込む。足の代わりにブースターとアポジモーターを生やした、白い機影。そいつはウィンクをするようにモノアイを瞬かせて、そして、周波数を合わせて通信に割り込んできた声の主は、「迎えに上がりました」と艶やに、そして端的に言った。
クスコ・アルが、サイコミュ高機動試験用ザクに乗って颯爽と現れたのだ。
シュタイナーが事前に用意していた、最強の〝お迎え〟がこれであった。ニュータイプ専用機の実戦データの収集という名目で、上層部にGOサインを出させて用意できたエースカードである。
「おじさま、あとは私に任せて」
「おじさまはやめろってんだ」
こそばゆいだろ、とはにかむミーシャだが頬は緩む。
この合流が成った時点で、サイクロプス隊の勝ちがようやく決まった。
「サイクロプス・ビショップ02…これより任務を開始します」
ミサイルのようにかっ飛んできた白いサイコミュザクの機影が、大きくなったと思ったら、あっという間にまた小さくなって光の点となっていく。
スラスター光が、宇宙の黒に流れ星のように引かれていった。
クスコ・アルの操縦の癖は、軌道すらも美しい。
ケンプファーのメインカメラが、遠くで瞬く光を見た。
大小に光の花が開いて、瞬いて消えた。
それは蹂躙であった。
グレイファントムの重厚な火線は、飛び回る白いサイコミュザクを捉えることはなく、そしてザクの放った有線式ハンドがメガ粒子の光を放つと、グレイファントムは瞬く間に炎に包まれ、爆発しながら宇宙の藻屑へと消えた。
瞬時にして数百の命が奪われたが、クスコはもはや失われる命の叫び声に怯むような軟弱な女ではない。彼女の心は、いつだって頼もしい薄毛の巨漢が守ってくれていた。
その後も、連邦の追撃隊が散発的に現れたが、クスコ・アルとまともに戦うことすらできずに宇宙に散って消えていったのは言うまでもない。
彼女は多数の連邦小艦隊を、たった1機で殲滅し、サイクロプス隊の全てを守りきっていた。
「こうも磨き上げられた本当のニュータイプってのは、化け物だな」
クスコ・アルが、MSパイロットとしてはすでにサイクロプス隊で最強なのは分かっていたことだが、今回の潜入作戦では旧時代的な肉体の強さを持つ兵士が適任だった。破壊工作を始めとした偽装、殺人、詐称、隠蔽、潜入、それらを実行するのには、クスコは純粋兵士としての練度が不足していて、彼女はそういうゲリラ活動に属する分野は、トップは勿論バーニィにすらやや劣っていた。そんな分野を鍛えるよりも、クスコの有効活用を思えばパイロットとして才を伸ばすのが最適だ、というのはシュタイナーとミーシャの判断でもある。
適材適所とはよく言ったものだとミーシャは思う。
銃を取って戦う戦士としてはいまいちでも、殺人マシーンを駆るために鍛えたニュータイプパイロットに、ニュータイプ専用機を与えたらどうなるか…という答えがはっきりと明示されていた。
今のミーシャとケンプファーでも、とてもじゃないがクスコ・アルの相手はしたくない。
心底そう思いつつ、しかしベッドの中じゃまだまだ負けねぇさ、というくだらぬ男の矜持も持っていたが、クスコ・アルはミーシャのその〝くだらなさ〟が堪らなく好きで、可愛い男とも思うのだった。
ルビコン計画は成功した。
折り合いの悪かった上司キリングも、この時ばかりはサイクロプス隊を称賛し彼らを慰労したが、その面長な顔には自分自身の手柄をより誇る色がありありと浮かんでいた。
新型ガンダム奪取の功績をギレン派に売り込んだキリングは、念願叶って目出度くギレンと謁見し、昇進し、改めてキシリアへの牽制の密命を受けてグラナダ基地司令へと就任した。
そして、サイクロプス隊はというと、そのままキリングの麾下に留め置かれたが、それはつまり、実質的にサイクロプス隊はキシリア軍団に位置していながら、ギレン派のキリングの実働部隊ということになり、その本質はギレンお抱えの特務部隊ということになっていた。
そのサイクロプス隊だが、問題も起きていた。
ジオン十字勲章ものの手柄を立てすぎて、サイクロプス隊の名が有名になり過ぎてしまったのだ。一応は、ガンダムを直接倒したパイロットなどの個人情報は引き続き秘匿できたものの、お陰で危険でダーティーな特殊任務を行わせづらくなったのか、最近のサイクロプス隊は教導部隊のような扱いである。前線から遠ざけられて久しい。
これほどの勇名が轟いてしまうと、部隊の損耗そのものが全軍の士気に影響する。
それ故の配慮というやつらしい。
が、一連の配属や昇進には、ギレンとキシリアの間でやはり一悶着あったようで、サイクロプス隊からクスコ・アルは異動となり、キシリア麾下のキマイラ隊へと転属した。…というよりは、復隊したといったほうが正しいのかもしれない。もともと、クスコはソロモン戦での活躍から、そのままスライドしてキマイラ隊へと配属される筈だったのを、彼女のわがままで、キシリアお気に入りのニュータイプ特権ともいうべき強権で、サイクロプス隊にコネ入隊していたのだから。
本来、キマイラ隊はニュータイプという新人類が一致団結してオールドタイプに牙を向けた場合に、ニュータイプたちを始末するためのカウンター部隊としての性質を持っている。しかし、クスコ・アルはミーシャとの邂逅を通じて極めて安定した精神状態を保っており、
クスコ自身は泣く泣くといった様子だったが、今でも何かと理由をつけてはサイクロプス隊のもとに顔を出して、ミーシャと密会を重ねている。クスコ・アル本人は、NTの革新とか、OTとの軋轢とかには興味がない。彼女の興味は、ずっとミーシャに注がれていたから、キシリアの判断は正しかったようだった。
捕虜となっていたクリスだが、彼女の扱いについては南極条約がちゃんと適用され、それほど酷い扱いは受けなかった。
それにはバーニィをはじめ、サイクロプス隊の面々の奔走があったからとも言われるが、新型ガンダムの実機が手に入ったために、そのテストパイロットから機密を得ようという価値が下がったからだ。
言い換えれば、ジオン上層部はクリスチーナ・マッケンジーというパイロットに興味がなかったということだが、それ故に彼女の無事に繋がったというのは少々皮肉であったろう。
後々に行われた捕虜交換式まで、クリスはグラナダで過ごし、その間、彼女の監視についたのはバーニィだった。
無論、互いに素性を隠していた者同士、最初は騒動があったろう。
罵声が飛ぶこともあったろう。
なにせ、核攻撃という、ルビコン計画が失敗した時のための最終保険が実行されていれば、リボーコロニーの全てが滅んでいたとはいえ、サイクロプス隊の攻撃によって、リボー・コロニーは何百という死傷者を出して、その中にはクリスの知り合いも多くいた。連邦も、中立地帯で新型MSを建造したという負い目はあるものの、そう簡単に割り切れるものではなかった。
だが、結局のところ、二人はグラナダで過ごした期間で愛を育むことができた。二人は、本当の想いと愛というものに気づき、その障害を取り除くために動き出した。
戦後、二人は結婚することになるが、山あり谷ありの恋愛劇は二人だけの思い出というやつで、それをほじくり返すのは野暮というものだろう。
宇宙世紀0082年も暮れて0083年が近くなってきた頃、三年以上続いたジオン独立戦争は終結した。
連邦はその巨大さと地力、そしてアムロ・レイの活躍で粘ったものの、結局は挽回できずに最後にはジオンに屈した。
ユーリ・ケラーネが、現地下士官から得た情報をもとに構築した新機軸のMS戦術の浸透。それにより早まったマ・クベの統合整備計画。クスコ・アルの早期発見によるニュータイプ研究の深化。そして、ガンダムの撃破。
ミーシャがばら撒いた〝足掻き〟の種が芽吹き、少しずつ運命に根を伸ばし侵食し、花開いたということだった。それらは決して無視できない大いなる影響を与えた。
地球からは、暫時、強制宇宙移民が開始され、ギレンを筆頭にしたザビ家の独裁は、やがて全ての人々に半ば諦観をもって受け入れられていく。
人とは慣れる生き物だ。
それに、どんな政治体制だろうと、結局のところ、今日の食事を保証されればやがて文句も不満も忘れていく。末端の人々にとって、独裁だろうが民主主義だろうが、己の周りの小さな幸福が守られるのなら何だっていいに違いない。
その点、ギレンの統治は優秀だった。
飴と鞭とを適切に使い、真綿で締め付け、その上で生きる希望も失わせずに、かといって転覆や革命を望むほどの光も見せない。せっかく減った人口と、目減りした資源を適切に管理するギレンの築いた社会は、人類と地球環境に安定的な秩序をもたらしたのは紛れもない事実となって歴史に刻まれる。
戦後、ようやくギレンという天才の統治の真価が現れたといえた。
連邦の残滓は時間をかけて解体されていき、ジオン内に燻るダイクン派の残党もやがて根絶されていく。その過程で、ジオン公国は国名をギレン皇国と変えて、よりギレンを中心とした国家運営に傾いていくが、少なくともギレンが存命のうちは彼の支配は色褪せることはなかった。
ギレンの緩やかな締付は、後に大きな戦火に繋がる筈だった様々な火種を片っ端から潰していき、ギレン統治時代は、後世の人々から〝奇跡の50年〟と呼ばれて、大きな騒乱がなくなった時代となるのだった。
そして、これは全くの余談だが、ガンダムを葬ったオリジナルのケンプファーは、サイド3のジオン独立戦争記念館に飾られることとなり、今も青い勇姿を人々に見せつけており、その左右にはケンプファーと協力してやはりガンダムを倒したザク改と、オデッサ作戦で本家ガンダムを葬ったイフリートも並ぶ。当機を使用したサイクロプス隊が、知名度に反して一般人には秘匿された情報が多いことから、ミステリアスな最強部隊として後世の物語の題材としても引っ張りだこであり、サイクロプス隊のエンブレムが刻まれたこの3機は、サイド3でも抜群の人気撮影スポットだ。
宇宙世紀0083年、12月25日。クリスマス。リボー・コロニー。
この地を訪ねてきたものがいる。
恰幅のいい頭髪寂しい大男だ。
左右にモデルのような美女を連れて、そして彼を出迎えた女性もまたスラリとした品のある美女であった。
周囲を忙しく歩く職員、旅行者、などが美女と野獣の組み合わせを、時折怪訝そうに見つめていた。
男は、美女三人の頬に口づけして、そして「また後でな」と笑顔で別れると、三人の女声は姦しく世間話をしながら意気揚々と去っていく。
その後ろ姿を見送ってから、男は一人、スーツ姿で歩き出した。
正規の証明書を提示し、正式な手続きをして入国し、レンタルエレカを借りて乗り込む。
運転席について、自然と毛むくじゃらの手が、助手席に投げ入れたボストンバッグへ伸びて思わずスキットルを掴みかけたが、「おっと、いけねぇいけねぇ」と薄く笑って気を引き締めた。
「ジオンの英雄が、飲酒運転で逮捕なんてなったらあいつらにどやされるぜ」
目指すのは、完成な住宅区画だ。
宇宙港を抜けて、植林区を抜ける。コロニーの時間設定はもうじき夕暮れが終わって夜。
街灯が灯り、柔らかな光が車道を照らす。
車を止めた。
裕福そうな、普通の一般家庭にしか見えない家屋。
ミーシャは、後部座席にたっぷり置いていた土産を抱えて、足で扉を締めてのっしのっしと歩く。そして、チャイムを鳴らした。
「ミーシャ!」
「まぁ、ミーシャさん、お久しぶりです」
「あっ、ミーシャ!本当に来てくれたんだ!」
出迎えたのは、金髪の青年と、赤髪の美人と、焦げ茶髪の少年。
と、少年の横の美しい少女。
その少女については、ミーシャは初対面であるが、年格好からしてアルの知人に間違いない。
「そっちの嬢ちゃんはアルのガールフレンドか?」
恐ろしげな巨漢のくせして人懐っこい笑みを浮かべてミーシャがいうと、アルと少女の顔が同時に朱色に染まったが、両者とも否定はしなかった。
「ま、まぁ…そんなとこかな」
「ドロシーです。よろしくお願いします」
少女…ドロシーはぺこりと頭を下げたが、その所作は行儀正しく、悪ガキのアルとは不釣り合いに思えた。容姿だってかなり整っている。
「アル…お前、なかなかヤりやがるな。どこでこんな上玉捕まえたんだ」
「俺はミーシャの弟子だからね!これぐらい当然さ」
へへん、と胸を張ってドロシーの肩をがっしりと、しかし初々しく抱いたアル。
だがそこでバーニィがしゃしゃり出てきて、ミーシャににたにた笑いながら耳打ちする。
「小学校からの幼馴染らしいぜ。ずーっと、ドロシーちゃんの尻に敷かれてるのさ、アルは」
「バーニィ!」
「あははは!いいじゃないか、アル!ホントのことだろ?――って、イテっ!?お、おい、ちょっとした冗談じゃないか、痛っ!おいマジでちょっと痛いって、アル!?」
バーニィの脛をげしげしと蹴りつけるアルに、堪らずバーニィは逃げ出した。リビングで追いかけっこが始まっていた。
「クリス、笑ってないで助けてくれよ!」
「今のはバーニィが悪いわ。大人しく蹴られなさい」
くすくす微笑みながら、クリスはバーニィとアルを心底嬉しそうに眺める。ドロシーも、クリスの横で穏やかに笑いつつも、「アル!お客さんの前でしょ!ほんとに何時まで経ってもガキなんだから!」と、思い出したように怒りだしていた。
(本当に、この二人って兄弟みたい)
クリスはそんなことを思って、そして4年前のあの日にバーニィと初めて出会った夜のことを思い出した。
イズルハ家を、暗い夜に外から伺う怪しい男がいて、それを泥棒と思い込んだクリスが、バットで泥棒男を殴打したのが出会いだった。
アルは、この泥棒男を生き別れの異母兄だと見事な嘘をついて、見事にクリスもクリスの両親も騙されて、クリスはバーニィに平謝りしたものだった。今にして思えば、あの時に嘘を見抜けていればサイクロプス隊の破壊行為を止められれた可能性もあるが、サイクロプス隊はプロ集団だ。あの時点でバーニィとアルから、尻尾を掴んでサイクロプス隊を追ったとしても、きっと別の恐ろしい作戦が実行されていただろう。
それにクリスは、戦後に知ったのだ。
サイクロプス隊のアレックス奪取及び破壊任務が失敗した時には、核ミサイルによってリボーコロニーが消し飛ぶ予定だった。だから、あの時点で、リボーコロニーを守るためには、サイクロプス隊がアレックスを撃破するしかなかった。
(私は、負けるべくして負けたんだわ)
一軍人として、あの敗北は屈辱を感じもしたし、それによって戦中はそれなりに大変だったが、それ以上に自分の敗北がリボーを守り、そしてバーニィとの縁も繋げられたのだと思うと、クリスはその敗北も受け入れられた。やはりクリスという女性は、軍人として向いていなかったということなのだろう。
と、そこまで思考したところで、沈鬱になりかけた心を切り替えて、眼の前の団欒の風景で心を塗り替えると、ドロシーが姉のように慕うクリスへとそっと言った。
「ねぇ、クリスさん…止めないでいいんですか?」
「大丈夫よ。本当にふざけてるだけだから。…今日のクリスマスだって、あの二人ね、〝クリスマス作戦だ〟なんて言って、随分と張り切って二人で買い出しから飾り付けまで全部やってくれたのよ?」
ドロシーが目を丸くし、そしてこの家の豪華なクリスマスのイルミネーションだのなんだのを見回す。
「ええ~!?これ全部!?」
クリスとドロシーは、自分達パートナーといる時以上に盛り上がりヤル気を出す、あのバーニィとアルのコンビを見ながら、溜息やら嫉妬やら、そしてそれよりずっとずっと大きな温かな感情を綯い交ぜて、何時までも騒がしい凸凹コンビを眺めていたが、それをいい加減に終わらせたい男がここには一人いた。
まだ玄関で、大量の土産を持ったままだったミーシャは、深く大きい溜息をつきながら「やれやれ」と言って、土産の山から一つ、掲げてアルへと見せびらかす。バーニィへの助け舟であり、そして何時までも玄関先にいたくないミーシャからの訴えでもある。さっさと中に入れろ、と視線にたっぷりの訴えを込めていた。
「おい、アル!お前のリクエストだぜ!わざわざサイド3中、駆け回ってやったんだ。受け取れ」
ぽいっ、とクリスマスプレゼントをぶん投げるガサツさは、やはりミーシャである。
アルは、宙を舞って己へ向かってくる派手な包装紙に包まれた箱を受け取ると、喜び勇んでラッピングをひん剥いた。
「…っ!わぁ、それってムンゾで出回ってる最新モデル!?すっげー!こんなのリボーじゃ見たことないや!」
背が伸びたとはいえ、ガールフレンドができたとはいえ、やはりアルはアルだ。
「…ほんっと、ガキなんだから」
ドロシーが呟いた感想に、ミーシャも全面的に同意であったが、今のアルは敢えて平和な時を精一杯楽しむために、〝ガキ〟を演じて少年時代を満喫しようとしている向きがあるのをミーシャは知っていた。無論、クリスやバーニィもだ。
ミーシャの未来の知識がもたらした運命の捻れは、北極基地同様、リボーコロニーの守備戦力も増大させて、それでもミーシャとケンプファーのコンビに全ての連邦兵は蹴散らされたわけだが、当然、撃破された連邦MSの落下や爆発、ジム達の攻撃などで街の被害は増えていた。
この結果、MSの武装の弾薬などが引火しつつ広範囲に降り注ぎ誘爆してしまったのだ。
クリスマスシーズンに合わせてイズルハ家を訪ねて来ていた、アルの従姉妹などにも被害が出ていた。
「赤毛の可愛い子だったんだ。…でも、あんなあっけなく死んじゃった。…人って、簡単に死ぬんだね」
母と仲の良い親族だった。アルも少しだが会ったことがあったし一緒に遊んだこともある。同い年の従姉妹の笑顔は今も覚えていた。その訃報を聞いて母がさめざめと泣いていた姿が、アルの瞼に焼き付いて離れなかった。
自分が、あの戦闘を繰り広げたサイクロプス隊の手引をして、戦争の手助けをしたと知ったら、母はどれだけ悲しむだろうか。それとも、怒るだろうか。
バーニィやミーシャ、シュタイナー達に協力し、彼らと日々を過ごしたのに後悔はないし、アルが何もしなくてもガンダムを搬入していたリボーコロニーは戦火に巻き込まれただろうが、それでも己の行為にアルは「自分はとんでもないことをしたんだ」という自責の念を、まだ子供ながら抱いて、そしてそれは彼の心を幾らか大人へと押し上げた。
アルは、自分がジオンに加担し戦いをリボーコロニーに導いたという事実を、一生をかけて隠蔽する。一生、その罪悪感を背負うことが、この少年の贖罪となる。
正直に全てを告白し、法の裁きを受けるなんて勇気はアルには無かったし、それに、そんなことをしてバーニィ達に被害が及ぶのはもっと嫌だった。
従姉妹の命と、バーニィ達との友情を天秤にかけて、アルという少年はバーニィをとった。
それだけの話だったが、そんな選択をした自分が、あまりにも薄情で酷いやつに見えて、自分はなんて嫌なヤツなんだ、とアルは思えて、いつもは嘘なんてついてもなんてことなかったのに、その嘘をついた夜には眠れずに怖かった。人知れず、ベッドの中で震えてしまっていた。
後日、そういう悩みをバーニィやミーシャに相談したら、真実をポケットにしまい込むという選択をしたアルに、「俺やミーシャは感謝するよ、アル。もちろん、隊長たちも…。それに、お前を巻き込んだのは俺だ。お前が感じている罪悪感は、俺の罪なんだよ」そう言ってアルを元気づけ、そして自分たちが悪いんだと真面目な顔で言ってくれたバーニィ達に、アルは思わず縋り付いて泣いてしまっていた。
それからだ。
アルという少年が一皮剥けたのは。
サイクロプス隊はかっこいいし、好きだ。モビルスーツはかっこいいし、好きだと思うのも変わらない。だが、もう戦争は好きじゃなかった。
戦争が続けば、大好きなサイクロプス隊の誰が欠けてしまうか分からない。明日にでも、バーニィやミーシャは死んでしまうかもしれない。そう思うと、もうとてもアルは戦争に憧れを持つことはできなかった。
あの日、泣きながら従姉妹の死を嘆いていた少年が、こうも悪ガキっぷりを取り戻してきたのを見て、ミーシャもバーニィも、内心で安堵していた。
そして、ミーシャは咳払いを一つしてから、気を取り直して、大きな声ですっかり忘れていた大切な挨拶をする。戦争の傷も悪夢も吹き飛ばしそうな、実に大きくて朗らかな声でだ。
「メリークリスマス!」
「…メリークリスマス!…はは、こんな嬉しいクリスマスはないぜ、ミーシャ」
「どうだい、新婚生活は」
「ああ最高だね。ミーシャも結婚したほうがいいぜ。いつまでも宙ぶらりんじゃ、トップさん達が可愛そうだもんな」
「おお?俺に説教たれようなんざ、ひよっこも随分と偉くなったもんだぜ!」
バーニィの金髪頭を、わざと乱暴にぐしゃぐしゃと撫で回してやると、バーニィは「わ、わっ!?」と慌てて、そんな様子をクリスにくすっと笑われる。そんなふうに、その家の主達に促されるがままミーシャは皆とともに奥へと消えていく。
リボーコロニーにはクリスマスのジングルが流れ、そこら中から陽気な声が聞こえてくる。
この温かな一軒家にも、今日は温かな空気がいっぱいに満ちていた。
今日はクリスマスだ。
戦争が終わって、初めてのクリスマス。
一足先に集まった4人は、互いに近況を報告しあっていたが、少しも経たぬうちにミーシャが、「ちょっくら先に味見といこうぜ、なぁバーニィ」とか言いながら、まだ現れぬ仲間達を置いて乾杯をし、色とりどりの食事に舌鼓を打つ。
そうこうしているうちに、招待状を受け取った他の面々もこの家に集まってくるに違いないからだ。
そして案の定、
「なんでぇ、俺が最初じゃなかったか」
チャイムが鳴って次に現れたのはガルシアで、それを皮切りにして次から次にかつての仲間がその家に集まってくる。
「早いな。集合まであと20分はあるはずだが」
シュタイナーが、普段とは違う優しげな雰囲気をまとって現れて、
「遅れました。すみません、
「まぁまぁ、今日はクリスマスなんだから、お勉強の話はそこまでにしてあげなきゃ。…色々セール品に目移りしちゃって。ちょっと遅刻だったかしら?」
「でもその分、みんなの分も勝ってきたわよ。多めに買ってきてよかった」
ミーシャと別行動でショッピングを楽しんでいた美女三人組が華やかに現れると、アル少年は「うげ!?せ、先生~!?なんでここにいるのさっ」と顔をしかめる。なんと、ミーシャの愛人の一人は、アルの小学校時代の恩師であるから、世間は狭い。
「いやぁすまんすまん!この時間帯は思ったより混んでたぜ。リボーのクリスマスは侮れんなぁ」
「だから後30分早く出ようって言ったんだ」
そして、アンディとホワンが互いに遅刻の責任を押し付けあって現れる。
バーニィの新居は、あっという間に人でいっぱいになって、招いた側のホスト夫妻はてんてこ舞いだ。
しかしそのかいあってか、この家からは温かな笑い声が絶えない。
ジオン軍人、連邦士官、一般市民の少年。ここでは心に罪を抱いた誰もが、笑顔で酒を注ぎあって、肩を抱いて歌を歌う。
このむさ苦しい男どもと美女達が、かつてこのリボーコロニーを襲って数百人を死傷させた大事件の実行犯だとは、この街の人々は知らない。
アルだけでなく、このクリスとて、このリボーでその事実を黙っている選択をしたのには、それなりの苦しみがある。クリスは、友人にも同僚にも、最愛の両親にすら、夫となったバーニィや今日ここを訪ねてきた友人達の正体を偽っている。それは裏切りの嘘ではあったが、正直に全てを言えばアルとてただではすまないし、折角持ち直したイズルハ家は今度こそ崩壊する。無意味に不幸をばら撒くだけの正直さよりも、クリスは小さな幸福を守れる嘘を選んだ。それが身勝手と言われようとも、彼女はすでに決意したのだ。
クリスは、サイクロプス隊が、自分と同じように〝自分にできる精一杯を、その時その時に行っていただけ〟なのを、捕虜時代に知った。敵も味方も、生きている限りは全員が前を向いて歩いていかねばならない。
もう戦争は終わった。
人間一人の、小さなポケットのような器に、とても入り切らぬ戦争は終わったのだ。
「バーニィ」
「ん?」
クリスは、最愛の夫である、一緒に嘘を突き通すと誓った共犯者の瞳を見た。
「私、幸せよ」
「…俺もさ、クリス。―――あ…」
バーニィが、クリスの白い首筋を見て、何かを見つけて呟いた。
「ん?」
「いや…首筋。……ふとした時に、分かっちゃうな。火傷痕」
バーニィの手が、優しくクリスの首を撫でると、そのこそばゆさにクリスは小さな声を漏らす。
「あなたにキズモノにされた証ね」
それは4年前のルビコン計画最終段階にて、ザク改の放ったヒートワイヤーの電撃で焼かれたクリスの戦傷だった。現代の高度医療技術によって酷い火傷はあらかた癒えたが、光の当たり具合などで、薄っすらと痕が見えることがあった。
しかし、今となってはその傷痕すら、クリスの愛を曇らせることはできない。柔らかく微笑んで、バーニィの手を頬に添えさせた。
「責任、とってくれるんでしょ?」
「も、もちろんさ!」
「じゃあ特別に許して上げる」
じっと見つめ合う新婚の二人に、アルやドロシー、すでに酔っ払っているミーシャ、そしてサイクロプス隊の面々も口笛を吹きつつも遠巻きに見守る。
「クリス…メリークリスマス!」
「メリークリスマス…バーニィ」
賑やかな仲間達に見守られながら、バーニィとクリスは期待に応えて軽いキスをすると、酒を豪快に呑みながらミーシャが「恋人たちに乾杯!」と大声をあげて、実に気持ちよさそうに酔っ払って、今日は酔いつぶれるまで呑む決意が見て取れた。そしてミーシャの取り巻きの美人三人は内縁の夫の介抱の準備を既に始める、という見事な連携を披露しているのだから大したものだ。
今日この日ばかりは、全ての兵士達にも安息が訪れて、生きとし生けるものと笑顔を分け合うのだ。
今日は、赦しの日。
誰もが親愛で結ばれる聖なる夜なのだから。