「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか」
そんな名前で作品化されていた物語の主要人物
リュー・リオン(5歳)と出会ってから数ヶ月が経った。
齢7歳となった僕は、自分の暮らす森·······リュミルアの森の守り人の戦士に志願した。
そして、全力で周囲から反対された。
理由は、僕が里の中でも他に代え難い存在だから、だそうだ。
というのも僕の一族は代々、聖樹とその周縁に存在する里を守護する結界の調整を担ってきたらしい。
当代の結界魔法の担い手は祖父で、
僕の両親は、母が若年出産をして僕という後継者が担保され、祖父が現役な事も相まって自由な生活を得ていたそうだ。
父側が一族の血を引き、結界魔法に優れ、
母側は元冒険者で、戦闘術に優れていた。
彼らは戦う力を持っていた。
故に外敵と戦い────死んだ。
兎にも角にも、僕は祖父にとって、そして里にとって重要な結界魔法の後継者であり、
少しでも死の危険に触れる場には行かせられない、というのが里のエルフ達の言い分だった。
「お前まで失いたくないのだ。」
祖父はそう言ってくしゃりと顔を歪めた。
分かってる。
人間は一度経験した大切な人の喪失を心に刻み続けるものだ。もう繰り返したくない、と。そう強く思う。
傷つきながら、それでも前を向くために。
それは精神構造が人間とそう変わらないエルフだって同じ。
ましてや、エルフは長命種。近しい人の自然死さえ、そう滅多に起こらない。
分かってるさ。
「嫌だ」
でも、僕はどこまでも薄情者で、
祖父の想いには応えられそうになかった。
何故なら、あと六年もすれば
そのタイミングで僕も里を離れ、迷宮都市オラリオを目指したい。
彼女の歩みを見届けたい。
願わくば、その傍で。
その為には地力が要る。迷宮で戦い、暗黒期を乗り越え、その先の世界を見るための力が。
「結界魔法の勉強もする。でも、それだけじゃダメだ。戦う力が無いと、何も護れない。」
「っ········」
祖父の目には言い募る僕がどう映ったのだろうか。
彼は目を見開き、唇を噛み締め、
多くの時間を逡巡に費やした後、
「なら、約束しなさい。必ず生きて元気な姿を見せると。」
そう言って、僕の頭を撫でた。
数日後、祖父の説得もあり、僕は守り人の一員となった。
剣なんて前世今世含めて初めて振るったが、
存外様になっている、と守り人達のまとめ役から褒められた。
だが、それは、前世で喩えるところの新入部員を逃さない為の方便のようなものだったのかもしれない。
更に数日経った頃、スパルタ気味な訓練が幕を開けた。
鈍りきった僕の身体は全身悲鳴を上げる程に追い込まれ、ボロ雑巾のようになった哀れな姿をリューが見兼ねて心配する程だった。
そうして、剣の修練に明け暮れ出して半年ほどすると、
守り人の訓練に、両親と一応の和解をしたリューも混ざるようになる。
体格的に近いという事もあり、僕は彼女と組んで多くの訓練に臨んだ。
彼女と組んでみて分かったのは、彼女は生まれながらに守り人となる事を
七歳と六歳、たった一歳の差でも幼少期のそれは大きい筈なのに、それを跳ね除けるようにして彼女は才を発揮した。生来の負けず嫌いもあるのだろう。必死に、僕と渡り合い、剣を重ね、度々僕の手元から木刀を弾き飛ばした。
勝ち誇ったように胸を僅かに張るリューの姿に無性に悔しくなった僕は、その度に前世で覚えのあった徒手格闘の応用で彼女からひょいと木刀を取上げ、結果を有耶無耶にした。
勿論リューは切れた。マジ切れだ。
かなり大人気なかったと思う。
いや、ある意味子供気があったが故の行為と言えるのか。
何故、こんなにムキになってしまったのだろうと内心首を傾げながら、僕はよくリューに詰められるのだった。
訓練を終えると、僕とリューは二人で大叔母の家へ帰った。
「アルマさんな」
ウグッ、はいアルマさん。
大叔母····アルマさんは僕とリューに神聖文字やエルフ史といった様々な学問を教えてくれていた。
······肉体言語も混じえながら。
彼女は年齢三桁を越えているが故に含蓄に富んでおり、
かつ、その蓄えはバイアスが限りなく薄いもの。
彼女から得た知識はどれも有益なものばかりだった。
「お祖母様、これは何と読むのですか?」
「ああ、これはね─────」
僕はアルマさんとリューとの三人での団欒が好きだった。
リューは家出以降、日が暮れるまでアルマ宅で過ごすようになり、偶に寝泊まりすることもあった。
家族同然に一緒に過ごす毎日はとても暖かで、幸せで。
そして、日々を共にする毎に、僕はリューに惹かれていった。
真っ直ぐで、綺麗で、強くて、少しポンコツで。
ただ、愛おしくて。
一目惚れか、或いは面影を重ねてしまっているのか、
原作キャラという事を差し置いても、親愛以上の感情を僕はリューに抱きつつあった。
でも、リューは僕に純粋に懐いてくれていて、
それが僕にとっても居心地が良くて、
だから僕はただ、彼女の兄のような存在であろうとした。
夜、リューが帰ると、入れ違いになるように祖父が訪れる。そして僕は彼から結界魔法を中心に魔法について教えを受けた。
リュミルアの森の結界には二つの性質がある。
一つは、森に住む同胞のエルフ達の全能力強化。
そしてもう一つは、「害意」を検知し、反応した対象への弱体状態の付与。
ざっくり言ってしまえば味方へのバフと敵へのデバフだ。更に、害意が検出された事は一部の守り人が持つ魔道具を通じて全体に共有される。
これは、ダンまち原作を知る僕から見ても破格の効果内容だった。里の守り人がそこらのモンスターや恩恵持ちを寄せ付けない理由がよく分かる。
敵味方への効果を総合すると、レベル一つから二つ分の差を縮める事が可能と言えた。
魔法の名は「イグ・ユグドラシル」
世界樹の名を冠するのは伊達じゃない。
そんな強力な魔法を扱いきる為には
魔力の練り方、
その疲れからか、一日を終えると僕はいつも泥のように眠った。
♦♦♦
ある冬の日、
僕は大叔母から、リューが両親と大喧嘩して何処かへ行ってしまったと聞いた。
一時間近く思い当たる場所を巡り、探していると、
川辺で蹲るリューを発見した。
「風邪引いちゃうよ、リュー。」
「グレイ······」
僕は彼女の横に、彼女と同じような姿勢で座った。
「今回は一段と大きく喧嘩したんだって?」
「······はい。」
「何があったか聞いてもいい···?」
理由を尋ねると、リューはぽつりぽつりと喋り始めた。やはりと言うべきか、エルフ至上主義に耐えかねた結果であるらしかった。
「お祖母様から頂いたものを、棄てられてしまいました。
少し土の着いたそれは、昼間に大叔母の下で作ったミサンガだった。
大叔母が金色、僕が青、リューが緑の糸を選び、編み込んである。
リューのトレードカラー全部載せみたいで、僕も大叔母も少し笑ってしまったのは記憶に新しい。
「私は、刺繍糸にささやかな願いを込めて生きること、それが綺麗だと思いました。
彼ら彼女らは、風貌が醜くても、土に塗れても、永い時を生きられなくても、それでも懸命に生きている。明日への不安より明日への希望を抱いて、今を生きている。
なのに、比べて
旧きものばかりを重視して、今を見つめていない。神時代から背を向けて、未だ多種族を下劣で矮小なものとして見ている。…もう、嫌なんです。」
リューは原作においても同じ思いを抱えていた。抱え続けた果てに、彼女は一人、里を飛び出してしまう。
「僕やアルマさんも嫌いになっちゃった?」
「いえ、そんなわけでは…」
「リューは正しいよ。種族差別はともかく、少なくとも僕の心は
「え?」
思いがけない、そんな顔でリューは僕を見つめた。
「アルマさんだって、きっと色んなものを抱えてる。あれだけの経験を重ねた人が
だから、正しくあろうとすること、自分の醜さと向き合うこと。それこそが一番大事で、尊くて、綺麗なんだって僕は思う。」
僕にはかなわず、君にはできること。だから、こうも惹かれている。
「そのためには沢山の考えを知って、理解しようと努力して、受け入れて、その上で星海の中から一等星を見つけるみたいに、確かな自分を見つける。捉え直す。そうしなくちゃいけない。」
未来の君は、確かに見つけられたのだから。だから、きっと……
「リューは一度外を見てみるのも良いかもしれないね。極東にアルテナ、メレンにシャルザード、ラキアは····微妙かな。あとはやっぱり、『オラリオ』
色んな街と、そこにある人々の営みを見て、他種族の友達を作って、旅をする。それは君にとって、得難い経験になると思う」
思ってもみなかった。そんな顔で口をパクパクさせたリューは、その後、何か決意を固めたような様子を経て口を開いた。
「もし······もし、私が旅人になったら。貴方も付いてきてくれますか?グレイ。」
思ってもみなかった。今度は僕がその顔をする番だった。
それは望外の僥倖で。思わず口元が緩んだ。
リューに信頼されている。その事実が嬉しかった。
「そうだね。その時は僕も着いていくよ。リュー1人だと料理とか出来ないしね。」
「うっ、それはそうですが!」
憤慨したように身をピンとして声を上げるリュー。いつものリューだった。もう、安心かな。
「うん。その為にはもっと勉強しなきゃ行けないし、野に出るモンスターを退けられるくらいにはならないといけない。
だから、今は帰ろう。愚痴なら後でいっぱい聞くよ。」
そう言って、僕は立ち上がり、リューに手を差し出した。
彼女もそこにゆっくりと手を伸ばす。
僕達の手は重なるように近付いて、やがて、
パァンと、僕の手は打ち払われた。
「………………え?」
何が起きたのか、よく分からなかった。
静寂だけが辺りを包み込む。
真っ青になったリューの顔と、僅かにジィンと熱を持つ右手。
それらを見比べて
やっと、理解した。
「ぁ·····ちが····グレイ、私は········」
エルフは自身が認めた者以外との肌の接触を許さない。その因習が習慣化されたエルフは、本能的に認める者と認めない者を選り分ける。
ただ、それだけのこと。
そう、それだけでしかない
僕はただ、
精一杯の笑顔を作った。
「ごめんね。一人で立てるのに、お節介だったかな···?」
「ごめんな···さい·····グレイ。違うんです!····今のは、何かの間違いで···だから····!」
彼女はきっと、僕からの失望を恐れている。
先程の彼女は、彼女自身が口にした忌み嫌うエルフの在り方そのものだった筈だから。
······だから、僕は、気にしてないと笑う。
微笑み、心にも無い言葉を口で回して。
その度に突き刺す胸の痛みを何とか堪えながら。
無意識的に僕の手は唇の端を触っていた。
僕は今、ちゃんと笑えているだろうか。
「······グレイ、私は···!」
「帰ろう、リュー」
そう言ってリューの存在を背中で捉えながら、ゆっくりと帰路へ歩き出す。
少し後ろを歩くリューの顔は見れそうになくて、
ただ、天上の夜空を見上げ続ける。
何を思い上がっていたのだろう。
僕は元より存在しないはずの人間で、この世界にとっての異分子だって分かっていた筈だ。エルフの身体だって借り物で、魂の無い空っぽの器に僕が収まっただけ。
リュー・リオンの特別は初めから三人。
アリーゼ・ローウェル
シル・フローヴァ
ベル・クラネル
例え、幼少期の多くを共に過ごしたとしても関係ない。
その条件だけなら彼女の両親にだって当て嵌る。
しかし、いずれ離縁することになるだろう両親はきっと、彼女の
結局の所、運命的なものによって定められた事が全てで、
どれだけ言葉を交わしても、どれだけ仲良くなったつもりでいても、全部ただの些事に過ぎなくて。
だから、僕は、彼女の特別にはなれない。
そう、ハッキリと突き付けられたんだ。彼女自身の深層意識によって。
プツリと口端が切れる感覚がする。気付けば口の中で鉄の味がした。
気付いて尚、唇を噛み締める力は弱まりそうに無かった。
あの日以降もリューとの関係は変わらない。
でも少しぎこちなくて、彼女は度々僕の様子を伺うようになっていた。
そんな顔を、して欲しかったわけじゃないのに。
数ヶ月後、大叔母からゼウス・ヘラファミリア両陣営壊滅の報を伝えられる。
結局の所、全ては既定路線に過ぎないのかもしれない。
運命が足音を立てて近付いてきた。
終末は咆哮し、世界は英雄を求め喘ぐ。
道は一つ。
鐘の音と共に光が現れる。ただその刻を待たなければならない。
そうして更に5年の月日が経つ。僕は十二歳に、リューは十一歳に。
旅立ちの日は、確実に迫り来る。
ち、ちげえし!こいつは妹みたいなもんだから!
妹みたいなもんだし・・・