「おお……これが……」
ティトゥスは思わず声を漏らした。
膨大な蔵書を誇る大図書館。その書架の迷宮を、どれほど彷徨っただろうか。
一冊の本を探すだけのことが、まさかここまで困難を極めるとは思わなかった。
――だが、ついに見つけた。
埃をかぶった背表紙には、いくつかの書名が並んでいる。
『スポーツ起源異聞』
『世界の怪拳・奇拳』
そして、その下に小さく記されている出版社名――
民明書房。
ティトゥスはごくりと喉を鳴らした。
いかにも怪しいその名を、彼はよく知っている。
至高の御方アインズと、階層守護者デミウルゴスだけが口にする、
「世界の秘められた真実」を記した書を出す、選ばれし出版社――そう説明されていたからだ。
「これで……アインズ様とデミウルゴス殿のお言葉に、ようやく追いつけるかもしれませんね」
静かな興奮を胸に、ティトゥスはその本をそっと抱え上げた。
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「たっち・みー様が仰っていました。『ゴルフ』なるスポーツが存在したと。
無論、私はそれを嗜んだことはありませんが……。
お話によれば、紳士が行う高貴な遊びだとか」
セバスの落ち着いた声が、静かな会議室に響く。
「かの大図書館にも、それについての文献がありましたね。
なんでも、棍棒で球を叩き、遥か彼方の的を狙って飛ばすとか……。
より正確な打球と、飛距離を競う競技のようです」
ここは、各階層守護者が集う“至高の方々の御言葉を学ぶ場”。
今回は、たっち・みーの名を冠する至高の御方の逸話について学ぶ回だ。
司会進行を務めるのは、もちろんセバスである。
「……」
その場の一角で、デミウルゴスは必死に口元を押さえていた。
どうにかして笑みになろうとする口角を、理性の鎖で押さえ込む。
(まさか……今回の議題がゴルフとは……!)
先日、ティトゥスから「強引に」預かった――いや、どう見ても奪い取ったあの書物。
民明書房刊『スポーツ起源異聞』には、ちょうどその『ゴルフ』の起源についても記されていた。
脳裏に、その一節が鮮やかに蘇る。
纒劾狙振弾(てんがいそしんだん)
棍法術最強の流派として名高いチャク家流に伝わる最大奥義。
この技の創始者・宗家二代 呉 竜府(ご・りゅうふ)は
正確無比の打球で敵をことごとく倒したという。
この現代でいうゴルフスイングにも酷似した打撃法は、
球の飛距離・威力・正確さを得るために
もっとも効果的であることが証明されている。
ちなみにゴルフは英国発祥というのが定説であったが、
最近では前出の創始者 呉 竜府(ご・りゅうふ)が
その起源であるという説が支配的である。
(ああ……この「真実」をご存じなのは、アインズ様と、このデミウルゴスだけ……!)
以前、アインズから民明書房について直々に賜った御言葉――
「時に常識を覆す真理を記す、選ばれし書」としての説明を思い出す。
(アインズ様からいただいた、私だけの宝物……。
アインズ様と私だけの、甘美なる“秘密の叡智”……!)
思わず頬が緩みそうになる。
デミウルゴスは慌てて口元を押さえた。だが――
「……ふふっ」
「あ」
小さく漏れた笑い声は、静まり返った室内で、妙に響き渡った。
「どうかしたの? デミウルゴス?」
「デミウルゴスさん、どこか痛むんですか?!」
アウラとマーレの視線が一斉に向けられる。
気づけば、他の守護者たちの目も、揃ってデミウルゴスに注がれていた。
「?! ……い、いえ。なんでもありませんよ……」
眼鏡を押し上げながら、慌てて取り繕うデミウルゴス。
「……変なの」
アウラが、じっとこちらを見ながらぼそりとつぶやく。
このままでは、余計な詮索を受けかねない。
(いけませんね……民明書房の真理に思いを馳せるあまり、つい表情が……)
「おおっと……所用を思い出しました。
本日は、この辺りでよろしいのではありませんか?
続きは、また次回ということで」
デミウルゴスは椅子から立ち上がると、実に自然を装った動きで出口へ向かう。
セバスも特に異議を唱えることなく、今回の集会を締めくくった。
会議室を出ると同時に、デミウルゴスの足取りは、見る者がいれば違和感を覚えるほど軽くなる。
(さぁ、早くあの本の続きに目を通さなければ……!
もしかすると、他のスポーツの起源にも、さらなる驚くべき真実が――)
鼻歌混じりに廊下を進むデミウルゴスの背中は、上機嫌そのものだった。
一方、その背中を見送った会議室では――
「「「……怪しい……」」」
残された守護者全員の意見が、見事に一致した瞬間であった。