アインズ様と民明書房   作:ギアっちょ

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正月当日編:一夜漬けの準備会と初詣(社内行事)

大晦日の“除夜の鐘(装置)”が終わった直後。

玉座の間に、静寂が訪れた――はずだった。

 

「では次に」

 

デミウルゴスが、いつもの笑顔で言った。

 

「年始行事――『正月』について、最終確認の準備会を行います」

 

「待て」

 

アインズが低い声で止める。

 

「今、何時だと思ってる」

 

セバスが淡々と答えた。

 

「本日、間もなく日付が変わります」

 

「つまり深夜だ。準備会をする時間じゃない」

 

「はい。ですので“短時間”で終えます」

 

デミウルゴスが頷く。

 

(“短時間”って言ったか? ナザリックの“短時間”って、だいたい夜明けまでだろ……)

 

アルベドが、期待に満ちた目で見つめてくる。

 

「アインズ様。正月は、家族が集い、新年を祝い、神に祈りを捧げる日――

つまり、ナザリックにおいては……」

 

「お前の言う“つまり”はだいたい危険だ」

 

アインズが先回りして釘を刺すと、アルベドはにっこりした。

 

「もちろんです。危険ではなく、尊いのです」

 

「危険だろ」

 

シャルティアが袖で口元を隠して笑う。

 

「ほな、まずは“飾り”どすなぁ。門松、しめ縄、鏡餅……。

アインズ様の御前に相応しいのを、パッと用意せなあきまへんなぁ」

 

「用意って、今から?」

 

アインズが呻くと、パンドラズ・アクターが胸を張った。

 

「アインズ様、ご安心ください! 既に“案”はあります!」

 

「案がある時点で怖い」

 

「第一に、門松です」

 

デミウルゴスが資料を開く。

表紙には、嫌な単語が書かれていた。

 

『年始結界起源異聞』

出版社:民明書房

 

「……また増えてる」

 

「民明書房によれば、門松とは“神の依代”であり、

同時に“外敵を退ける結界柱”としての役割が――」

 

「結界柱にするな」

 

アインズが即答すると、デミウルゴスは一切悪びれず頷いた。

 

「承知しました。では“象徴”としてのみ活用します」

 

(言い換えただけで中身が同じだろ)

 

「材料はどうする」

 

アインズが聞くと、セバスが淡々と答える。

 

「竹に相当する素材は第六階層に。松に相当する素材は第五階層にございます。

すでに採取班を動かしております」

 

「動かしてるの!?」

 

「はい。迅速に」

 

(ブラックだ……)

 

コキュートスが、深く一礼した。

 

「アインズ様。採取班ノ護衛ハ私ガ担当致シマス。

夜間作業デハアリマスガ、戦闘訓練ニモ相当致シマス故」

 

「正月の準備が戦闘訓練に相当するな」

 

「第二に、しめ縄です」

 

アルベドが一歩前へ出る。

 

「しめ縄は“領域の境界”を示す――つまりアインズ様の領域を明確化する……」

 

「つまりって言うな」

 

「ですので、執務室から玉座の間まで、通路全てに――」

 

「封鎖する気か!?」

 

「いえ。“清められた道”です」

 

「封鎖だろそれは!」

 

シャルティアがにっこりした。

 

「ええやないどすかぁ。

アインズ様に通じる道は、清うて尊うて、誰もが膝をつく道……。

アルベド、やりすぎたらアカンえ?」

 

「私は“控えめ”にしています」

 

「控えめの基準がおかしいんどす」

 

(京都の火花が散ってる……)

 

「第三に、鏡餅です」

 

パンドラズ・アクターがキラキラした目で言う。

 

「白く、丸く、二段で、上に橙……!

造形としても大変優れております!」

 

「造形の話じゃない」

 

「素材はどうする?」

 

「白いスライムを二体、丸く整形し――」

 

「食べ物じゃないだろ!」

 

セバスがすっと補足する。

 

「食用を想定するのであれば、厨房で代替の菓子を用意できます。

また、展示用としてはパンドラズ・アクター案が最も迅速かと」

 

「迅速優先で文化を壊すな」

 

パンドラズ・アクターは嬉しそうに頷く。

 

「では“展示用鏡餅スライム”で!」

 

「決定するな!」

 

そして、準備会は「短時間」で終わらなかった。

終わったのは――空が白み始めた頃だった。

 

「……夜が明ける」

 

アインズは椅子に沈み込み、無いはずの胃を押さえたくなる。

 

「アインズ様! 正月です!」

 

アルベドが眩しい笑顔で言う。

 

「お前、寝てないだろ」

 

「アインズ様のためなら、睡眠など不要です」

 

「やめろ、怖い」

 

シャルティアが袖で口元を押さえる。

 

「まあまあ。正月はめでたい日どすえ。

寝不足くらい、顔に粉でもはたけば……」

 

「吸血鬼が言うな」

 

正月当日。

ナザリックは、なんだかんだで“正月っぽく”なっていた。

 

玉座の間の入口には、門松――らしきものが左右に立つ。

竹に見える素材は、確かに竹っぽい。

ただし、縁取りがやたら骨っぽい。

 

「……骨を混ぜるなって言わなかったっけ?」

 

「装飾的強度の観点から、最適でした」

 

デミウルゴスが真顔で言う。

 

「最適って言うな」

 

しめ縄は、通路の要所要所に控えめに(ナザリック基準)張られている。

控えめとは、つまり通れる。

 

鏡餅は、見事な二段構造だ。

ぷるんぷるんしているが、白い。丸い。橙(みかんっぽい果実)も乗っている。

 

「……見た目は完璧だな」

 

アインズが言うと、パンドラズ・アクターが深々と頭を下げた。

 

「ありがとうございます、アインズ様! “完璧”のお言葉、頂戴しました!」

 

(余計な誇りを与えてしまった)

 

「では、初詣を執り行います」

 

デミウルゴスが宣言する。

 

「初詣?」

 

アインズは嫌な予感しかしない。

 

「はい。新年最初に神へ参拝し、祈願する行事です。

ナザリックにおいては当然――」

 

「当然って言うな」

 

アルベドが、うっとりした声で言う。

 

「参拝先は、アインズ様……」

 

「やめろ」

 

「つまり玉座の間へ集い、皆が新年の誓いを捧げるのです」

 

「それ、社内行事だろ……」

 

セバスが淡々と付け足す。

 

「すでに整列は完了しております」

 

「整列させるな!」

 

玉座の間には使用人たちが綺麗に並び、手には小さな袋が握られていた。

何だあれ。

 

「……あの袋は?」

 

「お賽銭でございます」

 

デミウルゴスが爽やかに言う。

 

「寄付だろそれは!!」

 

「いえ。“感謝の気持ちの形”です」

 

「寄付だよ!!」

 

シャルティアがにっこりする。

 

「ええやないどす。

アインズ様に捧げる気持ちが形になるんは、えらい尊いことどすえ?」

 

(止められない流れになってる……)

 

コキュートスが、深く一礼した。

 

「アインズ様。初詣ニ於ケル作法ハ、既ニ確認致シマシタ。

二礼二拍手一礼……デ宜シイデショウカ」

 

「……そうだな。一般的には」

 

(コキュートス、真面目すぎて逆にありがたい……)

 

「では私ガ見本ヲ示シマス」

 

「待て、見本は要ら――」

 

コキュートスは寸分の狂いなく二礼し、

二拍手し、

一礼した。

拍手が重い。軍隊の号令みたいに響く。

 

使用人たちが一斉に真似した。

拍手音が、戦場の開戦合図みたいになった。

 

「……正月なのに、出陣式みたいだな」

 

アインズは小声で呟いた。

 

デミウルゴスが頷く。

 

「まさしく。“年始の決意表明”として最適です」

 

「最適って言うな!!」

 

初詣(社内行事)が終わると、次は当然こうなる。

 

「お年玉でございますね」

 

デミウルゴスが言い切った。

 

「来たか……」

 

アインズは、無いはずの胃がキュッとなる。

 

「お年玉とは、本来、年少者に贈り物を与える風習。

ナザリックにおいては、功績評価と士気向上に――」

 

「だから運用に繋げるな!」

 

パンドラズ・アクターが目を輝かせる。

 

「アインズ様。お年玉の包みは、収集・保管に向いた美術性が――」

 

「包みの収集で戦争を起こすな」

 

アルベドとシャルティアが互いに一瞬だけ目を合わせ、

何も言わずに微笑んだ。

 

(あ、これ“贈答箱冷戦”の続きだ)

 

アインズは察してしまった。

 

「……いいか。お年玉は平等に、穏便に、静かに配れ」

 

「承知しました!」

 

返事だけは完璧だ。

だが、この完璧さは信用できない。

 

セバスが淡々と進言する。

 

「配布手順は事前に整備しております。混乱は起きません」

 

「セバス、信じていいんだな?」

 

「はい」

 

(セバスだけが希望……)

 

正月の儀式が一通り終わり、ようやく執務室に戻れた頃。

アインズは椅子に深く沈み込んだ。

 

「……終わった……」

 

扉の外から、楽しげな声が聞こえる。

 

「アインズ様の初詣、今年も尊かった……」

「しめ縄の位置、やっぱり私が調整すべきだった……」

「展示用鏡餅スライム、来年は三段も――」

「民明書房ニヨレバ――」

 

「……」

 

アインズは静かに天井を仰いだ。

 

(正月でこれか……次は何だ。節分か? ひな祭りか?)

 

無いはずの胃が、確かに痛んでいた。

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