正月の喧騒が一段落した翌日。
ナザリック地下大墳墓・第九階層の執務室は、久々に静かだった。
「……やっと、通常運用に戻れそうだ」
アインズが呟いた瞬間。
コン、コン。
控えめなノック。
嫌な予感。
「アインズ様、失礼いたします」
入ってきたのはセバス――ではなく、デミウルゴスだった。
笑顔がいつも以上に爽やかだ。
(終わったと思った俺が甘かった)
「何だ、デミウルゴス」
「はい。正月行事の翌日にあたり、
“お年玉配布”に関する最終報告と、調整案を――」
「調整案って言うな。報告だけにしろ」
デミウルゴスは素直に頷いた。
素直に頷くのが、逆に怖い。
「かしこまりました。まず結論から申し上げますと――
“格差問題”が発生しております」
「やっぱりか……!」
アインズは、無いはずの胃がキリキリする気がした。
昨夜。
玉座の間で行われた“お年玉配布”は、基本的に穏便に進める――
はずだった。
お年玉袋は、アインズの世界の「ぽち袋」風に整えられていた。
ただしナザリック製なので、紙質が妙に高級で、光沢がある。
そして封が――魔法陣っぽい。
(なぜ封に魔法陣を入れた)
セバスの指揮のもと、使用人たちへの“新年の褒賞”として、
最低限の金貨と、実用品が配られた。
問題は――守護者たちだった。
「アインズ様」
デミウルゴスが報告書を開く。
「まず、アウラとマーレに対しては、
本来のお年玉の趣旨――年少者への贈与、に則り、
特別枠が設けられました」
「まあ、それはいい。妥当だ」
アインズは頷いた。
アウラとマーレは子どもに見えるし、本人たちも“それっぽい”反応をする。
「アインズ様! お年玉ってやつ、もらっていいの!?」
「……ああ。正月だしな」
「やった! ねぇマーレ、あとで何買う!?」
「え、えっと……ぼ、ぼくは……本がほしいです……」
平和だった。そこだけは。
「……で、問題は?」
アインズが聞くと、デミウルゴスは微笑んだ。
「アルベドです」
「だろうな!!」
アインズは即答した。
「アインズ様」
アルベドは正月当日からずっと、視線が鋭かった。
鋭いというより、刺す。
「お年玉とは、“年少者に贈るもの”と理解しております」
「そうだが?」
「ではなぜ、アウラとマーレだけが“特別枠”なのですか?」
「年少者だからだ」
「なるほど」
アルベドは一旦納得したように頷いた。
そして、すぐに続けた。
「では私は、“アインズ様の下僕”として、
最も“年少者”です」
「どういう理屈だ!?」
「アインズ様の御前では、私は永遠に未熟。
ゆえに――永遠に年少者」
「詭弁が過ぎる!!」
アインズのツッコミが玉座の間に響いたが、
アルベドは真顔だった。
「つまり、私は“最優先の配布対象”では?」
「違う!!」
そこへ、静かに笑い声が重なる。
「ふふ……それは面白い理屈でありんすねぇ」
シャルティアだった。
「ですがアルベド。
“年少者”を名乗るには、あなたは少々……声が大きいでありんす」
「何ですって?」
「年少者はもっと、素直に“ありがとうございます”と言うものでありんすよ?」
「あなたが言うな!!」
「まあまあ。怒ると皺が増えますわよ、でありんす」
(シャルティア、完全に煽ってるな……)
アインズは胃のない腹を押さえたくなった。
さらに混沌に拍車をかけたのが、パンドラズ・アクターだった。
「アインズ様! お年玉袋のデザイン、素晴らしいです!」
「そこかよ」
「コレクションとして全種揃えたいですね!
“守護者用”“使用人用”“年少者用”、さらに――“アインズ様用”!」
「アインズ様用って何だ」
「アインズ様がご自分にお年玉をお渡しになる、という大変尊い儀式です!」
「儀式化するな!」
デミウルゴスが頷きかけたので、アインズは即座に睨んだ。
「頷くな」
「失礼しました」
(危ないところだった)
一方、コキュートスはというと――
戦場のように冷静だった。
「アインズ様。お年玉ノ配布ハ、士気維持ニ有効デス。
しかし、“不公平感”ハ統制ヲ乱ス要因トナリ得マス。
規則ノ明文化ガ必要デショウカ」
「規則にするな、夢がなくなる」
「夢ト規則ハ両立可能デス。
例エバ、“年少者枠”ト“功績枠”ノ二本立テ……」
「功績枠って言うな」
「失礼致シマシタ。
……“感謝枠”デハ如何デショウカ」
「言い換えただけだが……まあ、マシか」
(コキュートスはちゃんと敬語で助かる……)
そして、翌日。
デミウルゴスは静かに報告を締めくくった。
「以上の通り、“年少者枠”が存在することにより、
アルベドが“自称年少者”となり、
シャルティアがそれを揶揄し、
パンドラズ・アクターが袋の収集を提案し、
結果として守護者間で“格差”の議論が発生しております」
「議論じゃなくて喧嘩だろ」
アインズはため息をついた。
「で、どうしたい。お前は」
デミウルゴスは、満面の笑みで言った。
「来年に向けて、制度設計を――」
「やめろ!!」
アインズは即座に遮った。
「制度にするな! 来年の話をするな! まだ正月二日目だ!!」
「承知しました。では“改善”ではなく“学習”として――」
「言い換えるな!!」
アインズは天井を仰いだ。
(俺は、ただ季節イベントを“ほどほどに”楽しみたかっただけなのに……
どうして毎回、統治と制度と民明書房に着地するんだ……)
机の隅には、余ったお年玉袋が数枚。
そのうち一枚には、すでにパンドラズ・アクターの手で
「保存用」と書かれていた。
「……捨てるなよ?」
「捨てません! 未来永劫、保存します!」
「未来永劫とか言うな……」
アインズは、無いはずの胃が痛む思いで、深く、深くため息をついた。
正月はまだ始まったばかり。
そして、ナザリックの“行事運用”も――たぶん、まだ序章だ。