アインズ様と民明書房   作:ギアっちょ

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正月明け後日談:サンタ再臨と福袋の呪い

正月が明けた。

街の賑わいも落ち着き、人々は日常へ戻っていく――はずだった。

 

ナザリック地下大墳墓・第九階層。

執務室にて、アインズは一通の報告書を見つめていた。

 

「……何だ、これは」

 

表題には、嫌な予感しかしない文言が躍っている。

 

『市井の風聞に関する定例報告(正月明け)』

 

差出人は、デミウルゴス。

 

(定例って言ったか? いつから“風聞”が定例業務になったんだ)

 

コン、コン。

 

ノックの後、扉が開く。

 

「アインズ様、失礼いたします」

 

入ってきたのは、その定例の張本人――デミウルゴスだった。

笑顔が爽やかすぎる。嫌な予感、確定。

 

「アインズ様。先日の初売り視察、お疲れ様でございました」

 

「視察って言うな。買い物だ」

 

「はい。“買い物視察”です」

 

「言い換えるな」

 

デミウルゴスは咳払いを一つして、淡々と告げた。

 

「結論から申し上げます。

 街に――“サンタ再臨”の噂が広がっております」

 

「だろうな!!」

 

アインズは即答した。

無いはずの胃が、痛い。

 

「……どう広がった」

 

「初売りで購入された福袋の中身が、

 “赤い布と白い縁取り”であった件が発端です」

 

「誰がそれを見たんだ」

 

「店主です」

 

「見せたのか!?」

 

「ええ。パンドラズ・アクターが“鑑定”の名目で」

 

「アイツ!」

 

(袋を主役にした時点で嫌な予感はしてたが、やっぱりか)

 

その日、店先。

 

「店主殿! この袋の中身、まさに歴史的価値があるのでは!?」

 

パンドラズ・アクターは、輝く目で赤白の布を広げていた。

周囲には野次馬。

 

店主は最初こそ困惑していたが、

“魔導国の偉い人(っぽい人)”が熱弁する姿に、次第に気分が良くなっていった。

 

「へ、へぇ……そ、そんなに珍しい物なんですかい?」

 

「ええ! これは――」

 

パンドラズ・アクターが口を開きかけたところで、

アルベドが即座に割り込んだ。

 

「説明は不要よ。

 ただ“これはアインズ様の御手に渡った”――それだけで価値は確定するわ」

 

「確定させるな!」

 

シャルティアが、ふふ、と甘く笑った。

 

「まあまあ。

 それにしても、赤と白……。

 これは“再臨”の兆しでありんすねぇ」

 

「兆しって言うな!」

 

アインズのツッコミは、もちろん届かない。

その場にアインズ本人がいないのだから。

 

そして噂は、噂として最悪の進化を遂げた。

 

「聞いたか? サンタが戻ってきたらしいぞ」

「え? もう正月だぞ?」

「いや、サンタは年中いるんだってよ」

「去年、孤児院に来た“怖いけど優しいサンタ”の話、覚えてるか?」

「あれだよ。あれが再臨したんだって!」

 

(年中いるサンタって何だよ)

 

デミウルゴスが報告書をめくり、冷静に続ける。

 

「噂の内容は、概ね次の通りです。

 “恐ろしくも慈悲深いサンタは、正月の初売りで姿を現し、

 福袋に『吉兆』を宿した”」

 

「宿すな」

 

「また、孤児たちの証言が二次利用され、

 『サンタは影を連れて歩く』という要素も含まれております」

 

「影を撤廃しろって言っただろ!!」

 

「はい。撤廃しております。

 ですが、噂としては既に自走しています」

 

「最悪だ」

 

無いはずの胃が痛む思いで、アインズは椅子に沈み込む。

 

そこへ、控えめなノック。

 

「アインズ様、失礼いたします」

 

入ってきたのはセバスだった。

相変わらず淡々としている。

 

「セバス。何だ」

 

「街の商人から、公式に“相談”が届いております」

 

「相談?」

 

セバスは一枚の書簡を差し出す。

 

『魔導国の御方へ

本年の初売りにて“サンタ再臨”の噂が広がり、

福袋が過剰に売れ、在庫が枯渇いたしました。

つきましては来年以降、“サンタ関連商品の供給”について――』

 

「供給!?」

 

アインズは声が裏返った。

 

「サンタ関連商品って何だよ!」

 

セバスが淡々と答える。

 

「赤白の布、白い髭、鈴、袋状の包み等です」

 

「完全にサンタ商戦じゃねえか!」

 

(この世界にも、商戦って概念あるんだな……いやあるけど!)

 

「アインズ様」

 

デミウルゴスが、静かに言った。

その目が、いつもより“真面目”に見えるのが怖い。

 

「これは好機です」

 

「やめろ」

 

「民衆が自発的に語り、商人が自発的に動き、

 都市の活気が増し、孤児たちに再び施しが届く――」

 

「……」

 

アインズは一瞬だけ、言い返せなかった。

 

(孤児に施しが届くのは、確かに良いことだ。

 でも、俺がサンタ扱いされ続けるのは……)

 

アルベドが、待ってましたとばかりに口を挟む。

 

「当然です。サンタ再臨などという不敬な呼称は、正すべきです」

 

「珍しくまともなこと言った」

 

「正しい呼称は――“アインズ様”」

 

「やめろ!」

 

「民衆が口にする名が、軽すぎます。

 ならば、民衆が口にできないほど尊い名にして――」

 

「話が悪化してる!!」

 

アインズは即座に遮った。

 

(アルベドは“噂の鎮静”じゃなくて“信仰化”に行くんだよな……)

 

シャルティアが、くすりと笑う。

 

「まあまあ。

 呼び名などどうでもよろしいでありんす。

 大事なのは――アインズ様が“与える側”であり続けること」

 

「重い」

 

「そして、わたくしがその隣に居ること、でありんす」

 

「そこに着地するな!」

 

パンドラズ・アクターが、書簡を覗き込みながら言った。

 

「アインズ様。福袋の袋、来年は統一デザインにしませんか?

 保存性の高い紙質で、番号を振って――」

 

「番号を振るな!!」

 

デミウルゴスが頷きかけたので、アインズは反射で言った。

 

「頷くな」

 

「失礼しました」

 

(危ない……“福袋管理制度”が爆誕するところだった)

 

コキュートスが一歩前へ出て、深く一礼する。

 

「アインズ様。噂ハ放置スレバ膨張致シマス。

 しかし、過度ニ抑エ込ムト反発ヲ招ク恐レガアリマス。

 最適ナ対応ハ、“事実”ト“物語”ノ距離ヲ保チツツ、民心ヲ安定サセルコト……」

 

「……つまり?」

 

「孤児院等、適切ナ場所ヘノ支援ハ継続シ、

 サンタ伝説ハ“自然現象”トシテ扱イ、

 我々ハ関与ヲ最小化致シマス」

 

「……それだ。コキュートス、採用」

 

「恐悦至極デス」

 

(コキュートスとセバスだけが常識枠……)

 

その日の結論は、こうなった。

 

孤児院への支援は継続(ただし“影の悪魔”は無し)

 

サンタ噂は否定も肯定もしない(公式は沈黙)

 

商人の暴走には、必要最小限の調整(露骨な介入はしない)

 

アインズは、ため息をついた。

 

「……頼むから、俺を季節イベントの象徴にするのはやめてくれ」

 

アルベドが即答する。

 

「無理です」

 

「即答するな!!」

 

シャルティアが、にっこり笑う。

 

「諦めるでありんす。

 アインズ様は、望まれた時点で“象徴”でありんす」

 

「望んでない!!」

 

デミウルゴスが、悪気なく付け足す。

 

「なお、民明書房によれば――」

 

「言うなぁぁぁ!!」

 

アインズの叫びが、執務室に響き渡った。

 

無いはずの胃が痛む。

だが、不思議と――少しだけ、悪い気もしない自分がいる。

 

(……いや、気のせいだ。きっと気のせいだ)

 

机の隅には、例の赤白の布。

そしてその横に、いつの間にか置かれた小さな鈴。

 

(誰だ、鈴を置いたのは)

 

返事はない。

だが、どこかで誰かが笑っている気配だけがした。

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