アインズ様と民明書房   作:ギアっちょ

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節分編:豆は弾薬、鬼は役職、福は業務目標

正月からしばらく。

少なくとも表向きには、ナザリックは平穏だった。

 

アインズは執務室で書類の山を眺め、静かに頷く。

 

(……今度こそ、落ち着いた。

 季節イベントから距離を置けば、胃も……無いけど……落ち着く)

 

コン、コン。

 

控えめなノック。

 

「アインズ様、失礼いたします」

 

入ってきたのはセバスだった。

いつも通り淡々としており、その安定感がありがたい。

 

「セバス、どうした」

 

「はい。街の暦にて、まもなく“節分”でございます」

 

「節分……?」

 

(……あ、ダメだ。来た)

 

アインズは、無いはずの胃がキュッとなるのを感じた。

 

「本来は季節の変わり目に邪気を払う行事で、

 豆を撒き『鬼は外、福は内』と唱える習俗だそうです」

 

「……それは知ってる。俺の世界にもあった」

 

(説明した覚え、ないよな? なんで知ってる)

 

セバスは一瞬だけ目を伏せた。

 

「デミウルゴス殿が“大図書館で”調べておられました」

 

「だろうな!!」

 

数分後。

扉はノックもされず、爽やかに開いた。

 

「アインズ様!」

 

デミウルゴスだった。

笑顔が眩しい。嫌な予感は確信へ変わる。

 

「節分について、準備会を――」

 

「やめろ。準備会という言葉がもう怖い」

 

「ご安心ください。今回は“短時間”です」

 

(“短時間”は信用できない)

 

デミウルゴスは手元の資料を掲げた。

表紙に、見覚えのある文字。

 

『鬼起源異聞・節分特別号』

出版社:民明書房

 

「また増えてる!!」

 

「民明書房によれば――」

 

「言うな!」

 

しかしデミウルゴスは止まらない。

 

「『鬼とは、古来より共同体の秩序を乱す“外部脅威”の象徴であり、

 豆とは、その脅威を退けるための投擲具である』と」

 

「投擲具って言うな!」

 

「つまり節分は――治安維持訓練として有効です」

 

「そこに繋げるな!!」

 

アインズは即座に遮った。

 

(頼む。節分を“訓練”にしないでくれ……)

 

「では、問題は二つです」

 

デミウルゴスが指を立てる。

 

「一つ。豆の調達。

 二つ。鬼役の選定」

 

「豆は……普通に豆でいいだろ。食べ物だ」

 

「はい。ただし」

 

「ただし、は要らない」

 

「豆を撒く量と投擲速度を考慮すると、

 通常の乾燥豆では弾数が不足します」

 

「弾数って言うな!!」

 

セバスが淡々と補足する。

 

「厨房にて乾燥豆の準備は可能です。

 ただし大量に用意すると、保管・湿度管理が必要となります」

 

「普通にやれ。普通に」

 

(セバスが現実に戻してくれて助かる)

 

次に、鬼役。

 

この瞬間が一番危険なことを、アインズは知っている。

ナザリックにおける“役割”は、権威と愛憎と戦争の火種だ。

 

案の定、扉が開く。

 

「アインズ様ぁっ!」

 

アルベドが入ってきた。

目が輝きすぎている。嫌だ。

 

「節分と聞きました!

 鬼を追い払う儀式――つまり、アインズ様を脅かす存在を排除する日!」

 

「脅かす存在って誰だよ」

 

「もちろん、私以外の――」

 

「言うな!」

 

アインズのツッコミを遮るように、甘い笑い声。

 

「ふふ……節分……鬼……」

 

シャルティアが入ってくる。

声は甘いが、温度は低い。

 

「鬼とは外へ追いやられる側でありんすねぇ。

 つまり――外へ追いやられるべき者が、鬼役を担うのが道理」

 

「道理って言うな」

 

アルベドが即座に噛みつく。

 

「誰が“追いやられるべき者”ですって?」

 

「あなたでありんす」

 

「……殺しますわよ」

 

「まあ、怖い怖い。鬼の役作りが上手でありんすねぇ」

 

(やめろ、節分前に内戦を始めるな)

 

「アインズ様!」

 

元気な声。アウラだ。

 

「鬼役ってさ、誰がやるの? 面白そうじゃん!」

 

「面白がるな」

 

マーレが小声で言う。

 

「こ、こわい……です……」

 

(正常な反応だよ、マーレ……)

 

パンドラズ・アクターが、やけに真面目な顔で言った。

 

「アインズ様。鬼の面、必要ですよね?」

 

「必要だな」

 

「では、保存性の高い素材で、複数作成し、

 年代別・行事別に分類保管して――」

 

「保管が先に来るな!」

 

コキュートスが一歩前へ出て、深々と一礼した。

 

「アインズ様。鬼役ハ危険デス。

 豆ハ投擲物。目ヲ損傷スル恐レガアリマス。

 防具ノ着用、投擲距離、投擲速度ノ規定ヲ設ケルベキデショウカ」

 

「そこまで本気で規定するな」

 

「承知致シマシタ。

 デハ最低限、“顔面防護”ダケデモ」

 

「……それは採用だ。目は大事だ」

 

(コキュートス、良心枠すぎる)

 

結局、アインズは決断した。

 

「鬼役は……俺がやる」

 

「「「!?」」」

 

玉座の間が凍った。

 

「アインズ様が……鬼役……?」

 

アルベドが青ざめる。

 

シャルティアが目を丸くする。

 

「まあ……アインズ様が“外”へ……?」

 

パンドラズ・アクターが目を輝かせる。

 

「歴史的儀式です!」

 

「違う。理由がある」

 

アインズは咳払いを一つ。

 

「お前たちが鬼役を争うと、間違いなく揉める。

 揉めないための最適解だ」

 

デミウルゴスが、満足げに頷きかけた。

 

「最適解――」

 

「頷くな」

 

「失礼しました」

 

(危ない)

 

セバスが淡々と進言する。

 

「では、安全確保のため、

 アインズ様には顔面防護を――」

 

「わかった。つける」

 

(なんで俺が全力で豆を食らう流れになってるんだ)

 

当日。

 

玉座の間は、節分仕様になっていた。

 

壁には「鬼は外」「福は内」と書かれた札。

ただし筆致が妙に達筆で威圧感がある。

 

「……誰が書いた?」

 

「デミウルゴスでございます」

 

「だろうな」

 

鬼の面は、パンドラズ・アクター制作。

やたら芸術的で、保存ケース付きだ。

 

「面にケースは要らない」

 

「必要です!」

 

豆は厨房製の乾燥豆。

そしてコキュートス監修の“安全投擲距離ライン”が床に引かれている。

 

「本気だな」

 

「当然デス」

 

(節分が軍事訓練になりかけてる)

 

アインズは、鬼の面をつけた。

さらに顔面防護――透明な魔導板のようなものを装備した。

 

「……俺、何やってるんだ」

 

「アインズ様……そんな……」

 

アルベドが震えた。

 

「アインズ様が“鬼”など……本来、鬼は外へ追い出される存在……

 つまり、アインズ様を外へ……そんなこと……!」

 

「落ち着け。形式だ。形式」

 

シャルティアが、ふふと笑う。

 

「まあまあ。

 アインズ様が鬼役をなさるなら、

 わたくし、全力で“福”を内へ招き入れて差し上げましょう、でありんす」

 

「全力で招くな。加減しろ」

 

デミウルゴスが宣言する。

 

「では、節分を開始します。

 掛け声は――」

 

「待て。普通でいい」

 

「承知しました。

 『鬼は外、福は内』」

 

(良かった……)

 

豆まきが始まる。

 

アウラが勢いよく投げる。

 

「鬼は外ー!」

 

マーレが控えめに投げる。

 

「お、おに……は……そと……」

 

セバスが淡々と投げる。

 

「鬼は外。福は内」

 

(セバスの声が業務連絡みたいだ)

 

コキュートスが、正確無比に投げる。

 

「鬼ハ外。福ハ内。

 投擲角度、良好デス」

 

「実況するな」

 

そしてアルベド。

 

アルベドは豆を投げない。

なぜなら、豆を投げることは“アインズ様を外へ追いやる”象徴だからだ。

 

「投げろよ」

 

「できません……!」

 

(めんどくさい!!)

 

シャルティアは逆に楽しそうだった。

 

「ふふ。鬼は外でありんす。

 外へ、外へ……」

 

「お前、楽しんでないか?」

 

「ええ。とても、でありんす」

 

(こいつ、絶対アルベドを煽ってる)

 

そして事件が起きる。

 

デミウルゴスが、何かを手に取った。

豆ではない。

 

黒い……小粒。

 

「……それ、何だ」

 

「民明書房によれば、節分には豆の他に――」

 

「言うな」

 

「“黒豆”も――」

 

「やめろ!!」

 

しかし、もう遅い。

 

デミウルゴスが黒豆を一粒、投げた。

 

コツン。

 

透明板に当たって、妙に良い音が鳴る。

 

その瞬間、パンドラズ・アクターの目が輝いた。

 

「アインズ様!

 黒豆は“希少枠”ですね!?

 袋を分けて保存し、来年以降の比較資料に――」

 

「保存するな!!」

 

デミウルゴスが頷きかけた。

 

「比較資料――」

 

「頷くな!!」

 

(民明書房+保存=地獄の方程式だ)

 

豆まきが終わる。

 

アインズは鬼の面を外し、深くため息をついた。

 

「……終わったな」

 

(季節イベントを、なんとか無難に終えた……)

 

そのとき、デミウルゴスが穏やかに言った。

 

「はい。

 次の季節行事は――二月十四日、“バレンタインデー”ですね」

 

「……」

 

アインズは固まった。

 

(やめろ。まだ節分が終わったばかりだ)

 

アルベドがぴくりと反応する。

 

「バレンタイン……?」

 

シャルティアが、甘く笑う。

 

「ふふ……“恋人の記念日”でありんすねぇ」

 

パンドラズ・アクターが目を輝かせる。

 

「限定品の香りがします!」

 

コキュートスが深々と一礼した。

 

「アインズ様。来ル戦――失礼、来ル行事ニ備エ、

 必要ナ情報収集ヲ致シマショウカ」

 

「戦って言ったな?」

 

「失礼致シマシタ」

 

セバスが淡々と締めた。

 

「アインズ様。ご無理はなさらぬように」

 

(セバス……)

 

アインズは、無いはずの胃が痛む思いで、深く、深くため息をついた。

 

「……次は、少し休ませてくれ」

 

返事はない。

だが、誰も休ませてくれそうにない空気だけが、そこにあった。

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