アインズ様と民明書房   作:ギアっちょ

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ひな祭り準備編:段飾りと供物と、静かな火種

バレンタインデーが終わって、数日。

ナザリックには久しぶりに、“何も起きない平穏”が訪れていた。

 

……表向きには。

 

執務室で書類に目を通しながら、アインズは深く息を吐く。

 

(終わった。バレンタインは終わった。

 あとは……しばらく、何も――)

 

コン、コン。

 

控えめなノック。

 

「アインズ様、失礼いたします」

 

入ってきたのはセバス。淡々とした声が、癒やしの鐘の音に聞こえる。

 

「セバス。どうした」

 

「はい。街の暦と風習に関する報告です。

 来月三日、“ひな祭り”がございます」

 

「……来月三日……?」

 

(来月……。つまり3/3……。2月下旬……。まだ、時間はある)

 

一瞬だけ、アインズの心に光が差した。

 

(よし。今回は余裕がある。余裕があれば、過剰に暴走しないはずだ)

 

セバスは、ほんの少しだけ目を伏せた。

 

「すでに、デミウルゴス殿が“大図書館に籠って”調べております」

 

「……だろうな!!」

 

光は消えた。

 

その日の夕刻。

玉座の間には、各階層守護者が集められていた。

 

(また集会か……)

 

アインズが内心でため息をつくより先に、デミウルゴスが爽やかに口を開いた。

 

「アインズ様。

 本日は“ひな祭り”の準備について、共有いたします」

 

「準備、って……まだ二月下旬だぞ?」

 

「はい。ゆえに、余裕を持って“適切に”進められます」

 

(“適切”という言葉が怖い)

 

デミウルゴスは手元の資料を掲げる。

 

『雛祭礼式運用メモ(暫定)』

 

「運用って言うな!!」

 

アインズのツッコミに、デミウルゴスはにこやかに頷いた。

 

「失礼しました。

 では“進行”です」

 

「言い換えればいいってもんじゃない!」

 

「ひな祭りとは」

 

デミウルゴスが朗々と説明する。

 

「主として、女児の健やかな成長を願う日。

 雛壇を飾り、菱餅やひなあられ、甘酒などを供えます」

 

そこまでなら、まあ普通だ。

普通なのだが――

 

アルベドの目が光った。

 

「つまり、女性が讃えられる日……!」

 

シャルティアが、ふふと甘く笑った。

 

「まあまあ。

 “女性が讃えられる”などという雑な括り、滑稽でありんすねぇ」

 

「あなた、喧嘩を売ってます?」

 

「買っておりんすよ?」

 

(始まった)

 

「まず雛壇について」

 

デミウルゴスが言うと、パンドラズ・アクターが一歩前へ出た。

 

「アインズ様!! 雛壇は“展示”です!!」

 

「展示じゃない、飾りだ」

 

「飾りとは展示です!

 段数は最低七段、可能なら九段!

 素材は保存性の高い――」

 

「保存に寄せるな!」

 

パンドラズ・アクターは止まらない。

 

「雛人形は、年代差を表現し――いや、時代考証が重要です。

 衣装の色、冠の形、道具の配列――」

 

「何でそんなに詳しいんだ」

 

「大図書館で調べました!」

 

(デミの影響が広がってる……)

 

コキュートスが深々と一礼する。

 

「アインズ様。段飾リハ転倒ノ危険ガゴザイマス。

 固定具、滑止メ、通路幅ノ確保、豆……失礼、

 “ひなあられ”ノ散乱対策ガ必要デス」

 

「散乱対策まで考えるな」

 

「承知致シマシタ。

 最低限、“固定具”ハ必須デス」

 

(コキュは真面目で助かる……)

 

セバスが淡々と補足する。

 

「安全導線は確保いたします。

 また、飾りの運搬は使用人へ指示しておきます」

 

(セバス……常識の塊……)

 

雛壇の設計が進むにつれ、問題は当然そこに着地した。

 

「……で。人形の配置はどうする」

 

アインズが言った瞬間、空気が変わった。

 

アルベドが胸を張る。

 

「最上段は――当然、私です」

 

「人形の話だよな?」

 

「はい。人形の話です」

 

(こわい)

 

シャルティアが、にこりと微笑む。

 

「まあまあ。

 最上段は、お内裏様とお雛様。

 ならば“姫”はわたくしでありんす」

 

「姫は私です」

 

「あなたは……官女がよろしいでありんすねぇ?」

 

「殺しますわよ」

 

(はい戦争)

 

アインズは即座に割って入った。

 

「待て待て待て。

 雛壇は“人形”を飾るんだ。

 お前たち本人が立つ舞台じゃない」

 

アルベドが一歩近づく。

 

「ですが、アインズ様。

 雛壇とは“家の中心”に置かれるもの。

 中心とは――アインズ様。

 そしてアインズ様の隣は――」

 

「やめろ!!」

 

シャルティアが甘く囁く。

 

「ふふ。

 隣の取り合い……ひな祭りに相応しいでありんすねぇ」

 

「相応しくない!」

 

数日後。

雛壇の制作は順調に進んだ――見た目だけは。

 

玉座の間の片隅に、巨大な段飾りが建ち始める。

本当に七段。しかも幅が広い。

 

「……これ、廊下通れるのか?」

 

「通れます。通路幅は確保しております」

 

セバスが淡々と言う。

 

「それでも圧がすごいんだが」

 

パンドラズ・アクターが誇らしげに言った。

 

「雛壇は圧が重要です!」

 

「重要じゃない!」

 

コキュートスが頷く。

 

「圧ハ……士気ニ影響シマス」

 

「頷くな!」

 

(コキュまで……)

 

そして供物問題が燃える。

 

「菱餅は、三色でありんす」

 

シャルティアが上品な小箱を取り出す。

 

「緑は健康、白は清浄、桃は魔除け……

 ふふ、アルベド。あなたに必要なのは、どれでありんす?」

 

「あなたに必要なのは“黙ること”よ」

 

アルベドは巨大な菱餅(※見た目が菱餅の巨大供物)を持ち込んだ。

 

「アインズ様へ捧げる菱餅は、最大でなければなりません」

 

「菱餅に最大値を求めるな」

 

「愛は最大です」

 

(またそれだ)

 

アウラが目を輝かせる。

 

「ひなあられ! 食べていいの!?」

 

マーレも小さく頷く。

 

「た、食べたい……です……」

 

(平和。平和がここにある)

 

セバスが淡々と皿を用意している。

 

「これは飾り用とは別に、召し上がり用を」

 

(セバスの仕事ができすぎて泣ける)

 

二月末。

雛壇は完成し、供物も概ね揃った。

 

(よし……今回は前もって準備した。

 直前の地獄は回避できるはず……)

 

アインズがそう思った、その瞬間。

 

デミウルゴスが、いつもの笑顔で言った。

 

「アインズ様。

 最後に“重要事項”がございます」

 

「重要事項って言うな」

 

デミウルゴスは、薄い本を一冊、そっと机に置いた。

 

表紙には、見覚えのある文字。

 

『雛祭厄写起源異聞』

出版社:民明書房

 

「……」

 

アインズは固まった。

 

(来た。)

 

デミウルゴスは真顔で続ける。

 

「ひな祭りの雛人形は、厄を移す“依代”である――

 つまり、雛壇は“厄の受け皿”となります」

 

「……つまり?」

 

コキュートスが深く一礼する。

 

「危険物扱イ……」

 

「言うな!」

 

パンドラズ・アクターが目を輝かせる。

 

「厄を吸った雛人形は貴重です!!」

 

「最悪の方向に貴重視するな!」

 

アルベドがぴくりと反応する。

 

「厄を移す……?」

 

シャルティアが、にっこり微笑む。

 

「まあまあ。

 “厄”というもの、誰かに移したくなる気持ちも分かりんすねぇ」

 

「……シャルティア?」

 

「ふふ。何でもありんせん」

 

(何でもある顔だ)

 

アインズは天井を仰いだ。

 

(前もって準備したのに……

 結局、最後に民明書房が全部ひっくり返すのか……)

 

デミウルゴスが、爽やかに締めた。

 

「よって、当日は“厄写し”の儀式を最適化し――」

 

「最適化って言うな!!」

 

無いはずの胃が痛む思いで、アインズは深く、深くため息をついた。

 

「……三月三日が、怖い」




ここまで読んでくださってありがとうございます!
一言でも感想いただけたらめちゃ喜びます…!
今回いちばんツボったところ、もしあれば教えてくださいw
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